東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4015号 決定 1955年12月13日
東京都大田区西六郷二丁目三十八番地
申請人
石谷新
右代理人弁護士
宮原守男
東京都江東区深川毛利町五番地ノ一
被申請人
大谷重工業株式会社
右代表者代表取締役
大谷米太郎
右代理人弁護士
酒巻弥三郎
同
福田彊
右当事者間の昭和三〇年(ヨ)第四、〇一五号地位保全仮処分申請事件について当裁判所は次のとおり決定する。
主文
申請人の申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一、申請の趣旨
被申請人が昭和二十九年十月十八日申請人に対してなした解雇の意志表示の効力を仮に停止する。
被申請人は申請人に対し昭和二十九年十二月十九日以降本案判決確定に至るまで毎月金一万三千七百九十五円を仮に支払え。申請費用は被申請人の負担とする。
との裁判を求める。
第二、当裁判所の判断の要旨
一、被申請人会社(以下単に会社ともいう)は製鋼および機械の製造販売を営業種目とする会社であり肩書地に本店を置き東京、尼ケ崎などに工場を有し、その主要工場であるところの東京都大田区羽田三丁目所在の羽田工場は機械課と製鋼課との二部門に分れ、機械課の工員は本工員となつているが、製鋼課の工員はすべて臨時工であること。申請人は、昭和二十九年三月三十日被申請人会社に臨時工として雇われ羽田工場製鋼課原料係に勤務していたこと。原料係は、甲組、乙組、丙組に分れて三交替勤務制をとり、右三組は一週間毎に交互に甲勤(午前八時から同日午後三時まで)、乙勤(午後三時から同日午後十時まで、)丙勤(午後十時から翌日午前八時まで)と交替して勤務するのであるが、申請人は乙組に所属していたこと。会社は昭和二十九年十月十八日附をもつて申請人に対し「会社は最近三交替制勤務に依る丙勤(午後十時より翌日午前八時迄の勤務)の場合作業規律が他の二勤務に対し極めて弛緩している点、就中認められていない睡眠をとる者があり之がため能率低下を来している実情に鑑み、十月十五日、職制を通じ之が規律の厳守方を示達したのであるが、貴殿は之に対し『夜勤のとき寝て悪いと言う馬鹿なことがあるか、基準法でちやんと寝てよいことになつているのだ』等と工員詰所において同僚をせん動し睡眠をとらしめた。斯る貴殿の行為は三交替勤務の実働時間を無視したものであると共に職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を紊したもので従業員就業規則第百二条第四号に該当するを以て会社は同条の定めるところに従い、貴殿を解雇します。」との通告をなして懲戒解雇の意思表示をなしたこと。
以上の事実は当事者間に争いがない。
二、申請人は本件懲戒解雇の理由とされたような事実は存在しないから、本件解雇は解雇権の濫用であると主張するが、疏明によれば本件解雇にいたる経過は以下の如くであることが認められる。即ち
会社は昭和二十九年十月十五日たまたま会社に来社した大谷製鋼株式会社富山工場長から会社の同工場に対する鋼塊供給量が極めて不足しているから緊急に生産対策の会を開催して貰いたいとの要請があつた結果午前十時から羽田工場において臨時生産合理化委員会を開催し討議したところ、丙勤の作業振りが休憩が多く且つ睡眠をなす者もあつてこれが生産の障碍の一つになつているとの結論に達し、この作業振りを昼間の他の二勤務同様に向上させるため同日直ちに作業規律の確保と能率向上の実践に関する業務命令を発することに決定し、即日会社常務取締役の名において「丙勤に於ても甲、乙勤同様の作業規律の確保と生産能率を維持し、いやしくも濫りに休憩をとり又は睡眠をなすが如きことのないよう即日之を改めるよう命令する。」との趣旨の業務命令が文書により発せられた。申請人の属する原料係乙組は当日丙勤であつたところ、同組の班長内堀敏夫が欠勤したため、この業務命令は甲組班長内藤竹雄から当日の作業開始直前である午後十時頃に口頭で示達された。然るに、この示達をうけた申請人は右内藤に対し「そんな寝てもいけないなんて規則はない。」「労働基準法によつて寝てもいいということになつているんだから寝てもいいじやないか。」などと難詰し、内藤はこれに対し「日本で一、二を争う日本鋼管でさえ三交替勤務で、就寝は許されていないんだから自分としては就寝は許されないと思う。」などと反駁し互に激論した。内藤が帰宅した後、当夜は乙勤の者がバック全部に原料をつめてあつたので差し当り作業すべきことがなく原料係乙組工員は工員詰所において休憩していたが、その間申請人は同僚工員を相手に約一時間位にわたつて労働法などの話をしてきかせた。そのうち申請人は「三時間は労働法上寝られるのだから、もし会社が文句をいつたら勤労課に交渉する。」「僕が責任を持つから皆寝ようや。」などといつて同僚工員に就寝を勧め当夜乙組を指揮する班長代理石川清一郎の指示を受けることなく工員詰所を出て一階に降り同僚に卒先して蓄熱室のそばで叭などの上に横臥、就寝したので、岸、関口、佐藤ら同僚も次々に下に降りて就寝した。一方、原料係甲組、乙組、丙組の工員を監督する伍長阿久根定雄が十月十六日朝七時十五分頃会社に出勤し、丙勤の作業場を見たところ、現場には叭や藁屑、煉瓦などが散乱し前夜横臥就寝した形跡が瀝然と残つており、原料入れのバックには全部原料をつめて甲勤に申し送りすべきに拘らず、バックの半分は空で乙組の者が作業を怠つていたことも明らかであつたので、当夜の責任者乙組班長代理石川清一郎に詰問したところ、同人は申請人らの右行動を報告したので阿久根はこれを会社に報告した。会社は同日午後一時より諮問機関たる懲戒協議会を開き、その決定を経て申請人を懲戒解雇することに決定したが、労働基準監督署に解雇予告除外認定を申請し認可を受けていると日時を要するので解雇予告手当を支給して即時解雇することとし、同日は申請人は丙勤であり翌十七日は日曜日であつたのでいずれも通告ができず、申請人が甲勤となつた同月十八日会社羽田工場人事係長から申請人に懲戒解雇の通告をなした。
右認定に反する疏明は信用できない。
以上の事実を認めることができるのであつて、右事実によれば申請人は作業開始直前無断で休憩睡眠をなさず誠実に作業を遂行すべき旨の業務命令を受けたに拘らずこれに従わず、かえつて反抗的所為に出て職場の秩序を紊したものといえるから、会社の従業員就業規則第百二条第四号「職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊したり紊そうとしたとき」に該当し懲戒解雇に値するといわねばならない。
よつて、申請人の右主張は採用できない。
三、申請人は、更に、本件解雇は右条項本文但書「但し情状によつて出勤停止又は減給若くは降任に止めることがある」との規定にも拘らず申請人の情状を無視して解雇の挙に出たもので、解雇権の濫用であると主張するので申請人の情状について判断しよう。
疏明によれば、申請人の属する原料係乙組の班長内堀敏夫は昭和二十九年九月頃丙勤に際し酩酊して就業時間中断続して睡眠をとるという事故を起したが、この場合は就業規則第百二条但書の適用によつて単に出勤停止の懲戒処分にとゞまつた事実、並びに会社で丙勤の際睡眠したことにより解雇されたのは申請人が最初であつた事実が認められる。
しかしながら、申請人の前記所為は被申請人会社が当時会社の業績が振わぬため丙勤の従業員の作業規律の確保につきつよい関心を示し当日業務命令を示達した直後であるばかりでなく、同僚工員に卒先して敢行したものであつて、右は会社の指示命令に対する反抗的態度の徴表というべきであるから、前記内堀の事例などに比するならばはるかに重い情状にあるといわねばならない。一方申請人の平常の勤務態度についてみるも疏明によれば申請人が臨時工として雇傭されて以来本件事故に至る六カ月間、職制の目の届かぬ場合には作業を怠つたり、また、自分は作業をせずに手を後に組んで同僚工員の作業するのを傍観していたり、とにかく作業に不真面目である上、右の如き勤務態度につき阿久根伍長から注意を受けたにも拘らず、依然としてその態度が改まらなかつた事実が認められる。
かかる場合、申請人には前記但書を適用して軽減すべき情状があるとは認められず、申請人の主張は理由がない。
四、申請人は本件解雇は懲戒解雇に名を藉りてはいるが、実は、申請人が労働組合を結成しようとしたことの故をもつてなされた解雇で労働組合法第七条第一号に反し、且つ、申請人が労働組合を結成することに対する支配介入で同条第三号にも反する不当労働行為であると主張する。
疏明によれば、申請人は入社以来会社の労働条件は劣悪であると感じ、これは製鋼課臨時工には組合が結成されおらず、主として職制を幹部とする福利機関である鋼友会があるに過ぎない故であると思い、労働組合を結成する必要を痛感し昭和二十九年七月頃からその結成を準備し、九月初旬から中旬にかけては同僚の川村明、横田次良と謀り、労働組合を結成しようという趣旨の申請人名義の趣意書四部を作り、その一部を川村が所持し、二部を申請人が所持して同僚工員間にこれを回覧し十月初旬には東京都大森労政事務所を訪れるなど準備を進め、申請人と右両名とで十月下旬には右労政事務所において結成準備会を開催しようとしていた事実、十月十五日本件事故当夜業務命令の示達を受けた後工員詰所に在つた同僚約二十名に対し労働組合結成の必要を説きこれを結成しようとの趣旨を表明し同所に前記趣意書を掲示し閲読を勧めておいたところ、翌十六日朝甲勤である丙組班長横溝八郎が出勤してこの趣意書を取りはずし持ち去つたので申請人が同人に対し詰問した事実、班長などが労働組合結成に対し消極的批判的であつた事実をそれぞれ認めることができ、また、会社が組合結成を嫌悪していた事実も窺われないではない。
しかし、一方、申請人の主張する申請人が特に職制から注目されていたという事実は、申請人の組合結成準備を会社が察知していたためではなく、むしろ、前記認定の申請人の勤務態度に由来するものであることが疏明により明らかであり、また、申請人が十月十七日賃金受領に勤労課に集つた工員に対し、勤労課長森田正二、人事係長鶴岡頼光の面前で組合結成準備会開催を発表したとの事実については疏明が十分でない以上、申請人の解雇についてはその前日にすでに決定されていたこと前記認定のとおりで、その他全疏明を綜合するも会社が申請人の組合結成運動を知り、これが故に本件解雇の措置に出たという疏明はない。
しかのみならず、申請人の本件所為が就業規則の懲戒解雇条項に該当すること前記認定のとおりであるから、申請人の組合結成運動が本件解雇の決定的原因とは全く認められず、却つて業務命令違反を本件解雇の決定的原因と認めざるを得ない。
よつて、申請人のこの点の主張も理由がない。
五、以上の次第で、申請人に対する解雇の意思表示が無効であると主張するところはいずれも理由がないから、本案請求権の存在の疏明のない本件申請を却下すべきものとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八十九条に則り、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 綿引末男 裁判官 三好達)