東京地方裁判所 昭和31年(行)11号 判決 1958年3月15日
原告 後藤基英
被告 東京国税局長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、原告の申立
一、被告が原告に対し昭和三十年十月二十八日なした、原告の昭和二十八年度分の所得税につきその所得金額を四十万三千百円とした審査決定はこれを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
第二、被告の申立
主文第一項同旨の判決を求める。
第三、請求の原因
一、原告は昭和二十八年度分の所得税について確定申告をしなかつたところ、昭和二十九年五月二十六日芝税務署長は右年度における原告の所得金額を六十二万八千七百十円、所得税額を十九万三千七百五十円と決定し、その頃原告に通知した。
二、原告は右決定を不服として同年六月十九日右税務署長に対し再調査の請求をしたところ、右税務署長は昭和三十年四月二十五日所得金額を三十九万四千四百円、所得税額を九万七千三百円と変更し、その頃原告に通知した。
三、原告は右処分にも不服であつたので同年五月一六日被告に対し審査請求をしたところ、被告は同年十月二十八日所得金額を四十万三千百円所得税額を七万五千九百五十円と変更し、同月三十日原告に通知した。
四、しかしながら右年度においては原告には所得はなかつたのであるから被告の右処分は違法である。
よつて被告の右処分の取消を求めるため本訴に及んだ。
第四、被告の答弁及び主張
一、請求原因第一ないし第三項は認めるが、第四項は争う。
二、原告は昭和二十九年四月頃まで東京都港区芝田村町三丁目二番地において質屋を営業していた者であるが、昭和二十八年度に次のような収入及び支出(必要経費)があつた。
(一)収入の部
(1) 利息収入金 五十一万八千四百五十一円
(2) 流質物処分益 二十一万九千六百円
右は原告の申立にかかる流質物売上金額百九万八千円に所得率二〇%(芝税務署管内において青色申告をなした質屋営業者の流質物処分に関する粗利益率である)を乗じて推計したものである。
(3) 火災保険収入金 七万三千七百八十九円
(二) 支出の部(必要経費)
(1) 公租公課 八万千百五十円
(2) 運搬費 五百五十円
(3) 水道光熱費 一万二百四十四円
(4) 旅費、通信費 千七百二十円
(5) 広告料 一万四千二百円
(6) 火災保険料 九千六百円
(7) 修繕費 五千四百二十円
(8) 消耗品費 七千四百五十円
(9) 雑費 四百二十五円
(10) 家賃 六万円
(11) 火災による損害額 十一万九千十円
(イ) 質物の罹災により原告が失つた貸金債権額 九万九千十円
(ロ) 流質物の罹災による損害額 二万円
原告の店舗は昭和二十八年四月二日火災により焼失し、原告占有の質物及び流質物に関して損害が発生したが、これにつき安田火災海上保険株式会社の査定した損害額を採用し、営業上の損金として計上した。
三、したがつて原告の右年度における所得額は右収入から支出を控除した五十万二千七十一円である。
四、被告は審査決定に際して、原告の右年度の所得額の範囲内で課税標準額を四十万三千百円と決定したのであるから、被告の右決定は違法でない。
第五、原告の答弁
一、被告主張の事実中、原告が昭和二十九年四月頃まで被告主張の場所で質屋経営をしていたこと、(一)の収入の部の(1)の利息収入金額、(2)の流質物処分益中の流質物売上金額、(3)の火災保険収入金額、(二)の支出の部の(1)ないし(10)の金額、(11)のうち被告主張の日原告店舗が火災により焼失し原告占有の質物及び流質物に関し損害が生じたこと安田火災海上保険株式会社が右損害額を被告主張のとおり査定したことは認めるが、その余の事実は否認する。
二、被告が原告の流質物処分益の推計に用いた所得率は多年質屋営業に従事している者の場合に適用さるべきものであつて、原告は官吏上りの老年で質屋を始め、戦時中一時営業を中断し、戦後再び始めた不馴れな者であり、現に昭和二十八年度にはテレビ、オートバイ等の高価品の見込違等による流質処分のため多額の損失を蒙つたものであるから、右のような所得率を適用して利益を推計することは許されない。
三、原告が火災によつて蒙つた損害は五十三万八千円である。被告主張の額は保険会社の査定をそのまま採用したもので右査定は誤りである。
第六、証拠<省略>
理由
一、請求原因第一ないし第三項については当事者間に争がない。
二、そこで昭和二十八年度(以下本件年度という)における原告の所得額について判断する。
(一) 原告が本件年度において東京都港区芝田村町三丁目二番地において質屋を営業していたことは当事者間に争がない。
(二) 原告の収入金額について
(1) 利息収入金五十一万八千四百五十一円については当事者間に争がない。
(2) 流質物処分益について
本件年度において原告の流質物売上金額が百九万八千円であつたことは当事者間に争がない。そこで右金額に被告主張の所得率を乗じて流質物処分益を算出することの当否について判断する。
証人長末友次の証言及び原告本人尋問の結果(一部)によれば原告は本件年度における質屋営業に際し質入台帳は備えていたが、日々の詳細な収支を明らかにする収支計算書の作成を怠つていたため、個々の流質物処分により生ずる損益を明確にするに足る資料を有していなかつたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信できない。したがつて個々の流質物により生じた損益により処分益を算出できない以上前記流質物売上金額に一般的な利益率を乗じて処分益を推計により算出することはやむをえないところである。
そこで更に右推計に供する利益率として被告主張の率が相当であるかどうかについて判断する。
応答人の署名押印を除くその余の部分につきその方式及び趣旨により真正に成立したと推定され、また応答人の署名押印部分につき、その余の部分により真正に成立したと認められる乙第三ないし第六号証及び証人長末友次の証言によれば芝税務署管内における質屋の流質物を処分した場合の利益率(流質物売上金額に対する処分益の割合)は二割ないし二割五分程度であることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そして証人後藤基光の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告はもと市役所に勤務していたが停年退職し、昭和十八年頃にいたつて始めて質屋を開業、その後一時営業を中止していたこと、本件年度において原告は七十六歳の老令であつたこと、営業には主として原告本人が従事しており、原告の長男基光が時々これを手伝つていたことが認められるけれども、右証拠及び証人長末友次の証言によれば、原告は質屋営業を始める前、半期程他店の見習をしており、途中一時中断したことがあるにしても前後通算すれば本件年度までに約五年の経験を積んでいること、芝税務署管内の同業者に比べても立地条件は良い方であり、営業成績も上位にあるものと見られること、昭和二十六、七年度においては、各々、ほぼ六十三万円程度の利益をあげていることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。右事実によれば原告は老令であつたとは言うものの、その能力において、他の同業者に比して著じるしく劣るとは考えられず、原告主張のように本件年度において特に高価品の流質処分による損害が何回かあつたにせよ前記認定にかかる芝税務署管内の質屋の流質物処分に関する利益率の最低位にあたる二〇%の利益率によつて原告の処分益を推計することは不当でないというべきである。
したがつて本件年度における原告の流質物処分益は、少くとも前記争のない流質物売上高百九万八千円に右利益率二〇%を乗じてえた二十一万九千六百円を下らないと認めるのが相当であり、右認定に反する証人後藤基光の証言及び原告本人尋問の結果の各部分は信用できないし、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
(3) 火災保険収入金七万三千七百八十九円については当事者間に争がない。
よつて本件年度における原告の収入金額は右合計八十一万千八百四十円と認めるのが相当であり、右認定に反する乙第一号証及び原告本人尋問の結果は信用できない。
(三) 原告の支払額(必要経費)について
(1)公租公課八万千百五十円、(2)運搬費五百五十円、(3)水道光熱費一万二百四十四円、(4)旅費、通信費千七百二十円、(5)広告料一万四千二百円、(6)火災保険料九千六百円、(7)修繕費五千四百二十円、(8)消耗品費七千四百五十円、(9)雑費四百二十五円、(10)家賃六万円については当事者間に争がない。(11)火災による損害額について
昭和二十八年四月二日原告の店舗が火災にかかり、原告占有の質物及び流質物に関して原告が損害を蒙つたことは当事者間に争がなく、その額について争があるのでその点につき検討する。
右損害額について安田火災海上保険株式会社が十一万九千十円(うち質物の罹災により生じた損害九万九千十円、流質物の罹災により生じた損害二万円)と査定したことは当事者間に争がない。原告は右査定は信用できないと主張するけれども原本の存在及び成立につき争のない乙第二号証の一、三、七及び乙第二号証の一により成立を認める乙第二号証の二、十によれば、右損害額の査定は調査員のかなり詳細な調査の下になされたと認められ右認定を覆すに足る証拠はないから、右会社の査定に基いて原告の蒙つた損害を認定することは不当とはいえない。したがつて右損害額は十一万九千十円と認めるのが相当である。
原告は右損害額は五十三万八千円であると主張するけれども乙第二号証の九、証人後藤基光の証言及び原告本人尋問の結果によつても右主張額が相当であるとの合理的な根拠がなく、漠然と評価が低いと述べているのにすぎないので右各証拠は信用できないし、他に前記認定を動かすに足る証拠はない。
そうすると原告の本件年度における必要経費は右合計三十万九千七百六十九円と認めるのが相当であり、右認定に反する乙第一号証及び原告本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
したがつて本件年度における原告の所得額は右収入金額から支出額を控除した五十万二千七十一円と認めるのが相当である。
三、そうすると右所得額の範囲内で原告の課税標準額を四十万三千百円としてなした被告の本件処分は違法ではないといわなければならない。
四、よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)