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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6513号 判決 1958年10月15日

原告 山口啓三

被告 梅沢一郎

主文

一、被告は原告に対し別紙目録(二)及び(三)記載の建物を収去して別紙目録(一)記載の土地の明渡をせよ。

二、被告は原告に対し昭和三〇年七月二日以降同月末日までは一ケ月金一、三五〇円、同年八月一日より右土地明渡済までは一ケ月金二、七〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は原告において金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項乃至第三項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

(一)、原告は昭和二二年一〇月二日別紙目録(一)記載の土地(本件土地)を被告に対し、普通建物所有の目的で、期間二〇年賃料一ケ月一坪につき二円五〇銭、毎月二八日払の約で賃貸し、原告の承諾なしには地形の変更、建物の増築若しくは改築をしないこと、もし被告において右条項に違反したときは、原告は催告を要せずして契約を解除することができること、被告は賃貸借契約終了後三〇日間は賃料相当額の損害金を、その後は毎月賃料倍額相当の損害金を支払うこと等の特約をした。賃料はその後数次の値上によつて昭和三〇年七月一日当時一ケ月金一、三五〇円であつた。

(二)、被告は予て本件土地上に別紙目録(二)記載の建物を建築所有していたところ、昭和三〇年四月原告に無断で右建物の増築工事に着手したので、原告は特約違反を理由にこれを制止した。

しかるに、被告は同年六月末に至るや原告の意向を無視して再び増築工事に着手し突貫工事により進捗をはかり、別紙目録(三)記載の建物を八分どおり建築した。よつて原告はやむなく工事中止仮処分命令申請手続を進める一方、同年七月一日到達の書面で被告に対し前記特約に基いて本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

従つて、本件賃貸借契約は同日限り終了し、被告は本件土地を原告に返還すべきものであるのに、この義務の履行遅滞により原告に損害を蒙らせている。よつて、原告は被告に対し、本件建物を収去してその敷地の明渡を求めると共に前記損害賠償の特約により、解除の翌日である昭和三〇年七月二日より同年同月末日までは一ケ月金一、三五〇円、同年八月一日より右土地明渡済までは一ケ月二、七〇〇円の割合による損害金の支払を求めると述べ、被告の抗弁事実を否認し立証として、甲第一号証、第二号証の一、二を提出し、証人山本ミツ子の証言及び原告本人の供述を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、請求原因事実(一)の中特約の点は否認する。その他の点は認める。(二)の事実は全部認める。

仮に増改築を行うには地主の承諾を要するとの特約があるとしても、それは例文にすぎないから法的拘束力を有しない。

右特約は借地法第七条の精神に違背するから同法第一一条により無効である。すなわち同法第七条によれば、借地権の消滅前に建物が、滅失した場合に新規の建物を築造することは借地権者の自由になしうるところであるから、単なる増改築をなすことは借地権者の専権に属するというべきである。

仮に、右の主張が認められないとしても、原告の本件賃貸借契約の解除は権利の乱用である。すなわち、被告が増築を企図したのは、長男に嫁を迎えた結果現在の建物では生活に手狭となつたからである。被告は本件土地を賃借して以来七年の間薬剤師として薬局並びに薬種雑貨商を営んできた結果、ようやく顧客の信用をえて繁栄の緒についたところであるのに、本件解除が有効とすれば、これまでの努力はすべて水泡に帰し生活の根本がくつがえされる結果となる。本件土地は昭和二二年当時所謂生活ベース三〇〇円時代に、金一一、二五〇円の高額の権利金を支払つて借受けたものであり、その後も賃料を滞らせたことはない。本件増築によつて隣接する原告の家の採光、通風等に何ら不利益を蒙らせることはない。原告はその敷地になお小庭園を設ける程の空地を有しており本件土地を自ら使用する必要はない。以上諸般の事情を斟酌すると、原告の本件賃貸借契約の解除は何ら実質的理由なくしてなされ、一人被告にのみ甚大な損害をもたらすものであつて著しく社会正義に反するものという他はないから、権利の乱用として無効たるべきである、と述べ、立証として乙第一乃至第五号証(但し第三号証は一、二)を提出し、証人古橋米三郎の証言及び被告本人の供述を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告がその主張の日に被告に対し本件土地を原告主張の約定で賃貸し賃料は昭和三〇年七月一日当時一ケ月金一、三五〇円となつていたこと及び被告が原告主張の頃原告に無断で別紙目録(三)記載の建物の建築工事をしたことは当事者間に争がなく、また、右賃貸借に当つて原告主張の特約がなされたことは成立に争のない甲第一号証によつて明らかである。

被告は右賃借地上の建物の増改築を行うには地主の承諾を要するとの特約は例文にすぎないから法的拘束力を有しないと主張するけれども、成立に争のない乙第五号証及び甲第一号証並びに原告本人の供述を綜合すれば、原告は昭和二二年八月被告を相手方として当庁に建物(当時は建坪一五坪)を収去して本件土地を含む敷地六五坪の明渡を求める訴訟を提起したが、同年一〇月中裁判外において、被告が前認定の各契約条項を誠実に遵守することを約し、原被告間に甲第一号証の賃貸借契約が成立した為、右訴訟を取下げたことが認められ、右の経緯によれば被告主張の特約が例文であるとは到底考えられない。

また被告は、右特約は借地法第七条第一一条により無効であると主張するが、同法第七条は借地上の建物が滅失した場合における地主と借地権者の利害の調和をはかることを目的とするものであり、本件におけるように現存する建物にあらたに増改築を行う場合と同列に論ずることができないのみならず、建物の維持保存に必要な程度を超える増改築は、借地権の存続期間や建物買取価格をめぐつて賃貸人に不利益を蒙らしめることのあることは否定できないから、借地法もこれらの点について当事者の合意を排除するものではないと解すべきことである。

ところで、原告が昭和三〇年七月一日到達の書面で被告に対し本件賃貸借を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間の争がない。

次に被告は、本件賃貸借契約の解除は解除権の乱用であると主張する。按ずるに、本件解除が被告に甚大な損害を及ぼすに至るべきことは明かであるが右特約違反の行為が原告に重大な利害関係を及ぼすことも前述のとおりである。しかも、被告がこのような立場になつたのは、被告自身が前記特約に違反する不信行為をあえてした為に外ならないのであつて、(被告の全立証によるも、被告が増改築をしなければ借地権の目的を達することができないような事情にあることは認められない)原告のした解除は正当な権利行使といわねばならない。この原因行為たる被告の不信行為の存在することを不問に附して解除の結果の重大性をのみ強調し、これを目して権利の乱用とする被告の主張は失当である。

よつて本件賃貸借契約は昭和三〇年七月一日限り、終了し、被告は原告に対しその主張の建物を収去してその敷地を明渡す義務があるといわねばならない。その後被告は契約終了による返還義務の履行を怠り原告に損害を蒙らせていることは明らかであるから、被告は原告に対し、前記損害金の特約に基き、解除の翌日たる昭和三〇年七月二日より同年同月末日までは一ケ月金一、三五〇円、同年八月一日より本件土地明渡済まで一ケ月金二、七〇〇円の割合の損害金を支払う義務あること明かである。

よつて、被告に対し、右各義務の履行を求める原告の本訴請求は正当として認容し、民訴法第八九条、第一九六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男)

物件目録

(一)、東京都太田区新井宿五丁目五九四番地の一

宅地一〇九坪一合のうち東南側四五坪(別紙図面中点線を以て囲んだ部分)

(二)、東京都太田区新井宿五丁目五九四番地の一

家屋番号 同町五九四番の二

木造板亜鉛メツキ鋼板交葺平家建店舗一棟

建坪二二坪六合

(三)、(二)に接着する建築中の建物

木造瓦葺平家建 建坪 七坪七合五勺

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