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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5138号 判決 1960年7月20日

原告 サルマ株式会社

被告 株式会社野沢組

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告の予備的請求を追加する旨の訴の変更はこれを許さない。

事実

(双方の申立)

原告は、「原告が被告に対し別紙(一)記載の外国判決に基く強制執行をすることを許す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

(原告の主張)

一、原告は、肩書地に本店を有するベルギー王国の法人である。

二、原告は、被告を相手どり、昭和二八年(一九五三年)ベルギー王国ブラツセル市に開設された商事裁判所に対し、原被告間のカメラの売買契約に関する被告の債務不履行による損害賠償請求の訴を提起したところ、同裁判所は、同年二月二六日、別紙(一)記載のように原告勝訴の給付判決(以下「本件外国判決」ともいう)を下した。

三、同判決は、被告の不服申立期間の徒過により、ベルギー王国の法律にしたがつて昭和二九年(一九五四年)一月一三日の経過とともに確定した。

四、また、同判決は、わが民訴二〇〇条各号の要件を充足する外国判決である。

被告は、同判決は、同条四号にいう「相互ノ保証アルコト」なる場合に該当しないというが、その然らざること次のとおりである。すなわち、右にいう相互保証は、必ずしも条約等の国家間のとり極めによつて明らかにされている必要はなく、そのような国内法令または慣例が存すれば足りると解せられるところ、現在わが国とベルギー王国との間には相互保証を定めた条約等のとり極めこそ存しないが、その国内法令または慣例をみると、わが国においては民訴五一四条、同五一五条の規定が存し、また、ベルギー王国においては、右のような規定は存しないが、慣例上、同国の裁判所は外国判決に対し国際的礼譲に基き同判決は適法有効なりとの推定の上にたちつつ、先ず(一)当該外国判決がベルギー王国の民訴一〇条(別紙(二)のとおり)の要件を具備するかをみ、次いで(二)右外国判決において自国民に不利に判断された事実が法の満足する程度に証明されているか否か及びそこに示された請求がその請求原因事実と関連または適合しているか否かのみを審査して、これを可とすれば当該外国判決に対し自国での執行を許す執行判決を与えているのであるから、以上によれば、右両国間には正しく相互の保証があるものと解すべきである。

五、したがつて、本件外国判決に基く強制執行を許す旨の執行判決を求める。

(原告の予備的請求を追加する旨の訴の変更)

原告は、もし右執行判決を求める請求が理由がないときは予備的請求として別紙(三)記載のような実体上の判決を求める旨訴を追加的に変更する。

(被告の主張)

一、原告主張一の事実は知らない。

二、同二の事実は認める。

三、同三の事実は否認する。但し、被告の上訴による本件外国判決確定の遮断は主張しない。

四、本件外国判決は、わが民訴二〇〇条四号の場合に該当しないものである。すなわち、現在わが国とベルギー王国との間には相互保証を定めた条約等のとり極めも存しないし、また、わが国はともかく、ベルギー王国においては、わが国の判決の執行を許容する法令の根拠もそのような慣例も存しないからである。

五、したがつて、原告の請求は理由がないから棄却せられるべきである。

六、原告の予備的請求を追加する旨の訴の変更は請求の基礎に変更のあるもので許さるべきものではない。

(証拠)

原告は、甲第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一、第一二号証を提出し、「甲第四号証記載の条文は、甲第三号証記載の条文に附加されたものであると信ずる」と述べ、証人岡本乙一の証言を援用し、被告は、鑑定人江川英文鑑定の結果を援用し、甲第一号証及び甲第一〇号証の一のうち表面の日本語の部分の各成立を認め、その余の甲号各証の成立は知らないと述べた。

理由

一、原告がその肩書地に本店を有するベルギー王国の法人であつて、その本国法上訴訟能力を有するものであることは、成立に争のない甲第一号証によつて明らかである。

二、原被告間に原告主張のような外国判決があつたことは、当事者間に争がない。

三、右外国判決が現在確定しているか否かにつき先ず争があるので判断する。甲第三号証、同第五ないし第九号証(これらの成立については、その各作成名義人の署名の状況及び各書面の体裁等により真正に成立したものと認める)によれば、ベルギー王国の商法及び民事訴訟法によると、商事裁判所の判決に対しては控訴院に対して上訴し得ること、並びに、その期間は、当該当事者が日本に居住する場合で且つ当該判決が右当事者欠席のままなされた場合には、右判決が右本人に告知されたときから七ケ月一五日(故障申立期間一五日、上訴期間二ケ月、附加期間五ケ月)であることが認められるところ、甲第一〇号証の一ないし三(同号証の一のうち表面の日本語の部分の成立は当事者間に争なく、また、同号証の一のその余の部分及び二と三についてはその体裁、内容等により真正に成立したものと認める)によれば、被告が本件外国判決の告知を受けたのは昭和二八年(一九五三年)五月二九日であることが明らかであつて、以上の認定を左右する証拠はなく、そして被告が右判決に対して上訴しなかつたことは被告の明らかに争わないところであるから、結局本件外国判決は、右昭和二八年(一九五三年)五月二九日から七ケ月一五日目に該る昭和二九年(一九五四年)一月一三日の経過とともに確定したものというべきである。

四、次に、右判決に関し、わが国とベルギー王国との間に、互いに相手国の判決の自国での承認・執行につき相互保証があるか否かにつき争があるので考えるに、わが民訴五一五条二項二号、同二〇〇条四号が外国判決に対して執行判決を附与するためには「相互ノ保証アルコト」を必要とする趣旨は、要するに、国際法上の相互主義にもとずきわが国が外国判決のわが国での執行を承認するからには、当該外国においてもわが国の判決のその国での執行が承認されるべきであり、これを確保するために右のように相互保証のあることを要求しているのであると解せられるから、右の相互保証は、必ずしも当該当事国間の条約・協定等のとり極めで明定されている必要はなく、双方の国内の法令の規定または慣例によつてでも前記の点の確保さえなされていれば足りるものというべきである。そこで、この見地から本件の場合をみるに、鑑定人江川英文の鑑定の結果及び甲第一二号証(この成立は証人岡本乙一の証言によつて認める)によれば、現在わが国とベルギー王国の間においては相互保証を定めた条約等の国家間のとり極めないしはそのような国際慣習は何等存しないことが認められ、また、その各国内の法令については、わが国では上述民訴五一四条及び五一五条第二〇〇条において相互保証の条約を結んでいない外国の判決でもその内容の当否を調査せずそれ以外の若干の点のみ調査してこれが執行判決を付与し得るとしているのに対し、ベルギー王国では、別紙(二)のとおりその民訴一〇条をもつて相互保証の条約を結んでいる外国の判決に対してはほぼわが国と同様の態度でこれに執行判決を付与し得るとしているが、それ以外の外国の判決に対する執行判決付与の手続を定めた規定がないこと、並びに、右後者の相互保証の条約ある国以外の外国の判決に対するベルギー王国裁判所の取扱の実際は、何等規定がないからといつてこれが承認・執行を全然拒否するという訳ではないが、しかしその場合には、右一〇条に基く調査の外--国際的礼譲により当該外国判決における事実認定及びこれと主文との結びつきは一応適法有効であるとの推定の上にたつてではあるにしても--当該判決の内容自体の当否をも更に調査するのが普通であり、その結果初めて、右判決を承認してこれに執行判決を付与するか、それともこれを拒否するかを決定していることなどの事実が認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。そこで、以上の事実に基いて更に考えてみると、わが国では法令の規定(民訴五一四条、五一五条、第二〇〇条)、ベルギー王国ではわが国のように相互保証条約のない国に関しては慣例によつて一応互いに相手国の判決に対する執行判決の付与を行つている訳ではあるが、その付与手続の内容をみると、上述のように、わが国では形式的審査を主としてその許否を定めているのに対し、ベルギー王国では右の外実質的審査をも一応したうえ許否を定めているのである。ところが、わが民訴五一五条二項二号による同二〇〇条四号にいう「相互ノ保証アルコト」とは、上述した右制度の趣旨からみて、当該外国のわが国判決に対する執行判決付与の条件が、わが国のそれと大体同一程度かまたはそれより軽いもの、少くとも重要な点で違いがない場合をいうものと解すべく、そうでなければ右にいう「相互ノ保証」があるものとはいえないと考えられるところ、右にみたように、ベルギー王国とわが国とでは、この点に関して重要な相違があり、わが国はいわば不利な立場にたつている訳であるから、結局わが国とベルギー王国との間においてはその各相手国の判決の各自国での承認・執行につき相互保証がないものというべきであり、したがつて、本件外国判決に対しては執行判決を付与することはできないのである。そして右民訴二〇〇条四号にいう相互保証は外国判決承認のための他の要件に影響を及ぼすものではないから、本件判決に対してベルギー王国がわが国の判決に対してすると同程度の審査(実質的審査)をした上でこれを承認することもまた許されないところである。

五、以上の次第であるから、原告の請求は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用は敗訴した原告の負担とする。

六、なお原告は予備的請求として別紙(三)記載のような請求を追加する旨訴の追加的変更をすると申立てるが、本来の訴は本件外国判決についての執行判決の請求であり、この請求の当否は前記のとおり民訴五一四条、五一五条、二〇〇条所定の要件のみを審査してこれを決すべく、当該外国判決の基礎となつた請求権の存否等の実体上の審査を要するものではないのに、追加しようとする予備的請求は正に実体上の審査を内容とするもので、両者は審理の内容において全く相違し、被告の防禦方法もまた一変せざるを得ないものであること明らかである。この意味において両者は請求の基礎に変更あるものというべく、右訴の変更は不当であるからこれを許さないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小谷卓男)

(別紙(一))

外国判決

一、裁判所名 昭和二八年(一九五三年)ベルギー王国ブラツセル市に開設された商事裁判所

一、言渡年月日 同年二月二六日

一、当事者 本件原被告と同じ。

一、主文

(一) 被告株式会社野沢組は、原告サルマ株式会社に対し、次の各金員(円貨にして合計金三、六四四、四四二円)を支払うべし。

1、七、五四九米ドルの実際の支払日における最高為替相場によるベルギー・フラン額(円貨にして金二、七一七、六四〇円)。

2、一、七九八ベルギー・フラン(円貨にして金一五、三七二円)。

3、六、六〇〇ベルギー・フラン(円貨にして金五六、四三〇円)。

4、一〇〇、〇〇〇ベルギー・フラン(円貨にして金八五五、〇〇〇円)。

(二) この外、同被告が本日付で課された遅延利息及び訴訟費用八二八フラン(円貨にして金五六、六三五円)を支払うことを命ずる。

以上

(別紙(二))

民事訴訟法(ベルギー王国の一八七六年三月二五日法)

第一〇条 これら(第一審裁判所)は、民事及び商事につき外国裁判官のした判決を承認する。

ベルギーと、判決をした国との間に、相互の基礎のうえに締結された条約が存在する場合には、その審査は左の五点にのみ及ぶ。

一、判決がなんら公の秩序にもまたベルギー公法の原則にも反しないか否か。

二、判決のなされた国の法律により、その判決が既判力を得たか否か。

三、右と同一の法律により、判決の謄本が、その公正力に必要な条件を具備するか否か。

四、防禦の権利が尊重されたか否か。

五、外国裁判所が、単に原告の国籍の理由だけによつて管轄権を有するものでないか否か。

(別紙(三))

予備的請求

(請求の趣旨)

被告は原告に対し米貨七、五四九ドル五七セント及び一〇万八、三九八ベルギー・フランの支払日における為替相場をもつて計算した円貨ならびにこれに対する昭和二七年一一月一五日から支払ずみまで年六分の金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、原被告共に商人であるところ、昭和二十五年一月三十一日頃、原被告間に左記の如き条項の、原告を買主とする売買契約が成立した。

一、品目 「フイルモア」(″Filmor″)型写真機六×九判フイルム用ボツクス型三、七五×二、七五×三、七五インチ全金属ボデイ。模造革仕上。みがき縁。クローム製フアインダー。縦横両様にとれる。F11・レンズ。シヤツターはバルブ及び二十五分の一秒。前板は、つや出し金属製。模造革仕上鋲止の把手。側面開き。ボタンを押すことにより容易に開く。右ボタンには開扉中は赤、閉扉中は緑を示す装置附。

一、数量 二万台

一、単価 一台につき米貨七十セント F、O、B日本港渡

一、積出期日 信用状開設の五十日後に五千個を積み出し、その後二週間毎に各三千個、五千個、五千個、二千個を積み出す。

一、支払方法 FOB価格全額をカヴアーする一流銀行の取消不能の一覧払信用状による。

二、右契約に基き、原告は、インドシナ銀行を通じて一万七千五百台分として、米貨一万二千五弗の(信用状同年五月三十一日迄有効)を被告宛に開設送付し被告は昭和二十五年二月十六日にこれを受領した。

三、被告は右信用状受領後(右約定よりはるかにおくれて)左の如く積み出しを行つた。

一、昭和二十五年四月二十四日 三千個 (ラドノーシア号)

一、同年五月三日 三千個 (シテイ・オブ・チエスター号)

一、同年五月九日 二千個 (グレンヂル号)

一、同年六月五日 一千個 (スーダン号)

四、以上により明らかなごとく、被告の積み出しは何れも期日におくれることが甚だしく、残余一万一千個についてはたとえ積み出しがなされてもベルギーにおける写真機の販売の商機を逸することが避けられず、又積み出された分についても下記の如く販売に耐えない品質だつたので原告は同年六月三日書面をもつて残余の部分の積み出しをとめる様に通知し、且つ同年八月十二日書面をもつて本件契約を解除する旨通知し右各通知は何れもその後間もなく被告方に到達した。

五、右積み出された写真機について、原告側の行つた検査及び原告の申立によりブラツセル市始審裁判所の命を受けた検査員の検査によれば右写真機は何れも見本品と異る粗悪品であり、抽出検査の結果側面を覆つたペガモイドペイパーにはかびの生じた部分があり、又はしわが寄るかそり返えるかしていたし、皮製の取手は二流品であり鋲付も不良であつたし、六十%はレンズの取付が弱く容易に抜け落ち易く、二十%はフアインダーが定位置になく、他の二十%は光度が不良であつて、到底商品としての販売に耐えないものであつた。

六、原告は被告より右の如き見本品と異り販売に耐えない写真機を送付されることにより左の如き損害を蒙むつた。

一、被告に対して支払つた金額 六千百七十四米弗

一、輸入税その他の税金 一千二百四十四米弗十仙

一、右九千個に対する保険金 百三十一弗四十七仙

一、予備検査費用 一千七百九十八ベルギーフラン

一、裁判上の検査費用 六千六百ベルギーフラン

一、得べかりし利益の喪失 十万ベルギーフラン

七、原告は被告に対し右金員を原告方に支払うべく書面をもつて催告し、該書面は昭和二十七年十一月十四日被告方に到達したが、被告は現在に至るもこれが支払をなさない。よつて原告は本訴において右金額の合計額の日本円の対価及び右昭和二十七年十一月十五日以降支払済に至る迄年六分の割合による商法所定の遅延損害金の支払を求めるものである。

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