東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9694号 判決
東京都民銀行
先ず被告銀行が昭和二十九年七月十七日破産者に貸し付けた四百万円の債権が、破産者の支払停止の前に取得されたものか或いは支払停止後に取得されたものであるかについて判断するのに、証拠を綜合すれば、破産者は昭和二十九年五月二十四日訴外株式会社協和銀行新宿支店において不渡をだして支払停止となり、同年六月二日銀行取引の処分を受けた事実を認めることができる。もつとも、他の証拠によれば、破産者はその後昭和二十九年八月まで被告銀行に対し月掛貯金及び定期積金の払込をし、昭和二十九年七月十七日被告銀行から、訴外奈良キヨより担保の提供を受けて四百万円の融資を受け、さらに同年九月二十八日債権者会議を開き、この会議には個人関係債権者二十五名中二十名が出席し、破産者は訴外丸岡商事株式会社から融資を受けて全債権者のため一日七万円づつ支払うこととして弁済の猶予を受けたことを認めることができるけれども、破産者はその後一部債権者の破産宣告の申立により、資産一億三千万円位に対し負債一億四千万円位があつて、昭和三十年一月八日東京地方裁判所において破産宣告を受けたものであるから、前記のように一部の債権者から支払の猶予を受け、また担保の供与、融資を受けたとしても、一般的に支払停止の状態を解消し、もしくはその後になされた破産宣告と因果関係がないものということはできない。従つて、債権者は、前記のとおり、昭和二十九年五月二十四日に支払停止におちいつたというべきである。
そこで、被告銀行が右支払停止を知つていたかどうか判断するのに、証拠によれば、破産者振出の訴外株式会社協和銀行新宿支店宛の金額百五十万円の小切手が、被告銀行から交換にまわり、昭和二十九年五月二十四日右協和銀行新宿支店で不渡となつたこと、また、破産者が経営していた訴外大清興業株式会社は、被告銀行新宿支店と当座取引があつたが、昭和二十九年五月二十四日被告銀行で不渡をだしたこと、破産者は大清興業株式会社代表取締役として被告銀行と当座取引をする一方、個人として訴外株式会社協和銀行と当座取引をし、被告銀行には破産者個人の振り出した小切手を訴外大清興業株式会社の当座資金に差入れ、他方訴外協和銀行には大清興業株式会社振出の小切手を当座資金に差入れて、資金のたらいまわしをしていたが、昭和二十九年五月二十四日双方とも小切手が不渡となつたこと、及び当時被告銀行は破産者に百十万円の貸付金があつたことが認められるのである。従つて、右のような関係にある破産者が不渡を出した事実は、被告銀行の機関又はその代理人には当時相当強く印象付けられた筈であつて、これを気付かなかつたという証人大野重威、同生山俊一の証言は信用するに足りない。被告銀行は、証人大野重威の述べるとおり、破産者自身は取引停止になつても、相当の資産家で、不動産も所有し、相当な担保を入れるというので本件貸付をしたものと認めるのが相当である。従つて被告は、本件貸付に際しても破産者の支払停止になつていたことを知つていたと認めるのが相当である。
してみると、被告銀行のなした本件相殺は無効であるというべく、原告が被告に対し、預金並びに預金備金合計百三十一万千五百四十円及びこれに対する損害金の支払を求めるのは理由がある。
次に原告は、破産者は、昭和二十九年七月十七日被告銀行に対し約束手形金百十万円及び利息、延滞利息合計十二万一千五百三十円を弁済したと主張し、被告は、被告の破産者等に対する前記貸付金四百万円の交付債務と前記債権を相殺したと争うから、この点について判断する。証拠を綜合すれば、破産者は昭和二十八年十二月十五日被告銀行から手形貸付の方法により百四十万円を、弁済期限三カ月、利息日歩二銭五厘の約で借り受け、その弁済期を延長していたが、昭和二十九年五月十七日内金三十万円を弁済し、同年六月十二日残金百十万円を、弁済期を同年七月十二日として借り替え、その支払確保のため原告主張の約束手形を被告銀行に振り出し交付したが、同年七月十七日訴外奈良キヨ、同奈良新市と連帯で被告銀行から四百万円を借り受けると同時に、右約束手形の支払をすることにより右借受残金百十万円を弁済し、それとともに右四百万円に対する同日から同年十一月十七日までの未経過利息十一万九千四〇円、右百十万円に対する昭和二十九年七月十三日から十七日までの延滞利息千二百六十五円、訴外奈良キヨが被告銀行から借り受けた定期積金掛込額限度貸付金七十万円に対する昭和二十九年七月十一日から十七日までの延滞利息千三百二十五円を弁済した事実を認めることができる。被告はこれを相殺といつているが、単に現金の授受を省略したにすぎず、これによつて要物契約たる消費貸借契約が成立すると同時に弁済したものであつて、互に反対債権を有していたものではないから、前記のように解するのが相当である。なお、被告は、右七十万円に対する延滞利息千二百二十五円は、訴外奈良キヨの債務であつて、同人に対する貸付金四百万円と対当額で相殺したものであると主張するが、証拠によると、破産者の弁済にかかるものと認められ、かつ本件口頭弁論の全趣旨によれば、訴外奈良キヨの債務といつても実質的には破産者の債務であり、被告銀行も両者を判然区別せず、これを同一視していたと認められるから右のとおり認めるのが相当である。
しかして、破産者の支払停止が昭和二十九年五月二十四日であることは前記認定のとおりであるから、右弁済は支払停止後にした債務の消滅に関する行為で、かつ、債権者の平等弁済を害するものであることは明らかであつて、また被告銀行が右四百万円の貸付、従つて本件弁済の当時破産者の支払停止を知つていたと認められることは前記のとおりであるから、原告が右弁済を否認するのは理由があるというべきであり、被告は原告に対し、右百二十二万一千五百三十円及びこれに対する損害金を支払うべき義務があること明らかである。
よつて、右義務の範囲内である原告の本訴請求はすべて正当である、としてこれを認容した。