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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7564号 判決 1956年6月28日

原告 同栄信用金庫

被告 株式会社米津商店 外一名

主文

被告株式会社米津商店が被告米津留之助と昭和二十九年六月十七日別紙目録<省略>記載の土地、建物についてなした売買契約並びに右同日別紙目録記載の電話加入権についてなした譲渡契約は何れもこれを取消す。

被告株式会社米津商店は前記土地、建物につき同人のため東京法務局昭和二十九年六月二十一日受附第九六二一号を以てなした所有権移転登記の抹消登記手続及び同人のため同月二十三日前記電話加入権についてなした加入名義変更登録の抹消登録手続をそれぞれせよ。

被告米津留之助は原告に対し金百三十九万二千七百九十五円及びこれに対する昭和二十九年二月十七日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告米津留之助のその一を被告株式会社米津商店の各負担とする。

第二項は原告において金四十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二、三項同旨並びに訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに金員請求の部分について仮執行の宣言を求め、請求原因として、原告は信用金庫法に基づき金融を業とする者であるが鶴谷幸雄こと被告米津留之助の振出にかゝる左記約束手形を受取人株式会社三大洋行から裏書譲渡を受け現にその所持人である。

一、金額      金百三十九万二千七百九十五円

一、振出日     昭和二十八年十一月十九日

一、支払期日    昭和二十九年二月十六日

一、支払地、振出地 東京都中央区

一、支払場所    株式会社東京銀行馬喰町支店

原告は右約束手形を支払期日に支払場所において被告米津留之助に呈示したが支払を拒絶されたので右手形金額及びこれに対する昭和二十九年二月十七日より完済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求める。被告株式会社米津商店(以下被告会社と略称)は被告米津留之助、その子訴外米津幸雄等によつて昭和二十九年六月十七日設立されたものであるが、その設立の日にその設立者であり且つ被告会社の取締役である被告米津留之助から同人所有の本件不動産及び電話加入権を譲受け、不動産については同人のため東京法務局同月二十一日受附第九六二号を以て所有権移転登記手続を電話加入権については同人のため同月二十三日加入名義変更登録手続をそれぞれなしたのであるが、被告米津留之助は被告会社の所在地において綿布の卸販売を業としていたところ、融通手形の濫発等により前記財産移転当時にはその負債額千数百万円に及んだに対し財産としては本件不動産、電話加入権の外商品(これも被告会社に譲渡した)と僅かの家具以上の見積額約七、八十万円を有したのみでこの財産を債権者の追及から免れるためその子米津幸雄を代表取締役とし、被告米津留之助外一名を取締役とする被告会社を設立し本件不動産及び電話加入権をこれに売渡し、以て債権者である原告を害する行為をなしたもので被告会社は右財産取得当時債権者である原告を害することを熟知していたものであるからこれが取消を求めると述べた。<立証省略>

被告両名訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、本案前の抗弁として、被告会社に対する詐害行為の取消の訴は形成の訴であり、被告米津留之助に対する手形金の支払を求める訴は給付の訴であるから訴の性質が異なり、且つ当事者を異にする訴を併合するのは違法である。原告が移転者と取得者を被告として訴を提起し得ると主張すればこれも違法である。又詐害行為取消の訴は詐害せられる債権確定後になされるべきであつてこれを同時に併合提起することは違法であると主張し、本案に対する答弁として原告主張事実中、被告会社の答弁として、原告が金融を業とする者であること、被告会社が原告主張のように設立されていること、本件不動産及び電話加入権を原告主張のように被告米津留之助から売買により取得したことは何れも認めるがその余は否認する。被告米津留之助等が被告会社を設立したのは個人事業では資本や取引の関係上現在の経済状態の下においては経営困難になるおそれがあつたゝめである。又、被告会社が本件不動産及び電話加入権を取得した理由は固定資産を所有して信用を増すためであつて、譲受当時、被告会社は被告米津留之助が原告に対して約束手形債務を負うことを知らなかつたものであると述べ、被告米津留之助の答弁として原告が金融を業とする者であること、被告米津留之助が本件手形に振出人として鶴谷幸雄と署名したこと、同人が鶴谷幸雄の通称を用いていること、被告会社が原告主張のように設立されていること、被告米津留之助が本件不動産、電話加入権を被告会社に譲渡したこと、被告米津留之助が綿布卸売を業としていたことは何れも認めるがその余は否認する。本件手形の振出人は鶴谷幸雄となつているから被告米津留之助には手形金支払の義務はない。仮に被告米津留之助が振出したものと認められるとしても原告は本件手形が商業手形ではないことを知り、振出人に請求する意思なくして取得したものであつて、仮に商業手形でないことを知らなかつたとしても金融機関が手形を割引く場合には一応振出人に問合せをした上でするのが慣例であるのに金融機関である原告がかゝる問合をなすことなく本件手形を取得したとすれば請求の意思がなかつたことを裏書きすることになるから本件手形金の請求を為し得ないと述べた。<立証省略>

理由

先づ被告等の本案前の抗弁について判断する。被告等は被告会社に対する詐害行為取消の訴は形成の訴であり、被告米津留之助に対する手形金請求の訴は給付の訴であるから性質を異にし且つ当事者を異にする訴を併合することは違法であると主張する。然し乍ら、当事者を異にする各請求も特別の規定なき限り民事訴訟法第五十九条所定の共同訴訟の要件を充たす限り、自由に併合提起し得ることは多言を要せず、しかして同条に所謂訴訟の目的たる権利又は義務が同一の事実上、法律上の原因に基づくときとは、一方の請求たる権利関係の確定が他の請求たる権利関係判定の論理的前提となる場合を含み、しかもかゝる関係のある限り各請求が訴の性質を同じくするものたるを要しないと解せられるところ、本件を見るに被告米津留之助に対する手形金債権存否の確定は被告会社に対する本件不動産、電話加入権の譲受行為取消の論理的前提であるから、かゝる関係にある両請求を併合提起するも何等違法の筋はない。

又被告等は移転者と取得者の両者を被告として詐害行為取消の訴を提起することは違法であると主張するが、請求の趣旨、原因によれば、本件詐害行為取消の請求については原告は被告会社のみを被告としていることがうかゞわれるから右主張も理由がない。

更に被告等は詐害行為取消の訴は詐害せられる債権確定後になさるべきであつてこれを同時に併合提起することは違法であると主張する。詐害行為取消権が成立するには、取消し得べき債権が存在しなければならないことは当然であるが、かゝる基本債権が裁判上確定せられた後でなければ詐害行為取消の訴を提起し得ないものではないから右主張も亦理由なきに帰する。

よつて進んで本案について判断する。先づ手形金請求について見るのに、被告米津留之助が本件手形に振出人として鶴谷幸雄と署名したこと。同人が鶴谷幸雄の通称を用いていることは当事者間に争いがない。被告米津留之助は本件手形の振出人は鶴谷幸雄であるから被告米津留之助には手形金支払の義務はないと主張するが被告米津留之助が同人の通称である鶴谷幸雄の名称を用い、手形振出の意思を以てこれに署名したものである以上、振出人としての責任を負うべきものであることは論を俟たない。尚同人は原告が本件手形が商業手形でないことを知り、振出人に請求する意思なくして取得したものである旨抗弁するけれども、単に商業手形でないことを知つて取得したのでは所謂悪意の抗弁を成立させるものではないのみならず原告が商業手形でないことを知つて取得したとの事実を認めるに足りる何等の証拠がないし手形の所持人が振出人に請求する意思があつたか否かは、単なる附随事情に過ぎず、苟しくも手形取得の意思を以て手形の裏書を受けた以上すべての手形債務者に対してその履行を請求し得るものと言わねばならない。従つて被告米津留之助の抗弁はすべて理由がない。然りとすれば、原告が現に手形の所持人であること、満期日に支払場所において被告米津留之助に対して呈示したことは、被告米津留之助において明らかに争わないところであるからこれを自白したものと看做し又甲第一号証によれば本件手形の裏書が連続していることが認められるから、被告米津留之助は原告に対し本件手形金百三十九万二千七百九十五円及びこれに対する満期日以後であることの明らかな昭和二十九年二月十七日以降完済迄年六分の割合による損害金を支払う義務がある。

次に詐害行為取消の請求について判断する。原告が金融を業とする者であること、被告会社が被告米津留之助、その子訴外米津幸雄によつて昭和二十九年六月十七日設立されたものであること、右同日被告会社が被告米津留之助から同人所有の本件不動産及び電話加入権を売買によつて取得したことは原告、被告会社間に争いがない。被告会社は本件不動産及び電話加入権につき夫々原告主張のような登記及び登録のあることを明らかに争わないのでこれを自白したのと看做す。そこで成立に争いのない甲第五号証、証人児玉茂、同藤井敏夫、同山口三郎の各証言並びに被告米津留之助本人尋問の結果を綜合すれば次の事実を認めることができる。被告米津留之助は昭和二十六年頃から綿布の卸販売業を営んで来たがその主要な取引先であつた綿布問屋訴外三大洋行の要請に基づき、枚数にして十通位、総額千五百万円に上る右三大洋行宛の融通手形を振出し、三大洋行は右振出しを受けた都度これを銀行で割引を受け、その満期日までには被告米津留之助に手形金相当額の金員を差入れて手形を落すという方法で資金の融通をつけていたところ、昭和二十九年二月中旬頃、三大洋行が倒産したゝめ、銀行へ金員を入れることができなくなり、前記融通手形のうち金額にして四百五十万円位が不渡になつたもので、その中には原告により割引せられた本件手形も含まれていた。然して被告米津留之助は手形を振出した以上、たとえ融通手形であつてもそれが第三者に譲渡された場合には振出人に支払義務があるということを知り、且つ又本件手形の額面金額がその満期日である昭和二十九年二月十六日までに三大洋行から入らなかつたので、それが不渡になつたことを知り乍ら、その後、同年六月十七日、同人等が発起人となつて設立し、同人の子米津幸雄を代表取締役とする被告会社に対してその所有する財産中主要な部分を占める本件不動産及び電話加入権を譲渡したもので、右売渡当時の被告米津留之助の財産は右物件を除いては他に家財道具があつたのみで右家具類の仮差押による評価額は二万円に満たないものである。右の事実が認められ、然して他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右のような事実が認められる以上反対の立証のない限り、被告米津留之助は債権者である原告を害することを知つて本件不動産及び電話加入権を被告会社に譲渡したものと認めざるを得ない。被告会社は本件不動産及び電話加入権の譲受当時、被告米津留之助が原告に対して約束手形金債務を負担していることを知らなかつた旨抗弁するけれどもこの点に関する被告会社代表者本人尋問の結果はたやすく信を措き難いのみならず、却つて前記認定の如く、被告会社は被告米津留之助等を発起人として設立されたものであること、被告米津留之助の子米津幸雄が右会社の代表取締役となつていること、被告会社設立の日と同日、本件不動産及び電話加入権を取得していること等の事実を考慮するとむしろ被告会社は本件物件取得当時、被告米津留之助が原告に対し本件手形債務を負担していること、従つて右譲受行為が原告を害するに至ることを知つていたのではないかと疑がわしむるに足りる。

よつて原告の本訴請求は何れも正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を夫々適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

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