東京地方裁判所 昭和30年(ワ)6897号 判決 1962年11月09日
原告(第三四三四号事件) 奥住三郎 外七名
(第三四三四号事件)(選定当事者) 冲田万司
(第五五八一号事件・第六八九七号事件)(選定当事者) 山口重男
(第五五八一号事件・第三四三四号事件) 柳下徹 外三名
(第一〇一三二号事件) 吉田喜代
被告(第一〇一三二号事件・第三四三四号事件・第六八九七号事件・第五五八一号事件) 国
(第三四三四号事件) 河南政次郎 外一一名
(第三四三四号事件・第六八九七号事件) 松戸茂男
(第三四三四号事件) 田中甲子雄 外一六名
(第五五八一号事件) 伊藤武雄 外一名
(第六八九七号事件) 松戸はる 外四名
(第一〇一三二号事件) 鈴木佐吉 外四名
(第三四三四号事件) 岡田敏郎
国代理人 田中瑞穂
主文
一、原告等の請求はいずれも棄却する。
二、訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
第一、原告らの請求の趣旨
一、(1) 原告奥住三郎に対し、
被告河南政次郎は、別紙第一目録<省略>一(イ)(ロ)記載の土地について、東京法務局練馬出張所昭和二十五年六月二十日受付第三、八七二号交換による所有権取得登記の、
被告細田金蔵は、同目録一(ロ)記載の土地について、同出張所昭和二十九年三月十日受付第三、二四〇号売買による所有権取得登記の、
被告河南雅章は、同目録二(イ)(ロ)(ハ)記載の土地について、同出張所昭和二十八年六月十一日受付第五、六八九号交換による所有権取得登記の、
被告豊島新蔵は、同目録三記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月三日受付第六、八五〇号交換による所有権取得登記の、
各抹消登記手続をせよ。
(2) 原告真壁静一郎に対し、
被告須田亀蔵は、同目録四(イ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月六日受付第六、九一五号交換による所有権取得登記の、並びに同目録四(ロ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三〇〇号交換による所有権取得登記の、
被告下田万五郎は、同目録五記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三〇九号交換による所有権取得登記の、
被告田中正一は、同目録六記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月二日受付第六、七五四号交換による所有権取得登記の、
各抹消登記手続をせよ。
(3) 原告田中武雄に対し、
被告高橋銀之丞は、同目録七記載の土地について、同出張所昭和二十六年九月二十一日受付第八、九八六号交換による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
(4) 選定原告山口重男に対し、
被告石川実は、同目録八(イ)ないし(ニ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月二十四日受付第七、五五一号交換による所有権取得登記の、
被告根岸実は、同目録八(イ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年十月十八日受付第九、六〇六号売買による所有権取得登記の、
被告仲田久雄は、同目録八(ロ)(ハ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年十月十八日受付第九、六〇七号売買による所有権取得登記の、
被告平野一郎は、同目録八(ニ)記載の土地について、同出張所昭和二十八年八月二十八日受付第八、六九一号売買による所有権取得登記の、
被告伊藤武雄は、同目録八(ニ)記載の土地について、同出張所昭和三十年九月二十二日受付第一〇、六八三号売買による所有権取得登記の、
被告松戸みち子は、同目録九(イ)記載の土地について、同出張所昭和二十五年六月二十日受付第三、八八三号交換による松戸初五郎の所有権取得登記並びに同出張所昭和二十九年九月二日受付第一二、三〇〇号相続による所有権取得登記の、
被告松戸はふ、同松戸茂男、同松戸愛子、同松戸みち子、同山崎静江、同守屋久子は、同目録九(ロ)記載の土地について、同出張所昭和二十五年六月二十日受付第三、八八三号交換による松戸初五郎の所有権取得登記の、
被告岡田敏郎は、同目録九(ロ)記載の土地について、同出張所昭和二十八年六月二十七日受付第六、三一六号売買による所有権取得登記の、
各抹消登記手続をせよ。
(5) 原告河原信三に対し、
被告田中甲子雄は、同目録一〇(イ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三一八号交換による所有権取得登記の、
被告田中常吉は、同目録一〇(ロ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三一九号交換による所有権取得登記の、
被告榎本林四郎は、同目録一一記載の土地について、同出張所昭和二十六年六月八日受付第五、九三六号交換による所有権取得登記の、
各抹消登記手続をせよ。
(6) 選定原告冲田万司に対し、
被告下田万五郎は、同目録一二記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月二日受付第六、七五一号交換による所有権取得登記の、
被告榎本林四郎は、同目録一三記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月二日受付第六七、五二号交換による所有権取得登記の、
各抹消登記手続をせよ。
(7) 原告柳下芳江、同柳下徹、同柳下京子、同柳下光男の四名に対し、
被告田中新太郎は、同目録一四記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三〇八号交換による所有権取得登記の、
被告戸山誠は、同目録一五(イ)(ニ)(ホ)記載の土地について、同出張所昭和二十七年十二月一日受付第九、四五三号売買による所有権取得登記の、
被告浜崎貞子は、同目録一五(イ)記載の土地について、同出張所昭和二十九年六月十四日受付第八、七五七号売買による所有権取得登記の、
被告川上一郎は、同目録一五(ロ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三一七号交換による川上泰一の所有権取得登記並びに同出張所昭和二十八年十二月八日受付第一四、五三三号相続による所有権取得登記の、
被告岩瀬亨は、同目録一五(ハ)記載の土地について、同出張所昭和二十七年十二月一日受付第九、四五四号売買による所有権取得登記の、
被告塩原ヒデは、同目録一五(ニ)記載の土地について、同出張所昭和二十八年三月十六日受付第二、二六六号売買による所有権取得登記の、
被告斎藤務は、同目録一五(ホ)記載の土地について、同出張所昭和二十八年三月十六日受付第二、二六七号売買による所有権取得登記の、
被告並木正夫は、同目録一六記載の土地について、同出張所昭和二十六年六月七日受付第五、八六三号交換による所有権取得登記の、
被告豊島新蔵は、同目録一五(イ)(ハ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三一六号交換による所有権取得登記の、同目録一八記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月三日受付第六、八五〇号交換による所有権取得登記の、
各抹消登記手続をせよ。
(8) 原告落合計策に対し、
被告松戸茂男は、同目録一九記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三二〇号交換による松戸初五郎の所有権取得登記並びに同出張所昭和二十九年九月二日受付第一二、二九三号相続による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
(9) 原告野崎康雄に対し、
被告榎本多悦は、同目録二〇記載の土地について、同出張所昭和二十五年六月十九日受付第三、八五三号交換による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
(10) 原告並木実に対し、
被告下田万五郎は、同目録二一(イ)ないし(ハ)記載の土地について、同出張所昭和二十五年六月二十日受付第三、八七三号交換による所有権取得登記の、
被告高木正泰は、同目録二一(ハ)記載の土地について、同出張所昭和二十七年二月五日受付第六一三号売買による所有権取得登記の、
被告榎本文夫は、同目録二二(イ)ないし(ホ)記載の土地について、同出張所昭和二十五年六月十九日受付第三、八五四号交換による所有権取得登記の、
被告成田欽一は、同目録二二(イ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年四月十六日受付第三、七一八号売買による所有権取得登記の、
被告柴崎秀夫は、同目録二二(ロ)記載の土地について、同出張所昭和二十五年十月二十三日受付第七、三四〇号売買による所有権取得登記の、
被告柴崎忠久は、同目録二二(ハ)記載の土地について、同出張所昭和二十九年三月二十四日受付第四、一九〇号売買による所有権取得登記の、
被告坪川勇は、同目録二二(ニ)(ホ)記載の土地について、同出張所昭和二十五年十月二十五日受付第七、三九三号売買による所有権取得登記の、
各抹消登記手続をせよ。
(11) 原告足原武一に対し、
被告下田万五郎は、同目録二三記載の土地について、同出張所昭和二十五年六月二十日受付第三、八七三号交換による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
(12) 原告吉田喜代に対し、
被告鈴木佐吉は、同目録二四記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月十四日受付第七、三〇六号交換による所有権取得登記の、
被告春日徳松は、同目録二五記載の土地について、同出張所昭和二十五年九月二十日受付第六、六三〇号売買による所有権取得登記の、
被告染谷鶴吉は、同目録二六(イ)記載の土地について、同出張所昭和二十六年七月六日受付第六、九一六号交換による所有権取得登記の、
被告上野栄は、同目録二六(イ)記載の土地について、同出張所昭和二十七年十一月一日受付第八、三七六号売買による所有権取得登記の、
被告平田好子は、同目録二六(ロ)記載の土地について、同出張所昭和二十七年三月二十六日受付第一、七〇四号売買による所有権取得登記の、
各抹消登記手続をせよ。
二、被告国は、
原告奥住三郎が被告国に対し、別紙第一目録一の(イ)(ロ)、二の(イ)ないし(ハ)、三記載の各土地について、
原告真壁静一郎が、同被告に対し、同目録四の(イ)(ロ)、五及び六記載の各土地について、
原告田中武雄が、同被告に対し、同目録七記載の土地について、選定原告山口重雄が、同被告に対し、同目録八の(イ)ないし(ニ)、九の(イ)及び(ロ)記載の各土地について、
原告河原信三が、同被告に対し、同目録一〇の(イ)及び(ロ)、一一記載の各土地について、
選定原告冲田万司が、同被告に対し、同目録一二及び一三記載の各土地について、
原告柳下芳江、同柳下徹、同柳下京子、同柳下光男の四名が、同被告に対して、同目録一四、一五の(イ)ないし(ホ)、一六及び一八記載の各土地について、
原告落合計策が、同被告に対し、同目録一九記載の土地について、
原告野崎康雄が、同被告に対し、同目録二〇記載の土地について、
原告並木実が、同被告に対し、同目録二一の(イ)ないし(ハ)、二二の(イ)ないし(ホ)記載の各土地について、
原告足原武一が、同被告に対し、同目録二三記載の土地について、
原告吉田喜代が、同被告に対し、同目録二四ないし二六記載の各土地について、
それぞれ買受けの申込をしたときは、右各土地をそれぞれ各原告に売り渡せ。
三、第一、二項共理由がないときは被告国は、
原告奥住三郎に対し金八十三万七千円の、
原告真壁静一郎に対し金百二十二万七千円の、
原告田中武雄に対し金三十三万九千円の、
選定原告山口重男に対し金四十五万九千円の、
原告河原信三に対し金四十五万三千円の、
選定原告冲田万司に対し金二十九万一千円の、
原告柳下芳江、同柳下徹、同柳下京子、同柳下光男の四名に対し金百六十六万円の、
同落合計策に対し金三十七万七千円の、
同野崎康雄に対し金四十四万三千円の、
同並木実に対し金七十三万千二百円の、
同足原武一に対し金七万九千円の、
同吉田喜代に対し金二百十一万五千三百三十五円の、
各支払をせよ。
四、訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに第三項について原告吉田喜代を除くその余の原告等は仮執行の宣言を求めた。
第二、被告国の請求の趣旨に対する答弁
一、原告らの第二項の訴を却下する。
二、(前項が理由がないときは)原告らの第二、三項の請求を棄却する。
三、訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第三、被告国を除くその余の被告らの請求の趣旨に対する答弁
一、原告らの第一項の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第四、原告らの主張
一、昭和二十三年当時、原告奥住三郎は別紙第一目録一の(イ)(ロ)、二の(イ)(ロ)(ハ)、三各記載の土地を、原告真壁静一郎は同目録四の(イ)(ロ)、五、六各記載の土地を、原告田中武雄は同目録七記載の土地を、訴外山口彦一は同目録八の(イ)ないし(ニ)、九の(イ)(ロ)各記載の土地を、原告河原信三は同目録一〇の(イ)(ロ)、一一各記載の土地を、訴外冲田栄蔵(ただし登記簿上は冲田房太郎)は同目録一二、一三各記載の土地を、原告柳下芳江、同柳下徹、同柳下京子、同柳下光男(ただし登記簿上は柳下秀利)は共同して同目録一四、一五の(イ)ないし(ホ)、一六及び一八各記載の土地を、原告落合計策は同目録一九記載の土地を、原告野崎康雄は同目録二〇記載の土地を、原告並木実は同目録二一の(イ)ないし(ハ)、二二の(イ)ないし(ホ)各記載の土地を、原告足原武一(ただし登記簿上は足原滋次郎)は同目録二三記載の土地を、原告吉田喜代は同目録二四の(イ)ないし(ニ)、二五、二六の(イ)(ロ)各記載の土地をそれぞれ所有していたが、右各土地(以下、本件土地という。)はいずれも小作地であつた関係から自作農創設特別措置法(以下「自創法」と略称)第三条の規定によりいずれも昭和二十三年中に国に買収されその結果、いずれも同法第四六条により農林大臣の管理するところとなつた(ただし同目録一九記載の土地について買収の時期は登記簿上昭和二十四年となつているが、登記の誤りと認められる。)。その後、本件土地について別紙第二目録甲記載のとおり東京都板橋区農地委員会によつて自創法第二十三条による交換若しくは同法第十六条による売渡がなされ、その一部については、更に同目録乙記載のとおり、順次売買又は相続がなされ、右交換、売渡、売買又は相続に基いて、各被告らのため請求の趣旨に記載のとおりの各登記(交換による登記は東京都知事の嘱託によつて。)がなされた。
別紙第一目録九(ロ)記載の土地について、交換による所有権取得登記を得た松戸初五郎は昭和二十八年十二月二十六日死亡し、被告松戸はる、同松戸茂男、同松戸愛子、同松戸みち子、同山崎静江、同守屋久子が共同して同人の右土地に関する権利義務を相続によつて承継した。
訴外山口彦一は昭和三十年三月十九日死亡し、原告山口重男及び別紙第三目録<省略>(選定者目録)記載の選定者は同人の共同相続人であるが、原告山口重男は共同相続人の協議によつて本件訴訟に関して原告たる当事者に選定された。又訴外冲田栄蔵は同三十三年二月二十八日死亡し、原告冲田万司及び別紙第四目録<省略>記載の選定者は同人の共同相続人であるが、原告冲田万司は、共同相続人の協議によつて、本件訴訟に関して原告たる当事者に選定された。
二、(一) しかしながら右交換はいずれも次の(イ)ないし(ハ)の理由によつて法律上不成立又は無効であり、従つて、これを前提とする右各売買又は相続もまた無効であるから、本件土地の所有権は現在なお被告国に属するものである。
また、被告春日徳松に対する右売渡は、その後、被告国において、取消したから、その所有権は依然被告国にある。仮りに、そうでなくても、次の(イ)の理由により無効の売渡で、その所有権は被告国にある。
(イ) 売渡保留指定の無視――被告国の機関として自作農創設の事業の執行に当つていた東京都知事は、昭和二十四年四月三日頃、自創法施行規則第七条の二の三の第一項、第二項により本件土地を含む都周辺の買収農地の一部を五年間売渡保留地域に指定した。これによつて本件土地は、東京都知事が留保期間経過後に農地の使用目的の変更を不相当と認めた場合に限つて自創法第十六条による売渡ができるものとなつたのであり、右留保期間中は同条による売渡は勿論、同条によつて売渡す場合であることを前提とする同法第二十三条による交換もできなくなつたのである。このことは、自創法施行規則の解釈並びに昭和二十四年五月三十一日付農林省農政局長発農地事務局長宛昭和二四農局第一、八七三号「売渡五年留保地域内における農地についてその期間内に使用目的の変更を行うことは差支えない。五年内に売渡すことについては目下研究中である。なお売渡保留地域内における法第二十三条の適用は差控えられたい。」旨の通達が出されていることからも、明かである。
しかるに東京都板橋区農地委員会は、右規則、指定及び通達を無視し、本件土地について右売渡保留期間内に前記交換若しくは売渡計画を樹立したのであるから、右交換若しくは売渡は違法行為であつて無効である。
(ロ) 協議の欠缺――自創法第二十三条による交換については、同条により、板橋区農地委員会が、交換を決議した上、買収農地と交換される小作地の所有者に対し必要事項を指示し、かつその者と交換に関し協議しなければならず、この協議が成立して始めて交換も成立するものである。しかるに、前記交換に関してかような決議、指示、協議はいずれもなされなかつたから、前記交換は完全には成立していない。仮に何らかの決議、指示、協議がなされたとしてもこれを知ることのできるような議事録は存在しないから、適法な決議、指示、協議が成立したものとはいえない。従つて適法な交換は成立しないのである。
(ハ) 自作地と交換――本件土地と交換された土地のうち、被告須田亀蔵が提供し小作人奥積喜兵衛として届出された土地、東京都板橋区下赤塚町二千百七十番の三畑九畝三歩、被告下田万五郎が提供し小作人小日向丑松として届出された土地、同都同区同町二千三十七番畑八畝二十五歩及び同都同区上赤塚町千二百六十二番畑七畝一歩、被告田中正一が提供し小作人田中仙蔵として届出された土地、同都同区成増町二千五十六番畑五畝二十九歩、被告高橋銀之丞が提供し小作人高柳兼明として届出された土地、同都同区上赤塚町三百七十番の一畑五畝八歩、同被告が提供し小作人高柳由明として届出された土地、同所同番の二畑五畝二十一歩及び同所六百四十六番畑四畝二十四歩は、小作地ではなく、いずれも右各被告の自作地である。また、被告鈴木佐吉が提供した同都板橋区下赤塚町千九百四十一番の一畑五畝二十五歩、同所千九百四十二番の一畑四畝二十七歩も同被告の自作地である。小作人として届出された者はすべて交換当時小作人であつたのではなく、交換後始めて小作人となつたものである。
従つて、以上の各自作地との交換はそれ自体、自創法第二十三条に違反している。
(二) 以上のとおり、本件土地は現在なお被告国の所有するところと云わねばならないが、昭和二十七年十月二十一日、農地法が施行されるに伴い、本件土地も農地法施行法第五条により、農地法第七十八条、第八十条等の規定の適用については、被告国が同法第九条により買収したものとみなされることになつたが、右八十条によると、同法第九条により被告国に買収された農地で同法第七十八条によつて農林大臣が管理するものについては、農林大臣が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めるときは、買収前の所有者がその売払方を申し入れた場合、これに承諾を与え、売払わなければならないことになつている。
三、(一) ところで、本件土地の付近は現在全部住宅地であり、本件土地も売渡保留地に指定されて以来、既に多数の住宅が築造され、全部、住宅適格地となつている。その詳細は別表(一)(二)のとおりである。従つて、農地法第八十条第一項に謂う「自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当」と認めるに足る実体を備えている土地である。
(二) そして、本件土地のような一括して売渡保留地と指定されていた区域に対し、「特別措置法施行規則第七条の二の三に基く売渡保留農地の取扱については、昭和二十九年七月十四日まで売渡をしないで国が保留する。訴訟判決その他なんらかの事情で同期間内に宅地化しないことが確実と認められるものはこの限りでない。右期間内に公用、公共、国民生活上必要な施設の用に供することが緊急確実なものについては、国が保留し、農地法施行規則第四十六条の手続をとつた上、農地法第八十条による処理を行うものとし、同期間内に右の用に供することが確実でないものについては、特別の事情のあるものを除き、期間経過後、農地法第三十六条による売渡を行うものとする。」旨の昭和二十八年六月四日付農地第二、〇七七号農林省農地局長、建設省計画局長連名発知事宛の通達がなされたが、これは、これらの土地につき内部的になされた農林大臣の農地法第八十条第一項の認定と同法施行令第十七条の通知を一括して指示したものであり、本件土地についても、右認定の通知があつたものと見るべきである。
(三) よつて、原告等は、ここに被告国に対する本件土地の売払請求権を有するに至つたものであるから、将来、原告等が売払方を申入れしたときは、被告国が本件土地を原告等に売り払うべきことを請求の趣旨第二項記載のとおり求め、その余の被告等に対しては、原告等の右売払請求権を保全するため、被告国が本件土地の所有権に基き、その余の被告等に対して有する所有権取得登記の抹消登記手続請求権を代位行使し、請求の趣旨第一項記載のとおりの裁判を求めるものである。
四、仮りに、本件土地につき原告等に未だ売払請求権がないものとしても、原告等には、将来、本件土地の売り払いを受けるべき期待権があるから、右期待権に基き、被告国及びその余の被告等に対し、前同様の裁判を求める。即ち、本件土地の被買収者である原告山口重男の先代山口彦一、選定原告冲田万司の先代冲田栄蔵及び選定原告山口重男、同冲田万司を除くその余の原告らは、次にのべる期待権を有している。
(一) 自創法による農地買収は、自作農創設とそれによる農業生産力の発展及び農村の民主化の目的に供するため是認されたのである。したがつて自創法は、被告国に対し、当初から買収農地を右目的にのみ供することを要請し、もし買収農地がなんらかの事情により自作農創設または農業上の利用の増進に供しないことが明白となつた場合または供しないことが相当と認められる可能性が顕著な場合には、買収の目的にそわないこととなるのであるから、被告国に対し、買収土地を前所有者に返還すべき義務を負担させ、同時に前所有者に対し、その買収農地の返還を受けることができるという期待権を認めているというべきである。このことは、将来、使用目的の変更を相当とする買収農地について一定期間売渡を保留する旨を定めたところの自創法施行規則第七条の二の三の規定からも窺える。右規定は、前記の期待権を前提とし、近い将来に返還の具体的手続規定が設けられることを予定して、返還されるべき又は返還される可能性の高度な買収農地をそれまで売渡さずまた交換もしないで保留することを認めたものだからである。また、右期待権は前記二、の昭和二十四年五月三十一日付農林省農政局長発農地事務局長宛昭和二四農局第一八七三号及び次の事実からも推測される。(もつとも、次の事実は、農地法第八十条の制定後の事情ではあるが、同条は自創法及び同法施行規則第七条の二の三の予定していた返還の具体的手続規定にすぎず、期待権は右手続規定の制定をまつまでもなく存在したのである。)すなわち、農林大臣が農地法第八十条第一項の認定をするには、必ずその土地について農地法施行規則第四十六条による転用貸付をなし、転用借受者が六ケ月以上継続して使用しており、かつ転用借受者がその土地の被買収者でない場合は、同条による売払を受けた際に必ず現使用者である転用借受者にその土地の所有権を移転するか又はその土地の使用収益権を設定する旨の被買収者予約書(なるべく公正証書)を添付し、又転用借受者が被買収者である場合は買収令書を添付することを要件としている。
換言すれば、同条による認定は、その土地が現に自作農創設の目的以外に、たとえば住宅地として使用されているという事実に基いてなされているのであり、したがつて、買収農地の被買収者は、買収農地が住宅適格地としての実態を備えている限り、同条による認定を受け、買収農地の売払を受ける期待権を有するのであつて、右期待権があればこそ被買収者の予約書を徴することとしているのである。そして本件土地については、前記二、のとおり、昭和二十四年四月、自創法施行規則第七条の二の三の規定による五年間売渡保留の指定がなされたのであるから、遅くともこのときに、本件土地について自作農創設又は農業上の利用の増進に供しないことが相当と認められる可能性が顕著となつたというべきである。現にその後本件土地が次第に宅地化し、現在住宅適格地としての実体を十分に備えていることは、前記三、のとおりである。したがつて、少くとも右売渡保留の指定により、その指定のときに、本件土地の被買収者である選定原告山口重男の先代山口彦一、選定原告冲田万司の先代冲田栄蔵及び選定原告山口重男、同冲田万司を除くその余の原告らは、前記期待権を取得したものというべきである。
そして、選定原告山口重男及びその選定者等は山口彦一の相続人、選定原告冲田万司及びその選定者等は冲田栄蔵の相続人として、右期待権を相続したものである。
五、仮りに右期待権が、農地委員会及び東京都知事の前記交換若しくは売渡行為により既に消滅したものであれば、原告らは被告国に対し、期待権侵害に基く損害賠償請求をする。即ち、
(一) 仮に前記交換若しくは売渡が無効とまではいえないとしても、少くとも前述の主張からして、違法なことは明かである。東京都知事も東京都板橋区農地委員会も国の事業の執行に当るものとして被告国からの指示に従わなければならないにもかかわらず、前記の売渡保留の指定並びに昭和二十四年五月三十一日付農林省農政局長発農地事務局長宛の通達に反し、右農地委員会は前記交換若しくは売渡をなし、東京都知事は右交換若しくは売渡に基く登記の嘱託をなし、前記のとおり各登記がなされるに至つたものである。
(二) このように、農地委員会及び東京都知事の前記交換若しくは売渡に関する行為は自作農創設という国の業務を執行するについでなされたものであつて、既述の如く違法な行為であり且つ重大な過失があるものであるから、被告国は、その行為が公権力の行使としてなされたものであると、また私法行為としてなされたものであるとを問わず、右期待権の喪失によつて山口彦一、冲田栄蔵及び原告らの蒙つた損害を賠償しなければならない(選定原告山口重男及びその選定者らが山口彦一の相続人、選定原告冲田万司及びその選定者らが冲田栄蔵の相続人であることは前記のとおりで、それぞれ先代の損害賠償請求権を相続した。)
(三) ところで、前記農地委員会及び東京都知事の違法な行為がなければ、原告らは農地法の施行(昭和二十七年十月二十一日)をまつて、本件土地を買収価格と同価格で被告国から売払を受けえたはずであるところ、右違法な行為によつて売払を受けえなくなつたのであるから、期待権喪失による損害は、農地法の施行された当初の本件土地の時価(坪当り金六千円)と売払をうける価格すなわち買収価格(坪当り金四円)の差額に相当するというべきである。よつて原告吉田喜代を除くその余の原告らは右損害額のうち本訴において坪当り金千円を請求することとし、それぞれの坪数に応じて算出された請求の趣旨第三項記載の各金員を、原告吉田喜代は、右時価によつて計算した本件土地価格の半額相当の二百十一万八千円から買収価格二千六百六十四円九十六銭を差引いた金二百十一万五千三百三十五円を被告国に対し予備的に請求する。
(四) 原告等は未だ農林大臣に対し農地法第八十条及びその附属法規に則つた本件土地の売払申請をしていないが、右期待権はすでに発生しているものである。
六、(一) 被告国の訴の却下を求める主張に対し――
被告国は、原告らの本件土地の売払を求める訴は行政処分を求めるものであるから不適法であると主張しているが、原告らはこれを否認する。農地法第八十条第二項の売払は随意契約である。現に被告国は原告ら以外の前所有者に対する同条の売払に関しては随意契約によつて売払を実行しつつあるのである。
(二) 被告国の、選定原告山口及び冲田に売払請求権がないとの主張に対し――
被告国は、訴外山口彦一の死亡による共同相続人及び訴外冲田栄蔵の死亡による共同相続人(本件における選定当事者としての原告山口及び冲田)には農地法第八十条並に同法施行令第十八条第一項第一号により何等の請求権はない旨主張しているが、選定原告山口及び冲田はこれを否認する。先代山口彦一が売払請求等の本件訴訟中に死亡し、原告山口を含む共同遺産相続人等が、その請求訴権を相続承継した本件においては同施行令第十八条第一項第一号の適用はない。
仮りに、適用ありとすれば同令第十八条第一項第一号は民法上の遺産相続権を一個の省令によつて剥奪せんとするものであつて該規定は無効である。選定原告冲田万司に関しても同様である。
(三) 被告国の、交換の時期は一律に昭和二十四年六月十日である旨の主張に対し――
被告国は、本件各土地の交換の時期はすべて昭和二十四年六月十日であつて、昭和二十四年六月二日、昭和二十四年十月二日とあるは登記嘱託をするに当つて誤記したものであると主張しているが、原告等はこれを否認する。
第五、被告国の主張
(訴の却下を求める理由)
農地法第七十八条第一項によつて農林大臣が管理する物件または権利等は、自作農創設または土地の農業上の利用の増進という行政目的によつて制約された財産であつて、当事者の合意によつて自由に処分できる普通財産と異なり、その処分は一定の行政目的に向けられ厳格な法規制を受けるものであり、行政庁は優越的な立場に立つて行為するものである。行政目的に向けられた財産をその本来の目的以外の目的に向けることは、やむを得ない特別な目的に従つて利用する場合に限られるのであり、それ自体行政の目的に向けられた行為であつて厳格な法の規制を受ける。農地法第八十条第一項は、同法第七十八条第一項によつて管理する物件について政令の定めるところにより自作農創設または土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令の定めるところに従つて売払うことができるものとしているが、農地法施行令第十六条は右認定の基準を限定列挙しているのである。したがつて、原則として買収前の所有者に売渡すこととなつているが、それは右認定の趣旨に従い施行令第十六条に定める行政上の目的の達成を目指して行われるものである。さればこそ右認定のあつたときには原則として買収前の所有者に右認定のあつたことを通知することを要し、売払を受けようとする者に対しては、所有権移転の時期、対価、その支払方法及び買受けの条件等を記載した一定様式の申込が要求され、売払の相手方、対価も法定されるが、その売払は右申込が相当と認められる場合に始めて行われるべきものであつて、すべて厳格な法の規制を受けているのである。以上の処分からすれば、農地法第八十条による売払が行政処分であることは明かであり、単なる私法上の売買ではないから、原告らの本件土地の売払を求める訴は、行政処分をなすべきことを求めるものに帰し、不適法である。
(本案に対する答弁)
一、原告らの主張事実一は認める(ただし交換の日はすべて昭和二十四年六月十日である。登記簿上は原告らが主張するとおり、同年六月二日、同年六月五日、同年十月二日等の記載があるが、これは登記嘱託の際の誤記によるものである。)。
二、(一) 同二(一)の
(イ)のうち、東京都知事が、昭和二十四年四月三日頃、自創法施行規則第七条の二の三の第一、二項によつて本件土地を含む都周辺の買収農地の一部を五年間売渡保留地域に指定したこと、昭和二十四年五月三十一日付農林省農政局長発農地事務局長宛昭和二四農局第一八七三号通達(内容は原告ら主張のとおり。)が発せられていること、前記交換または売渡計画が右売渡保留期間内に行われたことは認める。
しかしながら、自創法施行規則第七条の二の三の規定は、もつぱら自作農創設の妥当性を担保するために設けられたものである。すなわち自創法に基いて創設された自作農が、都市計画事業の施行等のため創設後間もなく創設農地を失うことは、自作農創設の法の精神に反する結果となるので、右規定を設けて、その蓋然性のある一定の地域を指定してその地域内の農地の売渡を一時保留し、その推移をみようとしたのである。したがつて右規定は、買収前の所有者に将来返還することを担保するものではなく、行政の妥当性を担保することを目的とした訓示的なものであり、効力規定ではないから、右規定に反して行われた売渡交換については当不当の問題はあるとしても違法無効ということはありえない。しかも右規定は、自創法第二十三条による交換までも禁ずるものではない。右規定は自作農創設事業の妥当性を担保する為のものであり、保留地が宅地化されたときにこれを買収前の所有者に返還することを目的としたものではないから、自創法第二十三条の要件を充たす限り保留地域内の農地と保留地域外の農地との交換によつて、保留地域外の農地が自作農創設の目的に供されることは自創法施行規則第七条の二の三によつて禁じられるものではない。
また右昭和二十四年五月三十一日付の通達は、保留地域内の農地と保留地域外の農地が交換され、その保留地域外の農地について自作農が創設されることになると、保留地域内の小作人は自創法第十六条の売渡を受けえなくなるから、特に不当な措置のないように指示したまでのことであり、右七条の二の三の規定が交換を禁止していることを示すものではないのである。なお原告等は自創法第二十三条に「政府が第十六条の規定により農地を売り渡す場合において……」と言う字句をたてにとつて、右規定により交換できる場合は対象の土地が右第十六条の規定により現実に売渡すことができる場合にかぎられる如く主張するが、自創法第二十三条の規定の趣旨は、自作農創設の適正、殊に買受の機会均等を与えるために必要があるときには交換をしなさいというにあつて、たまたま農地を売り渡して自作農を創設するためには自創法第十六条の規定に基くところからこのような表現をしたまでのことである。(自創法により売渡す物件中、宅地、建物、附帯施設等は同法第二十九条、未墾地、牧野等は同法第四十一条でそれぞれ売り渡すこととなつており、売り渡す規定が異なるところから、これを明示するために前述の表現を使つたものである。)
自創法の目的は自作農創設にあるのであるから、その制定の当初、後に至り自創法施行規則第七条の二の三のような規定が挿入されようとは想像もしなかつたし、自創法により買収した農地及びその他政府の所有に属する農地で自作農創設の目的に供することに決定した農地は一筆残らず必ず同法第十六条の規定によつて売り渡すこととし、売渡保留等は夢想だにしなかつた。すなわち売渡保留等は当初全然考えていなかつたのであるから、売渡保留のあることを前提として、保留せずに売渡す場合にのみ右交換ができるとする原告等の主張は文字だけを形式的に解釈した単なる文字解釈にすぎないものであつて、自創法の精神、自創法第二十三条の立法趣旨等を解しない解釈である。
かりに原告等の如く字句にこだわるとしても原告等の如く狭く解しない。右表現は自創法第三条により買収した農地等を売り渡す場合にのみ限定されるものではなく、同法第二十三条の交換によつて政府が取得した農地を同法第十六条の規定によつて売り渡す場合をも予定して広く第十六条の規定により農地を売り渡す場合としたものであつて、原告等の主張は理由がない。
(ロ)のうち、前記交換に関する議事録が存在しないことは認めるが、その余の事実は否認する。
板橋区農地委員会は、昭和二十四年六月三日の会議において、前記の交換を指示し、被指示者がこれに同意したときは、同年六月十日を交換の期日とし、同日に交換を成立させる旨決意し、関係者にこれを指示したところ、被指示者全員がこれに同意した。
したがつて、交換の決議、指示、協議がないとの原告らの主張は失当である。この交換に関し議事録が存在しないのは、当時自創法関係事務の担当書記と農地調整法関係事務の担当書記とが異なつていたところから、両者の連絡が不充分であつたため、当時の議事録を作成した農地調整法関係事務の担当書記が、右交換に関する議事録を作成しなかつたことによるものである。
仮に交換の決議がなかつたものとしても、交換は行政処分ではないのであるから、すでに両当事者間に協議が成立し、交換の登記までなされている現在は、交換を無効とすべきではない。決議がなかつたという瑕疵は治癒されたものと解すべきである。
(ハ)のうち、原告ら主張の土地について小作人として届けられている者がすべて原告ら主張のとおりであること、は認めるが、原告ら主張の土地が自作地であつたことは否認する。
右土地はいずれも小作地であり、小作人として届けられていた者が交換当時から現実に小作人であつた。
仮に右土地が自作地であつたとしても、板橋区農地委員会には小作地として届けられていたので、同委員会はこれを信頼して小作地と認定し、交換をしたものであるから、右交換が無効になるとは考えられない。
(二) 同二(二)の主張に対し、
農地法第八十条第一項は単に「自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、これを売り払わなければならない」とは規定しないで、「政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払うことができる」と規定して、政令で定める場合でなければ農林大臣は右の認定をすることができないように非常に厳格な規制をしている。しかしてこの政令で定める場合として農地法施行令第十六条各号の規定があるが、本件各土地が右認定の対象となりうる場合は、同施行令第十六条第四号、すなわち「公用、公共用、又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要があり且つその用に供されることが確実な土地」である場合にかぎられる。
本件各土地が同号の要件を充足する場合に、農林大臣は初めて右認定をすることができるのであつて、農地法施行令第十六条本文に「農林大臣は左に掲げる土地等に限り法第八十条第一項の認定をすることができる。」と規定しているところから明らかである。
しかも農地法施行令第十六条本文に「認定することができる」と規定され「認定しなければならない」と規定されていないこと。又農地法第八十条第一項に「売り払うことができる」と規定され「売り払わなければならない」と規定されていないことは、農地法第八十条の売払の規定があくまでも農地法第三十六条等の規定に基く売渡の例外規定であるために、これを最小限にしばろうとしたもので、その認定を農林大臣の裁量にまかしたものである。
したがつて原告等は、本件各土地が農地法施行令第十六条第四号の要件を充たし、農林大臣の認定をえて初めて、省令で定める手続を経て売払の相手方となりうるに至るのであつて、本件各土地のように農地法第八十条第一項の農林大臣の認定行為のない本件については、右第四号の要件を充たし、農林大臣の右認定をうれば或は売払をうけることができるかも知れないという単なる事実上の期待に過ぎないものであつて、原告等の主張する如く買受けうる権利が生じたわけではない。
またかりに原告等の主張するように農地法第八十条の規定に基く売払が私法的行為であるとしても、同規定は国の財産管理機関である農林大臣が農地を売り払う場合の管理行為を内部的に規制したに過ぎないものであるから、右認定、その他の売払に関する行為について、国の財産管理機関である農林大臣、そのものを内部的に拘束する効果はあつても、右規定の制定が当然に外部的効力を生じ、国が直接に第三者に対し義務を負担し、また第三者が権利若しくは法律関係を取得するものではない。
したがつて農地法施行令第十六条第四号の要件の充足又は農林大臣の右認定の有無に関係なく原告等には何等の権利も生じないものである。
しかしながら仮に原告等の主張する如く原告等に買受をうける権利があるとしても訴外山口彦一の共同相続人である選定当事者原告山口重男及び訴外冲田栄蔵の共同相続人である選定当事者原告冲田万司に関するかぎり右の権利はない。農地法第八十条第二項が「政令で定める場合を除き………買収前の所有者に売り払わなければならない。」と規定し単に「買収前の所有者」と明示し、「買収前の所有者又はその包括承継人」と明示していないところから明らかなばかりではなく、疑をさけるために注意的に規定した農地法施行令第十八条第一項第一号「その土地等の買収前の所有者が死亡した場合」の規定からも明らかである。しかもこれはまた土地収用法第百六条が「収用の時期に土地所有者であつた者又はその包括承継人」と明示して買受権を相続人にも認めているのと対比すれば一層明らかである。
しかして右第八十条第二項が売払の相手方を買収前の所有者に限定し、その相続人を含めなかつた趣旨は、農林大臣が管理するこれらの農地等が、相続財産の一部でないこと、買収に対する精神的、物質的不利益を直接に蒙つた者は被買収者自身であつて相続人でないこと、相続人を含めると売払事務が煩雑化すること(共同相続制度に伴つて売払の相手方が複数化し、また場合によつては共同相続人間で売払の相手方となる者につき紛争が生じ、国がその紛争に巻き込まれるおそれがある等)等これら諸般の事情を考慮すると、相続人を含ましめる理由のないところから、買収前の所有者にのみ売り払うことにしたものである。
三、(一) 同三(一)の事実のうち別表(一)(二)記載の事実は認める。但しその他の事実はすべて否認する。
(二) 同三(二)の事実のうち、原告ら主張どおりの昭和二十八年六月四日付農地第二〇七七号農林省農地局長、建設省計画局長連名発各知事宛の通達が出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右通達は保留地域内の農地の取扱について一般的に指示しただけのものであつて、原告ら主張のような農地法第八十条第一項の認定があつてこれを外部に表示するというようなものではない。
しからば農地法第八十条の農林大臣の認定及び売払事務が現在どのような段階を経てなされているかと云うと、右前記二八農地第二〇七七号及び二八地局第一五七八号通達からも明らかなように、個々の農地についてこれらの手続を進めるのであつて、農地法第八十条の農林大臣の認定をする以前に公用、公共用又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要があり且つその用に供することが確実と認められる農地については、先ず農地法施行規則第四十六条の規定により転用を目的とする一時貸付をすることにしている。すなわち自創法第三条または農地法の規定により買収した農地等で農林大臣が管理している国有農地を、農地法施行令第十六条第一項第四号の目的に使用せんとする者から転用計画書、買収令書の写、買収前の土地所有者の公正証書による約定書または予約書、耕作者の離作承諾書その他の必要書類を添付した国有農地の転用借受申込書を地元の農業委員会及び管轄都道府県知事を経由して管轄農地事務局長に提出する。この際、管轄都道府県知事は貸付を適当とするかどうかの転用貸付調書を地元農業委員会の意見も徴し管轄農地事務局長に進達する。管轄農地事務局長は貸付を相当とするものについて国有農地等転用貸付書を借受申込者に交付してこれを貸付、当該転用計画に基く工事が既に実施され、且つ貸付の目的に転用されることが確実となつたものについて、原則として転用貸付の日から六ケ月を経過した後に管轄農地事務局長はこれを確認の上、農林大臣宛に農地法第八十条第一項の認定方を進達し、その進達に基き農林大臣が右認定をすることになつている。尤も、現在に於いては右農林大臣の認定は農地事務局長委任事務規定第一条第十七号の二により、農地事務局長に委任されているので、認定行為そのものは事実上農地事務局長がやつているが、その行為の法律効果は農林大臣に及ぶものである。本件土地にはかかる認定の行われた土地は一筆もない。又前述の段階を経て貸付けられた土地も全然ない。
以上のとおり、農地法により農林大臣の管理している農地すべては、右の段階を経て農地法第八十条の認定がされるのであつて、その例外は一筆たりともない。
右認定があると、農地法施行令第十七条の規定及び農地法施行規則第五十条の規定により売払われることとなるのである。
(三) 同三(三)の主張のうち、原告等が被告国に対して本件土地の売払方をまだ申し入れていない事実は認めるが、その他の主張は争う。
四、同四及び同五の事実及び主張のうち、昭和二十七年十月二十一日農地法が施行されたこと、農林大臣が農地法第八十条第一項の認定をするには、必ずその土地について農地法施行規則第四十六条による転用貸付をなし転用借受者が六ケ月以上継続して使用しており、且つ転用借受者がその土地の被買収者でない場合は、同条による売払を受けた際に必ず現使用者である転用借受者にその土地の所有権を移転するか又はその土地に使用収益権を設定する旨の被買収者の予約書(なるべく公正証書)を添付し、又転用借受者が被買収者であると否とにかかわらず買収令書の写を添付させていること、本件土地の買収価格が坪当り約四円であつたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
前述の如く自創法はその制定の当初に於いては、後に至り自創法施行規則第七条の二の三のような規定等が挿入されようとは予想もしなかつたところであり、買収した農地は必ず自作農創設のために直ちに売り渡すこととしていた。
すなわち、売渡を保留することや、旧所有者に返還することは全然考えていなかつたものである。
したがつて、買収要件を充足した農地(本件農地もすべて右該当地である。)は当然に買収され、直ちに自作農として農業に精進する者に売り渡さるべきで一筆たりともその例外でありえないはずであつたが、たまたま前述の事情等で事実上、一時売渡を保留しているうちにやむをえない事情から、自作農創設の目的又は農業上の利用の増進に供することを適当としない農地を生ずるに至つた。したがつて、これらの農地を処分しなければならない必要から、別な観点に立つて、厳格な制限の下に右目的以外に処分するため新設した規定が農地法第八十条の規定であつて、右規定は原告らの主張する如く、すでに生じている国の返還義務を具体化した手続規定では決してない。したがつて、かりに原告らの主張する期待権なるものがあるとしても、それは右規定の設定をまつて初めて生じうべきものであつて、それ以前にはかかる権利の発生する余地は全然ない。昭和二十四年四月の五ケ年売渡保留の指定によつては原告ら主張のような権利を取得するいわれはない。なお約定書または予約書に公正証書を添付せしめる理由は、折角貸付または売払をしても、その対象土地の所有者とその利用者との間に紛争を生じ貸付又は売払の目的を達しえないことになれば、農地法施行令第十六条第一項第四号の要件である確実性を保ちえないことになるからであつて、旧所有者に買受の期待権があるからではない。
かりに、原告らに原告らの主張する期待権があり、その期待権が本件交換若しくは売渡によつて侵害されたとしても、前述の如く板橋区農地委員会及び東京都知事は、自創法施行規則第七条の二の三の規定は自創法第二十三条の交換まで禁止しているものとは考えていなかつたし、又本件交換の直前になされた昭和二十四年五月三十一日付農政局長通達も農地委員会長又は都道府県知事宛に出されたものではなく、農地事務局長宛に出されたものであるから、本件交換がなされた昭和二十四年六月初旬に於いては、板橋区農地委員会も又東京都知事もかかる通達が出たとは、予想もしていなかつたし、全然知らなかつたものである。
したがつて、板橋区農地委員会及び東京都知事には右の権利侵害について故意も過失もなかつたものである。又交換登記についても広汎な登記事務を急速にしなければならないところから、本件各土地が五ケ年売渡保留地区内にあるか否かを判別することは事実上不可能なことであつたのであるから、これもまた故意も過失もなかつたものというべきである。
第六、被告国を除くその余の被告らの主張
一、原告らの主張事実一は認める。
二、(一) 同二(一)の
(イ)のうち、東京都知事が、昭和二十四年四月三日頃自創法施行規則第七条の二の三の第一、二項によつて本件土地を含む都周辺の買収農地の一部を五年間売渡保留地域に指定したこと、昭和二十四年五月三十一日付農林省農政局長発農地事務局長宛昭和二四農局第一八七三号通達(内容は原告ら主張のとおり。)が発せられていること、前記交換が右売渡保留期間内に行われたことは認める。
しかしながら自創法施行規則第七条の二の三の規定は、法の委任の範囲を越えた無効な規定である。なんとなれば自創法第十六条に「……命令の定めるところにより……売渡す。」とあるのは、売渡手続に関して必要な細則の制定を命令に委任したものであつて、売渡保留のような売渡を阻止する事項を定めることを命令に委任したものではなく、同法の他の法条中にも売渡保留の規定またはこれを命令に委任する規定は見出されないからである。これを実質的にみても、同法はその第一条で明らかにしているように、耕作者の地位を安定しその労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速かつ広汎に創設することを目的とし、その目的達成のために第三条によつて所定の農地を政府で買収し、第十六条によつて一定の者に売渡すのである。第三条による買収に第十六条の売渡が随伴しないならば自作農創設は行われえない。したがつて第三条による買収が行われながら売渡を保留して自作農創設事業の進行を停滞させるということは、同法の目的からして第十六条の規定の予想もしないところである。しかるに右規則第七条の二の三の規定は、将来使用目的の変更を相当とするという理由で買収農地の売渡を留保し、保留期間経過後使用目的の変更を不相当と認めたときは売渡すというのであり、かくては唯自作農の創設を遅滞せしめ、その保留期間中自創法の意図に反して耕作者をいたずらに不安定な立場におき、農業生産力を阻害する以外何等の効果もないばかりか、仮に使用目的の変更が相当であるならばこの場合買収農地を自作農創設以外の目的に利用することを予想するものであり、かゝる規定は法の委任に基づかないばかりか、自創法第一条第十六条の規定と抵触する無効のものである。従つて東京都知事が右施行規則第七条の二の三に基いて本件土地について売渡保留の指定をしても、右指定は無効であるから、右土地についてなされた交換が売渡保留期間内になされたとしてもその効力に消長はないのである。また強いて右規定を有効なものと解するとしても、それは単に行政庁内部の取扱を定めた訓示規定に過ぎないものというべきである。したがつて前記交換が右規定に基く売渡保留期間内に行われたからといつて無効になることはない。
(ロ)のうち、前記交換に関する議事録が存在しないことは知らない。その余の事実は否認する。被告等は板橋区農地委員会の決議に基く交換の指示に同意を与え交換の協議が成立したもので、原告主張の如く交換が成立していないということはない。
(ハ)のうち、原告ら主張の土地について小作人として届出されている者がすべて原告ら主張のとおりであること、は認めるが、原告ら主張の土地が自作地であつたことは否認する。
右土地はいずれも小作地であり、小作人として届けられていた者が交換当時から現実に小作人であつた。
(二) 同二(二)の主張のうち、昭和二十七年十月二十一日農地法が施行されたことは認めるが、その余の主張は争う。
三、(一) 同三(一)の事実のうち別表(一)(二)記載の事実は認める。
(二) 同三(二)の事実のうち、原告ら主張どおりの昭和二十八年六月四日付農地発第二〇七七号農林省農政局長、建設省計画局長連名発各知事宛の通達が出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右通達は保留地域内の農地の取扱について一般的に指示しただけのものであつて、原告ら主張のような農地法第八十条第一項の認定があつてそれを外部に表示するというようなものではない。
(三) 同三(三)の主張及び同四の主張は争う。原告等は被告国を除くその余の被告等に対しそれぞれ本件土地について経由している所有権取得登記の抹消登記手続を請求しているが、前記のとおり被告等の交換若しくは売渡及び交換後の売買による所有権取得は無効でないから原告等の本訴請求は失当である。
仮にそうでないとしても、原告等はその主張する本件各土地を自創法により国に買収され、それぞれその所有権を喪失した後、農地法の施行によつてもいまだ実体法上本件土地について何等の権利をも有していないから、被告等に対し、前記所有権取得登記の抹消を求める直接の利益を有しないので本訴請求は棄却されなければならない。
第七、証拠<省略>
理由
一、被告国は本案前の抗弁として、原告等の被告国に対する第一次の請求は、被告国に訴訟をもつて行政処分をなすべきことを求めるものでその請求自体本案の審理をするまでもなく不適法である旨主張するので判断する。
本件土地がそれぞれもと選定原告山口重男の先代山口彦一、選定原告冲田万司の先代冲田栄蔵及び両選定原告を除くその余の原告等の所有するところであつたが自創法第三条により被告国に買収され、同法第四十六条第一項により農林大臣の管理するところとなつたことは当事者間に争ないから、被告国が今日に至るまで依然、本件土地を所有していると仮定すれば、その後、昭和二十七年十月二十一日農地法が施行されるに伴い、同法施行法第五条により、農地法第七十八条、第八十条等の規定の適用については同法第九条により買収された土地とみなされ、従つて、右第七十八条により引続き農林大臣の管理するところとなる筋合である。
ところで、右のような農林大臣の管理下にある国有財産は、自作農の創設又は土地の豊業上の利用の増進という目的に供するものとして、その目的によつて制約を受けた財産と云うことができる。
しかしながら、右のような財産も、その公共の目的に供せられることを止めたときにおいては、これを国が保有し管理する必要も失われるのであるから、農地法第八十条は、その後の事情の推移により、農林大臣において自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めた農地は原則として、その旨の認定をして、これを買収前の所有者に売り払わなければならないことを規定した。
従つて、買収土地も、農林大臣によつて右の認定がなされたときにおいてその公共的性質を失い、国有財産法上、普通財産となる。そして農地法第八十条所定の売払の要件及び手続は、同法施行令第十七条、第十八条、同法施行規則第五十条、第五十二条等に規定されている。これらの規定によつて見れば、売払の対価は、買収の対価に相当する額と定められており、その売払の目的たる土地の面積、所在または所有権移転の時期等は申込者から希望を徴して農林大臣が決することとされておるとはいえ、その間に特別の公法的規律は介在していないのであるから、その売払をもつて公権力の行使としての行政処分と解し得ず本来的性質は私法上の契約と解するのが相当であり、農林大臣がその売払の意思決定機関に法定されていることによる当事者適格の点はまた別に考慮されるべきことである。
ところで原告等の被告国に対する第一次の請求は農地法第八〇条第一項の規定による前記認定があつたとし(またはその認定があつたと同様の事実状態を前提とし)て被告国に対し本件土地売払という私法上の義務の履行を請求しているのであるから、その請求の当否を判断するための前提的諸要件の審理は本案の審理に属し、右請求をもつて行政処分を求めようとするものとして不適法であるとする被告国の主張は理由がない。
二、そこで進んで結局、被告国が本件土地について今日なお所有権を有すると仮定した場合、果して原告等が主張するような被告国に対する本件土地売払請求権ないし本件土地の売払を受くべき期待権を原告等が有するやの点について判断する。
(一)、買収土地売払請求権は法上いかなる場合に認められるかを検討するのに、
農地法第八十条第二項によると、同法第九条に基いて買収した土地について農林大臣が同法第八十条第一項の「政令で定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは省令で定めるところにより」、政令で定める場合を除き、その買収前の所有者に売り払わなければならないとし、農地法施行令第十七条によると、農地法第八十条第一項の認定をした土地が同法第九条により買収したものであるときは、その買収前の所有者に通知しなければならないとしていることと考察すると、買収土地の旧所有者は、農地法第八十条第一項の前記認定の通知を受けてはじめて、国に対し買収土地につき売払を請求する前記私法上の権利を取得するに至るものと解される。(したがつて、右法条に定める認定及び通知がない間は買収土地の公共的性質は失われず、これについての国と旧所有者との関係は公法的に処理されることになるが、原告等がそのような公法的処理を求めているものでないことは前記のとおりである)。
(二)、本件についてみるに、本件土地がそれぞれもと選定原告山口重男の先代山口彦一、選定原告冲田万司の先代冲田栄蔵及び両選定原告を除くその余の原告等の所有するところであつたが、自創法第三条により被告国に買収され、同法第四十六条第一項により農林大臣の管理するところとなつたことが当事者間に争なく、若し被告国が今日に至るまで依然本件土地を所有しているとすれば、その後農地法第七十八条により引続き農林大臣の管理する土地と解されること、従つて右土地を農林大臣において自作農創設等の目的に供しないことを相当と認めたときは原則としてその旨の認定をし、これを買収前の所有者即ち原告等に通知の上前記所定の場合に所定手続を経て売り払われることは既に述べたとおりであるから、本件土地につき農林大臣の右の認定とその通知があつたかどうかを検討すべきところ、原告等は昭和二十八年六月四日付農地第二〇七七号通達をもつて本件土地に対する農地法第八十条第一項に基く認定の通知行為と主張し、原告等主張の右通達がなされたことは当事者間に争がないが、およそ通達と称するものは、行政官庁が所管の諸機関、職員又は地方公共団体等に対し、ある事項を通知する形式であつて、外部に対する効果を伴う筈のものではなく、試みに右通達の内容を検討しても、農林省農地局長、建設省計画局長連名で知事宛に、自創法施行規則第七条の二の三に基く売渡保留農地の取扱について右規則が失効したのに伴い当面の行政方針を指示したものであることが認められ、このような通達をもつて私人に対する認定の通知と擬制するのは相当でなく、もとより原告等主張の昭和二十四年四月三日頃におけるいわゆる留保地としての指定は右にいう認定にあたるものではない。
そして、原告等が本件土地につき、他に認定の通知を受けたことについて主張立証しない本件では、その余の点を確定するまでもなく、如何なる態様または性質のものにせよ原告等に本件土地売払請求権があると認めることはできない。
(三)、次に原告等主張の買収土地の売払を受くべき期待権について判断する。
農地買収が公益上の目的から国の公権力に基きなされたもので、なんら土地所有者の意思に基いたものではないのであるから、もし、その後の事情の推移により、買収農地に対する当初の公益上の目的が消滅するにいたつたときは国において旧所有者に権利回復の措置を講ずることは極めて当然のことと云わねばならぬ。
そして、昭和二十七年十月二十一日施行の農地法第八十条及びその付属の前記法規において前記手続の下に旧所有者に対する買収土地売払の方途が講ぜられたことは妥当な立法措置と云うべきであり、買収土地が自作農の創設等の目的に直ちに供されず、特にこれが自創法施行規則第七条の二の三の規定によるいわゆる五カ年保有農地に指定された場合、そのこと自体、さかのぼつて買収そのものが必ずしも適当でなかつたことを示す証左とさえ云えるのであつて、このような保有農地の状態が続く間、農林大臣が前記農地法等の法条の定めるところによつて、やがて買収土地売払をすることもあり得るとのある程度の可能性が生じたものと云うことができる。
そしてこの状態の下において旧所有者が前記法条に定めた公法的処理をなすべきことを農林大臣に申請した場合、農林大臣はその申請に応ずるか否かの措置を講ずべきことになるので、旧所有者としては、その申請をなしたときに始めて、売払を受けるかも知れない期待を現実に持ち得ることになり、この期待を一種の期待権として何等かの法的保護を受け得るものとすることは可能であろう。すなわち、農林大臣の前記結果に基く措置は純然たる自由裁量行為ではなく、農地法等に定める法の目的にそつた法的規制に服すべきものであるからである。しかし、農林大臣に対する右申請のない状態においては、未だ前記可能性が生じたというに過ぎず、その可能性は旧所有者のために保護すべきその権利とまではいえない。
しかも、原告等が農林大臣に対し右申請をしていないことはその自陳するところであるから、右期待権は未だ発生せず原告等の予備的請求はこの点において既に失当と云うべきである。
三、以上のとおり、原告等の主張する被告国に対する本件土地売払請求権ないし売払を受くべき期待権の存在自体が肯認されない以上、原告等の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であり、棄却すべきものである。
四、よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 畔上英治 岩村弘雄 井野三郎)