東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9401号 判決 1959年4月14日
原告 青山嘉津也
被告 山本啓助 外一名
主文
被告等は原告に対し連帯して金三一万円及び内金二二万円に対しては昭和二九年四月一日以降、その余の金九万円に対しては昭和三一年一月一日以降各完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告等の連帯負担とする。
この判決は被告両名につき仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのとおり述べた。
一、原告先代青山こきんは昭和二五年中被告啓助に対しその所有の東京都杉並区天沼一丁目八九番地宅地七四一坪余につき、同被告の費用を以て整地区分の上他に賃貸する事務 切を委任し、これが報酬については賃借人より徴収する権利金のうち金二〇〇万円に充つる迄順次右こきんに引渡し、その余を給する旨約した。(甲第二号証の一参照)その後昭和二六年七月二日右こきんが死亡したので、原告において遺産相続により右契約上の地位を承継した。
二、被告啓助は右契約後おそくとも昭和二七年六月三〇日頃迄には右宅地のうち大半を他に賃貸し相当多額の権利金を徴収したにもかかわらず、その間こきんないし原告に対し金一二五万円の引渡しをしたのみで、残額七五万円の履行をしないので厳重督促したところ、同日同被告は原告に対し昭和二七年六月以降毎月末日限り金三万円以上を支払い、若し割賦金の支払を怠つたときは金一〇〇円につき日歩金二〇銭の割合による損害金を附する旨確約し、その結果昭和二八年一〇月一日迄一三回に合計四九万円を入金したが、同日以降は言を左右にしてこれが支払をしない。(甲第二号証の二、第三号証、第一〇号証の一、二参照)
三、たまたま昭和二九年三月被告啓助からその長男被告晴一のため住宅兼事務所を建設したいので前記土地の処分残地約七〇坪を貸与されたい旨の申入れがあつたので、原告はこれを機会に未払金を回収して従来の法律関係を清算しようと考え、接渉の結果、同月七日被告両名との間につぎのとおりの契約が成立した。
その契約内容は原告は被告啓助に対する未私権利金二六万円に対する遅延損害金を大幅に減額免除すると共に被告晴一に対し処分残地のうち一〇坪を控除した。約六〇坪を賃貸する、被告等は右減額並びに賃借をうくる代償として金三九万円、うち金三〇万円は同月末日限り、残九万円は爾後一八ケ月間に毎月金五〇〇〇円宛割賦支払うと共に右一〇坪を原告に無償返還する、被告両名は右債務につき連帯してこれが履行の責に任ずるということであつた。(甲第四号証参照)
四、然るに被告等はその後数回に合計八万円を初回の支払金三〇万円に内入したのみで、その余の支払をしない。
五、よつて原告は被告等に対し右契約金残三一万円及び内金二二万円に対する履行期の翌日たる昭和二九年四月一日以降、その余の割賦金合計九万円に対する最終履行期の後たる昭和三一年一月一日以降各完済に至る迄民事法定利率による遅延損害金の連帯支払を求める。
被告両名訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、被告啓助の答弁として、
一、原告主張の一の事実は同被告が委任をうけた土地の面積並びに報酬額の点を除きその余を認める。同被告が委任をうけた土地は六〇〇坪である。又報酬額については原告主張の契約締結前亡青山こきんが訴外酒井広治に対し本件土地のうち約三〇坪余を賃貸していたので、被告啓助は右こきんにおいて酒井から賃貸地を引揚げ、これを更地として引渡すことを条件に原告主張の金二〇〇万円を交付することとなつたもので、若しこれが引渡かないときはそれに相当する分を金二〇〇万円より按分減額する旨の特約が成立したものである。然るに原告は今日に至る迄右占有地域の引渡をしない。
二、原告主張の二の事実のうち被告啓助が原告主張のように金一二五万円をその後更に金四九万円を入金した点は認める。その余は否認する。
三、原告主張の三の事実のうち原告主張の日に被告啓助が原告主張の金員を支払う旨約した点は認める。その余は不知若しくは否認する。
四、原告主張の四の事実のうち原告主張のように被告等が金八万円を内入した点は認めると述べ、
被告晴一の答弁として、
一、原告主張の一ないし四の事実は全部不知ないし否認する。
二、被告晴一は昭和二九年三月七日原告主張の契約を締結した事実がない。ただその頃被告啓助無筆につき同被告のため原告主張の未払金二六万円を金三〇万円に増額し且つ礼金九万円を毎月五、〇〇〇円宛月賦支払うべきことを内容とする原告宛念書(甲第四号証)を代筆したことがあるに止まると述べた。
原告訴訟代理人は甲第一、二号証の各一、二、第三、四号証第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七、八号証、第九号証の一ないし三、第一〇ないし第一三号証の各一、二を提出し、証人浅野皆之助、同青山嘉津司(二回)の各証言並びに原告(二回)及び被告啓助、同晴一各本人尋問の結果を援用した。
被告両名訴訟代理人は被告啓助、同晴一各本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の一、二、第四号証の成立は両名共認める、第一一、第一三号証の各一、二の成立は両名共不知、第二号証の一、二、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七、八号証、第九号証の一ないし三の成立は被告啓助はいずれも認める、被告晴一はいずれも不知、第三号証の成立は被告啓助は否認する、但し同被告名下の印影が同被告使用の印章によつて顕出されたものであることは認める、被告晴一は不知と述べた。
理由
成立に争いのない甲第四号証と証人青山嘉津司(二回)の証言及び原告本人(二回)尋問の結果により各真正に成立したものと認める甲第二号証の一、二、第三号証、第五号証の一ないし三、第一〇号証の一、二、第一三号証の一(以上各号証のうち第二号証の一、二、第五号証の一ないし三は被告啓助の関係においては成立に争いがない)並びに右青山証人及び原告本人の各供述を綜合すると、請求原因一ないし三の事実全部を認めることができる(叙上事実のうち本件土地の地積並びに報酬額の点を除くその余の請求原因一の事実、請求原因二掲記のとおり被告啓助が原告に対し金一二五万円、その後更に金四九万円を入金した事実及び同三掲記のとおり昭和二九年三月七日原告と被告啓助間に原告主張の金員を支払う旨の契約が成立した事実は被告啓助の関係において争いがない。)
被告啓助、同晴一各本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信し難い。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
被告啓助は当初亡青山こきんから本件土地賃貸の委任をうくるに際し、その報酬額の点につき右こきんにおいて訴外酒井広治の占有する本件土地の一部地域約三〇坪余を更地として引渡すことを条件に原告主張の金二〇〇万円を交付することを約したもので、若しこれが引渡がないときは該地域に相当する分を金二〇〇万円より按分減額する旨の特約が成立したところ、未だその引渡がないから、本訴請求額のうち右按分相当額についてはこれが支払の義務がない旨主張し、被告啓助は本人として右主張に沿う供述をしている。然しながら右供述部分は原告本人尋問の結果(第二回)により各真正に成立したものと認める甲第一一、第一二号証の各一、二、第一三号証の二並びに右原告本人の供述に照らしたやすく措信し難く、他に被告主張の特約が成立したことを認めるに足りる証拠がないので、この点の主張は採用し難い。
ところで冒頭認定の契約金に対し請求原因四掲記のとおり被告等からその後数回に合計八万円の内入弁済があつたことは被告啓助の関係において当事者間に争いがない。(被告晴一の関係においては右金額を控除した残額を本訴請求の内容としているので、この点の認定を省略する。)
そうすると被告等は原告に対し連帯して前記契約金残三一万円及び内金二二万円に対する履行期の翌日たる昭和二九年四月一日以降、その余の金九万円に対する履行期後の昭和三一年一月一日以降各完済に至る迄民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務あるものといわねばならない。
尤も証人青山嘉津司(二回)の証言及び原告本人(第一回)尋問の結果により各真正に成立したものと認める甲第六号証の一、二、第七、八号証(以上各号証の被告啓助の関係においては成立に争いがない)と右証人、本人の各供述を綜合すると、本件契約成立前の昭和二八年一二月三一日被告啓助が原告を代理して訴外浅野皆之助に対し本件処分残地六〇坪(被告晴一において賃借をうくべき土地)を賃貸している事実が認められるので、特段の事情が存しない限り本件契約の内容たる原告の被告晴一に対する賃借物引渡義務の履行は契約成立時既に不能であつたものと解せられ、従つて本件契約は原始的に不能の事項を目的とするものとしてその効力に疑念を入れる余地がないでもない。然しながらさきに認定の事実に徴し明らかなように本件契約により負担した当事者双方の各種給付は当事者毎に不可分の一体をなし且つ双方の給付が互に対価的意義を有するものとして牽連しているので、本件契約は有償契約たる性質を具有すること明らかであり、従つて契約内容たる給付の一部につき不能の部分が存するとしても、売買瑕疵担保の規定に従い代金減額ないし契約解除をなしうるに止まり(これらの権利を行使しうべき期間は既に経過している)、本件契約自体の効力に影響を及ぼさないものと解するのが相当である。それ故に右認定の事実は被告等の前叙金員支払の義務に消長を来すものではない。
又本件契約は借地権利金の授受を内容とするものであるから地代家賃統制令第一二条の二ないし第一二条に違反する疑いが存する。然しながら原告と被告啓助との関係においては、同被告が委任事務処理上原告の代理人として借地人からかねて徴収した権利金の引渡しを求めるものであつて、貸主、借主間における直接の授受を内容とするものではないので既にこの点において同法条の適用がない。つぎに原告と被告晴一との関係においては、権利金授受の基礎をなす借地契約自体が原始的不能を理由に無効であること前叙のとおりであるから、有効に成立した借地ないし借家契約の借賃又は地代の規制を目的とする前記統制の適用がないこというまでもない。従つて本件契約は強行法規違反を理由にその効力を左右されるものではないから、被告等は前叙金員支払の義務を免れるものではない。
よつて原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 中久喜俊世)