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東京地方裁判所 昭和30年(モ)3251号 判決 1955年8月01日

債権者 江戸橋商事株式会社

右代表者 森脇将光

右代理人 中口光太郎

債務者 日本治金工業株式会社

右代表者 森暁

右代理人 松本才喜

<外二名>

主文

当裁判所が債権者、債務者間の昭和三十年(ヨ)第四八六号有体動産仮差押申請事件につき同年二月五日なした仮差押決定は、これを取り消す。

債権者の本件仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

理由

債務者が、債権者主張の七通、この金額合計三千百万円の約束手形を振出したことは、当事者間に争いがなく、また債権者が現にこの七通の手形を所持していることも債務者の争わないところである。

甲第一号証、同第二号証の各一の手形裏面の記載によつて、名宛人株式会社小林商店はこの二枚の約束手形(別紙記載の番号一、二の手形)につき白地裏書をなし、内一の手形については次に株式会社木村石炭商会が白地裏書をなしたこと、甲第三号証から第六号証の各一の手形裏書の記載によつて、名宛人株式会社東方洋行はこの四通の約束手形(別紙記載の番号三から六の手形)につき債権者を被裏書人と記載して裏書をなしたこと、甲第七号証の一の手形裏書の記載によつて、名宛人亜鉛亜商事株式会社はこの手形につき(別紙記載番号七の手形)白地裏書をなし、次に株式会社小林商店が白地裏書をなしたこと等が疏明される。そうすると本訴七通の手形の所持人である債権者は、手形法第十六条によつて振出人である債務者に手形金三千百万円の請求権があるものとする。よつて債務者の抗弁について判断しよう。

成立に争のない甲第九号証によれば、債権者会社は昭和二十六年五月二十六日資本金二百万円、金銭貸付及媒介業並に一般事業投資外二、三の事業を目的として設立され、取締役は志賀米平、茂木忠男、芝崎亮一、米屋等、監査役は中川忠光らで、取締役志賀、同茂木は共同して会社を代表するものであつたこと、昭和二十七年十月六日前記四名の取締役(代表取締役も含む)は辞任し、同月十六日森脇将光外二名が新たに取締役となり、同日森脇将光が代表取締役となり、同年十一月五日その登記をしたこと等が疏明される。

証人志賀米平、同茂木忠男の証言によれば、森脇将光は債権者会社の設立の際取締役に就任しなかつたが、実質的には森脇将光の会社ともいうべきもので、設立当初から実権は森脇が掌握していたことが窺がわれる。

証人志賀米平、同茂木忠男、同米尾等、同阿部三四郎らの証言と債権者代表者の供述等を綜合すると、昭和二十七年八月下旬から森脇将光は公正証書原本不実記載という被疑事件によつて警視庁に拘留され、同年九月二十日頃釈放されたこと、森脇は拘留中右被疑事件のほか本件手形を、森脇等債権者が入手した事情おも取調べられたこと、債権者会社の営業は森脇の拘留中は殆んど休業状態であり、取締役茂木、米屋らは森脇の拘留中は毎日のように警視庁へ出頭を命ぜられ、取締役志賀は警視庁、検察庁へ各々五回ほど出頭し、また阿部三四郎は頭初の一週間くらいは毎日のように警視庁に出頭しいずれも本件手形の取得事情或いはこれに関する事項について取調べを受けたこと、等が認められる。

証人志賀米平、阿部三四郎らの証言を綜合すれば、昭和二十七年九月十日頃、当時の債権者会社の共同代表取締役の一人である志賀米平は、一日も早く森脇が釈放されるため、延いては債権者会社のためにも、本件手形につき債務者といわゆる示談をする外なしと考え、その頃、以前債務者の代理人として債権者へ本件七通の手形返還を請求にきたことのある岡島善四郎と交渉し、同人から乙第三号証(但し捺印を除く)の書面を受取つて帰り、社員阿部三四郎をして志賀米平の名下へ、志賀の職印を押捺させ、同じくその頃代表取締役茂木忠男の職印を保管していた社員阿部三四郎をして、茂木忠男の名下へ茂木の職印を押捺させ、同年十三、四日頃乙第三号証の念書を阿部三四郎をして、債権代理人岡島善四郎へ交付せしめたことが疏明される。証人茂木忠男は乙第三号証中同人名下に押捺された印は自己の職印ではないと述べているが、右は成立に争いのない乙第二十二号証に対照して措信できない。

ところで、乙第三号証には「債権者は、本件七通の約束手形は債務者が各名宛人に詐取されたものであることを認め、債務者に対し本件手形が警視庁から債権者へ還附されたときは無条件で返還し手形の権利を主張しない」という趣旨が記載されているから、債権者の共同代表取締役の一人である志賀米平は昭和二十七年九月十日頃債務者の代理人岡島善四郎と右趣旨の契約をなしたものと認めることができるが、しかしながら、前記のとおり共同代表取締役の一人である茂木忠男の記名捺印が、同人の意思のもとになされたと窺がわれる疏明がないから、いきおい乙第三号証によつては、債務者が主張する契約が債務者と債権者間に成立したとはなしえず、他にこれを認めるにたる疏明もないから、債務者の抗弁は採用することができない。

次に仮差押の必要性について判断しよう。

債務者がステンレス、鋼、特殊鋼、フエロニツケル等の製造を主要な営業目的となすものであり、その資本金が十億円であり、昭和二十九年四月から同年九月までの間に約二億二千五百余万円の欠損をもつたこと、等は概ね当事者間に争いがない。しかし債務者がいわゆる第二会社を設立したり或は一般債権者から強制執行を免れるため財産の譲渡又は隠匿をしようとしている事実を認めるにたる疏明はない。凡そ仮差押の必要は、もしこれをしなかつたときは後日勝訴判決の執行をすることができないか、又は執行をなすに著しい困難を生ずる恐れがあるときに、許容されるのであることは法文の示すところである。それ故仮りに仮差押申請当時、債務者が自ら主張するように、十一億余万円の固定財産に対し、二十億余万円の債務があつたとしてもこの事実のみでは直ちに仮差押の必要性を認めるわけにはいかず、要は右法文のとおり将来執行をすることができないか、又は執行をなすにつき著しい困難を生ずる恐れがなければならない。しかるに債権者は右要件については何ら疏明をしていない。寧ろ成立に争いのない乙第十九号証から、同第二十一号証同じく乙第二十四号証と証人原覚の証言とを綜合すれば、債務者の短期借入金等凡そ二十四億六千余万円は必ずしも急速に弁済しなければならないものではなく、営業面においては興業銀行を含む七銀行からいわゆる協調融資をうけ、再建に努力した結果緩漫ながら逐次好転しつつあることが窺がわれ、株価も昭和二十九年十一月頃安価二十万円であつたが、同三十年二月頃には高値五十八円まで伸び、その後四十四円程度まで低下したとはいえ、九月決算においては復配の可能性がありと期待されている。このように債務者の営業成績は、将来急激な好転は望めないとしても、少くとも本件仮差押申請のなされた昭和三十年二月当時より漸次上昇しつつあることが窺がわれる。

飜つて、仮差押の必要性の存在を疏明することは実際上甚だ困難であるから、疏明の不足を保証をもつて補うことも差支えない(債権者は既に保証として三百九十万円を供託している)が、本件の場合にはそれも適当と考えられない。結論的には必要性の疏明がないものとする。

以上のとおり本件仮差押申請は、被保全請求権の存在については一応の疏明があるが、保全の必要性についての疏明がないから、既になされた仮差押決定を取り消し、仮差押申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二)

<以下省略>

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