東京地方裁判所 昭和30年(行)98号 判決 1960年2月18日
原告 丸山資太郎
被告 東京国税局長
訴訟代理人 家弓吉巳 外三名
主文
原告の昭和二八年分所得税に関する審査請求に対し、被告が昭和三〇年七月一一日付でなした原告の同二八年分の総所得金額を金八一八、一三三円と訂正した処分のうち、金六六七、六二四円を超過する部分はこれれを取消す。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一、請求の趣旨
一、原告の昭和二八年分所得税に関する審査請求に対し、被告が昭和三〇年七月一一日付でなした同年分の総所得金額を金八一八、一三三円と訂正した決定のうち、金五九一、四九九円を超過する部分はこれを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
第二、請求原因
一、原告は昭和二八年分所得税について所得金額を金四一三、一四五円として川崎税務署長に対し確定申告したところ、同税務署長は右所得金額を更正・訂正する決定をしたから、原告は被告に審査請求をしたが、被告は請求趣旨記載の通りの決定をした。
二、しかし、原告の同年分の総所得金額は金五九一、四九九円であつて、右審査決定中右金額を超過する部分は違法であるから、取消しを求める。
第三、被告の申立、答弁及び主張
一、請求棄却の判決を求める。
二、請求原因第一項記載の事実を認め、同第二項記載の事実を争う。
三、原告は食肉及び惣菜の販売業を営む者であるが、その所持していた売上帳、仕入帳及び経費帳は記帳漏があり正確とは認められなかつたから、被告において調査をなし、原告の申立を参酌してその所得を金八一八、一三三円と決定したが、その後の調査の結果によると、別表(一)被告主張額(A)欄記載の通り金一、二五九、三五九円と認められるから、被告の本件決定は違法でない。以下右収支計算の各項目について説明すると次の通りである。
(一) 期首、期末各棚卸高は原告提出の審査請求書添付の計算書による。
(二) 仕入高内訳は別表(二)記載(但し括弧内の数額を除く)の通りである。仕入高の算定は、原告備付の帳簿と原告の申立とにより、仕入先の明らかにされた分はその口座により、仕入先の明らかでないものはこれを種類別に一括集計し「諸口」と表した。従つて、右諸口分については、具体的に調査できなかつたので、右別表(ニ)末尾の註2に記載の方法により仕入高を推計した。なお記帳漏については仕入先を明確にしたものと、そうでないものとを比較すると、後者の方がより多いことは経験則上明らかなことであるが、本件においては、原告に有利に脱漏率を同一として推計した。
(三) 売上高は売上原価(期首棚卸高と仕入高の和から、期末棚卸高を控除したもの)に二五、四四%の差益率を適用して推計した。
(イ) 二五、四四%の差益率は、本係争年度の翌年たる昭和二九年五月一日から同年一一月三〇日までの有限会社喜代乃屋肉店(原告が従来の個人経営を法人組織としたもの)の決算による申告に基いて算出されたものであり、後記の川崎市内の同業者の差益率と比較すると低率であり(このため右会社の該事業年度分についても川崎税務署長は増額の更正決定をしている)、しかも時期的にみても本係争年度に接着した次年度分のものであり、特段の事情のないかぎり、取扱商品の差益率に変化をきたすことがないから、これを適用することが、原告の売上高を推計するのに最も合理的である。
(ロ) 右有限会社喜代乃屋肉店の第一期事業年度の差益率は左の通り計算した。
売上高 三、七七六、九四二円五〇
売上原価 二、八一五、九九八円二〇
販売利益 九六〇、九四四円三〇
綜合差益率 二五、四四%
綜合差益率の内訳
種類
差益率(イ)
総売上高に対する割合(ロ)
(イ)(ロ)の積
肉類
一六、二%
五九%
九、五五
食料品
二四、二〃
一二〃
二、九〇
惣菜
四四、八〃
二九〃
一二、九九
一〇〇〃
二五、四四
(ハ) 原告と同じように川崎市内で個人営業をしている同業者中青色申告者の昭和二八年中の差益率は次表の通り平均三三、九五%であり、このことからも右二五、四四%の差益率が高過ぎることはない。
氏名
売上高(円)
差益金額(円)
差益率(%)
山口きよ
一、九二八、六二三
六三五、九〇九
三二・九七
岡田寅次
一、六一九、四八八
五〇二、八三一
三一・〇四
飯泉ひで
一、七三六、三四五
六五五、七七八
三七・七六
合計
五、二八四、四五六
一、七九四、五一八
三三・九五
(ニ) なお昭和三一年五月一七日の準備手続期日において、差益率に関し、東京国税局管内の標準差益率に若干の調査を加味して、左表の通り二二・七三%と主張したが、これは低きに失し、実情に合わないから、最も合理的と認められる前記有限会社喜代乃屋肉店の差益率を適用したものであり、差益率に関する主張は自白というに該当しないものである。
種類
差益率(イ)
仕入高総計に対する割合(ロ)
(イ)(ロ)の積
摘用
肉類
二〇・〇〇%
五九%
一一・八〇
標準差益率
食料品
二三・〇〇〃
八〃
一・八四
〃
惣菜
二七・五七〃
三三〃
九・〇九
原告申立及び調査
綜合差益率
一〇〇〃
二二・七三
(四) 荒利益は売上高と期末棚卸高の和から仕入高及び期首棚卸高を控除して算出した。
(五) 経費は別表(三)記載の通りであり、原告提出の審査請求書添付の経費明細表を検討し、税法上経費とならないものを控除したものである。
四、仮りに仕入額が原告主張の通り金四、六二七、四〇九円であるとしても別表(一)(B)欄記載の通り、原告の所得は金九六六、〇〇八円となる。
五、仮りに仕入額について原告が本訴において提出した仕入帳(甲第一号証)に依つて計算しても、その支入高は別表(二)の括弧内の各数額の通りとなり、綜合差益率を二五・四四%として推計すると別表(一)(C)欄記載の通り原告の所得は金九八一、〇七八円となる。
第四、右被告主張に対する原告の主張
一、被告主張事実中、原告の職業、原告の仕入帳に記帳漏のあつたこと、別表(一)ないし(三)中被告主張の数額と原告主張の数額の一致する数額は認めるが、その余の被告主張の数額差額率二五・四四%の主張は否認し、その余の主張は争う。
二、脱漏比率による推計は違法である。
原告の仕入帳の記帳漏は納品書の紛失のためであつて、故意に脱漏させたものではなく、その後、原告は各仕入先について調査したところ、その仕入額は別表(二)記載の通りであり、一般的に脱漏率によつて仕入額を推計することは、課税の根本原則である実額所得計算の方法に背馳するものである。そうして、右仕入帳に仕入先の記載のないものは卵、芋、ネギ、魚貝類及び醤油のみで、その他はすべて仕入先が記載されているから、仮りに脱漏比率による推計が認められるとしても、右の品種についてのみ許されるべきであるが、右品種のうち醤油を除く他の品種は通常仕入先を記載しないものであるから、右推計による計算は醤油のみに限られるべきであるが、醤油の仕入額を脱漏比率により推計することは、原告の職業上合理的といえない。以上の通り、本件については仕入高の算定は、実額計算によるべきであつて、被告主張の推計の方法によることは許されない。
三、差益率が二五・四四%であるとの主張は許されない。
本件における被告の主張は、仕入高に差益率を適用して所得を推計しているのであるから、差益率に関する主張は仕入高に関する主張と共に事実についての主張というべきであり、自白の対象となる。しかるに、被告は昭和三一年五月一七日の準備手続期日において差益率を二二・七三%と主張し、原告は同年六月一四日の準備手続期日においてこれを認めたものであつて、右差益率二二・三七%であるとの被告主張は先行的自白であり、原告がこれを認めて援用した以上、右主張に反する差益率二五・四四%との主張は許されないものである。
四、原告の本係争年度中の所得は別表(一)原告主張額欄記載の通り金五九一、四九九円五〇銭である。
(一) 期首及び期末各棚卸額は被告主張額と同じであるが、その内訳は次のとおりである。
種類 期首棚卸高(円) 期末棚卸高(円)
肉類 八一、六五〇 五八、九七〇
食品 六、〇七五 一、四九五
惣菜材料 二、七五〇 六四〇
包装費 〇 六五〇
(二) 仕入高は別表(二)、経費は別表(三)各記載の通りである。
(三) 売上高は、期首、期末各棚卸高、及び仕入高から算出される各種類別の売上原価に基いてこれに各種類別販売差益率(肉類二〇・〇〇%、食品二三・〇〇%、惣菜二七・五七%。これは被告が当初主張した東京国税局管内の標準差益率等による綜合差益率二二・七三%の算出の基礎となつたものと同率である)を適用して算出した。
種類
売上原価(円)
差益率(%)
売上高(円)
肉類
三、七八八、四五一
二〇・〇〇
四、七三五、五六三
食品
三三七、〇〇三
二三・〇〇
四三七、六六六
惣菜
五三一、三二五
二七・五七
七三三、五七〇
合計
五、九〇六、七九九
(四) 荒利益、所得金額の計算方法は被告の主張と同じ
第五、証拠関係<省略>
理由
一、原告が食肉販売業を営むものであること、昭和二八年分の原告の所得税についての確定申告、被告の審査決定の関係は請求原因第一項記載の通りであることは当事者間に争いないところである。
ところで、右年度における原告の所得金額について、原告は金五九一、四九九円であると主張し、被告は右決定により訂正した金八一八、一三三円以上であると主張するのであるが、原告の所持していた右年度の帳簿には記載漏があつたことは原告も認めるところであつて、右所得金額の算定に当つても原被告共に推計に依つて主張している。よつて、以下、その推計の当否について考える。
二、本件におけ第一の争点は仕入高についてである。
被告は仕入帳に記載された仕入先の明らかな仕入高と実際の仕入高との割合から、仕入帳の記載脱漏率を求め、それより仕入先の明らかでない記帳仕入高から仕入先の明らかでない仕入分の実際の額を推計すると主張する。右仕入帳に仕入先の明かでない仕入の記帳されていること及び記帳漏れのあることは原告も認めるところであるけれども、成立に争いない甲第一号証、証人増山大二(第一、二回)の各証言によると、東京国税局所属の係官が原告の所得の調査を行つた際、原告の仕入帳には仕入先の明らかでない記帳があつたけれども、これは、原告の申立及びその後の調査により殆ど全部明らかになり、たゞ、卵、芋、ネギ、魚貝類及び醤油についてのみその仕入先が明らかにされなかつた程度のものであることを認めることができる。しかしながら、証人渡辺勇の証言によると、記帳による仕入先が明らかな分(例えば肉類仕入先である近藤、日本プレス、カタバミ等)について仕入先を調査しても、実際の仕入額を確認できる資料が得られなかつたことが認められる点からすると、被告主張のような推計によることも止むを得ないところであろう。
そこで、被告のなした推計の当否を見るに、被告は第一次的に肉類につき三三・二五%、食品につき三三・四五%の記帳脱漏率を主張し、第二次的に甲第一号証の帳簿によると肉類について八、九七%食品につき一八・三七%の記帳脱漏率を主張するのであるが、右被告が第一次的に主張するところの記帳なるものは甲第一号証の帳簿以外の帳簿によつたと認める証拠はなく、証人岡田忠治(第一、二回)同増山大二(第一、二回)の各証言によると、被告の仕入高の調査は当初から甲第一号証の帳簿に基いてなされたことが認められるのであり、そうすると、被告の右第一次的主張のような高率の記帳脱漏率による仕入高の推計は甲第一号証を用いて計算すると右第二次的主張の脱漏率が計算できるものである以上合理的でないものといわなければならない。
そこで、第二次的の記帳脱漏率による推計に基く被告主張の仕入高金四、六七一、五七七円について考えるに、右金額は、原告主張の金四、六二七、四〇九円四〇銭と小額の差があるところ、この差額は被告が諸口として一括計算した小口仕入分につて前記のような方法により推計したのに対し、原告は右諸口分を甲第一号証の帳簿に記帳された分のみを計算した結果生じたものであることは、双方の主張自体から明らかである。ところで甲第一号証の帳簿には記帳漏のあることは前認定の通りである点からすると、被告主張のような方法によつて仕入高を推計する方が、原告主張の方法によるよりも、より実際の仕入高に近い額が得られるものというべきである。そして、甲第一号証には被告が仕入高についての第二次的主張において主張する通りの記帳があることが認められるから、これと、双方争いない仕入額とにより前記被告の第二次的主張通りの脱漏比率を算定した上肉類金三、七七二、八三五円、食品金三六六、一四七円、惣菜金五三二、五九五円の各仕入高及びこの仕入高総額を金四、六七一、五七七円と計算した被告の主張は正当というべきである。
三、次に売買差益率について考える。
売買差益率に関する主張は、被告の主張する原告の所得金額の算定の根拠になるもので事実上の主張に密接な関係にはあるけれども、それ自体は原告が主張するような自白の対象となるべき事実上の主張と解することは適当でないから、この点に関する原告の主張は採用しない。
そこで、被告が主張する綜合差益率二五・四四%と原告が主張する二二・七三%の差益率といづれが本件の場合合理的かという点であるが、被告は、右二五・四四%の差益率が合理的であるという根拠として、先づ、原告がその個人営業を法人組織に変えた有限会社喜代乃屋肉店の本係争年度に接着した事業年度の差益率であるからと主張するのであるが、右差益率が果して右会社の適正な差益率であるかどうかはこれを認めるべき証拠はない。そればかりか、被告は右差益率は右会社の税務署長に対する申告額に基いて計算したものと主張し、かつ、右会社の申告額そのものは適正でなかつたから税務署長は更正処分をしたという。このように被告自らが不正確だと認めている数額を基礎として計算した差益率が合理的なものといい得るかどうかは疑問である。
一方原告が主張する差益率は、肉類及び食品については東京国税庁が採用していた標準的な差益率二〇%及び二三%であることは被告において認めるところであり、惣菜類については原告取扱商品について具体的な検討を加えた結果作成された二七、五七%の率であることは成立に争いない乙第一一号証の二により認められる。
右双方主張の差益率のいづれを適用するのが本件の場合より合理的であるかどうかは、右各差益率が作成された根拠を比較すると、原告主張の方がより合理的というべきである。被告は右原告主張の二二・七三%の差益率が原告店舖の近所に在る二、三の同業者の差益率より低いから被告主張のそれが妥当であると主張し、証人渡辺勇の証言と右証言により真正に成立したと認められる乙第十二ないし第十四号証によると右事実を認めることができるけれども、右事実だけから前記の原告主張の差益率が不合理であるとはいえず、他に被告主張の差益率の方がより合理的であると認めるに足る証拠はない。
四、次に経費の内争いある消耗品費と支払利子とについて見るに成立に争いない甲第五、第六号証と弁論の全趣旨によると被告主張の消耗品費金一五一、二五二円の他に経木類、包装紙代金合計金一九、一一〇円五〇銭あり消耗品費の合計は金一七〇、三六二円五〇銭と認められ、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一九号証証人増山大二の証言(第一回)並びに弁論の全趣旨によると、被告主張の支払利子金一、三六四円の他に東京相互銀行に対する支払利子中昭和二八年中の経費として計算すべき金二、七五五円六三銭の支払利子があり、同年中の支払利子は合計金四、一一九円六三銭あることが認められる。従つて右認定の経費分と当事者間に争いない経費部分とを合すると、経費は合計金六四四、五三七円一三銭であると認められる。
五、以上認定の各科目の数額及び差益率と、当事者間に争いない期首、期末各棚卸高とによると原告の所得を次の通り金六六七、六二四円と計算することができる。
期首棚卸高 九〇、四七五円
仕入高 四、六七一、五七七円
期末棚卸高 六一、七五五円
売上高 五、九五五、〇一八円
荒利益 一、三一二、一六一円
経費 六四四、五三七円
所得 六六七、六二四円
注、売買差益率は前認定の各種類別仕入高の総仕入高に対する割合と、各種類別の差益率とにより総合差益率を左表の通り二一・〇七%と計算した。なお、原告は各種類毎に売上原価を求めて、これに各差益率を適用して各種類別売上高を計算しているが、このように各種類別売上原価を計算できる証拠はないから、右の通り綜合差益率を用いた。
種類
差益率(イ)
仕入高総計に対する割合(ロ)
(イ)(ロ)の積
肉類
二〇・〇〇%
八一%
一六・二〇
食品
二三・〇〇〃
八〃
一・八四
惣菜
二七・五七〃
一一〃
三・〇三
綜合差益率
一〇〇〃
二一・〇七
六、以上認定の通り、本件各証拠によると、原告の昭和二八年分の所得は金六六七、六二四円と認めるのが相当であり、この認定を覆すに足るべき証拠はない。
そうすると、原告の同年中の所得を右金額以上に認定してなした被告の本件処分は、右金額を超過する部分は違法というべく、原告の本訴請求は、右違法な部分の取消を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分については理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条に従い、主文の通り判決する。
(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)
(別表省略)