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東京地方裁判所 昭和31年(レ)70号 判決 1957年11月15日

控訴人 安藤良一

被控訴人 東京自転車株式会社

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、金十万円及びこれに対する昭和二十八年九月二十五日からその支払の済むまで年一割の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は、請求の原因として控訴人は昭和二十八年九月二十五日、被控訴人の代表取締役深沢又輔との契約で被控訴人に対し金十万円を利息は月五分、毎月末日払、弁済期は同年十二月三十一日と定めて貸し付けたが、被控訴人は未だにその弁済をしないから、右貸金十万円とこれに対する貸付日の昭和二十八年九月二十五日からその支払の済むまで年一割の利息及び損害金の支払を求める次第である。と述べ、被控訴人の抗弁に対し、本件貸借については昭和二十九年四月十日から同年五月二十六日までの間に被控訴人の取締役会の承認があつたものである、と述べた。

被控訴代理人は、答弁として、控訴人主張の請求原因事実はすべて否認する。仮に、控訴人が被控訴人の代表取締役深沢又輔とその主張のような契約をして金銭の授受をしたとしても、当時控訴人は被控訴人の取締役であり、従つて、右契約が被控訴人に対し効力を生ずるがためにはその取締役会の承認を要するのであるが、被控訴人の取締役会はその承認を与えたことはないから、右契約は無効である。と述べた。

立証として、控訴代理人は甲第一乃至第五号証、第六号証の一、二、第七号証を提出し、原審証人大内徳隆、原審及び当審における証人深沢又輔(但し原審は第一、二回)、の各証言並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第四号証の成立及び同第五号証の一の印顆の存在は知らない。同号証の二の印顆の存在、乙第六号証の原本の存在及び成立並びに爾余の乙号各証の成立は認め、同第一号証の一ないし三を利益に援用する、と述べ、

被控訴代理人は乙第一号証の一乃至三、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証を提出し、原審証人田村庄八、小平スイ、原審及び当審における証人小幡常二の各証言、当審における被控訴人代表者尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立は否認する。甲第二、三号証及び第七号証の各成立は知らない。爾余の甲号各証の成立は認める。なお、乙第五号証の一、二は被控訴人の印顆によつて顕出した印影である。と述べた。

理由

原審証人大内徳隆竝びに原審並びに当審における証人深沢又輔(原審は第一回)及び控訴人本人の各供述と右深沢の供述によつて真正に成立したことが認められる甲第一号証、当審における被控訴人代表者尋問の結果によつて真正に成立したことが認められる同第二号証及び成立に争のない同第六号証の一、二とを総合すると、控訴人は昭和二十八年九月下旬被控訴人の代表取締役深沢又輔との契約で被控訴人に対し金十万円を控訴人主張のような条件で貸与することとして右金員の授受をしたことが認められ、被控訴人の全立証によつても未だこの認定を動かすことはできない。

しかして、成立に争のない乙第二号証によると、前段認定の契約当時控訴人は被控訴人の取締役であつたことが明かであるから右契約は取締役が自己のために会社とした取引に該当し、従つて右契約については取締役会の承認を要するのであるが、その承認は当該契約自体の法律上の要件であるから、右契約は被控訴人の取締役会の承認のない限りその効力を生じないものといわなければならない。

よつて、次に右契約に対する被控訴人の取締役会の承認の有無について判断する。

前示乙第二号証によると、従前被控訴人の取締役は深沢又輔(代表取締役)小幡常二、今堀盛頭小平スイ子及び控訴人の合計五名であつたが、その内小幡、今堀、小平の三名は昭和二十八年十月二十三日に辞任し、次いで深沢及び控訴人も昭和二十九年四月二十二日に辞任し、同日新たに取締役及び代表取締役として高沢貞蔵が就任し、昭和二十九年四月二十二日以後の被控訴人の取締は高沢一人となり定足数(成立に争のない乙第六号証によると定款所定の定足数は三名)を欠く結果となつたことが認められるから、同日辞任して深沢及び控訴人は同日以後も商法第二百五十八条により新たな取締役の選任されるまで(前示乙第二号証によると、昭和三十年五月三十日前記小幡、及び小平が再び取締役に就任しているから、同日まで。)なお取締役の権利義務を有していたものというべきである。

そして、原審証人大内徳隆(原審第一、二回)及び当審における証人深沢又輔、当審における被控訴人代表者の各供述(但し、被控訴人代表者の供述はその一部)と前示甲第二号証、第六号証の一、二とを併せ考えると、被控訴人の代表取締役を辞任した深沢又輔(先に指摘したようになお取締役の権利義務を有していた)と新たにこれを就任した高沢貞蔵の両名は昭和二十九年四月二十九日頃被控訴人の事務所で被控訴人の債務の認否について協議し、本件貸借を承認したことが認められ、被控訴人代表者の供述中これに反する部分はたやすく信用し難く、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

右のように三名の取締役中二名が会合し、会社の債務の認否に関して協議し、前認定のような承認をした場合にその承認に取締役会の承認としての効力を認めることは絶対にできないものであらうか。当裁判所は結論を先にいえばその会合を取締役会と見ることが可能であり、且つこれが招集手続に絶対的不法原因のない限りその承認に取締役会の承認としての効力を認めることは不能でないばかりでなく、その効力を認めるのが相当であると考える。それで本件では先づ前段認定の会合を以て取締役会と目し得るものであるか否かが問題であるが、先に認定したように右会合で本来取締役会の議題たるべき本件貸借の承認を含む被控訴人の債務の認否が協議されたことに徴して当裁判所はその会合はこれを以て取締役会と認めて差支ないものと考える。次に本件を通じて前記会合について取締役会招集の手続がとられたことを認めるに足る証拠はないが、商法の規定によれば取締役会招集の手続は取締役全員の同意があればこれを省略することができるのであり、そしてこのことは取締役会の招集手続の省略について一部の取締役の同意を得なかつた場合に、右の者が出席協議しても当該取締役会の議決の結果に何らの影響を及ぼさないものと認めるに足る事情のあるときは、その同意を得ないで取締役会を開いた瑕疵は議決の効力には影響を及ぼさないものと解する根拠を与えるものである。ところで控訴人は元来本件貸借については貸主であつて、利害関係人として取締役会の議決権を行使し得ないものであり、しかも前認定のように爾余の取締役の間で一致してこれを承認しているのであるから控訴人が出席して意見を述べたとしても、その結果に影響を及ぼしたとは考えられない。それ故前記会合が取締役会の招集手続を完備していなかつたことはその会合における決議を取締役会の決議とすることを妨げないものと解するのが相当である。

そうすると前認定の本件貸借の承認は被控訴人の取締役会の承認として有効であり右契約はこれによつて有効となつたものとする外はないから、被控訴人は控訴人に対し右貸金十万円及びこれに対する貸付日たる昭和二十八年九月二十五日からその支払が済むまで年一割の利息並びに遅延損害金の支払義務を負つていることが明らかである。

よつて被控訴人に対し右義務の履行を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、これに反してその請求を排斥した原判決は失当であるからこれを取り消し、民事訴訟法第三百八十六条、第八十九条、第九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 山本卓 松本武)

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