東京地方裁判所 昭和31年(ワ)4212号 判決
東京都民銀行
証拠によれば、訴外京橋印刷株式会社は、昭和二十八年七月二十七日被告銀行と手形割引又は手形貸付の取引を開始するに当り、約定書を以て被告主張のとおり双方債権債務の差引計算に関する約定をしたことを認めることができ、また被告銀行は昭和三十一年四月九日当時訴外京橋印刷株式会社に対しその主張のとおり約束手形金債権百万円及び貸金債権を有していたことを認めることができる。而して被告銀行がその主張のとおり約束手形金債権を以てその負担する「いろは定期預金」債務三十六万円と対当額を以て相殺したことは当事者間に争がない。そしてこの相殺は、明らかに民法第五〇五条第一項の規定により何らの合意なくして当事者の一方の意思表示のみを以てする相殺における「双方ノ債務カ弁済期ニ在ル」ことの要件に背くものであるけれども、この規定の趣旨は、双方債務者、特に相殺をうける債務者、いわゆる自動債権の債務者の期限の利益を保護するにあると解すべきところ、その利益は当然当事者において放棄できる筋合のものであるから、訴外京橋印刷株式会社が被告銀行に対しその利益を放棄したものと認められる右差引計算の契約条項に基いて、被告銀行が訴外京橋印刷株式会社に対してなした相殺は民法第五〇五条第一項の規定に拘らず有効であるといわなければならない。
してみると、右訴外会社の被告銀行に対する「いろは定期預金」債権は、原告が債権の差押及び転付をうけた前である昭和三十一年四月十日、被告銀行によつてなされた相殺の意思表示により既に消滅していたこととなるから、既に存在しない本件定期預金債権についてなされた差押及び転付はその効力を生ずる余地がないといわなければならない。
従つて被告の抗弁はこの点において理由があり、原告の本訴請求は理由なきに帰するとしてこれを棄却した。