東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4398号 判決 1955年10月24日
原告 熱田すゑ
被告 日東澱粉化学株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
請求の趣旨
一、昭和三十年二月十九日東京都文京区西片町十番地にの八号川部福太郎方において開催された被告会社取締役会における、「取締役川部福太郎を被告会社の代表取締役に選任する」との決議は、無効であることを確認する。
二、昭和三十年五月二十三日東京都荒川区尾久町八丁目千三百番地被告会社本店において開催された被告会社取締役会における、「代表取締役たる原告を解任する。」との決議は、存在しないことを確認する。
との判決を求める。
請求原因
第一、被告は、本店を東京都荒川区尾久町八丁目千三百番地に置き、発行済株式の総数十万株(一株の金額金五十円)、資本の額金五百万円を以て、澱粉の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、原告はその株式三万六千株を有する株主であつて、昭和二十八年十月二十八日同会社の取締役に就任し、次いで翌二十九日代表取締役に就任したものである。
第二、訴外川部福太郎は、被告会社の株主であり、嘗て同会社の代表取締役の地位にあつたが、昭和三十年一月五日右代表取締役を解任されて、単なる取締役の地位に止まることになつたところ、これを不満として、自らは招集権限がないにも拘らず、同年二月十九日東京都文京区西片町十番地にの八号の自宅に取締役会を招集し、よつて取締役として出席した岸田恵太郎、青木文男及び右川部福太郎の三名により、代表取締役を一名増員すること及び右川部を代表取締役に選任することの決議をした上、同年四月二十八日その旨の登記を経た。
第三、然しながら、右代表取締役の選任決議は、次の理由によつて無効である。
(一) 被告会社の定款第二十六条の規定によれば、当時取締役会を招集する権限を有していたのは、代表取締役たる原告だけであつて、訴外川部にはその権限がなかつた。
(二) 仮に川部に右招集の権限があつたとしても、原告に対しては招集の通知が為されなかつた。
(三) 右取締役会に出席して議決権を行使した岸田恵太郎は、その以前昭和三十年一月二十九日代表取締役である原告に対し取締役辞任の意思を表示し、同日付の辞任届を提出しているから、同人は同日限り取締役の地位を失つている。従つて同人が議決に加つて為した決議は無効である。
第四、次いで、右川部福太郎は、昭和三十年五月二十三日被告会社本店に取締役会を招集したが、当日は原告の代表取締役解任の件は議事とならなかつたにも拘らず、同日の取締役会において右解任につき適法な決議が為された旨虚構の議事録を作成し、同月二十五日その旨の登記を経た。
第五、然しながら、訴外川部を被告会社の代表取締役に選任した決議が前叙の如く無効である以上、同人によつて招集された昭和三十年五月二十三日の取締役会は、招集権限のない者の招集にかかる違法のものであつて、その取締役会においてなされた決議は不存在というべきであるから、その確認を求める。
なお、原告は、昭和三十年七月二十五日の被告会社取締役会において、改めて代表取締役に選任され、且つ訴外川部福太郎は、その代表取締役に選任され、且つ訴外川部福太郎は、その代表取締役並びに取締役の地位を失い、それぞれ既にその登記を経ているが、川部が代表取締役としての登記の存する間に被告会社を代表して第三者の為会社財産につき抵当権を設定したり、会社の債権を第三者に譲渡した法律行為の無効確認を求める必要上、本件確認を求めるものである。
被告は、主文第一項同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実を総て認めた。
理由
およそ、取締役会の決議無効の確認を請求するについては、かしありと主張する決議により形成された権利関係が口頭弁論終結当時なお存続し、よつて会社又は原告の権利を害する事情あることを要するものであつて、その決議に基ずく権利関係がその後の決議又は他の事情により変更せられた為、口頭弁論終結当時には決議の効力が消失していて会社又は原告の利益を害する虞のない場合は過去の権利関係の確認を求めるに帰し確認の利益なきものと言わなければならない。
これを本件につきみるに、原告は「被告会社の代表取締役に川部福太郎を選任し、代表取締役たる原告を解任した」取締役会の決議の効力を争うのであるが、その後の取締役会において、代表取締役たる川部を解任し、原告を代表取締役に選任する旨の決議がなされたことはその自陳するところである。
してみれば、原告が無効ないし不存在と主張する決議内容は、爾後の取締役会の決議により覆えされ、かしありと主張する決議の効力は既に消滅し、決議以前の状態に復していて、原告は現に川部を排して自ら被告会社の代表取締役たる地位にあるのであるから、本件口頭論終結当時には原告主張の決議により会社又は原告に何等損害を蒙らしめるおそれはないものといわねばならない。
もつとも、原告は、かしある決議により川部福太郎が被告会社の代表取締役に選任せらるるや解任される迄の間会社を代表して第三者の為に会社財産につき抵当権を設定したり会社の債権を第三者に譲渡したりしたので、これら法律行為の無効確認を求める必要があり、その前提として、本件取締役会決議無効ないし不存在の確認を求める利益があると主張するけれども、原告主張の必要があれば原告は被告の代表者として、直接右第三者を相手方としてこれら法律行為の無効確認を訴求し、その訴を理由あらしめる事実として本訴に主張した事実を述べれば足りることである。
或る訴訟の請求原因事実の前提となる法律関係でありさえすれば現在その効果が存続していないものであつても、漸を追い遡つてその法律関係存否の確認訴訟を提起することは、徒に事端を繁くするもので、到底確認の利益ありということはできない。(而も、前記第三者に対する訴訟において本件決議の効力につき争あるときは原告は被告会社の代表者としてこの点につき適法に中間確認の訴を提起するの途も残されているのである。けだし、中間確認の訴においては、過去の権利関係又は他人の有する権利関係を訴訟物とすることを妨げないからである。)
以上説示のとおり、本訴は結局確認の利益を欠くから、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部行男 安倍正三 穴戸清七)