大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(合わ)220号 判決 1960年6月23日

被告人 渡辺正蔵 外三名

主文

被告人等はいずれも無罪。

理由

第一、公訴事実の要旨

被告人渡辺正蔵は、健康保険法に基く公法人たる東京都健康保険組合の理事として、同組合理事会に出席し、同組合の常務に関する合議決定に参画してその事務を執行する職務を有し、右職務上同組合施設に関する工事請負の競争入札に関しその工事予定価格及び最低制限額を知り得る立場にあり、且つ之を知り得た上は他に漏してはならない義務を負うもの、被告人竹下彦兵衛は東京都事務吏員であり、昭和二十六年東京都条例第十六号、昭和二十七年同都人事委員会規則第一号、東京都健康保険組合処務規程等に基き右身分のまま公法人たる東京都健康保険組合に会計課長として勤務し、契約の締結、土地、建物の営繕、金銭の出納等に関する事務を所掌するもの、被告人飯田鎮は土木建築請負等を業とする株式会社飯田工務店取締役社長であり、同会社は昭和二十九年中東京都健康保険組合の発注に係る同組合生浜保養所建設工事を請負い施工したもの、被告人金沢竜俊は株式会社サカエ建設取締役社長の職にあるものである。

ところで

第一、被告人飯田、同金沢は共謀の上、

(一)  昭和二十九年三月十五日東京都千代田区丸の内三丁目五番地東京都健康保険組合事務所において公法人である同組合の施行した前記生浜保養所建設工事の請負指名競争入札に際し、同組合当局が資本金五百万円以上の業者でなければ入札参加者に指名しない等の意向を有していることを察知しながら、予め同年二月下旬頃株式会社飯田工務店名にて右組合に対し真実は同会社の資本金が百万円であるのに五百万円である等その資本、業績等を誇大に虚偽記載した見積参加願を内容が真実なもののように装つて提出して不正な方法により入札参加の指名を受けた上、その後右入札までの間に被告人渡辺と右意を通じ、ここに同人とも共謀の末、秘かに同人より右工事の予定価格及び最低制限額の内示を受けてこれを探知し、右入札に当つてはこれ等の情を同組合並びに相入札者たる田中建設工業株式会社外八社に秘して右株式会社飯田工務店名で工事最低制限額を僅に上る金額で入札して右工事を落札し、以て偽計を用いて公入札の公正を害すべき行為をなし、

(二)  同年五月初旬及び六月初旬前記健康保険組合事務所において、被告人竹下に対し前記工事の請負代金を一部前払願いたい旨の請託をなし、右請託の謝礼並びに同請託により便宜な取計いを得た謝礼の趣旨で、同年七月三日及び四日頃熱海市本町四百三十九番地旅館徳海荘及び同町四百五十一番地隅田旅館において、同被告人に対し、外数名と共に一人前一万二千百八十五円相当の芸妓接待を含む酒食及び宿泊の饗応を為し、以て同被告人に前記の職務に関して贈賄し、

(三)  同年七月初旬頃前記健康保険組合事務所において、被告人竹下に対し、前同様の請託をなし、右請託の謝礼並びに同請託により便宜な取計いを得た謝礼の趣旨で、同月二十日頃前同所において同被告人に対し現金一万円を供与し、以て同被告人の前記職務に関して贈賄し、

(四)  同年七月中旬頃被告人渡辺に対し、同被告人より前記第一の(一)記載の如く前記工事予定価格及び最低制限額の内示を得た謝礼の趣旨の下に額面一万円の株式会社三越商品券一枚を同会社より東京都新宿区十二社三百番地被告人渡辺方に送達させ、以て同被告人の前記職務上の不正行為に関して贈賄し、

第二、被告人飯田は、同年七月下旬から同年十一月上旬に至る間前記健康保険組合事務所において、被告人竹下に対し前記第一の(二)、(三)と同様の請託をなし、それにより便宜な取計いを得た謝礼の趣旨で、同年十一月十九日頃同所において同被告人に対し現金五万円を供与し、以て同被告人の前記職務に関して贈賄し、

第三、被告人金沢は

(一)  同年八月上旬頃同都中央区日本橋馬喰町所在株式会社第一銀行馬喰町支店において、前記第一の(四)と同様の趣旨の下に、被告人渡辺を株式会社川口ゴルフ倶楽部に入会させるに必要な同株式会社二百五十株分の申込証拠金七万五千円を同被告人の為に右銀行に払込み、因つて同被告人をして同ゴルフ倶楽部会員たるの資格を取得させて右払込金額相当の財産上の利益を与え、以て同被告人の前記職務上の不正行為に関して贈賄し、

(二)  同年八月頃同都千代田区丸の内三丁目一番地所在東京都総務局勤労部長室において、被告人渡辺に対し前記第一の(四)と同様の趣旨の下に現金二十万円を贈与し、以て同被告人の前記職務上の不正行為に関して贈賄し、

第四、被告人渡辺は

(一)  同年三月十五日前記健康保険組合事務所において同組合が施行した同組合生浜保養所建設工事の請負指名競争入札について、被告人飯田、同金沢と意を通じ予め同人等に該工事予定価格等を内示し被告人飯田において之を参酌して入札することにより右株式会社飯田工務店に落札を得しめんことを同被告人等と共謀の上、同年三月十日過頃前記工事の予定価格及び最低制限額を知るや間もなく之を被告人飯田同金沢に漏洩内示し、その結果被告人飯田において前記入札において第一の(一)記載の経過で右工事を落札し、以て偽計を用いて公入札の公正を害すべき行為をなし、

(二)  同年七月中旬頃前記第一の(四)記載の自宅において、株式会社三越より額面一万円の同会社商品券一枚の送達を受けるや、被告人飯田同金沢が前記第一の(四)記載の趣旨の下に供与するものであることを知りながらこれを収受し、以て自己が職務上不正の行為をしたことに関して収賄し、

(三)  同年八月上旬頃被告人金沢が自己の為に前記第三の(一)記載の趣旨で払込むものであることを知りながら、同被告人をして前記銀行に同記載の如き株式申込証拠金七万五千円を払込ませ、因つて前記川口ゴルフ倶楽部会員たるの資格を取得して右払込金額相当の財産上の利益を収受し、以て自己が職務上不正の行為をしたことに関して収賄し、

(四)  同年八月頃同都千代田区丸の内三丁目一番地所在東京都総務局勤労部長室において、被告人金沢が第三の(二)記載の趣旨の下に供与するものであることを知りながら現金二十万円を収受し、以て自己が職務上不正の行為をしたことに関して収賄し、

第五、被告人竹下は

(一)  前記第一の(二)記載の日時場所において、被告人飯田同金沢より同記載の如き請託を受けた上、同記載の日時場所で同被告人等より同人等が同記載の趣旨の下に饗応するものであることを知りながら同記載の如き饗応を受け、以て自己の職務に関して収賄し、

(二)  前記第一の(三)記載の日時場所において、被告人飯田同金沢より同記載の如き請託を受けた上、同記載の日時場所で同被告人等より同人等が同記載の趣旨の下に供与するものであることを知りながら現金一万円の供与を受け、以て自己の職務に関して収賄し、

(三)  前記第二記載の日時場所において、被告人飯田より同記載の如き請託を受けた上、同記載の日時場所で同被告人より同人が同記載の趣旨の下に供与するものであることを知りながら現金五万円の供与を受け、以て自己の職務に関して収賄し、

たものである。

第二、裁判所の判断

(一) 東京都健康保険組合の役員及び職員は刑法第百九十七条ないし第百九十八条にいわゆる「公務員」にあたるか否かについて

(1)  総説

刑法第七条は「本法ニ於テ公務員ト称スルハ官吏、公吏、法令ニ依リ公務ニ従事スル議員、委員其他ノ職員ヲ謂フ」と定めているが、ここにいわゆる「公務」の意義は必ずしも明白ではない。而して国家及び地方公共団体の事務が「公務」にあたることについては異論はないが、その他のいわゆる公法人の事務がすべてこれに属するや否やについては論議の存するところである。

大審院は、その判例(大正三・四・一三刑録二〇輯五四三頁=北海道土功組合、大正一二・一二・一三刑集二巻九六五頁=農会、昭和五・三・一三刑集九巻一八〇頁=水利組合、昭和一三・一二・二二刑集一七巻九六二頁=郡及び県養蚕業組合聯合会)において、いやしくも公法人である以上は、その職員は常に公務員であると判示して来ているのであるが、私法人と公法人との区別は、学説においても指摘されているとおり、公法的色彩の濃淡による相対的区別に過ぎないし、また公法人と呼ばれるものにも、その公益的ないし公共的性質にはさまざまな濃淡の別が存するので、講学上公法人の概念にはいるからといつて、直ちにその事務が刑法第七条にいわゆる「公務」にあたるものと断ずることはいささか早計であるといわねばならない。けだし、ある事務がここにいう「公務」にあたるか否かは、法律が公務員を当該犯罪構成要件の要素として定めた趣旨にかんがみ決定されるべきものであつて、その所属団体が講学上公法人に属するということのみから直ちに結論すべき事柄ではないからである。

而してわが国法においては刑法を中心としていわゆる「公務員」に関して幾多の法規が制定され一つの法体系を形成しているのであるが、就中「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」には、別表乙号に掲げる法人などの役員及び職員について収賄罪の規定がある。この規定をその法人の役員及び職員が本来刑法第七条の公務員であるのに特に法定刑を減軽する趣旨で刑法涜職罪の規定に対する特則として定められたものと考えることの相当でないことは夙に最高裁判所が判示しているところであり(最高裁昭和二六・四・二七刑集五巻九四七頁参照)、同号に掲げられている法人の中には法人を公法人と私法人とになす在来の見方からすれば公法人と解されているものが含まれていることは否定できないところである。また一方船舶公団法、石油配給公団法、貿易公団法、特別調達庁法などでは、その役員及び職員につき、「これを官吏その他の政府職員とする」と規定して居り、これ等の法規を精査すれば、これ等の法人はもち論国家または地方公共団体とは別個の独立の法人体ではあるが、その役員及び職員は国家または地方公共団体のそれに準じうる性格を具えたものであることが看取できる。以上の実定法を綜合考察すると、わが実定法はいわゆる公法人の役員及び職員をすべて公務員として取扱おうとするものではなく、そのうちの一部特に国家機関に準じうべきもののみを公務員として取扱つているものと解するのが相当である。

検察官は、この点に関し、「“経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律”は経済統制の運用の必要上、経済団体の役職員につき、従来贈収賄に関する特別規定のあつたものも無かつたものも、一括してこれが規定を整備統一したにすぎないのであつて、公法人、私法人の区別を明らかにしたものではない。従つて前記県農業会名義の木炭出荷指図書の性質に関する第二小法廷判決=前記最高裁昭和二六・四・二七刑集五巻九四七頁判決=が県農会の職員の身分を論ずるに当つて、同法の規定の形式のみから簡単に同法所定の経済団体の職員はいずれも本来の意義における公務員に非ずとしたのは当を得ていないのみならず、法人の性質を論じてその職員が公務員に該当するか否かを決定する、従来の判例の建前については何等触れていないのであるから、この判決を以て最高裁判所が一朝にして従来の建前を放棄したものと判断することは早計にすぎると思われる。殊に本件の問題である健康保険組合は“経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律”とは全く関係のないものであり、私企業に類する営利的要素を含まない組合であるから、この組合の役職員が刑法上の公務員に該当するか否かについては従来の判例の建前に立つて判断すべきであつて又それだけで十分である」と主張するが、わが国においては昭和中期以降「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」を初めいわゆる公法人の役員及び職員の公務員性につき規定を設けた法規が幾多制定されて居り、大審院判例にして若しこれ等の法規の趣旨に牴触したものがあれば、大審院判例こそ変更されたものと考え、これ等の法規で明らかにされたところに従いこれを解釈するのが相当である。而してこれ等の法規においては前段説明のとおり大審院の従来の判例とは異つたものがあると考えられるから、検察官の右主張には左袒できない。

而して健康保険組合のように法自体にはその役員及び職員の公務員性が明定されていない法人の役員及び職員については、当該法人の実体換言すれば法人の行う事務の公共的性質、その成立の沿革、業務運営に対する国家意思の支配の程度、法人とその職員との間の特別権力関係的地位などに着目すると共に、「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」別表乙号に掲げられた法人並びに公務員性を明定した法人とを比較して、その準国家機関性の有無を決定することが相当であると考える。

(2)  健康保険組合の役員及び職員の公務員性の有無について

(A) 「公務員性」の有無に関連した規定をもつ法制との比較

(イ) 公務員性を否定した法制についての考察

「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」別表乙号に掲げられた法人の中には在来の見方からすると公法人と解される法人の含まれていることはさきに説示したとおりであり、(二十二)市町村農業会、道府県農業会(東京都農業会ヲ含ム)及全国農業会=以下農業会と略称=及び(二十三)漁業会、製造業会、道府県水産業会(東京都水産業会ヲ含ム)及中央水産業会=以下漁業会と略称=はその一である。而して農業会については農業団体法(以下農と略称)、漁業会については水産業団体法(以下水と略称)によると、(1)農業会は農業に関する国策に即応し農業の整備発達を図り(農一〇条)、漁業会は水産業に関する国策に即応し漁業の整備発達を図る(水一一条)という国家的事務をそれぞれその存立目的の一としていること、(2)会員は法律上加入を強制されていること(農一八条、水二〇条)(3)行政官庁で強制設立を命じうること(農八七条、水一八条)、(4)会は経費賦課金並びに過怠金につき強制徴収権を有し、会員はその徴収につき勅令の定めるところに従い異議の申立、訴願及び行政訴訟をなしうること(農三一条ないし三四条、水三三条ないし三六条)、(5)農業会は農業、漁業会は漁業の統制に関する規程を定め、これに違反した会員に対し過怠金を課しうること(農三九条、三三条、水四〇条、三五条)、(6)国家の厳格なる監督に服していること、特に会の設立、会則の作成及び変更、解散などについて認可権をもつていること(農一六条二一条令五一条、水一七条一八条二三条令五四条)、会の事務所などに臨検し業務の状況または帳簿書類その他の物件の検査をなしうること(農四四条、水四四条)、会に対し業務及び会計に関し監督上必要な命令を発しまたは処分をなしうること(農四三条、水四三条)、会に対し必要な事業の施行その他を命じうること(農四〇条、水四一条)、一定の場合会長その他の役員につき解任権をもち且つ会長の職務につき代行措置を執らせることができること(農二〇条二九条四五条四六条、水二二条三一条五九条四五条四六条)及び一定の場合決議取消、業務停止または解散を命令することができること(農四七条、水四七条)などが規定されている。而してこれ等団体の事業存立の物的基礎である財産は会員の出資及び賦課金(農三一条三二条三六条三七条、水三三条三四条三八条三九条)によつて構成され、人的基礎である機関には議決機関として「総会」、執行機関として「会長」がある。而して「総会」は会員全員を構成員とし(農二〇条、水二二条)、「会長」は総会において推薦した者の中から、市町村農業会及び漁業会にあつては市町村長の意見を徴し地方長官、都道府県農会及び都道府県水産会にあつては地方長官の推薦により主務大臣がこれを命ずることになつている(農二九条、水三一条五九条)。

これ等の諸規定に現われたところによると、法人の担当している事業が国家的に重要性があり、公益性ないし公共性が強いということだけでは刑法第七条にいわゆる「公務」ということが不十分であり、また当該法人が国家の特別な監督に服し、法人の設立、規約の作成及び変更、解散などについて認可を要するとか、国家が臨検、検査などにより業務状況を調査し或は業務及び会計に関し監督上必要な命令または処分をなし、または必要な事業の施行を命じうるとか、決議の取消、役員等の解任、改選、事業の停止、解散に関して権限をもち或は役員の職務の代行を命じうる権限をもつていることも、このことからはその業務が直ちに「公務」となるとはいい難い。また強制設立とか会員の強制加入とか会員に対する統制の規定のあることや経費賦課金または過怠金の滞納につき市町村税の例に従い滞納処分が行われ、これに関する争が異議の申立、訴願及び行政訴訟などにより解決される規定のあることも「公務」と断ずる根拠とはならないことが明らかである。

(ロ) 公務員性を明定している法制についての考察

<1> まえがき

法人の役員及び職員について「公務員性」を明定した法令は「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」を初めとし昭和中期以来数多く制定されている。その方式は(1)(イ)「○○はこれを官吏その他政府職員とする」、(ロ)「○○は国家公務員とする」、(ハ)「○○は法令によつて公務に従事する職員とする」、(2)「○○はこれを法令に依り公務に従事する職員と看做す」、(3)「○○は(刑法その他の)罰則の適用については法令に依り公務に従事する職員とみなす」などニユアンスを異にして居り、これ等の規定においても、これ等の職員は本来刑法第七条にいう「法令ニ依リ公務ニ従事スル職員」に該当するのか、或は本来の刑法第七条にいわゆる「法令ニ依リ公務ニ従事スル職員」でないから特に規定が設けられたのか、必ずしも明らかでないものもある。このような場合には当該法人がそのいずれに属するかを決定した上比較の対照とするのが本筋であるが、この判決においては、後者の線をも含めて法が当該法人の役員及び職員にいわゆる「公務員性」を認めまたはみなした条件が健康保険組合に具つているか否かを検討することによつてその役員及び職員の公務員性の有無を考えることにする。而して(1)のうち(イ)の方式に属するものは例えば船舶公団法、特別調達庁法、石油配給公団法、配炭公団法、産業復興公団法、貿易公団法、価格調整公団法、酒類配給公団法、食料品配給公団法、飼料配給公団法、油糧配給公団法、肥料配給公団法、食糧管理法(食糧配給公団)、(ロ)の方式に属するものは例えば連合国軍人等住宅公社法、特別鉱害復旧臨時措置法、国民金融公庫法(昭和二十七年法律第一五三号により改正後は(3)の方式)、住宅金融公庫法(昭和三十年法律第二五号により改正後は(3)の方式)(ハ)の方式に属するものは例えば弁護士法であり、(2)の方式に属するものは例えば日本銀行法、閉鎖機関整理委員会令、日本電信電話公社法、日本国有鉄道法、日本専売公社法、経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律別表甲号、社債等登録法であり、(3)の方式に属するものは例えば日本住宅公団法、帝都高速度交通営団法、愛知用水公団法、農地開発機械公団法、日本道路公団法、農林漁業金融公庫法、中小企業金融公庫法、中小企業信用保険公庫法、日本育英会法、私立学校振興会法、社会福祉事業振興会法、労働福祉事業団法、日本学校給食会法、日本輸出入銀行法、日本開発銀行法、日本原子力研究所法、原子燃料公社法、公営企業金融公庫法、北海道東北開発公庫法、森林開発公団法、石炭鉱業合理化臨時措置法、自転車競技法、南方同胞援護会法、日本科学技術情報センター法、国家公務員共済組合法である。

<2> (1)の(イ)の方式に属する法人について

この方式に属するものは、その根拠法規によると、いずれも経済安定本部総務長官の定める基本的な政策及び計画に従い政府の経済政策を実現することを目的として居り(例えば船舶公団法―以下法と略称―一条)、その経営の基本的政策及び計画を樹立する権限は専ら経済安定本部総務長官に存し(法一六条)公団には存しないこと、その「役員」及び「職員」についてはこれを官吏その他の政府職員とし、「役員」のうち「総裁」は各省次官と同級又は同格、「その他の役員」は一級又はこれと同格とし、「職員」は一級、二級、三級又はこれらと同格とし(法一五条)、「役員」は政府によつて任命、解任される(法一二条二三条)こと、基本金はその全額が政府の出資であること(法三条)などが明らかである。これ等の規定を綜合考察すると、(1)の(イ)の方式に属する公団は、政府とは独立した法人(法一条二項)ではあるが、その組織及び運営の面からみると、政府の全面的責任の下で政府が樹立した統制を実施する機構であつて政府直轄の機関ともいいうるものであることが認められる。

<3> (1)の(ロ)の方式に属する法人について

この方式に属するもののうち、連合国軍人等住宅公社法に基く公社と国民金融公庫法に基く公庫はその根拠法規によると、その組織及び運営は(1)の(イ)の方式による法人と同じであるが、住宅金融公庫法に基く公庫は、その根拠法規によると、その組織及び運営は次に説明する(2)、(3)の方式による法人と同じであり、特別鉱害復旧臨時措置法による復旧公社は、その根拠法規によると、出資についての規定がなく、その附則第十一項によると、「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」別表乙号三十二として指定されている。

<4> (1)の(ハ)の方式に属する法人について

この方式に属するものは弁護士法に基く弁護士会、日本弁護士連合会の会長及び副会長並びに資格審査会の会長、委員及び予備委員である(法三五条五〇条五四条)。これ等弁護士会、日本弁護士連合会及び資格審査会(以下三者を含め弁護士会と略称)は弁護士の登録、登録換、登録取消など弁護士名簿の登録に関する事務を担当しているのである(法八条ないし一九条五一条)が、登録の受理、拒絶並びに登録の取消は、医師法における医師の免許並びに免許の取消などに匹敵し、憲法で基本的人権として保障している職業選択の自由に直接関係する事項で、本来国家以外の団体ではもち得ない権能である。而して弁護士会の存立目的は、弁護士の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士(及弁護士会)の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことに存し(法三一条四五条)、右登録に関する事務殊に登録の受理、拒絶並びに登録取消の事務は、右存立目的には含まれない事務であつて(けだし会の有する監督作用は所属構成員よりその資格を奪う除名が極限であることにかんがみ)、本来弁護士会には属しない事務であることなどから考えると、これ等の事務は弁護士会のいわゆる固有事務ではなく、国家から委任を受けたいわゆる委任事務であつて、この事務はたとい弁護士会が行つてもそれは国家の委任によつて国家のために行うものであり、依然国の司法行政の一部を構成しているものと解するのが相当である。(なおこの方式に属するものとして国家総動員法第十八条ノ規定ニ依ル法人等ヲシテ行政官庁ノ職権ヲ行ハシムルコトニ関スル法律=昭和一七年二月法律第一五号=参照)。

<5> (2)、(3)の方式に属する法人について

(i) この方式に属するもの(但し閉鎖機関整理委員会、社債等登録機関及び国家公務員共済組合はこれを除く)は、その根拠法規によると、例えば日本銀行については「国家経済総力ノ適切ナル発揮ヲ図ルタメ国家ノ政策ニ即シ通貨ノ調節、金融ノ調整及ビ信用制度ノ保持育成ニ任ズル」こと、日本住宅公団については「住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うと共に、健全な新市街地を造成するために土地区画整理事業等を行うことにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与すること」を各目的とすることが定められて居り、その存立の目的はいずれも国の社会、経済、金融などの政策の実施等であつて、しかも設立手続においては国は設立委員を任命するなどによつてこれに関与していること(例えば日銀法一条五一条ないし六〇条、日本住宅公団法一条、附則二条)、事業存立の物的基礎すなわち「基本金」ないし「資本金」はいずれもその全額が政府の出資或は政府及び地方公共団体の出資(但し日本銀行は過半数出資、経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律別表甲号のうち交易営団は過半数出資、農地開発営団は半数出資、なお恩給金庫及び庶民金庫は国民公庫法により国民金融公庫に発展的解消、愛知用水公団及び農地開発機械公団は政府及び国際復興開発銀行等からの融資、日本科学技術情報センターは政府及び政府以外の者の出資(その割合についての定めはない)、石炭鉱業合理化臨時措置法に基く石炭鉱業整備事業団、自転車競技法に基く日本自転車振興会、森林開発公団、南方同胞援護会については出資の規定はない)で構成され、事業存立の人的基礎すなわち「役員」(委員会も含む=この方式に属する法人には「役員」の外には人的機関はない)はいずれも政府によつて任命、解任されること、業務の運営については(1)の(イ)の方式による法人とは異り自主性を認められているが、政府の厳格な監督に服し、殊に日本住宅公団等の公団については「公団等の予算及び決算の暫定措置に関する法律」、国民金融公庫等の公庫については「公庫の予算及び決算に関する法律」、日本国有鉄道等の公社についてはその根拠法規によつて、その予算及び決算は主務大臣の検討及び調整を要するなど政府の監督の下にあるばかりではなく、国会に提出されてその議決または承認を受けることを要し、決算についてはさらに会計検査院の検査を受けなければならないものもあることなどが明らかである。これ等の諸規定を綜合考察すると、(1)の(イ)の方式に属する法人においてはその経営が政府の全面的な責任で行われ法人には殆ど自主性がないのに比し、(2)、(3)の方式に属する法人は政府の厳格な監督に属するとはいえその責任において担当事務を行いうる点で差異がある。しかし、これ等の法人も、(1)の(イ)の方式に属する法人と同様、法人としての組織形態は、従来いわゆる国策法人にあつたような構成員の利益を計ることを目的としている株式会社、協同組合などの形態とは異り、公団、公社、公庫など一般公衆の利益を計ることを目的としている形態をとり、設立過程においては若干の差異はあつても国または国及び地方公共団体から資本金などの財産的基礎が付与され、経営過程においてはその経営はすべて政府の任命、解任するところの「役員」に一任されている。これ等の機構によつて、国は当該法人に対して、従来国がいわゆる公法人のうちのあるものに対してもつていた単なる監督権に基いての監督の場合(例えば農業会、漁業会に対するそれ)とは異り、恰もこれが国の行政組織に加えられた場合のような支配統制力をもち、当該法人は極めて密接に国と連り、いわば国の管理機構の一部ともいいうる性格―(1)の(イ)の方式による法人のそれまでには達しないとしても―を帯び、その事業は実質的には国の事業ともいいうるのである。(なお、いわゆる国策法人にあつても、その組織形態、国が当該法人に対してもつ支配統制力などには、さきに説明したとおり、その間にニユアンスの差異があるから、その法人の役員及び職員が国家機関に準じうるものであるか否かはその法人のもつ存立目的などの外にこれ等の体制をも綜合的に考察して決定するのが相当である。而して経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律は法人を別表甲号と乙号とに区別しているが、国策法人であつても株式会社、協同組合などの性格を帯びた形態をとるものには国家機関に準じうる性格はこれを認めていない。)

(ii) 閉鎖機関整理委員会は連合国最高司令官の要求に基きわが国の経済民主化のためいわゆる閉鎖機関の特殊整理に従事することをその任務とするものであるが、この任務はわが国がポツダム宣言の受諾により連合国に対して負担した国としての任務であり、委員は政府によつて任命、解任され、同委員会の予算及び決算は公団等の予算及び決算の暫定措置に関する法律により処理されて居り、行政委員会の一種である。而して社債等登録法に基く登録機関は弁護士会と同様国家から委任をうけたいわゆる委任事務を担当する機関である。

<6> 国家公務員共済組合について

国家公務員共済組合は、国家公務員の病傷等に関して適切な給付を行うため、相互救済を目的として設立された組合であつて(法一条)、その運営は衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、各省大臣、最高裁判所長官及び会計検査院長などいわゆる各省各庁の長によつて行われ、これ等の長はそれぞれその各省各庁の所属の職員をもつて組織する組合を代表しその業務を執行し、所属職員その他を補助機関としてその業務に従事させることができることになつている(法八条一二条)。このような法制の下においては、事務自体はその効果が組合に帰属する趣旨において組合の事務であつてもこれを執行する任務は国家機関が国家に対して負担する任務すなわち行政機関としての職務である。この意味において右機関が組合の事務を執行することは刑法第七条にいわゆる「公務」と解することができる(最高裁昭和二六・五・一一刑集五巻一、〇三五丁=国有鉄道共済組合物資部職員に関する判決=参照)。而して組合に使用されてその事務に従事する者は右機関の補助機構としての地位に立つものである。

(ハ) 健康保険組合(以下組合と略称)に関する考察

<1> 組合の実体などについて

飜つて、検察官が健康保険組合を公法人としその役員及び職員を公務員と主張する法的根拠の主要なものは、(1)組合が健康保険事業の経営という国家的事務をその存立目的とすること(健康保険法=以下法と略称=二五条)、(2)組合員は法律上加入を強制されること(法四二条ノ三)、(3)厚生大臣は組合の強制設立を命ずることができ、その強制設立は罰則を以て保障されていること(法三一条八九条)、(4)保険料の強制徴収権を有していること(法一一条一一条ノ二、一一条ノ四)、(5)事業主に対し報告、文書提示を求めその他健康保険の施行に必要な事務を行わせうること(法八条)、(6)被保険者または保険給付を受くべき者に必要な申出、届出、文書の提出をなさしめることができること(法八条ノ二)、(7)、(5)、(6)の履行は罰則によつて保障されていること(法八八条、八八条ノ二)、(8)被保険者の資格、標準報酬、保険給付に関する処分等の取消又は変更を求める訴に関しては行政庁とみなされること(法四二条ノ二)、(9)国家の厳格なる監督に服していること、特に組合の設立、規約の作成及び変更、解散などについて認可権をもつていること(法二九条三二条三六条令六四条)、組合に対し事業の報告を求め、財産状況を検査し、規約の変更を命ずるなど監督上必要な処分をなしうること(法三七条)、被保険者の異動、保険給付の決定に関して臨検、質問及び検査などをなしうること(法九条、九条ノ二)、組合に対し療養施設の設置を命じうること(法三七条ノ二)、一定の場合組合の役員の職務の代行措置を執らせることができること(法三八条)、組合に対し決議取消、役員解職又は解散を命令することができること(法三九条)、(10)解散により消滅した組合の権利義務は政府が承継すること(法四〇条)などである。而してその事業存立の物的基礎である財産は保険料(法七二条)と国庫負担金(法七〇条)によつて構成されるが、保険料は組合員すなわち事業主及び被保険者の負担で組合財産の大部分を占め、国庫負担金は組合費のうちの事務費につきその一部が支弁されるに過ぎないものであり、人的基礎である機関には議決機関として「組合会」、執行機関として「理事」があるが、「組合会」は事業主の選定する議員(選定議員)と被保険者の互選する議員(互選議員)で構成され(法四一条令二〇条)、「理事」は選定議員、互選議員においてそれぞれ半数を互選し、理事長は選定議員の互選した理事の中から理事が選出することになつている(法四一条、令三六条)。

<2> 組合と農業会などとの比較

健康保険組合は健康保険事業の経営をその存立目的としているに対し、農業会等は農業または漁業の整備発達をその存立目的としているが、両者はいずれも国政上重要な公共性を帯びた事務であつてその間には何等の軒輊はない。而して両者は(イ)組織、運営においても(ロ)国家の監督においてもまた殆ど差異はないとみるのが相当である。

<3> 組合と(1)の(イ)並びに(2)、(3)の方式による法人との比較

健康保険組合のもつ存立目的と(1)の(イ)、(ロ)並びに(2)、(3)の方式による法人のそれとの間には国政上の重要性等において格別の差異はないとしても、健康保険組合の存立の基盤すなわち人的並びに物的基礎はいずれも組合に存し国家には依存していない。これに対し、(1)の(イ)及び(2)、(3)の方式による法人は、いずれも、さきに(A)の(ロ)の<2>、<5>で説示したとおり、若干の差異はあつても、設立過程においてはその物的基礎等が国家から付与されて居り、経営過程においてはその統裁管理は政府において任命、解任する役員に一任されている。両者の間にはその体制においてこれ等の諸点で大きな差異の存することは看過できない事実であり、これ等のことが法人の地位及び性格延いてはその役員及び職員の準国家機関性の有無に影響のあることは(A)の(ロ)の<5>の説明に徴しても明らかである。

<4> 組合と(1)の(ハ)の方式による法人との比較

健康保険組合については、法三九条、四〇条などを根拠にして、組合に国の代行的性格を認める学説が存し、検察官もまたこれを主張しているのであるが、組合は健康保険事業を行うことをその存立目的としているのであつて、換言すれば、健康保険事業の経営は組合のいわゆる固有事務に属し、組合は自身の事務としてこれを行つているのである。(憲法第二五条は社会保障を国の使命としているが、これを達成する手段、方法は必ずしも国の独占ではなく、国以外のものにおいてこれを助長遂行することは何等禁止しているものではない。このことは憲法第二六条に基いて国の負担する教育―殊に義務教育―について教育基本法が国または地方公共団体以外の法人にもこれを助長遂行することを認めているのと同様である)。この場合、組合と国との法律関係は、弁護士会が登録事務を国の委任により国のためにこれを行つているのとは全く性質を異にして居り、その事務の公共性の故に特別の監督関係があるに過ぎないのである。法を検討しても右見解に反し右事務をもつて弁護士会の場合の如くいわゆる委任事務と認めうる根拠は毫も発見できない。しからば、法殊に四〇条などの趣旨としているところは、単に組合の行う事業のもつ公益的ないし公共的性質が相当強いものであることにかんがみ国がその運営についての最終的責任を負つていることを意味しているに止まるものと解するのが相当である。以上の理由により、組合と国との関係は弁護士会のそれとはその性格を異にし、弁護士会の役員について公務員性を認め得た根拠は組合については全然存在しないといわねばならない。

<5> 組合と国家公務員共済組合との比較

健康保険組合は、(A)の(ハ)の<1>で説示したとおり、その運営は組合すなわち事業主及び被保険者の選出した議員で組織する「組合会」及び議員が選定する「理事」によつて行われるものであつて、国家公務員共済組合の如く国の機関においてこれをその職務として行うものとは質的に重大な差異がある。

もつとも、東京都健康保険組合においては、東京都が事業主として組合の設立または組合会の議員の選定などに関与しているので、このことは組合の性格などに影響を及ぼし、延いては組合事務に国家公務員共済組合の如き方式により「公務」性を帯有させることはないであろうか。

(甲) 健康保険法第二十七条は「健康保険組合ハ事業主及其ノ事業所ニ使用セラルル被保険者ヲ以テ之ヲ組織ス」と定めて居り、これによると、事業主は被保険者と共に組合の一構成分子である。しからば、東京都が事業主として組合の運営に参画することは組合の構成分子としての地位に基いての活動であり、これは被保険者の構成分子としての地位に基いての参画と法的には何等の差異はないというべきである。東京都は監督官庁として組合の運営に指示等を与える場合もあるのであるが、これと事業主として運営に関係する場合とはその性格を全然異にするものであつて、事業主としての活動は右に説明したとおり組合の構成分子としてのそれに過ぎないから、その活動の性格は民間会社が事業主として行為する場合の活動と何等異るところはないものと解するのが相当である。而して事業主において選定した選定議員及びその選定議員が互選した選定理事も被保険者において互選した互選議員及びその互選議員が互選した互選理事(法四一条、令三六条)も法的にはいずれも組合全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではなく、その選出行為はいずれも組合の構成分子として組合機関の構成を形成する行為であつて、選定議員の選定と雖も東京都が職員に対して行ういわゆる勤務命令とはその性質を異にしているといわねばならない(この理は被保険者が行う互選議員の選任について考えれば特に明白である)。

(乙) 東京都健康保険組合処務規程(昭和三十年八月十九日理事会決定)並びに第六回公判調書中証人細田義安(東京都財務局長)、第七回公判調書中証人加藤良也(東京都総務局勤労部福利課長)、第八回公判調書中証人松本留義(東京都総務局総務部長)の各供述記載及び第十三回公判期日で行われた証人鈴木亀太郎(東京都交通局会計部長)、同高鍋三千雄(東京都総務局総務部文書課長)の各証言によると、組合の事務に従事している職員殊に課長または係長には都の職員をもつて充てられているもののあることが認められるが、職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和二十六年二月東京都条例第十六号)、職員の職務に専念する義務の免除に関する規則(昭和二十七年二月東京都人事委員会規則第一号)並びに前掲証人細田義安、同加藤良也、同松本留義の各供述記載及び証人鈴木亀太郎、同高鍋三千雄の各証言を綜合すると、右は都において組合を財政的に援助する建前から都の職員中特定のものにつき職務に専念する義務の全部または一部を免除して組合に派遣しその事務に専従などをなさしめているに過ぎないのであつて、国家公務員共済組合の場合のように組合の事務の執行を如何なる意味においても都の事務としてその職員に行わせていると認めうる法的根拠は何もないことが認められる。殊に、このことは、東京都健康保険組合と同様保健給付などの事務を担当している東京都職員共済組合については、法規上すなわち〔東京市〕職員共済組合ニ関スル条例(昭和一六年四月市条例第六号)第一条、第三条、東京都職員共済組合規則(昭和二五年一一月規則第一九二号)第四条、東京都職員共済組合処務規程(昭和三二年五月訓令甲第一一八号)第五条などに組合は東京都知事がこれを統理し、知事は都の職員をして組合の事務に従事せしめることのできることの規定があるのみならず、実務においても、その事務は都知事がこれを統括し、その役員及び職員はすべて知事の辞令によつて任命され、事業の運営が知事の指揮命令に服しているのに対し、東京都健康保険組合については、法規上このような規定は一つもないばかりか、実務においても、その事務はすべて理事の指揮監督に属しその名で行われていることに徴しても明白である。

(B) 健康保険法の沿革などからみに考察

わが国においては、明治中期以降近代的工業の発達、大資本組織の進展に伴い労働問題が台頭し、この結果労働者保護の制度として、鉱山、工場労働者に対しては鉱業法(明治三八年法律四五号)、工場法(明治四四年法律四六号)が制定され、また官業並びに民間特に工場、鉱山の労働者の間には共済組合が設置され、これによつて病傷その他の事故に対して救済が行われて来たのである。ところが、第一次世界大戦後社会経済事情に急激な変貌を来したことから、労働保険の必要性が強く要請され、ここに健康保険法が大正十一年三月第四十五議会において協賛を経、同年四月公布、昭和二年一月施行されたのである。

而して健康保険法は、健康保険事業の経営主体を政府と健康保険組合(以下組合と略称)の二者に限つている。組合を経営主体として認めた理由について、当時の農商務省工務局長は、「健康保険は、仮病取締の目的を達し其の他運用の実績を挙ぐるため、事業或は同業者或は労働組合或は地方区画を単位とする相互組織の上に立つ自治組合をして担当せしむるを可とすることは、諸先進国の立法例に於て殆ど一致する所にして、泰西の学者も多く之に賛同せる如きも、本邦に於ては従来自治組織の運用の成績に鑑み、且保険制度の経験の乏しき点より之を看て、当初より相互組合のみをして之を経営せしむるの必しも万全の策に非ずと認めたるを以て、まず之を官営とし、唯工場、鉱山等に於ては相互共済組合経営の経験を有するもの相当有之を以て、相互主義の条件の下に官営保険と併行して事業又は其の聯合を単位とする保険組合の任意設立を認め、之を法人となし、相当大規模の工場、鉱山にして確実に保険を運用し得べしと認むるものに対しては組合の強制設立を命じ得ることとなし、仍是等の組合を指導し其の組合員の利益を保護するを以て相当監督の途を設けたり」と説明し(森荘三郎著健康保険法解説三八丁以下参照)、従来鉱山、工場などで設立されていた共済組合と健康保険組合との関係について、大正八年秋農商務省戦時保険局で健康保険制度について調査開始以来その立法準備に関係し、且つ労働保険調査会の委員であつた東京帝国大学経済学部教授森荘三郎は「健康保険法案では、相当に多数の被保険者を有する工場又は鉱山では健康保険組合を設立して、本法実施の機関とすることになつている。然るに此等の所では従来から共済組合が多くは設けられて居り、而も其の大部分は本法に於ける給付に似た給与をしている。然らば本法実施の結果は従来の共済組合を如何に処置すれば宜いか。名は等しく共済組合であつても、各組合の内容は区々に成つて居るから、一概に論ずる訳には行かない。若し其の内容が本法に定めて居るものと同等以下である場合には、之を本法の程度まで引上げて、組合の名称を変更すればよい訳である。然し、時としては健康保険の範囲内に於ても、本法に優る程度の給付をして居るものもあり、殊に健康保険以外の範囲に渉つて例へば退職給与、遺族給与、老廃給与等を行つて居る組合もある。此の場合には止むを得ず健康保険組合と従来の共済組合とを併置する外はない」と(前掲健康保険法解説六四丁以下参照)、また社会局事務官として健康保険法令の制定に関係した熊谷憲一は「現在わが国の工場及び鉱山に於ては共済組合の設けあるものが多い。しかしながら共済組合については特に之を規律すべき法令がないから、組合の責任も明らかならず組合員の権利も保障されていない。故に健康保険の組合と同様の給付をなしている共済組合は此の際之を廃止して新に健康保険組合を設くるを妥当とする。共済組合に財産があれば健康保険組合に移し、或いは之を準備金として積立て、或いは医療施設を設けるが最も機宜を得たものと考える」と(健康保険法詳解一六〇丁以下参照)説明している。これによると、健康保険法は共済組合を同法の機関としてこそ認めていないが(但し官業については法一二条、施行令七条)、工場、鉱山などに使用される者を被保険者とする健康保険組合においては共済組合経営の従来の経験を生かしてこれが運営され、これ等共済組合が実質的には健康保険組合に移行することを期待していたことが推認され、その実際においても同様であつたことは第五回公判調書中証人福島修一(健康保険組合連合会東京支部常務理事)の供述記載によつてもこれを認めうるところである。健康保険組合にして斯様な組合を含んでいるとせばその役員及び職員をもつて公務員とするには法の形式においてもその公務員性の指摘に格別のものが要求されることは当然である。しかるに法制その他において斯る措置の構じられたことは毫も認められない。

(C) 結語

以上(A)、(B)で検討したところを綜合して考察すると、健康保険組合が健康保険事業という国政上重要な事務を担当し、組織強制並びに国家の監督などにおいて公共的色彩の極めて強い公法上の団体であることは否定できないが、その事務を以て刑法第七条にいわゆる「公務」と認めることは困難であるといわなければならない。殊に船舶公団、日本国有鉄道などの如くその担当事務、沿革、国家の監督殊に国家のもつ支配統制力などからみて国家に準じうる性格を多分にもつているもの、弁護士会の如くその担当事務が国家から委任されたいわゆる委任事務であつて弁護士会で行つても依然国家の司法行政の一部を構成しているもの、また国家公務員共済組合の如くその事務の執行が行政機関の職務であることが明文上明らかなものについても、その役員または職員の公務員性については明文で規定している。しかるに、健康保険組合については、公務員性を認めた規定がないばかりか、この組合は「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」別表乙号に掲げられた法人殊に農業会などに比較しうるに過ぎないものであり、しかもその担当事務は弁護士会の担当する登録事務などとはその性格を異にして居り、且つその事務の執行は国家公務員共済組合の如く行政機関の職務に属するとはいい得ないことなどから考えると、健康保険組合の事務を刑法第七条にいわゆる「公務」として認めることは相当でない。

(D) 補説

(イ) 公共組合のうち土地改良区などその役員及び職員について涜職の罪の規定を有する法人との比較

健康保険組合は講学上公共組合に属し、(A)の(イ)で説示した農業会、漁業会と共に同じ範ちゆうにある法人である。而して公共組合に属する法人で現行法制上涜職の罪の規定のあるものは土地改良法に基く土地改良区と土地区画整理法に基く土地区画整理組合である。これ等の組合の公法人的色彩は、その根拠法規によると、(1)土地改良区は土地改良法(以下改と略称)所定の土地改良事業、土地区画整理組合は土地区画整理法(以下整と略称)所定の土地区画整理事業という国家的事務をそれぞれその存立目的の一としていること、(2)組合員は法律上加入を強制されていること(改一一条、整二五条)、(3)組合は組合員に対し経費を賦課しこれを強制徴収する権能を有すること(改三六条三八条三九条整四〇条四一条)、(4)組合は定款または規約に違反した組合員に対して制裁として過怠金を課すことができ且つこれについて強制徴収の権能を有すること(改三七条ないし三九条整四〇条三項四一条)、(5)組合は換地処分(改五四条整一〇三条以下)、土地の立入または使用(整七二条七九条八〇条)、受益者に対し分担金、夫役現品その他各種の公用負担を賦課(改三六条)しうる権能を有すること、(6)国家の厳格なる監督に服していること、殊に行政庁は一定の場合役員につき改選命令、解任権(改一三四条二項三項)または職務代行権(整一二五条六項七項)をもつこと、行政庁は一定の場合組合に対し必要な措置を採るべき旨の命令をなしうること(改一三四条一項整一二五条三項)、行政庁は一定の場合決議若しくは選挙の取消または処分等の取消、変更、停止(改一三四条一項一三六条整一二五条三項八項)または組合の解散(改一三五条)を命じうることなどの諸規定にあらわれている。これ等の諸規定特に(5)によると、右組合は強制的に換地処分を行う権力などをもつて居り、公共組合のうちでは公共的色彩が比較的強く、清廉性の要求も大であつてしかるべきものということができる。しかるに法律はその職員が当然に刑法の公務員涜職罪の適用を受くるものとはしないで別に賄賂罪についての特別の規定を定め、しかもその刑罰は刑法上の公務員賄賂罪よりも特に軽く定めている。これ等の見地から考えてみても、公務員性について明文のない限り、健康保険組合の役員及び職員をもつて刑法にいわゆる公務員と解することは相当でない。

(ロ) 商法並びに保険業法などにより特別涜職罪の規定を有する法人との比較

商法第四百九十三条は発起人、取締役、支配人など、保険業法第百四十四条、第百四十五条は保険管理人などについて涜職罪を規定して居り、これ等の者についても品位の維持を要求しているのである。而して健康保険組合の担当する事務は前記説明のとおり公共的色彩が極めて強く、商法の定むる株式会社などよりも公共性が大であることはいうまでもない。而してその役員及び職員に対して職務の清廉性を要求するの要あることも株式会社などの場合より強いと考える。しかし、いかなる者につき涜職の罪を認めるかは立法政策の問題であり、且つその法規の解釈は罪刑法定主義の原則に則してなされなければならない。而して「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」を初めとし昭和中期以来いわゆる公法人の役員及び職員につき公務員性を規定した諸法規を勘案して刑法第七条を解釈するときは、健康保険組合の事務についてはその公共的色彩の濃厚さはこれを認め得てもなおこれをもつて刑法第七条に定める「公務」と解することはできない。(なお、このことについては涜職の罪は公務員涜職罪だけの一本建ではなく種々の段階―例えば経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律第二条、商法第四百九十三条など―のある事実に注目する必要があろう。)

(二)  東京都健康保険組合の実施する入札は刑法第九十六条ノ三にいわゆる「公ノ入札」にあたるか否かについて

刑法第九十六条ノ三にいわゆる「公ノ競売又ハ入札」とは「公」の機関すなわち国家又はこれに準じうる団体の実施する競売又は入札を指すものと解する。ところで、東京都健康保険組合の事務は(一)において説明したとおり「公務」ではないから、同組合の実施する入札は右にいわゆる「公ノ入札」にはあたらないと解するのが相当である。

(三)  結論

以上の理由により、被告人等に対する前記公訴事実は、爾余の点について審理をしなくても、いずれも罪とならないものであることが明らかであるから、刑事訴訟法第三百三十六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 八島三郎 大北泉 新谷一信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例