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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)9265号 判決 1955年12月07日

原告 園川スマ

被告 笹岡時子

主文

被告は原告に対し被告と訴外滝口市太郎及び田村隆三郎間の東京地方裁判所昭和二十八年(ワ)第八二一一号家屋明渡請求事件が終了したとき東京都港区赤坂青山高樹町十三番地の十七の宅地三十二坪七勺をその上にある家屋番号同町十三番の八木造トタン葺平家建居宅一棟建坪十坪を収去して明渡すべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し東京都港区赤坂青山高樹町十三番地の十七の宅地三十二坪七勺をその上にある家屋番号同町十三番地の八木造トタン葺平家建居宅一棟建坪十坪を収去して明け渡すべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

原告は昭和二十八年七月九日被告に対し金三十五万円を利息月六分、弁済期同年八月八日の約定で貸し付けた。そして、その際被告は期日に右貸金債務を弁済しないときはその弁済に代えて本件宅地の所有権を原告に移転すべき旨の代物弁済の予約をしたが遂に期日にその弁済をしなかつたので、原告は昭和二十九年七月二十日被告に対し右予約の本契約締結の意思表示をして本件宅地の所有権を取得した。

さて、本件宅地には右予約当時から被告所有の本件家屋が建つていたのであるが、被告はその予約に当り右宅地は更地であると称し、これに隣接する訴外加藤武雄所有の更地を見せ原告を騙していたのである。そして、原告がその後右の事実を知り、昭和二十九年二月頃(訴状に一月十五日頃とあるのは原告本人尋問の結果に徴し誤記と認める)被告に対しその不信行為を責め最初の約束どおり本件宅地を更地として貰い度いと要求すると被告は当時東京地方裁判所に係属していた被告から訴外滝口市太郎及び田村隆三郎に対する本件家屋の明渡請求事件(同庁昭和二十八年(ワ)第八二一一号)で被告が勝訴したときは直に本件家屋を収去して本件土地を更地とすることを特約した。ところで、右事件については同年八月十九日被告勝訴の判決(但し、訴外人らの控訴により未確定)があつたから、右特約に基いて本件家屋の収去を求めると同時に、所有権に基いて本件宅地の引渡(明渡)を求める。

仮に右のような特約がないとしても、本件宅地が代物弁済によつて原告の所有に帰した以上、被告はその上に本件家屋を存置する権限を有するものではないから、その特約が認められないときは所有権に基いて本訴の請求をする。と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、原告の主張事実中、その主張のような消費貸借及び代物弁済の予約ができ、次で原告がその主張のような経緯で本件土地の所有権を取得したこと、被告がその地上に本件家屋を所有していること及び昭和二十九年一月当時被告と訴外滝口市太郎及び田村隆三郎との間に原告主張のような訴訟事件が東京地方裁判所に係属しており、それについて同年八月十九日被告勝訴の判決があり、その事件が目下控訴審に係属中であることは認めるが、その他の事実は否認する。原告はその主張の代物弁済の予約をする以前から本件宅地に本件家屋の建つていることを知つていたものであり、また原被告間に原告主張のような特約ができたことはないから、被告は原告に対し本件家屋を収去して本件土地を明け渡す義務はなく原告の本訴請求は失当である。と述べた。<立証省略>

理由

原被告間に原告主張のような消費貸借及び代物弁済の予約ができ次で原告がその主張のような経緯で本件宅地の所有権を取得したこと及びその地上に被告が右消費貸借及び代物弁済の予約をする以前から本件家屋を所有していることは当事者間に争がない。

よつて原告主張のような家屋収去の特約ができたか否かについて按ずるに、証人草部一源、園川雅也の各証言と原被告各本人尋問の結果(但し、被告本人尋問の結果はその一部)とを綜合すると、前記消費貸借は訴外谷治雄の仲介によつてできたものであるが、谷はその仲介に当り原告に対し本件宅地に隣接する訴外加藤武雄所有の更地を見せ、同宅地について代物弁済の予約をするから被告に金を貸してやつて貰い度いと申し向けたので、原告は右貸借を承諾するとともに、前記代物弁済の予約をしたものであること及び原告はその後本件宅地には以前から被告所有の本件家屋が建つており谷に騙されたことを知つたので、昭和二十九年二月頃被告に対しそのことを伝え被告を難詰したところ、被告はこれを詫びた上、当時被告から訴外滝口市太郎及び田村隆三郎の両名に対して東京地方裁判所に起していた本件家屋の明渡請求事件(同庁昭和二十八年(ワ)第八二一一号)で被告が勝訴したときは本件家屋を収去して本件宅地を更地とすべきことを特約したことが認められ(但し、本文の家屋明渡請求訴訟に関する点は当事者間に争がない)、この認定を動かすに足る証拠はない。よつてこの特約の趣旨が問題となるのであるが、元来訴訟の勝敗は終局の確定判決、請求の放棄、認諾、調停若しくは和解の成立まではこれを云々することができないものであるから、単に或る訴訟で「勝訴したときは」という表現の意味は「勝訴の確定判決又は請求の認諾があつたとき若しくはこれと同視すべき調停、和解等が成立したときは」という意味に解するを相当とする。さすれば、前認定の特約も一応この趣旨に従い、被告が前記訴訟で勝訴の確定判決を受けるか、その請求について認諾を得るか、又はこれと同視すべき調停、和解等が成立し、前記訴外人両名の本件家屋明渡義務が裁判上確定したときは被告は本件家屋を収去して本件宅地を更地とするということを約束したものとすべきもののようであるが、先に認定したように、原告が谷治雄に騙され本件宅地を更地と信じてその代物弁済の予約をし、次で本契約によつてその所有権を取得したものであり、しかも、前記特約が、原告が被告に対し右谷の不信行為を難詰した際にできたものであることを回想すると、右特約の際における当事者の意思は、本件建物の収去はこれを前記訴訟における被告の勝訴という条件にかけるというよりも、むしろこれに訴訟の終了という不確定の期限を附するにあつたものと考えられる。けだし、被告が前記訴訟で勝訴の確定判決を受け若しくはこれと同視すべきような効果を収めることは必然の事実ではなくその敗訴の場合もあり得るのであるが、右特約がこの場合に無関係とすることは原告の前記難詰を無意味に帰せしめるものだからである。故に右特約はその形式上の表現の如何に拘らず被告は前記訴訟が終了したときは本件家屋を収去し、本件宅地を更地とするということを約束したものと認めるを相当とする。

さて、被告が前記訴訟で昭和二十九年八月十九日その勝訴の判決を受けたことは当事者間に争がないが、同判決がこれに対する控訴によつて未確定であることもまた当事者間に争のないところであるから、原告が前段認定の特約に基いていま直に被告に対し本件家屋の収去を求め得ないと同時に、前記訴訟が終了したときその収去を求めうるに至るべきことは前説示に徴して明白というべきである。そこで、かように原告が被告の債務は既に履行期が到来しているものとしてこれを原因として現在の給付を求める訴を起したのに対し、裁判所がその債務は未だ弁済期が到来していないと認めたときにはこれを如何にすべきかの問題を生ずるのであるが、当裁判所は、かような場合には民事訴訟法第二百二十六条が将来の給付の訴を認めている趣旨に徴して、原告の請求が将来の給付の訴提起の要件と同様の要件を具備する場合、すなわち、原告の請求が予めその請求をする必要のある場合である限り、裁判所は原告の請求を全面的に棄却することなく将来の給付を命ずる裁判をすべきものと考える。さて、家屋収去義務というような義務は金銭支払義務のような簡易な手続でその履行を強制し得るものではなくてその強制には相当の日数を要するものであるから債権者は概してその履行の遅延によつて悩まされるものであるが、本件のように被告がその義務発生の原因たる特約を否認している場合にはその悩は益深酷となるべきであるから、原告は前記特約に基く請求を予めする必要を有するものというべきである。よつて原告の本訴請求は、原告が被告に対し、右特約に基き前記訴訟が終了したとき本件家屋を収去し、かつこれと同時に所有権に基き本件宅地を引き渡す(明け渡す)べきことを求める限度で正当としてこれを認容すべきである。

被告は、原告は本件宅地に被告所有の本件家屋が建つていることを知りながらこれについて代物弁済の予約をし、次でこれが本契約をしてその所有者となつたものであるから本件家屋の収去及び宅地の明渡を求めることはできないと主張するけれども、原告は前認定の特約に基いて本件家屋の収去を求め、これと同時に所有権に基いてその敷地である本件宅地の明渡を求めるものであり、しかも、右特約を無効とすべき理由はないから、被告の右主張は他の考慮をするまでもなくこれを採用することができない。

原告は、前認定の特約によつて直に本件家屋の収去及び本件宅地の明渡が求められないときは同宅地の所有権に基いてその請求をすると主張するけれども、右特約は、事理の当然として、その特約によつて被告が現実に本件家屋を収去すべき義務を負うに至るまで原告は本件宅地の所有権に基く被告の右収去及び明渡義務の履行を猶予するという趣旨を包含するものと解すべきであるから、原告の右主張は採用することができない。

よつて、原告の本訴請求を以上認定の趣旨に従つて取捨し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

なお、この判決に仮執行の宣言を附することは相当でないからその宣言はこれを附さない。

(裁判官 田中盈)

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