東京地方裁判所 昭和29年(ワ)9765号・昭29年(ワ)8893号 判決
被告 三光信用金庫
本件目録第一の不動産が原告今井栄吉の所有に係り、同第二の不動産が原告今井信子の所有に属すること。右不動産につき被告三光信用金庫のため抵当権設定登記、代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記、賃借権設定請求権保全の仮登記及び共同担保の附記登記がなされていること、右登記によると、訴外高塚豊三郎が昭和二十八年十二月二十五日被告より金三百五十万円を借用したのについて、その共同担保として右の不動産に夫々抵当権が設定され、且つ債務を弁済期に弁済しないときは代物弁済として右不動産の所有権を移転すべきこと及び賃借権を設定すべきことを約した旨記されていること、さらに公証人作成にかかる強制執行認諾条項のある公正証書正本によれば、原告両名が被告に対し訴外高塚豊三郎と共に連帯して金三百五十万円の債務を負つている旨記されていることは、何れも当事者間に争がない。
被告は「原告今井栄吉及び原告今井信子の親権者今井栄吉、今井フジが訴外島瀬俊満、清水清一を介して被告に対し、訴外高塚豊三郎の被告に対する金三百五十万円の債務を連帯保証し、且つ抵当権設定、停止条件附代物弁済の予約並びに停止条件附賃借権設定をなす旨の意思表示をし、さらに公正証書の作成にも応じたものであり、仮りに自らそのような意思表示をしなかつたとしても、訴外清水清一、同島瀬俊満等を代理人として同人等をして被告と右契約をなさしめ且つ公正証書の作成方をも一任したものである、」と主張するけれども、これらを肯認するに足る証拠はないばかりでなく、却つて証拠を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、原告今井栄吉(原告今井信子の親権者父)は金融業を営む訴外東都興産株式会社の外務員長尾辰三郎より金融の話をもちかけられて、昭和二十八年十二月二十日頃右訴外会社の専務取締役清水清一、常務取締役島瀬俊満及び長尾辰三郎に対し担保として前記不動産の登記済証、印鑑証明、白紙委任状を渡し、差し当りこれらの書類は右訴外会社の金庫中に保管するだけで登記手続をしない約の下に、右訴外会社から四、五十万円の貸与を受けることになり、原告今井信子の母親権者今井フジもこれを諒承していたところ、訴外島瀬俊満、同清水清一は訴外高塚豊三郎が被告より金三百五十万円を借り入れるための担保として、右登記済権利証、印鑑証明、白紙委任状を他より入手した登記済証等と共にほしいままに被告に差入れ、さらに原告今井栄吉の印を冒用して、被告と訴外高塚豊三郎間の金三百五十万円の借用証書の連帯保証人兼担保提供者欄に今井栄吉の署名を冒署し、且つほしいままに印を押捺したほか、さらに数通の白紙委任状を作成し、これを差入れたりしたので、結局これらの書類により、原告今井栄吉及び原告今井信子の親権者(今井栄吉及び今井フジ)不知の間に、前記各登記手続がなされ、且つ公正証書が作成されるに至つたものであつて、被告主張のように、原告今井栄吉及び原告今井信子の親権者(今井栄吉並びに今井フジ)が訴外島瀬俊満、同清水清一等を介して被告に対し連帯保証、抵当権設定、代物弁済の予約、賃借権設定等の意思表示をしたことはなく、又これらを承諾して訴外島瀬俊満、同清水清一等に右のような契約締結の代理権を与えた事実もないことが認められる。よつて、この点に関する被告の主張は採用できない。
そこで、被告の表見代理の主張について判断するのに、先ず訴外清水清一、同島瀬俊満が原告両名の代理人として、どのような基本代理権を有していたかを調べると、前記認定のとおり、原告今井栄吉は昭和二十八年十二月二十日頃訴外東都興産株式会社より、四、五十万円の貸与を受けるべく、その担保として自己所有の不動産(第一目録記載)を、原告今井信子の母親権者今井フジ諒承の下に原告今井信子所有の不動産(第二目録記載)を提供し、但し差し当り同訴外会社の金庫に保管するだけで、登記手続をしない約の下に右不動産の登記済証、白紙委任状、印鑑証明を交付したものであるが、今井フジ本人尋問の結果に鑑みると、右の登記手続をしないという約は絶対的なものでなく、できるだけ登記手続を差控えるが、必要のときは登記手続がなされても已むを得ない趣旨であつたことが窺われるから、原告栄吉及び原告信子の親権者栄吉、フジは、訴外島瀬俊満、清水清一に対し訴外東都興産株式会社のため本件不動産について約四、五十万円の抵当権設定登記手続をなす代理権を与えたものというべきである。
従つて訴外島瀬、同清水が本件不動産を訴外高塚豊三郎の被告に対する金三百五十万円の担保に供したのは、その権限を踰越したものであることは明らかであるが、一方、被告金庫において訴外高塚豊三郎に対する金三百五十万円の貸付、これに伴う保証、担保提供、公正証書作成等一連の行為につき被告を代理して訴外高塚豊三郎、同島瀬俊満、同清水清一等と交渉し、その契約の任に当つた被告金庫外務課長相沢信義は、その間原告栄吉及び原告信子の親権者の承諾の下に事が運ばれていたものと信じていたことが証拠によつて認められる。
よつて、次に訴外相沢信義が右のように信ずるについて正当の理由があつたかどうかを検討するに、証拠を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、
(イ) 被告金庫の外務課長相沢信義は昭和二十八年十二月中旬旧知の間柄にあつた訴外清水清一より「五百万円の資金導入者がいるし、担保物件も充分あるから、魚河岸の問屋の高塚豊三郎という人に四、五百万円貸してやつて貰いたい。同人は堅い人で、一日の売上げは十万円以上あつて、絶対間違いない。お宅の五百万円の月掛定期積金に加入するから、一回掛けたら四、五百万円貸して貰いたい」旨申し込まれた。しかし、実は清水清一は訴外島瀬俊満、同高塚豊三郎等と相談の上、原告今井栄吉等に対し四、五十万円融通してやると甘言を弄して、同人等より登記済証を交付させ、これを流用して被告より融資を得ようと企んだものであつた。
それとは知らず相沢信義が早速訴外高塚豊三郎の店を訪れると、「奥の店を買い取つて営業を拡張したいので、金が必要で、売上げも一日十万円から二十万円ある」とのことで、訴外島瀬俊満はその店の番頭という話であつた。(これらの話は何れも虚偽であつた)それで相沢信義は貸付資金を導入し担保を提供すれば貸し付ける旨を答えた。
すると十二月二十日頃訴外島瀬俊満が担保として本件不動産の登記済証と訴外天野安久及び同吉沢熊次郎所有の不動産の登記済証、原告栄吉等の印鑑証明、白紙委任状を提供し、「高塚豊三郎の亡父の世話になつた人が担保を出してくれた」と嘘をいい、資金も導入できるというので、相沢信義は調査係の小宮直彦をして右担保物件の時価を調査させた。小宮直彦は原告今井栄吉方を訪れその妻今井フジに面接し、三光信用金庫の肩書のある名刺を出し、担保物件の価格を調査し、かたがた右物件が今井の所有物件かどうかを確かめたが、今井フジより別に疑義を持たれなかつた。次いで訴外天野安久方にも赴いて同様調査したが、訴外吉沢熊次郎の所有物件は現地調査をしなかつた。その結果貸与金額が金三百五十万円に減らされた。
そこで相沢信義は訴外高塚豊三郎に金五百万円の資金を導入するように連絡すると共に、被告備付の金員借用証書用紙(金額欄その他の貸借条項の印刷された用紙)や委任状用紙を渡し、これに借主連帯保証人兼担保提供者の調印を得るよう指示した。
すると同月二十五日訴外島瀬俊満、同清水清一等は原告栄吉の印鑑を借用し、恰かもかねて約束の原告今井栄吉と訴外東都興産株式会社間の金四十万円の借用証書類に捺印するようなふりをして、原告今井栄吉その妻フジ不知の間に前記借用証書用紙委任状用紙数枚に今井栄吉の印を押捺し、次いでこれと同様の方法で天野安久、吉沢熊次郎の印を冒用して金員借用証書を偽造し、これらを被告の店に持参した。一方、同日、訴外岡部梅蔵が被告に導入資金として金五百万円六カ月の定期預金をなし、訴外島瀬俊満、清水清一等に金百五万円の裏利息の即時支払を要求したので、被告は差当り三百五十万円中百五十万円を貸し出し、訴外岡部梅蔵は右金員中より金百五万円の裏利息の支払を受けた。そして原告栄吉所有の不動産については昭和二十八年十二月二十八日登記手続ができたが、原告信子所有の不動産については書類不備のため当日登記手続ができなかつたので、被告はこの日残額二百五十万円中金百万円を訴外高塚に貸し出した。
そして原告栄吉は訴外東都興産株式会社から右金員中より金四十万円を利息手数料を天引されて受領した。
昭和二十九年に入り、原告信子の母今井フジは訴外清水清一の求めに応じて同人に原告信子の戸籍謄本を交付し、次いで被告の集金係水野政信が今井フジの印鑑証明を取りに来たので、同女がこれを手渡した。この時水野政信は三光信用金庫の肩書のある名刺を差し出したけれども、別に怪しまれなかつた。
これによつて被告金庫は原告信子所有の不動産について昭和二十九年二月四日登記手続をなし、同月十三日残金百万円を訴外高塚に貸し出し、次いで同月二十六日被告の事務員水野政信を原告栄吉及び原告信子の親権者の代理人として選び、同人との間の本件公正証書を作成した。
(ロ) 思うに、第三者を介して登記済権利証、印鑑証明、白紙委任状、金員借用証書の交付を受けた場合は、一応本人がその貸借の内容を承諾しているものと判断するのは尤もであるが、借主や担保提供者と従来取引がなく、初めて多額の貸付をなし、その債務を保証して貰い、且つ不動産担保の提供を受けるというような場合は、調査が容易なときは、念のため直接本人の意向を確かめてみるのが貸主として執るべき態度であろう。
ところで本件の場合、被告は訴外高塚豊三郎や原告今井栄吉等とは始めての取引であり、しかも調査が容易であるのに、一度として原告栄吉や原告信子の親権者母フジについて、同人等が高塚豊三郎の金三百五十万円の債務を保証し、本件不動産をその担保として提供しているかどうかを直接確かめることをしなかつた。殊に相沢信義が借主や保証人兼担保提供者の調印を求めた金員借用証書には、本件不動産を担保として提供している筈の原告今井信子の署名押印乃至その親権者の署名押印(尤もその頃は原告今井信子が未成年者であつたことを相沢信義は知らなかつたようである)もなく、右不動産の登記申請書類も不備であつたのに、原告今井信子や原告今井栄吉に直接この点を確かめるでもなく、改めて前記金員借用証書に調印を求めるでもなく、登記手続も済まぬのに同日直ちに金百五十万円を貸し出してしまい、次いで同月二十八日金百万円を貸し出した。そして結局右金員借用証書には原告信子の親権者栄吉、フジの調印を得ずに終つてしまつた。尤も相沢信義は部下の小宮直彦をして本件担保物件を調査させたが、それは担保物件の時価の調査を命じたものであつて、現地調査に当り、小宮直彦が偶々今井フジに対しその所有関係を二、三尋ねたことがあるのに止まつたし、又、前記水野政信は走り使いをしただけであつて、結局金三百五十万円の担保供与並びに保証を承知しているかどうかについては、最後まで直接確かめなかつたのである。
元来相沢信義は被告金庫の外務課長であつて、外務員の集金の監督や不良貸付の対策がその担当職務であつて、貸付は本来担当外の仕事であるのに、貸付担当の融資課長橋本輝一は殆んど本件貸付に関与せず、専ら相沢信義がその衝に当つたものである。
以上のとおり認められるところ、これらの認定事実を考慮すると、相沢信義は本件貸借に関し訴外島瀬俊満、清水清一から貸出をせかれた余り、その間慎重さを欠いた嫌があるといわざるを得ない。
尤も、前記のとおり、小宮直彦が担保物件の時価調査に赴いた際と水野政信が今井フジの印鑑証明をとりに行つたとき、夫々今井フジに対し三光信用金庫の肩書のついた名刺を出したが、これに対し今井フジや原告栄吉より疑義を申し出たことはなかつたことが認められるけれども、この点を斟酌しても相沢信義の執つた処置に不充分の点があることを否めない。
以上の次第で、被告において清水清一、島瀬俊満の越権行為をその権限があると信ずべき正当の事由が存したとは解せられないから、民法第百十条所定の表見代理に関する被告の抗弁は採用できない。
してみると、原告両名は被告に対し訴外高塚豊三郎の金三百五十万円の担保として本件不動産を提供した事実はなく、又その債務を保証したことも連帯してその弁済の責に任ずる旨約したこともないのであるから、本件抵当権設定登記、代物弁済の予約による所有権移転請求権保全の仮登記、賃借権設定請求権保全の仮登記、共同担保たることの附記登記及び公正証書の記載は凡て真実に反し無効である。