東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2896号 判決
原告は本件不動産登記簿に登載されているような本件抵当権設定契約及びその登記は、原告の関知しないものであると主張し、被告は右契約及び登記は、原告の代理人によつて有効になされたものであると抗争するので按ずるに、証拠を綜合すると、次の事実の存することが認められる。すなわち、訴外京浜起業株式会社は石油製品の売買を業とする会社であるが、もと東興商事株式会社と称していたのをその後商号を変更したもので、訴外二宮三郎がその代表取締役であつたが、右両会社の実質上の経営者が訴外堂森領平であつた。笠原武が右京浜起業株式会社に在職中、知人の篠原弘行を通じて同人の勤務する被告会社と、京浜起業のために総額二十四、五万円にのぼる自動車用揮発油の売買取引をなしたところ、昭和二十七年三月十七日当時において残代金十六万円の債務があり、同日その支払のために京浜起業の振り出した約束手形二通に堂森領平において個人保証の趣旨でこれに裏書して被告会社に交付したところ、満期日が到来しても京浜起業は当時経済状態が悪化したため支払うことができなかつた。そこで笠原としては本件取引は自己が直接の責任者であるし、京浜起業の被告会社に対する債務のままの形であると、京浜起業がつぶれた場合被告会社の従業員である友人篠原に対して迷惑をかけることになるので、道義上これを解決する責任があり、又堂森領平としても京浜起業の実質上の経営者として、又前記各手形に裏書した立場からも同様の責任があつたわけである。ところでその頃京浜起業は苦境に直面し、債務の支払が困難になつたので、堂森領平に対して京浜起業の債権者等から追究が激しくなつた。そこで堂森領平は知人の訴外仁平勅男に、昭和二十七年五月一日右会社の清算事務の処理を包括して委任し、その際被告会社に対する前記債務について本件土地建物に抵当権を設定することをも委任した。そこで仁平勅男は堂森領平を代理し、笠原武、被告会社代理人篠原弘行との間に昭和二十七年五月二十六日、笠原において前記残代金債務を準消費貸借債務として債務引受をなし、仁平勅男において原告所有の本件不動産について右債務を担保するため、抵当権設定契約を結んだ。そして仁平勅男は、堂森領平からあらかじめ預つていた原告の実印を被告会社代理人篠原の面前で押捺して原告名義の右抵当権設定金円借用証書及び司法書士菅富二に対する右登記申請をなすについての委任状を作成し、また右印章を使つて下附を受けた印鑑証明書に、本件土地建物の登記済証を添えて右菅富二を通じて右抵当権設定登記を経由した。
以上のとおり認められるのであるが、次に堂森領平が原告所有の本件不動産について右抵当権を設定することについて代理権を有していたかどうかについて判断する。
証拠を綜合すると、堂森領平は本件抵当権設定前から本件不動産の登記済証を所持していて、昭和二十七年四月八日に笠原武に融資を得るために使用する趣旨で右登記済証を預けたのであるが、前記のように本件土地建物に抵当権を設定することになつた際仁平勅男を通じて笠原からその返戻を受け、なお仁平勅男には抵当権設定行為を代理せしめるために堂森領平が所持していた原告の実印を交附した。そこで仁平勅男はそれらを使用して本件抵当権設定契約並びに登記手続をなしたことを認めることができる。
ところで、先ず堂森領平が本件不動産の登記済証と原告の実印を所持していたのはどういう経緯からであつたかについて検討するのに、証拠によると、原告は七十才の老齢で、且つ無筆無職であり、娘婿の堂森領平に扶養されその家族として生活していたものであること、原告の現住する麻布所在の家屋は笠原武が東興商事株式会社の代表取締役をしていた当時同会社が取得したものであるが、原告を含む堂森領平一家が住むことになり、本件建物には笠原武が入居し無償で使用していることを認めることができる。又、他の証拠によると、本件抵当権設定当時は、堂森領平は京浜起業の事業失敗のため債権者から激しく追究されて窮地に追い込まれ、深刻に苦慮していたこと、原告の現住する前記家屋も債権者の訴外会社に譲渡担保として提供されていたことをそれぞれ認めることができる。
このような状況下にあつて、堂森領平が自己が実質上の経営者である京浜起業のため不動産としては唯一の個人財産と窺われる本件土地建物についても債権者から担保として提供を求められるのは必至の事情にあつたものと考えられ、そのことは特別の事情のない限り領平の家族においても了知していたものと考えられる。証人笠原武の証言によれば、本件抵当権設定当時原告の娘で堂森領平の妻である浜子が再三領平の苦境を打開する相談をするため笠原武方を訪問したことが認められ、又仁平勅男の証言によると、堂森領平が死亡する前日、家族のいる前で、仁平勅男に対し自己の印章、京浜起業の社印を全部渡して後事を託したことが認められるのであるが、このことは前記事情を裏書するものといえよう。
以上の事実を綜合すると、特段の事情のない限り本件土地建物の権利証及び実印は原告から任意堂森領平に対し交付されたものであり、又その趣旨は京浜起業の事業に関連して生ずる債務についてその担保に本件不動産を供することを包括的に委託し、その代理権を授与する趣旨に出たものと推認することができる。
これを要するに、本件抵当権設定契約の締結及びその登記手続は堂森領平が原告から委託を受けた包括的代理権に基いて、京浜起業がその取引上生じた被告会社に対する売買残代金十六万円について前述のように笠原武において債務引受をなし、該債務について本件土地建物に抵当権を設定すべく、さらに仁平勅男をその代理人に選任して同人により行われたものであるから、右行為は前叙のとおり堂森領平が原告から与えられた代理権限内の行為というべく、又仁平勅男を復代理人に選任したのは、既に右抵当権設定に先立ち、堂森領平において仁平勅男に対し原告の実印を交付する際、本件土地建物に右債務について抵当権を設定することを充分了解しており、且つその目的で交付されたものであることは証人仁平勅男の証言により明らかである。右のような場合における復代理人の選任は、前記のような原告の堂森領平に対する広い範囲の包括的代理権の授与のなされた場合においては、通常それに附随してあらかじめ許諾が与えられていたものと推測される。よつて堂森領平の仁平勅男に対する復代理も適法である(仁平勅男が登記申請につき菅富二を選任したことは、単に登記手続のみを委任したにとどまるから、もとよりその権限に存するものと認める)。
してみると、本件抵当権設定行為及びその登記手続は、原告の復代理人仁平勅男において正当に代理して行われたものというべく、本件各抵当権設定登記はその記載のような抵当権の設定契約が有効に締結されているのであるから、実質的権利変動を欠くものとはいえないし、またその登記手続が原告の意思に基かないでなされたものともいえないから、右抵当権設定登記の抹消を求める原告の本訴請求は理由がないとして、これを棄却した。