東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2820号 判決 1958年12月15日
原告 星野五三郎 外一名
被告 鶴岡衛
主文
1 原告等の請求はいづれもこれを棄却する。
2 訴訟費用は原告等の負担とする。
3 本件につき当裁判所が昭和三〇年四月二三日なした仮処分執行停止決定を取り消す。
4 前項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
原告等訴訟代理人は、
1、被告が訴外日本興業株式会社(以下日本興業という)に対する東京高等裁判所昭和二九年(ウ)第三五一号仮処分決定に基いて、昭和二九年七月一日別紙目録記載の建物(以下本件建物という)につきなした仮処分執行はこれを許さない。
2、被告は原告星野に対し金三五三万八千円及び右完済まで内金九七万六千円に対しては本件訴状送達の翌日から、内金二五六万二千円に対しては請求の趣旨拡張の申立書送達の翌日から年五分の割合による金員を、原告山本に対し金七二万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から右完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び第二項の請求趣旨についての仮執行の宣言を求め、
被告訴訟代理人は、
原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。
との判決を求めた。
第二、請求原因
1、被告は昭和二九年六月二六日、日本興業を債務者として東京高等裁判所に対し本件建物につき同裁判所昭和二九年(ウ)第三五一号占有移転禁止の仮処分命令を申請し、同月二九日、「債務者の本件建物に対する占有を解いて、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏はその現状を変更しないこと及び改築工事を施行しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない。但し、この場合においては、執行吏はその保管に係ることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者はこの占有を他人に移転しまたは占有名義を変更してはならない。」との仮処分命令を得た上、東京地方裁判所執行吏齊藤喜市代理高松信雄に委任し、同月三〇日本件建物に対し右処分執行をなした。
2、しかしながら、被告は昭和一八年一〇月一日その所有する本件建物の敷地東京都品川区北品川一丁目三七番地所在宅地二四三坪四合三勺(以下本件土地という)を訴外日本鉄道自動車株式会社(現在は東洋工機株式会社と改称)に賃貸し、同会社は本件土地上に本件建物を所有していたが、これを本件土地の賃借権と共に訴外谷古宇貢に売り渡し、原告星野は右谷古宇から昭和二六年七月一〇本件建物を本件土地の賃借権と共に買い受ける予約をし、同年一一月一〇日その本契約をして建物の引き渡しを受けその所有権を取得し、かつ、本件土地の右賃借権渡受についてその頃被告の承諾を受け、同日本件建物のうち三階の一〇畳一室(別紙第一図3の室)、六畳三室(同図1、2、5の室)を日本興業に賃貸した。而して本件仮処分執行当時原告星野は右賃貸部分のうち一〇畳一室には本件建物の改修工事の見廻り役として訴外藍沢辰己を居住させており、その他の賃貸部分には日本興業の従業員が居住しており、また二階四室(別紙第二図9、10、11、12の各室)には原告星野の妻星野マサの賄いで日本興業の従業員が宿泊していたもので、本件建物の一、二階の各室は全部原告星野の占有に属していたものである。
これを要するに、前記三階一〇畳一室は占有補助者たる藍沢の占有の下に原告星野の占有に属し、その他の六畳三室は賃借人たる日本興業の占有の下に賃貸人たる原告星野の間接占有に属し、一、二階の各室は原告星野の直接占有に属していたものである。
なお、星野はその後日本興業との前記三階各室の賃貸借契約を解除し、昭和三一年八月までにその従業員をすべて本件建物から退去させ、昭和三二年一月一五日から同年一一月一〇日までの間に一階一五室、二階一二室、三階二室を訴外田中たま等二九名に賃貸して現在に至つており、また二階一室(別紙第二図ノ1の室)には訴外永井よつが本件建物に対する星野の管理人として本件仮処分執行当時から引き続き居住している。
3、また、原告山本は原告星野から本件建物の改修工事を請負い、昭和二九年五月二日工事に着手し、本件仮処分執行当時右工事のため本件建物を原告星野と共に共同占有していたものである。
4、右のとおり、本件仮処分執行当時本件建物は原告等の占有に属していたもので、被告の日本興業を債務者とする本件仮処分執行によつて原告等は本件建物に対する占有を不当に奪われたものであるから、原告星野は本件土地賃借権及び本件建物の占有に基き、原告山本は本件建物の占有権に基き本件仮処分執行の不許を求める。
5、また、原告星野は本件仮処分執行がなかつたとすれば、本件建物を昭和二九年七月末までに改修し、(イ)六畳、四畳の二間の室を五室、(ロ)八畳、五畳の二間の室を一室、(ハ)四畳半、三畳の二間の室を八室、(ニ)八畳間一室、(ホ)間口三間、奥行二間半の店舗二を完成し、翌八月一日から室料一ケ月少くとも(イ)、については一室金五千円、(ロ)、については一室金六千円(ハ)、については一室金三千円、(ニ)、についは一室金三千五百円、(ホ)については一店舗金一万五千円で賃貸し、以上総計金一二万二千円の賃料を得べかりしところ、被告の本件仮処分によつて改修工事を中止するの止むなきに至り、これによつて原告星野は昭和二九年八月一日から貸室を開始する昭和三一年一二月末までの間一ケ月金一二万二千円の割合による合計金三五三万八千円の損害を蒙つたことになる。
また、原告山本は原告星野から本件建物の改修工事を金三六〇万円で請負い、その完成のときは少くとも請負金額の二割の収益を得べかりしところ、被告の本件仮処分によつて右工事を中止するの己むなきに至り、結局、原告山本は本件仮処分によつて金七二万円の損害を蒙つたことになる。
よつて被告に対し、原告星野は右金三五三万八千円及び右完済まで内金九七万六千円に対しては本件訴状送達の翌日から、内金二五六万二千円に対しては請求の趣旨拡張の申立書送達の翌日から民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告山本は金七二万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。
第三、右に対する被告の答弁
請求原因1の事実は認める。2の事実のうち、本件建物が原告星野の、本件土地が被告のそれぞれ所有であることは認めるがその余の事実は争う。本件仮処分執行当時本件建物は日本興業が占有していたものである。3、ないし5、の事実は争う。仮りに原告山本が工事をしていたとしても同原告は単に注文者たる原告星野の指示に従つて現場で工事をしていたにすぎず、本件建物を占有するものではない。
第四、証拠
原告等訴訟代理人は、甲第一号証の一、二、同第二号証の一ないし三、同第三号証の一、二、同第四号証の一ないし四、同第五号証の一、二、同第六ないし第一四号証、同第一五号証の一ないし、三、同第一六号証、同第一七号証の一、二、同第一八号証の一ないし三、同第一九、第二〇号証、同第二一号証の一ないし四、同第二二ないし第二五号証、同第二六号証の一ないし四、同第二七ないし第三二号証、同第三三号証の一、二を提出し、証人笠村武史、同藍沢辰己、同谷古宇貢、同星野マサの各証言、及び原告星野五三郎、同山本百太郎の各尋問の結果を援用し、乙第三号証が本件建物の写真であることは認める、その余の乙号各証の成立はいづれも認める、と述べた。
被告訴訟代理人等は、乙第一ないし第六号証を提出し、証人中川八郎左エ門、同高松信雄、同浅野光重、同滝沢正美の各証言及び被告鶴岡衛の尋問の結果を援用し、甲第一号証の一、二、同第二号証の一ないし三、同第六、第七号証、同第一〇ないし第一二号証、同第一五号証の三、同第一六号証、同第二二号証、同第二四号証、同第三三号証の一、二の成立はいづれも認める。その余の甲号各証の成立はいづれも不知、甲第一、二号証の各二を利益に援用する、と述べた。
理由
1、本件建物に対し原告等主張の日にその主張のおりの仮処分の執行がなされたこと及び本件建物が原告星野の、本件土地が被告のそれぞれ所有であることは当事者間に争いがない。
2、原告星野は本件仮処分執行に対する異議事由の一つとして本件土地に対し賃借権を有することを主張するもののようであるが、本件仮処分は日本興業を債務者とし、本件建物に対するいわゆる占有の移転禁止を内容とする仮処分であるから、これによつて原告星野の右土地賃借権(原告星野がその主張のとおり本件土地に対し賃借権を有するかどうかは別として)はなんら害されることはなく、したがつて原告星野が本件土地の賃借権を有することを以てたゞちに本件仮処分に対する異議の事由とならないものといわなければならない。
3、そこで本件建物の占有状態について順次考察することゝする。
本件建物の各階の間取りが後記改修工事完成後において別紙第一ないし第三図のとおりであることは証人星野マサの証言によつて認められる。(以下本件建物の部分を表示するのに右改修前の場合も同改修後の間取りで表示するが、部屋の構造及び数に相異があつてもその表示位置と広さには変りがないように表示する。)まづ本件仮処分執行当時本件建物三階の三室(別紙第一図1、2、5の室)、二階四室(別紙第二図9、10、11、12の室)に日本興業の従業員が居住していたこと及び右三階三室は同会社においてこれを占有していたものであることは原告等の自認するところである。
原告等は本件建物一、二階はすべて原告星野がこれを直接に占有していたものであると主張する。なるほど右三階三室に日本興業の従業員が居住するに至つたのは昭和二六年一一月一〇日に原告星野と日本興業との間に成立した賃貸借契約に基くもののように、原告星野の本人尋問における供述と同供述によつて成立を認める甲第一四号証によつて認め得られるようであるが、二階のうち少くとも前記四室には三階三室と同じく日本興業の従業員が居住していたことは前記のとおり原告等の自認するところであつて、しかも証人谷古宇貢、同藍沢辰己、同滝沢正美、同星野マサの各証言、原告星野の本人尋問における供述を綜合すると、原告星野は昭和二六年一一月本件建物を谷古宇貢から買い受けるとこれに、原告星野が代表取締役でかつ、その個人支配会社のようにしていた日本興業の看板を掲げ、同建物を同会社の従業員約三〇名の宿泊所とし、従業員から毎月一定の部屋代を徴収し、原告星野の妻の星野マサにその賄をさせてきたこと、しかし、右従業員使用の部屋は各従業員別に特定していたわけでなく、同従業員等が各自めいめいに右三階三室、二階四室その他二階(後記八畳一室別紙第二図1の室を除く)一階の空室を適宜使用しており、前記三階三室の賃貸借も主として対外的な関係を考慮したことによるものであることがそれぞれ認められるので、原告等が右従業員の使用を認める右三階三室と二階四室との間だけでも日本興業の従業員による使用状況に格別の区別も見出し難く、むしろ、日本興業従業員の本件建物使用関係は必ずしも原告星野と日本興業との右三階の賃貸借によるものではなく、原告星野が本件建物全部を日本興業の寮として使用することにした結果に基くもので、結局本件建物全部を日本興業において占有していたものと認めるのが相当である。もつとも、前記各証拠に星野の供述によつて成立を認め得る甲第二五号証によると、三階六畳一室(別紙第一図4の室)を昭和二九年二月一日から日本興業の従業員であつた保坂早苗が、また三階一〇畳一室(同図3の室)を同じく日本興業の従業員であつた藍沢辰己がそれぞれ他の日本興業従業員とは別に本件仮処分執行直前まで独占して使用していたこと、藍沢は兼ねて原告星野に代つて本件建物の使用状況及び改修工事の監視役を原告星野から委頼されていたこと、また本件仮処分執行当時二階八畳一室(別紙第二図1の室)には原告星野の実姉の永井よつが本件建物全部の見廻りの意味で居住しておりその後も引き続き現在に至つていること、そして本件仮処分執行当時右保坂及び藍沢が退去した後の同人等使用の各室及び日本興業の従業員が前記のとおりに適宜に使用していた室を除いた二階各室と一階各室(特に一階はほとんど全部)は概ね空室で、また本件建物を貸室に改修するため、原告山本の工事に妨げとなるときは、それを避けて右各従業員が適宜に室の使用状況を変えていたこと等がうかがわれるけれども、前記藍沢、保坂、永井の三名が右のような室の使用をしており(前記甲第二五号証によれば、保坂は日本興業に宛て、借室の念書を出しているようである。)本件仮処分執行当時たまたま前記のとおり空室があつたからといつて本件建物が日本興業の寮であると認定することの妨げとなるものでもなく、右改修工事の行われていたこと、それによる日本興業従業員の本件建物使用状況の変動も右認定の妨げとならないことは後記のとおり右同様である。しかしながら、証人星野マサの証言と同証言によつて成立を認める甲第三二号証、原告星野の本人尋問の結果によると、本件仮処分執行後の昭和三一年四月頃日本興業では労働争議が起きその解決後本件建物居住の前記従業員全員が解雇され、原告星野は前記日本興業との室の貸借関係を解除して右従業員を右各室から退去させ、その後前記改修工事を完成の上、昭和三二年一月から同年一一月頃までの間に右改修によつてでき上つた二階六畳一室(別紙第二図10の室)、店舗一室(同図3の店舗)を空室とし、これを除いた各室をすべて田中たま等三十数名に貸室として賃貸して現在に至つていることが認められる。してみると、本件仮処分執行当時は本件建物各室は全部日本興業の寮として同会社の直接占有に属していたものであつたが、同会社と原告星野の前記貸借関係の解消によつて同原告においてその直接占有を承継し、さらにそのうち、現在空室の前記二階一室及び店舗一室を除くその余を右田中たま等にそれぞれ賃貸して、同人等に直接占有を承継させたものとすることになる。
4、ところで本件のように借主としての直接占有者に対するいわゆる占有移転禁止の仮処分執行において、貸主である間接占有者がその占有権を以て第三者異議の訴の理由とすることができるかどうかを考えてみる。
この種仮処分の目的とするところは目的物に対する現実の占有者を確定し、後日の目的物に対する執行の万全を期するものであるから、その執行の方法として債務者の目的物に対する占有を解いて執行吏の保管に付する場合、その債務者の解かれる占有は目的物に対する事実上の支配のみであつて、借主の貸主に対する私法上の責任に影響が及ばないものと解され、したがつて目的物に対し占有移転禁止の仮処分がなされてもこれによつて貸主である間接占有者の有するその占有権は害されることはないものといわなければならない。また実際上も占有移転禁止の仮処分執行に対し間接占有者でも第三者異議の訴を以てその執行の排除をなし得るとなれば債権者は常に現実の占有者のみならずあらゆる間接占有者も債務者としなければ執行の万全を期し難いことになり、仮処分の迅速性が奪われることになる。これを要するにいわゆる本件のような占有移転禁止の仮処分に対しては間接占有者はその占有権を以て第三者異議の訴の理由となし得ないものと解するのが相当である。そうとすれば、原告星野は本件仮処分執行時においても、また本件訴訟の口頭弁論終結時においても前記のとおり二階六畳一室、店舗一室(別紙第二図10、13の室)を除くその余の本件建物部分については間接占有者であるに過ぎず、なお、右二階六畳、店舗各一室については日本興業の直接占有を承継したものとして本件仮処分執行における第三者とはいえないから、本件仮処分執行に対する異議事由は存しないものというほかはない。
5、つぎに前記改修工事に関連する占有状態について考えてみる。
原告星野、同山本の各本人尋問における供述と同各供述によつて成立を認める甲第二〇号証によると、原告山本は昭和二九年四月二五日原告星野から本件建物の改修工事を請負い、昼間その工事関係者を派遺して本件仮処分執行当時本件建物の改修工事に着手していたことが認められるけれどもその工事は単なる改修工事に過ぎないので、かゝる事実からただちに山本が本件建物に対し工事施行主の占有代理人或は独立の占有者として事実上の直接の支配を有するものとは到底解されないところである。また右各本人尋問及び被告本人尋問の結果によつて本件仮処分執行当時に撮影された写真であると認められる乙第三号証によれば、本件改修工事の施行主は原告星野であつたとしても同工事によつて本件建物が貸室用建物に完成された場合、その管理を日本興業が行うことが当時予想されたこともうかゞい得られるので、右工事部分或いは工事完成後の空室が原告星野の直接占有に属し、日本興業の直接占有を離れていたものといゝ難いところである。
6、つぎに損害賠償の点について考えてみる。本件仮処分の執行が違法でないことは上来説明のとおりであるから、本件建物に対し違法な仮処分の執行がなされたことを前提とする原告等の損害賠償の請求は理由がないものというほかはない。
7、以上のとおりであるから原告等の請求はいづれも理由がないので失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮処分執行停止決定の取消及びその仮執行の宣言につき同法第五四九条、第五四八条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 畔上英治 深谷真也 新谷一信)
目録
(一) 東京都品川区北品川一丁目三七番地
家屋番号同町二五三番の一
一、木造トタン葺三階家貸座敷 一棟
建坪 七七坪五合八勺
二階 八九坪三合三勺
三階 二六坪五合
第一図、第二図、第三図 <省略>