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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)8203号 判決 1955年10月27日

原告 清水光之 外二二名

被告 株式会社三露

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は原告等の東京都大田区調布鵜ノ木町十番地所在、一宅地四百三十坪のうち、西側間口十六間三分、奥行二間半、此の坪数四十坪七合五勺に対する占有を妨害してはならない、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告等は被告よりその所有にかかわる東京都大田区調布鵜ノ木町十番地所在、店舗兼住宅(久ケ原マーケツト)を賃借し、日用品其他の小売業を営み同所に居住しているものである。

二、請求の趣旨記載の土地は久ケ原マーケツトの建物敷地の四百三十坪のうち西側の部分にあるもので、舗装道路を隔てて東京急行電鉄池上線久ケ原駅と相対し、マーケツトの正面入口に該る空地である。

三、原告等は久ケ原マーケツト開没以来被告の承諾を得て右土地上に原告等の費用を以て排水設備、照明用電燈設備八ケ所、防火用水設備五ケ所、を設け、表正面入口二ケ所に「久ケ原マーケツト」を表示したアーチを建設所有し、マーケツト大売出しの際は催し物或は顧客誘顧引の宣伝の場所に使用し、又当時顧客の自転車、乳母車の置場所、顧客の待合場所として顧客に提供し、原告等に納入する荷物運搬車の駐車場所、荷物の積下し場所として使用し、原告等の占有する土地である。

四、しかるに被告は右土地上南北両端に間口二間半奥行二間半の二階建総建坪十二坪五合の店舗兼住居を各一棟、その中間に間口七間奥行二間半二階建総建坪三十五坪の店舗兼住居一棟を建築することを計画しこれを実行せんとしていて、原告等の右土地に対する占有を妨害する虞れがある。

よつて原告は被告に対し占有妨害予防のため請求の趣旨記載の判決を求める。<立証省略>

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

請求原因第一、二項の事実は認める。

請求原因第三項の事実は否認する。

請求原因第四項のうち、原告等主張のような建築計画を実行しようとしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

久ケ原マーケツトの敷地は被告所有の東京都大田区調布鵜ノ木町十番地の十一、百坪一勺及び訴外家本トハ所有、被告賃借の同所同番の三、四、四百二十六坪九合九勺合計五百二十七坪であつて、終戦後三露謹吾によつて久ケ原マーケツトは開設されたが昭和二十三年七月焼失し、同年十二月再開され、昭和二十八年八月一日被告会社が設立されてから被告が建物及び土地の所有権、敷地の賃借権を承継し、本件土地は被告が占有せるもので原告等は占有せるものではないのである。即ち、

(一)  久ケ原マーケツト開設当時の居住所は現在いない。

(二)  下水は二つあつて一つは大田区役所の施設物であり他の一つは三露謹吾が施設したものである。下水の蓋は原告等のうち何人かにより施されたにすぎない。

(三)  八ケ所の電燈は元公道上にあつたものを原告等のうち二、三の者の発言で三露謹吾の承諾のもとに現在の場所に移転したもので名義は三露謹吾となつており費用は原告等が支出している。アーチは被告を含めた全員相談の上設置したもので被告が将来建築するときは撤去することを承諾して設置されたものである。

(四)  本件土地は単に空地なるが故に原告等、顧客、荷物運搬人等が係宣であるから使用すると云うだけである。

これに反し(一)本件土地の管理は被告がしているので原告等以外の者の看板、露店商等は総て被告が許可又は承諾のもとになされている。(二)電話線の架線も被告の承諾のもとになされ将来土地利用する場合は撤去又は廻係するよう被告と約束している。(三)下水も被告が昭和二十九年夏に管理清掃に便利なように修理改造したのである。

右の如く本件土地の占有は被告にあるのであるから原告等に占有のあることを前提とする本件請求は失当である。<立証省略>

理由

原告等は本件土地を占有していると主張し被告はこれを否認しているので検討する。

成立につき争がない甲第一号証、同第三号証、同第八号証の一ないし十二、原告伊藤弘の供述により成立を認め得られる甲第四ないし七号証及びその供述、原告清水光之の供述によると、被告はマーケツトを経営し、本件土地はマーケツトのある土地の一部であること、原告等は被告よりマーケツト内の店舗を賃借し、久ケ原駅前商店街商業組合を結成し、久ケ原マーケツト内に於て各種日用品の販売を営んでいること、本件土地は公道に面していてマーケツトの正面広場のようになつていて、マーケツトの商人の荷物の積下し場大売出の時は屋台を作つたり、景品置場とし、マーケツトえ来る問屋、顧客の三輪車、自転車、乳母車の置場に利用されていること、本件土地上には街燈、水槽、アーチ等があり、売出の時は看板を置き、地下には公道に面して排水路があつて、右街燈、水槽、排水路等の管理は原告等で結成した右組合によりなされて費用を支出していること、本件土地を使つたことについては被告から抗議の出たことはない又使用料を被告にとられたことはないことが認められ、右に反する証拠は他にない。

さて土地について占有がありとするにはその土地を自己の利益のためにする意思を以つて自己の支配内におかれていることを要するのであつて、支配内におかれているか否か判別し難いときは社会通念によりこれを定むべきものと解すべきところ、本件につき右認定事実からすると被告はマーケツトの建物を所有しマーケツトを経営し、その敷地を所有又は賃借して居り、原告等はマーケツト内の建物の一部を賃借してマーケツト内で営業を自主的に営んでいて、本件土地はマーケツトの敷地の一部をなす空地であることが認められる。そうすると原告等はマーケツト内の建物の一部を賃借してそこで営業をしているに過ぎないのであつてマーケツトとしての全体的な企業は被告が営んでいることが認められるのであるから本件土地を特に原告等に限り被告がその利用に提供する等の特段の事情のない限り本件土地の占有は原告等にはなく全体的な企業主体たる被告にあるものと認めるを相当とする。即ち本件土地は被告に於て使用の必要の生ずる迄は原告等のみのためでなく、マーケツトを利用する顧客、マーケツト内で営業する者、マーケツトに出入する問屋等一般に企業としてのマーケツトの繁営のため被告によつて被告の必要時迄一般的に開放されている土地と認めるべきであるから社会通念上このような場合に於ける土地の占有は依然として被告にあるものと認めるべきである。

原告等は街燈、水槽、排水路等の所有若くは管理していること、荷の積下し場、看板、屋台、景品置場等に本件土地を使用することを以て原告等に占有があるかのように主張しているが、街燈、水槽、排水路等の物自体については或は原告等に占有があるかも知れないが、そのことを以て直ちに本件土地について占有があるとは社会通念上認めることはできない。まして原告清水光之の供述の一部によると本件土地を原告等が使用するときは使用々途を被告に告げて一々被告にことわつて使つているとのことであるからこのことからしても被告が本件土地を依然占有していることは明瞭である。

或は原告等は従来無償で本件土地を必要時使用していたことを以て占有が原告等にあるかの如く考えるであろう。がしかしこれは被告が企業主体として本件土地を被告の必要時迄一般的に開放したと言うに過ぎないのであつて特に原告等に限つて使用を許したと言うのではないのであるから(かかる立証は何もない)かかる場合の占有は被告にあるものと言うべきである。仮りに原告等の言葉を以てすればマーケツトに出入する問屋、マーケツトに買物に来る顧客も本件土地を使用するのであるから問屋、顧客にも本件土地について占有があると言わねばならないが原告等と雖もおそらくこの占有は是認し得ないであろう。それは本件土地が一般的に被告によつて開放されているからである。原告等の本件土地利用もこれと同様な関係にあるのであろう。

原告伊藤弘の供述の一部によると伊藤が昭和二十三年マーケツトの店舗を借りた際被告は本件土地についてはこのまま空地にして建物は建てないとの話があつたので七万円の権利金を払つたと述べているが仮りにそのような話が被告によつてなされたとしてもそのことにより直に原告等に本件土地について占有があると言うことにはならない。

以上何れの点からしても原告等に本件土地について占有のあることは認め得られないからそのことを前提とする本件請求は爾余の点について判断する迄もなく失当として棄却するを相当とする。

よつて訴訟費用は敗訴の当事者の負担として、主文の通り判決する。

(裁判官 山本実一)

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