東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2486号 判決
証拠を綜合すれば次の事実が認められる。すなわち、名取栄二は昭和二十八年十一月二日から昭和二十九年九月十三日まで被告の専属外務員をしており、本件株式の株券の受渡は名取が被告の命令によりこれを原告方に持参してなしたものであるが、原告は昭和二十八年七月頃から名取を介して被告に株式売買の委託をし名取及び被告を信頼していたので、その際株式の名義書換手続を被告に依頼する趣旨で名取に株券を交付した。しかるに名取はこれを奇貨とし右株券を自己の資金繰に利用することを企て、その頃友人の小池某にこれを交付して金策を依頼し、小池はこれを担保として佐藤康生から金借し、次で同人にその株式を譲渡すると共に名義書換手続まで済ませて、原告のこれに対する権利を完全に失わせたことが認められる。以上の認定によれば原告からその主張の株券を預りこれを他に擅に売却した不法行為をなした者を被告自身となし難いことは論を俟たないところであるから次に予備的請求原因の当否につき判断するに、民法第七百十五条にいわゆる被用者とは報酬の有無期間の長短を問わず広く使用者の選任によりその指揮監督の下に使用者の経営する事業に従事する者を指称するものであるが、証券業者の専属外務員は、固定給の有無に拘らず、証券業者の選任と指揮監督の下にその営業所以外の場所で有価証券の募集若しくは売買又は有価証券市場における売買取引の委託の勧誘に従事する証券業者の使用人に他ならないから、原告が名取に株券を預けた当時同人が民法第七百十五条所定の意味で被告の被用者であつたことは疑問の余地がない。よつて問題は本件が果して同条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とある要件を具備するか否かによつて決せらるべきであるが、証券業者がその付随的事務として顧客から依頼されて買付をした顧客のために名義書換手続をしてやることは顕著な事実であるから、証券業者の専属外務員が顧客からその買付株式の名義書換のために株券を預るのはその所属証券業者の事業の執行々為に属し、その後において当該外務員のこれに関する行為はすべて右事業の執行についてする行為と解するを相当とする。
被告は、原告が名義書換のため株券を名取に預けるに際し責任者が記名捺印した預り証を受け取らなかつたことは原告の過失である旨主張するけれども、当裁判所はこれを積極に解してもこの種の過失は株式取引の現況では損害賠償の額を判定するについて常に必ずこれを斟酌しなければならない程重大なものではないと考えるから本件ではその斟酌をしない。
してみると被告は前認定の名取の不法行為によつて原告の受けた損害を賠償する義務を有することが明瞭であるから、被告は原告が名取の不法行為によつて本件株式の権利を完全に失つた昭和二十九年九月二十七日当時の時価である十三万七千円と同額の損害金を原告に対し支払うべきであるとして原告の本訴請求を正当と認容した。