東京地方裁判所 昭和31年(特わ)237号 判決 1958年11月12日
被告人 今村化学研究所
右代表者取締役 今村善次郎 外一名
主文
判示第一事実につき被告会社を罰金八十万円に、被告人深井幸雄を罰金二十万円に各処する。
判示第二事実につき被告会社を罰金八十万円に、被告人深井幸雄を罰金二十万円に各処する。
被告人深井幸雄において右各罰金を完納することのできないときは金二千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告会社と被告人深井幸雄の平等負担とする。
理由
一、犯罪事実
被告会社株式会社今村化学研究所は肩書所在地に本店を置き、各種接着剤、塗料類の製造販売等を営業目的とする資本金一千万円(当初三百万円、昭和二十七年三月六百万円に増資、昭和二十八年十一月一千万円に再増資)の法人税法上同族会社と認められる株式会社であり、被告人深井幸雄は、その取締役であつて会社の業務一切を統轄するものであるが、右被告人は右会社の業務に関し、法人税を免れる目的で架空仕入、架空経費、架空棚卸等の計上その他の不正方法によつて、
第一、昭和二十七年五月一日から昭和二十八年四月三十日までの第九期事業年度において被告会社の実際の所得金額が三千二百四十八万五千三十二円であつたのに同年六月三十日所轄の荒川税務署に対し所得金額千三百十八万四百円である旨の虚偽の所得申告をして同会社の右事業年度における正規の法人税額千三百六十四万三千七百十円と右申告税額五百五十三万五千七百六十円との差額八百十万七千九百五十円を逋脱し、
第二、同年五月一日から昭和二十九年四月三十日までの第十期事業年度において被告会社の実際の所得金額が三千四百七十五万七千四百九十三円であつたのに、同年六月三十日所轄の荒川税務署に対し所得金額千六百二十七万六千四百円である旨の虚偽の所得申告をして同会社の右事業年度の正規の法人税額千四百五十九万八千百四十円と右申告税額六百八十三万六千八十円との差額七百七十六万二千六十円を逋脱し
たものである。
一、証拠の標目(略)
一、弁護人の抗争する諸点に関する判断
(イ) 検察官は第九期における別口支給賞与として(a)百二万九千四百七十円及び(b)二十二万円の二口を、第十期における別口支給賞与として(c)二百二十二万八千三十五円及び(d)四十八万円の二口を、いずれも損金として認容しており、証拠によれば、(a)は昭和二十七年六月及び十二月に各支給した賞与であり、(b)は昭和二十七年十二月二十六日セメダイン株式会社の増資に際し被告会社が内山三郎外四名の従業員中の功労者に支給した株式四百四十株の払込資金を賞与と認定したものであり、(c)は昭和二十八年六月及び十二月に各支結の賞与であり、(d)は同年十一月八日被告会社の増資に際し、被告会社が内山三郎外四名の功労者に支給した株式九千六百株の払込資金を賞与と認定したものと認められるが、これによれば(e)右セメダイン株式会社の増資に際し被告会社が今村光利外三名の会社役員に支給した株式二千四百株の払込資金百二十万円、(f)右被告会社の増資の際に今村善次郎外五名の役員に支給した株式四万四千七百五十株の払込資金二百二十三万七千五百円の損金たることはいずれも否認しているものと考えられる。然しながら、会社役員に対し支給した株式払込資金を役員に対する賞与と認定すべきものとするも、税法上(e)(f)は(b)(d)と何等区別する理由はなく損金として処理するが相当であると考えられるから、第九期における別口支給賞与認容額に(e)を、第十期のそれに(f)を加算すべきものであるとの主張について、
法人税法は各事業年度の課税の基準になる所得の計算につき総益金から総損金を控除したる金額によると規定する(法第九条)以外所得、益金、損金の意味につき何等規定するところがないこと所論のとおりであるから、その意味については種々に解釈される余地があり、その基礎には企業計理の面乃至簿記会計の学問的見解を参酌することの重要なことは論を俟たないところであるが、更に法人税法の解釈としてはこれのみに拘束される筈のものではなく以上の原理を十分参酌しつつも、法人税の本質法人税法制定の目的等を考慮して最も合理的な妥当な解釈をするのが相当であると思料される。
まず国税徴収の実務において右にいう総益金の意味については、「法令により別段の定のあるものの外資本の払込以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいう」(基本通達五一)とされ、総損金とは、「法令により別段の定のあるものの外資本の払戻又は利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいう」(同五二)とされ、更に賞与については、「賞与と称するものの外、手当その他の名称の如何を問わず予め支給額の定めのない退職給与以外の給与をいう」(同二六一)とされておるが、これらの見解は前述した見地において概ね妥当な解釈と認められる。
ところで本件問題は、前記両会社の増資に関し被告会社が会社社員主として社長縁故者に増資新株の株主たらしむべく株金の払込を被告会社の支出においてなした所為が、法人税法上会社の損金として認容されるか或は利益の処分として処置すべきかどうかという点である。そこで記録に現われた証拠(就中前掲各収税官吏の質問てん末書検察官に対する供述調書、小畑修作成の株主実状調査表)によれば、被告会社においては昭和二十六年頃以降業績振い相当多額の利益を挙げるに至つたために、当時実際会社の運営を主宰していた被告人深井幸雄、小林関五郎、原正信等が相談の上公表利益は総売上の一割前後とし他はすべて簿外資産として秘かに留保し必要の際は業務の振興に資するために使用することを決め社長今村善次郎の了解を求め実行に移したのであるが、次いでこの簿外資産を適法に表面に持ち出し設備の増強や流動資金に充用するために会社の増資を行うこととなり、そのための株の払込金はすべて右簿外資産中から流用し、株主たるべき者個人からは何らの出捐をも求めず(イ)将来功労者として交付さるべきことのあることを知らせて了解を得た従業員の名義を借用し当分は自社に留保したいわゆる自己株の分、(ロ)現実に永年勤続し功労のあつた従業員内山三郎外数名の者に分与した分、(ハ)被告会社々長今村善次郎を中心に会社役員たるその一族縁故者の名義とした分(本件で問題とされるのはこの分であり、昭和二十七年度のセメダイン株式会社の二千四百株の内容は、今村善次郎百五十株、今村光利四百株、小林関五郎六百株、原正信六百五十株、深井幸雄六百株であり、昭和二十八年度の被告会社の四万四千七百五十株の内容は、今村善次郎一万四千八百株、今村善弥及び今村光利各九千二百株、深井幸雄五千五百株、原正信五千二百株、小林関五郎八百五十株である。)の三種類の株主を作り現実に株券も発行せず、甚しきは株主とされた者において幾株の株式を割当所持しているのかさへ知つておらず、唯配当金のみはそれぞれ給与するという方法によつて被告会社及びその姉妹会社で被告会社の製品セメダインの販売を担当するセメダイン株式会社の各増資を行つたものであることが認められる。
飜つて株式会社殊に被告会社のような殆んど個人企業にも等しいような同族会社においては(この点は本件諸般の証拠上顕著な事実である。)会社役員は会社の業務執行の機関である点において会社企業の経営の主体であり個人経営の場合に較べていえば企業の経営者自体といつても過言でない程のものであつてその主脳者の意思が会社運営について決定的な方向づけをするものであり、この点においてその指揮監督の下に会社業務の実施に従事する一般の従業員には自らその性格を甚しく異にしており同一名義で等しく供与されるものであつてもその本質性格は異なつている場合が多いと考えられる。従つてこの見地から会社役員がその役員たる資格は暫く別として一般従業員と同様の会社業務に従事している場合の給与例えば等しく賞与の名目で支給される金員について考察してみるに、その同様の業務に従事している一般従業員に支給される賞与と比較して相当な額と社会通念上認められる限度においては、その法人税法上の取扱が同一であつても、その限度を超える部分については別段の取扱がなされても然るべき理由が発見できるのである。それ故法人税法上の実際の取扱としてこのような場合従業員に対する給与分が損金と認められ、役員に対するものもいわゆる兼務役員として勤務する場合において従業員としての相当額と認められる部分は損金として取扱われ、それを超える部分がその取扱をされないことも首肯できるのである(基本通達二六二、二六三、二六四参照)。
この点について更に附け加えていえば、右にいう給与が法人税法上損金たるの性質を有するということは、それがその会社企業の総収入金額を収得するために何等かの貢献をなす必要な経費たるの性質を有するか否によつて決定づけられるものと考えられるのであるが、直接会社業務の執行に具体的に関与しないで単に会社役員なるが故に(甚しい場合は単に名目上役員たるに止まる者)供与される財産上の利益の如きは少くとも法人税法上の解釈としては会社の収益を挙げるために必要な貢献をしている性質のものとはいいきれないものがあり、このようなものは会社がその経営により得た収益の分配たるの性格が濃厚であるといわなければならないものと考えられ、又経費たるの性質を有するためにはあくまでも企業の経営に関して何等かの寄与がなされ、それに対する反対給付という形で換言せば対会社との関係において等価的な相対する給付が相互に存在し、それがやがて会社経営の面において財産上の収益を生む手段として現実に関係しているような形で会社側から支給されるものでなければならないものと考えられる。
そこで以上述べた諸点最初に認定した本件増資株式払込金を支出し被告会社の前示役員達に株主権を与えた一連の行動に法人税の本質、法人税法制定の目的個人所得税との関係等を考慮し、更に現在わが国における株式会社総数のうちいわゆる同族会社がその七、八割にも達している点、或はこれらの会社が株主総会その他法定の手続に従わないで本来法人税課税の対象となるような収益についてその会社経営を主宰する一部少数の首脳者の個人的意思によつて、例えば別口資産を設けたりその他の方法により会社の行為乃至計算を自由にし、租税納入の点においてもその免脱軽減を計る事例が少くなくそれを防止するために法人税法上第三十一条の三の規定が置かれ同族会社の行為又は計算の否認という定めがあつて法人税負担の不当な減少を阻止する方策がとられている点等を参酌し彼之考察するときは、本件増資に対し被告会社において株式払込金を負担し被告会社役員に対し株主権を与え株式を供与した点は法人税法上前記基本通達二六一にいう利益処分たる性質を有する賞与を供与したものと認定されても止むを得ない性質のものであつて先に述べた会社役員が従業員兼務の場合の賞与につき損金性を認められる部分の存する場合にも該当しないものであることがその事柄自体により明らかであるから、本件が所論のように経費性乃至損金性を具有するものとは到底解する余地はなく、検察官の主張するように利益処分として計算さるべき性質のものと断ぜざるを得ない。結局所論はわが法人税法上の解釈として採用するに由のない見解を基本として彼之主張するものであつて失当たるを免れない。
(ロ) 被告会社は第八期事業年度の所得金額について所得申告後七百二十四万六千五十一円増額の更正決定を受けた結果第九期の負担に属する事業税は、九十四万九千六十八円増額されているので、右年度の所得額算定につき右金額を損金中に算入すべきものであるとの主張について、
法人の事業税は各事業年度終了後二ヶ月以内に納付することを要する関係上次期事業年度においてその納付義務が発生し、その年度の所得の算定につき当然これを加算し得ることは洵に所論のとおりである。よつて所論の指摘する検察官の冒頭陳述書によれば、第十期については前期の事業税認定損として二百六十五万四千七百四十円が計上されているのに第九期においてはこの項目は全く存しないのであるが弁護人提出の領収書二通(弁第四号証の一、二)によれば過年度(証拠上前期年度分と推定される。)法人事業税として被告会社が九十四万九千六十円の納付を了している事実が窺えるから、反証なきかぎり、第九期においてこの分は当然損金として処理さるべきものと思料される。然るにこの点について当審証人小畑修の供述によればこの金額を当然加算しているものの如くであるが、同証人は実際の所得三千五百三十万三千円のうち二千八十五万八千円を告発していると供述しているに対し検察官の主張によれば、実際の所得三千四百三万九千百円を基礎としているのであつてその基礎を異にしており、いずれが正当か判定する確実な資料の発見が困難であるので、被告人の利益に従いこの部分はこれを損金として計上考慮するを相当と思料する。
(ハ) 次に第十期につき検察官は、被告会社の第十期の実際の所得金額の算定について五百六十六万六千八百五十九円の棚卸資産の計上洩ありとして所得金額に加算しており、第十期の所得金額算定に当つては当期の仕入額及び期末現在の実際の棚卸資産金額を認定しているから、右繰越された棚卸資産額は当期において消費されたものとして所得金額より控除すべきものと認められるにかかわらず、内金四百九十三万三千三百五十二円についてのみ損金として認容されているのは不当であり更にその差額七十三万三千五百七円をも認容すべきものであるとの主張について、
本件記録に徴するに、第九期において五百六十六万六千八百五十九円の棚卸資産の計上洩ありとしながら、第十期においては前期棚卸計上洩の認容分としては四百九十三万三千三百五十二円のみが計上されているに過ぎないこと洵に所論のとおりであり、当審証人小畑修の証言によるもこれは当然次期において計上すべき性質のものであることが明らかであるが、何故減額されているのかその理由について納得し得べきものを発見するを得ない。それ故これ又被告人の利益に従いその差額七十三万三千五百七円を損金に加算すべきものと認める。
(ニ) 検察官は簿外交際費として新たに第九期において三百四十四万八千六百二十円を、第十期において三百七十五万四千九百六十円をそれぞれ損金として認容しておりこの金額は永田正及び小林関五郎の(第十期については原正信の取扱分もあり)取り扱つた交際費と社長今村善次郎に手渡した交際費の合計額と認められるのであつて、この中右永田、原取扱分と社長手渡分とについては異論はないが、右小林取扱分については妥当でないものがある。すなわち、この交際費についてはその調査資料において被告会社とその姉妹会社セメダイン株式会社との区分が明確ならざるものが存し収税官吏の指示に従い接待先の判明しているものについては、主として製造部門に関係のあるものは被告会社に、主として販売部門に関係のあるものはセメダイン株式会社に所属させ、接待先の判明しないものについては右小林の勘により振りわけ計算して検察官主張の数字となつたものであるが、更に熟考するときは右の接待先の判明しないものも接待先の判明している分の両者間の比率に比例して両者間に配分するのがより合理的な方法と考えられる、すなわち(一)接待先の判明していない分については(イ)第九期において被告会社四十七万円、セメダイン株式会社八十七万円この比率三五%対六五%、(ロ)第十期において前者八十五万円、後者百二十四万五千円、この比率四〇%対六〇%となつているに対し、(二)接待先の判明している一般の交際費については(イ)第九期においては前者百九十万五千六百円、後者四十六万千八百円、この比率八〇%強対二〇%弱、(ロ)第十期においては前者九十二万千二百円、後者三十四万二千九百円、この比率七三%対二七%となつているから(一)の分を(二)の分の比率に応じて再配分するときは被告会社においては第九期において六十万五千円、第十期において六十七万六千円を増加支出した計算になるから、この分を更にそれぞれ損金に計上すべきものであるとの主張について、
よつて按ずるにこの点は要するにセメダイン等の製造を主たる営業目的とする被告会社とその姉妹会社でセメダイン等の販売部門を担当するセメダイン株式会社の間に混同して事後においてそのいずれとも判然とすべき資料のない交際費について如何なる方法によつて合理的妥当な推算をするかという問題に帰する。そこでこのような場合これを確認するに足りる資料のない場合には合理的妥当な推算を試みることは洵に止むを得ないところであつて、関係証拠特に小林関五郎の当公廷における供述昭和三十二年七月四日付公判調書中の供述記載、同人の検事に対する供述調書、同人作成の昭和三十年一月十二日付、一月二十二日付、一月二十九日付上申書と当裁判所宛の昭和三十二年八月三十一日付上申書を対照考察するときは、所論のとおりの事情が窺えるのであるが、この推算方法よりもむしろ弁護人主張のとおり接待先の判明している分の比率に従つてその判明していない分も配分することが最も合理的な妥当な解決方法と思料される、それ故この方法によるときは所論のとおりの数額を損金として計上するのが相当であると認められる。
以上要するに弁護人の主張する(イ)は排斥せざるを得ないが(ロ)乃至(ニ)はこれを採用するを相当とするが故に第九期において合計百五十五万四千六十八円、第十期において合計百四十万九千五百七円を本件起訴にかかる所得額より損金認容分として控除し従つてその逋脱税額も減額するを相当とする。
一、法令の適用
被告人深井幸雄の判示第一及び第二の各所為はいずれも法人税法第十八条第一項第四十八条(税率については本件犯行時の昭和二十六年法律第二百七十四号による改正の第十七条)に該当するので所定刑中罰金刑を選択し所定金額範囲内で右被告人を判示第一の所為につき罰金二十万円判示第二の所為につき罰金二十万円に各処し、右罰金を完納することのできないときは刑法第十八条により金二千円を一日に換算した期間右被告人を労役場に留置する。被告会社については法人税法第五十一条により被告人深井に適用した法条と同一法条を適用し(但し刑法第十八条は除く。)判示第一の所為につき罰金八十万円、判示第二の所為につき罰金八十万円に各処する。なお本件訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い被告会社と被告人深井幸雄の平等負担とする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 江碕太郎)