東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5461号 判決 1958年3月07日
原告 阪田誠盛
被告 朱貴玉
主文
原告と訴外亡朱信発間において昭和二八年四月一三日締結の消費貸借契約にもとずく債権額五〇〇萬円利息年一割利息支払期毎月末日弁済期昭和二八年七月一三日特約債務不履行の場合は一〇〇円につき日歩二〇銭の損害金を支払うことを内容とする債務につき、原告が右訴外人のために、別紙物件目録記載の不動産について同年四月一三日設定した抵当権は存在しないことを確認する。
被告は原告に対して前項の抵当権について昭和二八年四月一四日横浜法務局溝口出張所受付第七七七号をもつてなされた抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として「原告は別紙物件目録記載の不動産の所有者であるところ、昭和二八年四月一三日被告の夫である訴外亡朱信発と債権額五〇〇萬円利息年一割利息支払期毎月末日弁済期昭和二八年七月一三日特約として債務不履行の場合は一〇〇円につき日歩二〇銭の損害金を支払う旨の消費貸借契約を締結し、この債務を担保するために右不動産について右訴外人のために抵当権を設定し、翌四月一四日横浜地方法務局溝口出張所受付第七七七号をもつてその旨の抵当権設定登記を経由したが、昭和二八年七月九日右五〇〇萬円の元利金を返済したから、原告の右債務は弁済によつて消滅し、その結果右抵当権は消滅して不存在となり右抵当権設定登記は無効の登記となつたものである。
しかるに右朱信発は、原告がたまたま右抵当権設定登記を当時抹消しなかつたことを奇貨として、昭和二九年七月二九日右抵当権に基いて本件不動産に対する任意競売を申立て、横浜地方裁判所昭和二九年(ケ)第二五四号不動産競売事件になり、その手続中右朱信発は同年一二月一一日死亡し被告が相続人として右手続を承継し右抵当権の実行を計つている。
そこで原告は被告に対して右抵当権の不存在の確認とその抹消登記手続を求める」と述べ、被告の答弁に対して昭和二八年七月一〇日新に前回同様の条件で五〇〇萬円を借受けたことは認めるが、この五〇〇萬円の債務について新に抵当権を設定したことはなく無担保であつたと述べ、
立証として甲第一、第七第一二号証の各一ないし三、甲第二第三第一〇第一一号証の各一、二、甲第四、第五、第八、第九、第一四号証、甲第六号証の一ないし一五、第一三号証の一ないし一三を提出し、証人板垣清の証言を援用し、乙号各証の成立をすべて認め、乙第一二号証は原告の利益に援用すると述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の主張事実中原告が本件不動産の所有者であること、原告が昭和二八年四月一三日訴外亡朱信発のために原告主張の債務について本件不動産上に抵当権を設定したこと。翌四月一四日横浜地方法務局溝口出張所受付第七七七号をもつて右抵当権の設定登記を経由したこと。原告主張の五〇〇萬円の債務の弁済が昭和二八年七月九日にあつたこと。被告が現在原告主張のように右抵当権にもとづきなされた任意競売手続を承継し抵当権の実行を計つていることは認めるがその余の事実は否認すると述べ、被告の主張として昭和二八年七月九日原告主張の債務が弁済された翌日である七月一〇日被告は弁済期を同年九月十日とする外前回と同様の条件で五〇〇萬円を新たに原告に貸付け、この債務を担保するため原告と右訴外人間に以前の抵当権をそのまゝ存続させる合意が成立し、抵当権設定登記も従前通りそのまゝ効力を維持することにしたものであり、仮にそうでないとしても同日右新債務について新たに本件不動産について抵当権を設定する旨合意し、唯登記については従前の抵当権設定登記を流用することを約したものであるから本件抵当権の設定登記は有効なものであると述べ、
立証として、乙第一ないし第六号証、乙第七号の一、二、乙第八ないし第一二号証を提出し、証人銭祿栄の証言を援用し、甲第一三号証の三、五、七、八、一〇、一一、を不知と述べた外その余の甲号各証の成立をすべて認めると述べた。
理由
原告が本件不動産の所有者であること、原告は、昭和二八年四月一三日訴外亡朱信発のため本件不動産について原告主張の債権額五〇〇萬円の債務のため抵当権を設定したこと、翌一四日右抵当権について横浜地方法務局溝口出張所同日受付第七七七号をもつて抵当権設定登記を経由したこと、原告は昭和二八年七月九日に朱信発に右五〇〇萬円の元利金を返済し右債務が消滅したこと、翌一〇日頃原告と右訴外人との間に新たに元金五〇〇萬円について弁済期を同年九月十日とする外前回と同一の条件で消費貸借契約がなされたこと、被告が現在右抵当権にもとづく横浜地方裁判所昭和二九年(ケ)第二五四号不動産競売事件に於てその手続を承継し抵当権の実行を計つていることは、いづれも当事者間に争いのない事実である。
被告は新たに元金五〇〇萬円の消費貸借契約ができたとき、その債務の担保として原告と訴外亡朱信発間に以前の抵当権及びその抵当権設定登記を従前通りそのまま効力を維持する旨の合意が成立したものであり、仮に、そうでないとしても、右新債務について新たに本件不動産について抵当権を設定する旨合意し、唯、登記についてのみ従前の抵当権設定登記を流用することにしたものである旨主張し、原告はこれらの点を争うから、この点につき判断する。
凡そ、抵当権はその被担保債権の消滅と同時にその附随性によつて消滅するものであるから、その消滅した抵当権を新たな債務について流用することは許されないものと解すべきで、本件についても最初の五〇〇萬円の債権が弁済によつて消滅したことは当事者間に争ないところであるから、被告主張のように消滅した抵当権を有効なものとして存続させることは、たとえ当事者間の合意があつても許されないものというべきである。よつて被告主張のような流用についての合意の存否を判断する迄もなく、右最初の五〇〇萬円の債務について設定した抵当権は既に消滅したものであるから、これが存在しないことの確認を求める原告の請求は理由があること明白である。
次に、被告が主張する、抵当権設定登記の流用につき合意ができたとの点について考えるに、既に、弁済によつて消滅した抵当権の設定登記を後に設定された新たな抵当権の登記として流用することが許されるかどうかについては、右流用された抵当権設定登記について利害関係を有する第三者が生じた場合右登記の対抗力等の問題から右登記の流用をどう取扱うかについてその第三者と流用した抵当権設定契約の当事者のいずれかとの間に困難な問題が生じその判断について判例学説間に争のあるところであるけれども、本件のように右流用を約した当事者間の問題としては(仮に右流用の合意があつたと仮定して)当裁判所としては前の問題とは別個に考えて好いと考える。
そこでその見地からすると被担保債権が弁済により消滅すれば抵当権の附随性から当然抵当権も消滅し右抵当権の設定登記も無効になることについては判例学説も争のないところといえる。
そうだとすれば当事者間としては新に抵当権を設定したときにそのとおりの登記手続をなすべきであつて登記簿上同一内容の抵当権の設定登記があるからといつてその登記が無効である以上その登記を新な抵当権の登記として取扱うことは現在の不動産登記法の建前からいつて許されないものと解すべきである。
実体法上抵当権が有効に存在し、それについて同一内容の無効の抵当権の設定登記があるとき右登記の流用が問題になる訳であるが同一内容といつても少くとも抵当権設定の日時は異なるものであり債権額が同一であつても弁済期利息、損害金の点において異なる場合も予想されどの程度の同一を以て同一内容の抵当権の登記として取扱つて好いかとの面倒な問題も生ずるので手数であつても無効な登記は抹消して実体に即した登記を新にさせることが不動産登記法の精神に合するものと考えるので少くとも本件においては原告主張の抵当権設定登記は無効である以上抹消さるべきもので被告主張のようにこれを新な抵当権の設定登記として有効なものと解することは許されないと考える。
被告主張の流用についての合意の存否について判断するまでもなく以上説明したような理由で少くとも本件においては本件抵当権設定登記の流用は許されないのであるから、横浜地方法務局溝口出張所昭和二八年四月一四日受付第七七七号をもつてなされた抵当権設定登記は無効にきした登記であるから亡朱信発の相続人である被告は(右事実は当事者間に争ない)右抵当権設定登記の抹消登記手続に協力する義務ありというべきである。
とすれば原告の請求はいずれも理由があることになるからこれを認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して全部被告の負担とし、主文の通り判決する。
(裁判官 石田哲一 石井玄 林田益太郎)
物件目録
川崎市生田字稲目四〇六五番
一、宅地 一八七坪
同所四〇六六番
一、宅地 二三一坪
同所四〇六三番
一、宅地 二四〇坪
同所四〇六四番
一、宅地 一五三坪
同所四〇六九番
一、宅地 一九一坪
同所四〇六六番所在 家屋番号同所三三三番の二
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一二坪
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の三
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一二坪
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の四
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一二坪
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の五
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一二坪
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の六
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一二坪
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の七
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一二坪
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の八
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一二坪
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の九
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一二坪
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の一〇
一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪一九坪五合
同所同番所在 家屋番号同所三三三番の一一
一、木造瓦葺二階建居宅一棟 建坪四六坪七合五勺
二階二九坪七合五勺