大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(レ)30号 判決 1955年8月16日

控訴人 東京百貨共販株式会社 外一名

被控訴人 上野千代

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人両名の負担とする。

事実

控訴代理人は『原判決を取消す。控訴人東京百貨共販株式会社につき同人から被控訴人に対する墨田簡易裁判所昭和二十七年(イ)第十三号家屋明渡和解事件ならびに控訴人木村吾郎につき同人から被控訴人に対する同庁同年(イ)第四号家屋明渡和解事件の各執行力ある和解調書正本にもとずく強制執行は、いずれもこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。』との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において『本件和解当時当事者間に何等争いがなく、又本件建物は訴外三浦美淑が控訴会社に賃貸したものであつて、控訴人木村に賃貸したものではないのに、これを控訴人木村に賃貸したとして、同人から控訴会社に転貸したことを理由として本件和解が申立てられた。従つて本件和解はその主張する基本の契約が実質的に架空のものであつて、この架空の契約について和解するということは法律上認めることはできないから、仮りに和解という形式の下に本件建物明渡の合意が成立したとしても、それは実質的には和解ではなくして本件建物明渡に関する新たな契約と認めるべきであるので、借家法第六条の規定に違反し無効であり、当然同法の諸規定が適用される。』と述べた外は原判決事実摘示と同一であるから、これをこゝに引用する。

<立証省略>

理由

本件当事者間において、控訴人両名主張の和解が成立し、主張のような和解調書がそれぞれ作成されたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、控訴人両名は本件建物を占有していないのであるから、本訴は訴の利益を欠くものとして、却下さるべきであると主張するけれども、本件建物を被控訴人主張のように仮りに控訴人両名が現在占有していないとしてもこの事実を以て直ちに右和解調書正本にもとずく執行力が消滅し、将来右債務名義による執行の余地が全然失われたということできないのであるから、占有の有無について判断するまでもなく、この抗弁は理由がない。

次に控訴人両名は、被控訴人は本件賃貸借の当事者でなく、また本件建物の所有者でもないから、これが、法律関係について、管理権、処分権を有しない。従つて本件和解についての当事者適格を欠くので、右和解は無効であると主張するが、原本の存在及び成立に争いのない甲第一、二号証の各一、成立に争いがない乙第一号証甲第三号証、乙第二号証の二、原審証人上西清の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証の一に、原審証人植木為三郎(第一、二回)、同三浦美淑(第一回)の各証言及び原審における被控訴本人の供述を綜合すれば、被控訴人は三浦美淑の奨めにより昭和二十一年二月十二日頃本件建物を他から買い受け、現にその所有者であること、右三浦は被控訴人から本件建物の管理を委任されていたこと、控訴人木村ら数名は控訴会社創立を計画し、右三浦にその援助方を懇請した結果、本件建物一階を控訴会社設立の暁はその営業所として賃借することとして、同会社設立まで控訴人木村が右三浦を介して被控訴人から次の条件で賃借することになつた。すなわち、賃借期間は契約年月日を昭和二十六年十月一日とし、この日から六カ月、賃料は本件建物内外の改装、補修費を以て充てること。よつて控訴人木村は控訴会社設立に先立ち本件建物の引渡を受けたこと及び本件和解申立は右三浦が前記被控訴人から委任を受けた管理権にもとずいて被控訴人名義でなしたことが認められる。右認定に反する前記甲第三号証、原審証人千葉若男、同上西清、同遠藤進の各証言及び控訴会社代表者本人の供述の一部は措信しない。その他右認定を覆すに足る証拠はないから控訴人両名のこの主張は採用することはできない。

次に被控訴人両名は本件和解申立書には『争の実情の表示』はなく、又当事者間に何等争いがないのに債務名義獲得の手段として濫用したもので、その申立は無効であると主張し、被控訴人は、本件建物の二階の部分について賃貸借の有無について争いがあり、又右建物の借主が何人であるかについて争いがあつたので本件和解をなす必要があつた旨主張するので判断するに、民訴法第三百五十六条第一項の規定によつて請求の趣旨及び原因の外『争の実情を表示』すべきことを命じているのは管轄裁判所において和解を進めるに当つての便宜のためであると解せられる。従つて右裁判所において右欠缺の事由を看過し申立の却下をすることなくして、和解手続を進行し、和解当事者間において申立却下の申請なくして和解が成立すれば、もはや、和解当事者は右欠缺について争い得ないし、又当事者の合意によつて成立した和解を右欠缺の事由を以て無効であると主張し得ないと解するから、本件において争いの実情の表示がないことは原本の存在及び成立に争いなき甲第一、二号証の各一、二によつて認められるけれども、控訴人両名のこの主張を採用することはできない。次に起訴前の和解においてその前提となる争いとは権利関係の存否、内容、範囲に関するものに限らず、権利関係の不確実や権利実行の不安全をも含むと解せられる外、必ずしも現在の紛争のみをその対象としているのではなく、将来発生すべき可能性ある争いについても和解申立に際し、右争いを予測できる事情が存する限り、予めその申立をする必要ある場合として、その申立は許されると解すべきである。

これを本件についてみると、原審証人上西清、同千葉若男、同遠藤進の各証言及び原審における控訴会社代表者本人の供述(但し、いずれも以下認定に反する部分は措信しない。)に、前記甲第一、二号証の各一、二を綜合すれば、右三浦が控訴会社設立のため資本金五百万円をいわゆる『見せ金』の方法により一時提供して昭和二十六年十一月中旬頃控訴会社が設立されたこと、控訴会社設立後も本件建物の賃借人は控訴人木村としていて賃借権承継手続をすることなく控訴会社が本件建物一階を占有していたこと本件建物内外の改装、補修費として約三百万円を要し、控訴会社が負担したこと、昭和二十六年十一月下旬頃から控訴会社事業の成否について見透が困難な状況にあつたことなどが認められ、これら認定事実に、前示認定の賃貸借契約の条件が通常の場合と異り、賃借人に苛酷なものであつた事実を考え合せると本件賃借人は何人であるかについて争いがあり、(二階の賃貸借の有無について争がある旨の被控訴人主張に符合する前記植木為三郎及び三浦美淑の各第一、二回証言は前示各証言に照し信用できない、他にこれを認めるに足る証拠はない)、又本件和解当時すでに将来の紛争を予測できたから、本件和解申立を無効ということはできなく、又単に債務名義獲得の手段として右和解を申立たと考えることはできないので控訴人のこの主張は採用することはできない。

次に控訴人両名は、本件和解は借家法により保護されている借家人たる控訴人らの利益を蹂躙するものであり又右建物明渡に関する新たな契約と認むべきであるから借家法第六条の規定に反し無効であり、当然同法の適用があると主張するけれども、起訴前の和解はその性質上私法上の和解契約であるとともに訴訟行為である控訴人両名主張の本件和解が当事者間に成立しその旨の調書が作成されたことは当事者間に争がないところであるので、右和解は控訴人両名の主張のとおり、私法上の本件建物明渡に関する契約であるが右は控訴人木村については賃貸借契約そのものの終止を目的とする合意であり、控訴会社については賃貸借関係なき本件建物の占有者として控訴会社との間に為されたものであつていずれも借家法第六条の適用ないし準用はなく、右和解調書の効力は有効に発するから控訴人両名のこの点に関する主張は理由がない。

次に控訴会社は本件和解は詐欺によるから取消す、しからずとするも、控訴人両名は本件和解をするに当り要素の錯誤があり、和解の意思が欠けていたのであるから、無効である旨主張するか、原判決の理由中に説示するところ(記録一八七丁裏一行目(而して、以下)から一八八丁十行目まで、)と同一の理由で採用できないから原判決理由中右部分をこゝに引用する。

控訴人木村は本件和解は当事者に何等法律関係のない無効のものであると主張するがその理由のないことは前示判断して説明したとおりであるから、この主張も認めることはできない。

右の次第であるから控訴人両名の本件主張はいずれもその理由がないこと明であるから本件和解調書正本にもとずく執行力の排除を求める本訴請求は失当にして棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は相当として、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条、第九十三条、第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 伊東秀郎 荒井徳次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例