東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6342号 判決 1958年10月29日
原告(反訴被告) 加藤徳太郎
右代理人弁護士 岡田実五郎
山崎清
佐々木
被告 平岩木工株式会社
右代表者 平岩敏二
被告 平岩敏二
右両名代理人弁護士 植山紘臣
被告(反訴原告) 大和木工株式会社
右代表者 国生輝男
右代理人弁護士 斉藤一好
飯村義美
右復代理人弁護士 海谷利宏
被告 田草川基好
右代理人弁護士 薬袋善次
主文
一、被告平岩木工株式会社は原告に対し別紙物件目録第一記載の不動産について東京法務局芝出張所昭和三十年十月十七日受付第一一五〇〇号をもつてなされた停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記にもとづく本登記手続をなすべし。
二、被告平岩敏二は原告に対し別紙物件目録第二、第三記載の各不動産につき東京法務局芝出張所前同日受付第一一五〇一号をもつてなされた停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記にもとづく本登記手続をなすべし。
三、被告大和木工株式会社(旧商号国生産業株式会社)は原告に対し別紙物件目録第二、第三記載の各不動産につき東京法務局芝出張所昭和三十一年三月八日受付第二五一五号をもつてなされた同月七日付売買を原因とする各所有権取得登記の各抹消登記手続をなすべし。
四、被告田草川基好は原告に対し別紙物件目録第一記載の不動産につき東京法務局芝出張所昭和三十一年三月七日受付第二三九四号をもつてなされた同月六日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記ならびに同目録第二、第三記載の各不動産につき同出張所同月七日受付第二三九五号をもつてなされたそれぞれ同月六日付売買予約を原因とする各所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をなすべし。
五、被告大和木工株式会社は原告に対し別紙物件目録第一記載の建物を明渡し、かつ昭和三十一年九月六日から明渡ずみまで一ヵ月金四万九千円の割合による金員を支払うべし。
六、被告平岩敏二は原告に対し別紙物件目録第二記載の建物を明渡し、かつ昭和三十一年九月六日から明渡ずみまで一ヵ月金二万三千八百円の割合による金員を支払うべし。
七、原告の被告平岩敏二に対するその余の請求はこれを棄却する。
八、反訴原告の反訴請求はこれを棄却する。
九、訴訟費用中本訴に関する部分は被告らの負担とし、反訴に関する部分は反訴原告の負担とする。
十、この判決は第五、六項にかぎり原告において被告大和木工株式会社に対し金七十万円、被告平岩敏二に対し金三十万円の各担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
第一本訴
(原告と被告平岩木工株式会社及び被告平岩敏二との間の関係)
原告主張の事実は本件第二物件の相当賃料額の点を除き全部右両被告の認めるところであり、鑑定人雑賀武四郎の鑑定の結果によれば本件第二物件の昭和三十一年九月当時における相当賃料は一ヵ月金二万三千八百円であることが認められ、とくだんの事情のない本件においては右事情はその後も同様であると認めるべきであり、本件訴状が被告平岩敏二に送達された日の翌日が昭和三十一年九月六日であることは記録上明らかである。しからば原告の被告平岩木工に対する本訴請求、原告の被告平岩に対する請求中一ヵ月分の損害金二万三千八百円を超える部分を除くその余の請求はいずれも正当として認容すべく、被告平岩に対する右部分の請求は理由のないものとして棄却すべきものである。
(原告と被告大和木工株式会社との間の関係)
一、被告大和木工株式会社がもと商号を国生産業株式会社といい、次いでこれを株式会社平岩製作所と改め、その後現在のとおりとなつたことは記録中の商業登記簿謄本及び本件口頭弁論の全趣旨によつて明らかである。
二、成立に争ない甲第一ないし第三号証の記載に被告平岩敏二(第一、二回)及び原告各本人尋問の結果をあわせれば、原告は昭和三十年十月十七日被告平岩木工に対し金七百六十万円を弁済期同年十二月二十五日と定めて貸与したこととし、同日これが担保として、同被告会社においてその所有に属する本件第一物件その他の不動産につき、被告平岩敏二においてその所有に属する本件第二、第三の物件につき、それぞれ抵当権(共同抵当)を設定するとともに、同被告会社が右債務を弁済期に弁済しないときは代物弁済として右被告らの右各物件の所有権を原告に移転すべき旨の契約をし、即日原告主張のとおり(事実らん原告の主張一)の抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記がなされたことが明らかである。右代物弁済についての契約につき、原告はこれを弁済期に債務の弁済のないときは当然に代物弁済の効果を生ずべき停止条件付代物弁済契約である、そうでないとしても少くとも原告の意思表示によつて代物弁済が完結すべき代物弁済一方の予約であると主張するところ、登記には前認定のとおり「停止条件付代物弁済契約」の旨記載されているけれども、前示原告及び被告平岩各本人尋問の結果によつては当時当事者間にはこの点の二つの形態について明確な区別があつたものとは認められず、むしろ右各本人尋問の結果によれば原告は前記弁済期経過後もなんらそれらの物件について直ちに権利行使の挙に出ることなく、その後昭和三十一年三月六日に被告平岩木工において手形の不渡を出すに及んで原告からさきの約束にもとづいて物件の所有権を取得する旨の申出があつたことが認められ、この事実から推して考えれば、右代物弁済についての契約は弁済期後原告の意思表示によつて代物弁済を完結せしめるべき代物弁済一方の予約であつたものと認めるのを相当とする。そしてこの場合の所有権移転請求権保全の仮登記においてその登記原因を「停止条件付代物弁済契約」としたことはなんら右仮登記の効力に影響あるものではない。
三、ところで右昭和三十年十月十七日における金七百六十万円は当日原告が現実にこの金額を被告平岩木工に貸与したものでなく、既存の債務をまとめてこの金額とし、これを目的として準消費貸借契約を締結したものであることは当事者間に争ないところ、証人永田菊雄の証言(第一、二回、但し後記信用しない部分を除く)、被告平岩(第一回)原告各本人尋問の結果、右各本人尋問の結果により成立を認めるべき甲第四号証の一ないし三の記載及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告はこれより先きかねて被告平岩木工に対し金員を貸与していたが昭和二十九年八月ごろいつたんこれが返済を受けた後、さらに
(1) 昭和二十九年八月二十九日 金百十万円
(2) 同月三十日 金百万円
(3) 同年十月二十八日 金百十万円
(4) 同年十一月十六日 金五十万円
(5) 昭和三十年一月二十九日 金九十万円
合計 金四百六十万円
をそれぞれ利息月七分、弁済期はおおむね一ヵ月先という定めで貸与し、その後右貸付元金に各弁済期後の遅延損害金を加算し、その合計を金七百六十万円としてこれを目的として右昭和三十年十月十七日に前記各契約をしたものであることを認めるに足りる(以上の貸付元金のうち(4)金五十万円一口を除く他の四口については被告大和木工の争わないところである。)右認定に反する証人永田菊雄の証言(第一、二回)は信用しない。
三、被告大和木工株式会社は本件第一物件には原告の右登記以前昭和三十年五月二日受付第四六二四号をもつて大蔵省のため差押の登記があるから、原告は本件仮登記にもとづき本訴各請求をなし得ない旨主張し、右差押の登記のあることは原告の認めるところである。しかし不動産について国税滞納処分による差押の登記があつた後になされた処分は絶対にその効力を生じないものではなく、ただ原則として差押債権者たる国に対してその処分を対抗し得ないというにすぎないこと一般の差押の場合と同様である。後に公売処分が実行されこれが完結すれば右差押後に取得した権利は原則として消滅するけれども、それだからといつてそれ以前に右の権利の行使が許されないわけはない。原告は本件第一物件について代物弁済の予約をし、これによる所有権移転請求権保全の仮登記を有するものであり、これにもとづいて本件物件の所有権を取得したとして本訴請求をするのであるから、右公売処分がまだ完結したものと認められない本件において、差押債権者たる国以外の者である被告らに対する本訴請求が妨げられるべき理由はない。被告大和木工のこの点の主張は失当である。
四、被告大和木工株式会社は本件代物弁済は公序良俗に反するもので無効であると主張する。本件代物弁済予約の対象たる債権七百六十万円は前記二の(1)ないし(5)の元金合計四百六十万円に弁済期後の遅延損害金を加算したものであることは前認定のとおりで、月七分の遅延損害金の約定が利息制限法所定の制限を超えるものであることは明らかである。そして同法第一条によれば右超過部分は無効であるが、債務者が任意に支払つたときはその返還を請求し得ないものであるから右超過部分を準備費貸借の目的としたときでもそれにもとづき任意に支払つたときはこれが返還を請求し得ないものというべきであるが、それについて代物弁済の予約をしたにとどまるときはまだ任意に支払つたものということはできないから、右超過部分の準消費貸借によつては有効な債権を生ずるに由ないものというべきである。そこでまず右代物弁済の予約当時有効に存在した債権額はいくらであるかについて検討する。被告は当初の貸付元金中それぞれ一ヵ月分の利息が天引された旨主張し、原告本人尋問の結果によれば右の二の(1)ないし(4)については月七分の割合で一ヵ月分の利息が天引されたことを認めるべく、同(5)については証人永田菊雄(第二回)は一ヵ月分利息として金九万円が天引された旨供述するからこの点については被告大和木工主張の限度である金八万円の天引として認めるべきである。以上の各天引にもとづいて利息制限法所定の方法で計算すれば右各一ヵ月後の弁済期における残存元本額は右(1)につき金百三万千六百二十円、(2)につき金九十四万三千九百五十円、(3)につき金百三万千六百二十円、(4)につき金四十七万五千九百七十五円、(5)につき金八十三万二千三百円となる。そして前記甲第四号証の二、三の記載によれば前記二の(1)(2)(3)の三口については昭和二十九年十二月二十八日まで、(4)については同年十二月十六日まで、(5)については昭和三十年二月末日までの利息及び損害金の支払がなされていることをうかがうに足りる。その外に被告は右債務者被告平岩木工株式会社において昭和三十年十二月二十九日元金のうちへ金三十万円を弁済したと主張し、乙第十六号証の二の記載証人永田菊雄の証言(第一、二回)中にはそれにそう如き部分があるけれども、前記被告平岩敏二(第一、二回)及び原告本人尋問の結果とくらべて直ちに採用し難いところである。(右支払については原告の領収書のないことは本件において明らかであるが、この点につき証人永田は従来原告は領収書を発行しないのが例であつたと説明するけれども成立に争ない乙第九ないし第十一号証によれば従来原告が貸金につき支払を受けた場合領収書を発行した事例のあることは明らかである)。その余の被告主張の弁済の事実の認め難いこと前同様である。以上の事実にもとづき前記各貸金残元本に対する前記最後の入金後昭和三十年十月十七日までの利息制限法所定制限範囲内の遅延損害金(前記(1)(3)については年三割、(2)(4)(5)については年三割六分)を算出すればその合計が金百十万七千百三十九円(円位未満切捨)となることは計算上明らかであるから、右契約時における元利合計は金五百四十二万二千六百四円となる。すなわち右金額は当時原告において正当に請求し得べかりしものと認めるべきである。
これに対して本件代物弁済に供せられた本件第一ないし第三の物件の価額がいくらというべきかについては被告大和木工株式会社はたんに債権額に比していちじるしく過大と主張するにとどまるが、本件各物件の昭和三十一年度固定資産課税台帳上の評価額は第一物件が金二百六万二千二百円、第二物件が金百五十三万九千五百円、第三物件が金十八万千八百七十五円で合計が金三百七十八万三千五百七十五円であることは記録編綴の固定資産課税台帳登録証明により明らかであり、証人永田菊雄の証言(第一回)によれば昭和三十一年三月ごろにおいて右永田は本件第一物件(いわゆる第一工場)の価額は金四百万円、本件第二物件の価額は金二百万円ぐらいと見、被告平岩本人尋問の結果(第一回)によれば右平岩は同じころ第一、第二物件で金七、八百万円と見ていたことを各認め得べく、鑑定人雑賀武四郎の鑑定の結果(この鑑定は直接には本件物件の相当賃料評価のためのものであるが、その評価の基礎として物件の価額が評価されている)によれば昭和三十一年九月ごろにおいて本件第一物件の建物のみの価額は金三百二十一万九千九百円、第二物件のそれは金百八十七万五千円、これに建物敷地の借地権の価額を含めれば前者が金五百九十一万円後者が金二百八十六万五千円であることをうかがい得るところである。そして前記甲第一ないし第三号証の記載によればこれら物件の上にはすでに原告の代物弁済予約及び仮登記以前債権者訴外門倉金十郎のため第一物件につき金四百万円、第二物件につき金二百万円、第三物件につき金四百万円(この部分は他の物件と共同担保)の各抵当権が設定せられその登記がなされていることが認められる。これらの事情をあわせ考えれば本件物件の価額はまだ前記債権額に比していちじるしく過大というには足りず、その他とくに原告が被告平岩木工株式会社の無知窮迫に乗じて本件代物弁済予約を締結せしめたというような事実はこれを認め得ない。被告平岩敏二は被告平岩木工の代表者たる立場上自己の私財たる本件第二、第三物件をこれに提供したものと認めるべく、その間原告が被告平岩に迫つて強いて義務なきことを行わしめたというような消息はこれをうかがうべきものがない。これを要するに本件代物弁済予約をもつて公序良俗に反するものとする被告大和木工の主張は失当である。
五、被告平岩敏二(第一回)及び原告各本人尋問の結果によれば被告平岩木工株式会社は前記約旨に定めた弁済期にその債務の弁済をしなかつたので昭和三十一年三月六日ごろ原告は同被告に対して代物弁済完結の意思表示をしたことを認め得べく、右認定をくつがえすべき証拠はない。従つてこれによつて本件第一物件の所有権は被告平岩木工から、第二、第三物件の所有権は被告平岩からそれぞれ原告に移転し、原告はこれが所有権を取得したものであること明らかである。そして原告が右所有権取得につき前記仮登記にもとづき本登記をするときはその登記の順位は仮登記の順位にさかのぼるから結局においてこれらの物件につき右仮登記以後権利を取得したものはこれをもつて原告に対抗し得なくなる筋合である。
被告大和木工が昭和三十一年三月八日本件第二、第三の各物件につき原告主張のような(事実らん原告の主張四)所有権移転登記をしたことは甲第二、第三号証の記載によつて明らかであり、また同被告が本件第一物件を昭和三十一年三月ごろから占有使用していることは証人永田菊雄の証言(第一回)及び被告大和木工代表者国生輝男尋問の結果から明らかである。
被告大和木工が本件第二、第三物件の右移転登記を得た原因及び本件第一物件を現に占有する正権原については、同被告においてなんら主張するところはないが、証人永田菊雄の証言(第一回)及び被告大和木工代表者尋問の結果によれば被告大和木工(当時国生産業株式会社)は昭和三十一年三月六日被告平岩木工が手形の不渡を出したあと一部の債権者の同意を得て平岩木工の事業と資産をその代表者被告平岩敏二所有の右不動産とともに譲り受けたとして本件第二、第三物件について所有権移転登記をするとともに本件第一物件を使用するにいたつたものであることをうかがい得べく、真実有効にこれら所有権の移転があつたかどうかについては疑問があるけれども、仮りに所有権の移転があつたとしてもこれをもつて原告に対抗し得ないことは明らかである。そして本件第一物件の相当賃料が一ヵ月金四万九千円であることは鑑定人雑賀武四郎鑑定の結果により認め得るから、結局被告大和木工は本件第一物件を占有することにより故意又は少くとも過失によつて原告の所有権を侵害し右相当賃料額相当の損害をこうむらせているものというべきである。
しからば原告は被告大和木工株式会社に対し本件第二、第三の各物件についてなされた同被告の所有権取得登記の抹消登記手続、本件第一物件の明渡及び本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和三十一年九月六日から右明渡ずみまで一ヵ月金四万九千円の割合による損害金の支払を求め得べきものというべきである。
六、被告大和木工株式会社は原告の本訴請求は権利の濫用であると主張する。しかし前認定の事実によれば原告の本件代物弁済は債権額に比してとくにいちじるしく過大な物件の所有権を移転せしめたものとはいい得ないし、相手方の無知窮迫に乗じたという事情も認め得ないところである。被告は原告は本件以前までに利息だけでも金二千五百万円余を取得したと主張するが、この点に関する被告大和木工代表者国生輝男尋問の結果は被告平岩敏二本人尋問の結果(第一回)とくらべて信用しがたく、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。仮りに従来原告が多額の利息を取得したとしても元金いくらに対してどれだけの利息を取得したか明らかでない本件においてはこれによつて直ちに原告が本訴請求もまたそのあくなき利益追及の具としているものとしなければならないものではない。被告大和木工は被告平岩木工の倒産後その事業と従業員を引き継ぎ孜々として営業に従事しているというけれども、そのいわゆる引継はたんに事実上のものであり、原告に対抗し得ないこと前認定のとおりである。これを要するに原告の本訴請求はなお正当な権利行使というべく、被告平岩木工株式会社の全立証によるも本件が権利濫用たるべきとくだんの事情は認め得ない。すなわち右抗弁は排斥する。
(原告と被告田草川基好との間の関係)
被告田草川が本件第一、第二、第三の各物件につき主文第四項記載のような所有権移転請求権保全の仮登記をしたことは同被告の明らかに争わないところであり、その余の原告主張事実は全部右被告大和木工株式会社との間の関係において認定したとおり認め得べく、右認定をくつがえすべきとくだんの証拠はない。被告田草川の本件各物件についての売買予約及びこれにもとづく仮登記が原告に対抗し得ないことは前記説明から明らかである。
しからば被告田草川は原告に対し右各仮登記の抹消登記手続をなすべき義務あることもちろんであり、これを求める原告の請求は理由がある。
第二、反訴
一、本訴被告平岩敏二(第一回)及び反訴原告代表者国生輝男各尋問の結果によれば田草川基好(本訴被告)は平岩木工株式会社(本訴被告)に対し昭和二十九年十二月一日金六十万円、同日金百万円、昭和三十年三月一日金八十五万円合計金二百四十五万円を反訴原告主張の約旨で貸与したことを認めるに十分であり、右認定に反する証拠はない。
二、郵便官署作成部分の成立につき争なく、その余の部分の成立は反訴原告代表者尋問の結果によりこれを認めるべき乙第五号証の一、成立に争ない同号証の二に右反訴原告代表者尋問の結果をあわせれば昭和三十一年三月六日田草川は、右債権を反訴原告に譲渡し、昭和三十二年一月十六日その旨平岩木工に内容証明郵便で通知したことが明らかである。反訴被告は右債権譲渡は当事者相通じた仮装のものであると主張する。右譲渡の時期が昭和三十一年三月六日でありながらその通知のなされたのはその後十ヵ月を経過し本訴提起の後である昭和三十二年一月で、その後いくばくもなく反訴の提起がなされたこと、反訴原告代表者尋問の結果認め得べき反訴原告が平岩木工の事業を引き継いだと称してその資産を使用するとともに同会社の債務も引受けるものの如くして一部債権者に対しては自ら弁済をしており、田草川に対しても月々金五万円を支払うこととしてすでに数回これを履行していること等から考えると右債権譲渡は不自然の感を免れないけれども、反訴原告代表者尋問の結果によれば田草川の貸金は反訴原告の代表取締役である国生輝男が仲介してできたものであるところ、昭和三十一年三月六日平岩木工は手形の不渡を出して倒産するにいたつたので国生は田草川に対する責任上自分が代表取締役をしていた反訴被告(旧商号国生産業株式会社)でこれが肩替りをし田草川にはその譲渡の対価を支払うこととしたものと認められ、その他にとくに右債権譲渡が虚偽仮装であることを認めるべき的確な証拠はない。そして取消の対象とされている詐害行為の当時すでに発生している債権を右行為の後に譲受けた者も債権者として詐害行為取消権を行使し得ることは多言をまたないところである。
三、次に昭和三十年十月十七日反訴被告が平岩木工に対して金七百六十万円を貸与したこととしてこれを担保するため大和木工はその所有の本件第一物件の上にそのほかの物件及び平岩敏二所有の本件第二、第三の物件とともに抵当権を設定しかつ代物弁済債権者一方の予約を締結し、その旨抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、右金七百六十万円は当日反訴被告が現実に貸与したものでなく昭和二十九年八月二十九日以来五回に貸与した元金四百六十万円と期限後の遅延損害金を加算してこの金額としこれを準消費貸借の目的としたものであることはすべて本訴の関係において認定したとおりである。
四、反訴原告は右平岩木工のした右抵当権設定及び代物弁済予約は債権者平岩木工が債権者を害することを知つてしたものであり、その当時受益者たる反訴被告も知つてしたものであると主張する。この点につきまず、反訴被告は右抵当権の設定及び代物弁済一方の予約については、右貸付の当初から当事者間に合意があつたものとして、この時の基準とし、その当時には反訴被告に他の債務者を害することの認識はなく、かつ反訴原告の債権はそれ以後に成立したものであるから反訴原告は右債権によつてはこれを取消し得ないと主張する。本訴被告平岩敏二(第一回)及び反訴被告各本人尋問の結果によれば反訴被告は平岩木工株式会社に対し前記金員を貸与した当時である昭和二十九年十一月ごろ両者の間にこれにつき本件各物件に抵当権を設定し、また代物弁済の予約をしようとの合意のあつたことはこれをうかがい得るけれども、登記のない抵当権や、所有権移転請求権保全の仮登記をともなわない代物弁済の予約は、いずれも第三者に対する関係においては無意味にひとしく、右合意についてなんらか書面の作成されたことの徴すべきものがなく、また当時から登記のなされた昭和三十年十月ごろまでの間これらの登記を妨げるべきとくだんの事情の存したことは認められないところから推して考えれば、右貸与の当初になされた合意は将来正式に抵当権設定、代物弁済予約の各契約をし、その登記をするべき旨のものであつて、その後昭和三十年十月十七日にいたつてかねての約旨にもとづき債権額を計算しこれを一口の準消費貸借の目的とするとともに、正式にこれを担保するため抵当権の設定及び代物弁済一方の予約を締結し、かつその各登記をしたものであると認めるのを相当とする。なお、債権者のみが完結権を有する代物弁済一方の予約はそれ自身としてはまだ物権変動というべきものではなく、後に完結の意思表示によつて債権者の所有権移転の効果を生ずるものではあるが、これは予約権者たる債権者のみの一方的権利(形成権)の行使によつて当然に形成せられるものであつて、そのさいにおける債務者の行為として取消の対象たるべきものはないから、このような代物弁済にあつてはその取消の対象としては右予約を目的とすべきであるとともにそれが詐害行為たるの成否は右予約の時をもつて標準とすべきものである。このことは右予約にともない同時に所有権移転請求権保全の仮登記がなされるときは後に予約完結によつて生じた所有権移転の本登記の順位が仮登記の順位にさかのぼる結果、実際には右仮登記の時に所有権移転ありかつその本登記があつたと同一の効果を生ずること(本件もその場合であること前説示のとおり)とも相応するものである。
証人永田菊雄の証言(第一、二回)及び反訴原告代表者国生輝雄、本訴被告平岩敏二本人(第一、二回)各尋問の結果をあわせれば、昭和三十年十月十七日当時平岩木工株式会社は反訴被告に対する前記債務のほか、反訴原告の前主田草川に対する前記債務、訴外門倉金十郎に対する債務その他を負担し、その債務総額は金三千万円内外であつたのに対し、その資産は本件第一物件をはじめ土地建物及び機械器具、材料、売掛金債権等をあわせて金二千万円程度にとどまつたのですでに債務超過の状況にあつたことを認めるから、これだけから見れば本件第一物件について反訴被告のために抵当権の設定をし代物弁済の予約をすることは当然他の債権者の共同担保を減少し債権者を害することとなるもののように見える。しかし本件第一物件の当時の価額は(この価額について反訴原告の主張立証なきこと本訴におけると同様である。)固定資産税の評価額において金二百六万余円永田ら関係者の評価が大体四百万円、鑑定人雑賀武四郎が相当賃料算定の基礎として評価した価額が建物のみで金三百二十一万円余、敷地の借地権を含めて金五百九十一万円であることは前認定どおりであるところ、右物件に対してはこれより先訴外門倉金十郎に対する平岩木工の債務のため金四百万円の抵当権の設定があり、その旨の登記がなされていることまた前認定のとおりであるから、右物件の価額を右抵当債権額以上とみてはじめて詐害行為の問題たり得るものというべきこと明らかである。そのほかにさらに大蔵省のため差押の登記があるがその滞納税額は明らかでない。右鑑定の結果により本件第一物件の価額をその借地権の価額を含めて金五百九十一万円とすればその負担する抵当権額との差額は金百九十一万円となるから、この限度において右抵当権(第二順位)の設定及び代物弁済の予約はそれのない場合に比し他の債権者の一般担保を害するものというべきである。
この場合とくに代物弁済については債務者平岩木工は右金百九十一万円相当の物件を失うかわりに反訴被告に対する本件債務七百六十万円、その正当に請求し得るものだけでも、金五百四十二万円余の債務を消滅せしめるものであり、(平岩木工の他の不動産及びその代表者平岩敏二個人の不動産――本件第二、第三物件――も代物弁済の目的に供せられているが、前者については反訴被告において本件で所有権取得を主張せず、後者は債務者の行為でもなくその一般財産でもないから、いずれも除外して考えるべきである)、むしろ他の債権者の利益となるような観がないでもないけれども、本件以外に一般債権者の共同担保たるべきものがどの程度存し、他の債権者は本件反訴被告の債権を除外すればそれよりどの程度に弁済を受け得べき関係にあつたかは必ずしも明らかではないから、右代物弁済によつて消滅すべき債権額が代物弁済に供せられる物件の価額より大であるという一事によつて他の債権者を害しないとすることはできない。
そしてこのような状況にあることは当該債務者たる平岩木工株式会社の代表取締役平岩敏二において前記行為の当時これを知悉していたものと認めるのが相当である。右認定に反する証拠は採用しない。
しかるに本訴被告平岩敏二(第一、二回)反訴被告各本人尋問の結果に前記認定の各事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、平岩木工株式会社は家具製造等の木工業を業とし昭和二十八年ごろは年間売上二億円に上つたこともあつたが本件行為当時たる昭和三十年ごろは前記のとおり債務超過となつたが、それでも年間売上はなお一億円くらいもあつてその一割程度の純益が見込まれていたこと、反訴原告の貸金はもつぱら右平岩木工の営業資金として貸与されたものであり、貸与当時から抵当権設定及び代物弁済の話合はされていたこと、反訴被告は家具製造の経験者で平岩木工に対しては顧問という資格でめんどうを見、その関係で資金の貸与もして来たところ、平岩木工の代表者平岩敏二としては反訴原告から本件大部分の貸与を受けた後田草川からも前記金員の貸与を受けたが、そのことは当時反訴被告にはとくに告げなかつたし、その他の債務についてもとくに反訴被告に告げず、その経理面の実情を秘していたため、反訴被告としてはこれらを知らず、平岩木工には他に債務はなく、かえつてその営業の活溌さに信頼して当初の取りきめによる抵当権設定、代物弁済予約及びそれらの登記も急ぐことはなく推移していたが、その後ようやく利息(損害金)もたまつて来たので、ついに前記昭和三十年十月ごろにいたつて本件抵当権設定代物弁済予約の各契約をするとともに本件各登記をしたのであるが、その登記にさいして反訴被告ははじめて門倉金十郎に対して債務のあること、それについて本件第一物件その他の不動産につき第一順位の抵当権の設定登記があり、本件第一物件は金四百万円の負担を負うていることを知るにいたつたものであることを認定することができる。右認定に反する証人永田菊雄の証言(第一二回)及び反訴原告代表者国生輝男尋問の結果は採用しない。これによつてみれば右の当時反訴被告は平岩木工において門倉に対して債務を負担することは知つたけれども、これには先順位抵当権あり、もとより本件行為によつてこれを害すべき関係はなく、その余の債務の存することについては認識がなかつたものというべきであるから、本件行為によつて、これら他の債権者を害すべきことは知らなかつたものといわなければならない。しからば反訴原告は平岩木工株式会社が反訴被告に対してした本件抵当権設定及び代物弁済の各行為を取消し得ないものというべく、これを前提として右各登記の抹消登記を請求することもできないことは明らかである。すなわち反訴原告の反訴請求は理由のないものとして棄却すべきである。
第三結論
よつて本訴の関係において原告の被告平岩敏二に対する前記の限度における請求及びその余の被告らに対するすべての請求を正当として認容し、被告平岩敏二に対するその余の請求を理由のないものとして棄却し、反訴の関係において反訴原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(判事 浅沼武)