東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2123号 判決
本件約束手形の振出人被告西山都留子名下の印影は同被告の印鑑の印影と同一であることは被告らも認めるところであるから、右手形は一応真正に成立したものと推定すべきであるが、被告らは本件手形は偽造手形である旨主張するので判断するのに、証拠を綜合すれば、被告辰春は被告都留子の実父であり、昭和二十二年以来被告都留子から資金を貰つて雪上車の研究に従事していたが、被告都留子が約束手形を振り出して被告辰春を援助するというようなことはなく、また、昭和二十八年頃以降は研究費の資金的援助は打ち切り、他からの借金についても一切責任を負わないという態度をとつていたこと、従つて被告辰春はその研究費に窮した結果、昭和三十年九月七日頃訴外山本良雄の仲介により訴外桝田憲明から金融を得るため秘書の訴外三好貢に命じて、金額五十九万五千円、支払場所株式会社三和銀行渋谷支店、受取人西山辰春とそれぞれ所定事項を記入させ、振出人欄には西山都留子と記入せしめ、その名下に折から被告辰春の妻が保管中の被告都留子の印鑑を押捺して本件手形を作成した上、これを右山本良雄に交付したこと、右三好貢及び被告辰春は共に被告都留子の手形振出を代行できるような権限はなかつたことを認めることができる。
以上認定の事実関係によれば、本件手形は被告辰春が何らの権限なくして被告都留子の印鑑をほしいままに使用し、同被告振出名義を冒用して振り出した偽造手形というべきであり、本件約束手形が以上のように偽造にかかるものである以上、被偽造者たる被告都留子は手形上の債務を負担することなく、従つて本件約束手形を原告がたとえ右偽造の事実につき善意で取得したとしても、被偽造者たる被告都留子に対し何ら手形上の権利を取得しないものというべきであるから、原告の被告都留子に対する請求は理由がないことになる。
そこで原告の被告辰春に対する請求について判断すると、同被告は本件手形に裏書人として署名捺印しているのであるから、たとえ本件手形が前段認定のとおり偽造にかかるものであつても、裏書人として手形法上の義務を負担するものであるところ、被告辰春は原告が悪意の手形所持人すなわち、被告辰春が被裏書人の訴外山本良雄から本件手形金の対価として金十万円しか受け取つていないことを知つているものであるから、被告辰春は訴外山本良雄に対抗し得るこの抗弁をもつて原告に対抗すると主張し、原告はこれに対して善意であると主張して争うのでこの点について考えるのに、証拠によると、被告辰春は前記認定事実のような事情の下に本件手形を作成して山本良雄に交付し、これが割引による金融を依頼したのにかかわらず、結局昭和三十年九月下旬山本良雄より金十万円を受領したのみで、その余は全く受け取つていないことを認めることができる。しかしながら、原告が右の事実を知つていたと認めるに足るべき証拠はないばかりでなく、かえつて、証拠によると、訴外山本良雄は原告の夫である訴外桝田憲明からは、かねてから手形の割引などの方法で度々事業資金等の融通を受けていたものであるところ、山本良雄は桝田憲明に対して本件手形も前同様の趣旨で割引を依頼し、桝田憲明はこれを承諾して本件手形を山本良雄より白地式裏書により譲渡を受け、これに対し合計金六十万二千五百円を山本良雄に交付したこと、及び桝田憲明は本件手形の被裏書人を同人の妻である原告名義に補充した上、原告の取引銀行を通じて支払のための呈示をなしたものであることを認めることができる。してみると、右桝田憲明及び原告は、被告辰春が本件手形を融通手形として山本良雄に交付したことも、又、同被告が本件手形に関し金十万円しか受領していないということも知らなかつたものというべく、従つて、被告辰春が主張する、原告が本件手形の悪意の所持人であるとの抗弁はこれを採用する余地なく、同被告は本件手形裏書人としての義務を負うものというべきである。
よつて原告の被告西山辰春に対する請求は理由があるとしてこれを認容し、被告西山都留子に対する請求はその理由がないとしてこれを棄却した。