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東京地方裁判所 昭和31年(行)119号 判決 1960年12月14日

原告 張加爵 外九名

被告 法務大臣

訴訟代理人 越智伝 外五名

主文

被告が原告らに対し昭和三一年九月二六日付でした再入国許可取消処分はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(双方の申立)

原告らは、主文同旨の判決を求め、被告は、請求棄却の判決を求めた。

(原告らの請求原因)

一、原告らは、中国人であつて、戦前より本邦に居住し、原告張加爵、呉普文、高長増、陳蘭揚、孫鶴年、福徳勝は永住許可を、右以外の原告は「ボツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律」(昭和二七年法律第一二六号)第二条六号による在留資格を各有しているものである。

二、原告らは、在日華僑総会に籍を置くものとして、澳門(マカオ)華僑総商会の招請により、商業視察の目的で澳門に赴くべく、一時出国し本邦に再び入国するため再入国の許可申請をしたところ、被告は昭和三一年八月三日付でその許可処分をした。そこで、原告らは、同月七日出国して澳門に赴いたのであるが、被告は、右原告らの出国中である同年九月二六日、右再入国許可処分を取り消した(したがつて、原告らは同年一〇月八日本邦に帰来したが入国することを得ず止むなく東京入国管理事務所の主任審査官より仮上陸の許可を得てそれぞれ肩書地に居住しているのであるが、同年一一月二〇日には退去命令を受けるにいたつている)。

三、しかし、被告のした右再入国許可の取消処分は違法であるから、ここにその取消の判決を求める。

(被告の答弁及び主張)

原告らの主張一及び二の事実は認めるが、三は争う。被告の処分は、次に述べるように全部適法である。

一、被告は、原告らに対して再入国の許可を与える際、次の二つの条件を附した。すなわち、それは、

(一)  目的地以外の地域には赴かないこと。

(二)  旅行目的以外の活動を行わないこと。

の二条件であつて、しかも被告は原告らに対し、右の条件に違背するときは右の許可を取り消す旨告知し、且つ、原告らも右二条件を遵守する旨の誓約書(乙第三号証)を提出していた。

しかるに、原告らは、右の条件に違背し、昭和三一年八月七日本邦を出国して香港経由澳門に到着するや商業視察をすることもなく、直ちに目的地以外の地域である中華人民共和国(以下「中国」という。)に入り、同年一〇月一日の中国国慶節に参加する等約五〇日余にわたつて中国本土に滞在した後、同月八日澳門から香港経由本邦に帰着したのであつて、被告は、原告らが右中国本土滞在中である同年九月中に右事実を知つたので、同月二六日前記のように原告らの再入国許可の取消処分を行つたものである。

二、しかも、このように原告らが澳門に到着するや否や商業視察を行うこともなく直ちに、中国本土に赴いた事実等からみると、原告らは当初より中国本土に赴く意図を有しながらこれを秘匿し、もつぱら商業視察のため澳門まで行くとの申請をして被告を欺罔したものであることが明らかであるから、被告のした本件再入国許可処分は、このような欺罔に基いてなされたかしある行政処分というべく、この点からみても右許可の取消処分の適法なことは明瞭である。

三、そして右取消処分は、原告らが本邦在留資格を有することによつて持つていた利益を奪うことになるかも知れないが、しかし右取消処分については、わが国の外国人管理の公正を維持し、国の内外における信用を守るという、より重大な公益上の必要があるものであつて適法である。

(被告の主張に対する原告らの反論)

被告の主張事実中、原告らが誓約書を差し入れた事実(但し、その趣旨は後述のとおりである)及び本邦を出国して香港経由澳門に到着した後中国本土に入り、中国から澳門を経て香港経由本邦に帰着した事実は認めるが、その余はすべて争う。

一、そもそも、被告のした本件再入国許可の取消処分は、法律上の根拠なくしてなされた違法の処分である。すなわち、原告らは上記のように本邦に在留する資格を有するものであるが、このように本邦在留の資格を有する外国人から、その資格を奪うという結果を生ぜしめる行為は、まことに重大な行為であるから、それは必ず実定法上の根拠を有しなければならない。出入国管理令(以下「管理令」という)は、この点につき、その第五条において外国人(それは、一旦出国して再入国しようとする外国人を含む訳である)の本邦上陸を拒否できる場合の規定を、また、第二四条において外国人を本邦から強制退去せしめ得る場合の規定を設けている。これ以外には外国人を本邦に存在させないようにする実定法上の根拠はない。したがつて、本件の場合においても、もし被告が原告らの再入国を欲せず、その本邦在留資格を失わしめんとするときは、右第五条の上陸拒否か、第二四条の退去強制の手段によるべきものである。しかるに、いつたん適法に再入国の許可を得て出国した外国人に対し再入国許可の取消というが如き手段によつて、その上陸を拒否し(上記の仮上陸は一時的なものにすぎない)、結局その者の有する本邦在留資格を喪失せしめるが如き重大な結果をもたらす行為をすることは右令五条および二四条のほかにこれと同一の効果を生ぜしめるものであるから、もとより管理令の認めないところというべきであつて、実定法上の根拠を欠くものである。

二、仮に右再入国取消処分をなすことが法律上許されるとした場合、被告は、先ず第一に、本件再入国の許可には取消権留保附きの二つの条件が附されていたのに原告らはこの条件に違背したから右許可を取り消したのであるというが、被告の主張の理由のないことは次のとおりである。

(一)  先ず、被告は本件再入国の許可には取消権留保附きの二つの条件が附されていたというが、原告らはこの事実を全面的に否認する。すなわち、

1、被告のなす再入国許可処分に、もし被告主張のようにその対象たる外国人の出国中の旅行地及び旅行中の活動を制限する条件及びこれに違背する場合の取消権の留保が附されていたとしたら、それはいわゆる行政処分の附款にあたるものである。ところで、右再入国許可処分は管理令第二六条、同施行規則第二四条によつて明らかなように再入国許可書の交付をもつてする要式行為である。そうだとすれば、右処分の従としてこれと一体をなすべき右附款の部分も右再入国許可書に表示されていなければならない。殊に本件のような重要な附款については一層そうである。しかるに、本件再入国許可書にはその表示がない。したがつて、本件許可には右附款(取消権留保附き条件もしくは条件付取消権の留保)は附されていなかつたものというべきである。

2、仮に行政処分の附款が行政処分と一体をなして表示されなくてもよいとしても、それはなんらかの形で外部に表示され且つ原告らに告知されなければならぬ。しかるに、本件においては、まずこのような附款を表示した書面は存在しない。被告は、前出乙第三号証(誓約書)の存在をもつてこれにあたるとするようであるが、そもそも右誓約書は、原告らの意思表示を記載した書面であつて被告の意思を表示したものではないから、被告のなす行政処分の附款を表示した書面といえないのみならず、右誓約書には、上記の二条件の記載はあるが、取消権留保の表示はない。しかも、右二条件記載の事情は次のとおりである。すなわち、原告らの属する東京華僑総会は、日中国交の正式に回復しない現状に応じ、在日華僑の権益の代表者として日本政府との種々の公的交渉の任にあたり、日本政府もまたこれを事実上認めてきたところ、右総会(殊にその副会長陳焜旺)と日本政府(殊にその機関たる当時の法務省入国管理局資格審査課長伊藤卓也)との間には従来から、日本政府は、在日華僑が香港までの出国及び再入国許可を得て出国しながら中国本土に赴くことを黙認し、その代り当該華僑は、右出国中日本政府に迷惑をかけるような行動をしないという黙解(いわゆる「香港ルート」と呼ばれるもの)が成立し、これに則つてことを処理してきたのである。そこで、本件の場合も、出国目的地が香港から澳門に変る以外その取扱は従来どおりであるべきところ、右陳副会長は、右伊藤課長から、今回に限り目的地と出国中の活動についての制限(上述二条件)を示されたので驚いたのであるが、伊藤課長から「これは警察公安関係方面への形式だけのことであつて、実際は従来どおりである。したがつて、これに違反したからとて制裁は考えていないから、右二条件を守る旨の誓約書を出してほしい」と云われ、陳副会長もこれを信じて原告らにその旨を告げ、原告らもまた右伊藤課長の言を信じて乙第三号証の誓約書に記名押印した次第なのである。したがつて、右誓約書に二条件の記載があるといつても、それはなんら、被告のした本件再入国許可に右の二条件が附せられていたことを示すものとはならないのである。

次に、右附款は口頭ででも表示され原告らに告知されたであろうか。附款中、二条件の存在については、一応右にみたように伊藤課長から陳副会長に口頭で表示され且つ原告らにも告知された形はとつている。しかし、右条件に違背した場合の取消権の留保については、ついになんらの表示もなく、また、仮にこの点についても伊藤から陳に口頭での表示があつたとしても、原告らには何等告知されていない。

以上の次第であるから、本件再入国の許可には被告主張のような附款は附されていなかつたものというべきである。

(二)  仮に、本件再入国の許可には被告主張のような附款が附されていたとした場合には、該附款は法律上無効のものであると主張する。

1、凡そ国家は、自国より出国中の外国人に対し、その行動を規制し、その違反に一定の制裁的行政措置等を加えるような権能を有しない。すなわち、国家は自国内にある外国人に対しては、その領土主権に基いて種々の規制を及ぼし得るが、自国外にある外国人に対しては国家の対人主権の及ぶことはないのである。したがつて、本件のように、再入国許可を得て出国した外国人の出国中の行動に対して国家が関心をいだき得るのは、彼が再び自国に入国してその領土主権に服する際適用される管理令第五条の上陸拒否事由が、出国中の彼に存したか否かという観点から以外にはないのである。したがつて、この限度を越え、わが国の主権の及ばない状態にある外国人に対し、一定の規制等(許可取消権留保附きの条件を加えること等)をなすが如きは許されないものというべきである。このことは、国家は、自国より出国中の外国人の行動を調査し確認する方法をもたないにもかかわらず、そのような不安定な状態の下に一定の条件を附して取消権を留保するということがいかに不合理であるかという面からもいうことができよう。いずれにせよ、まずこの点からいつて右附款の無効なことは明らかである。

2、また、右附款はわが憲法にてらしても無効である。すなわち、それは、憲法第二二条の「外国に移住する自由」に反している。また、世界人権宣言第一三条二項は「何人も自国を含むいずれの国をも去り及び自国に帰る権利を有する」旨を規定し、これはすでに「確立された国際法規」であり憲法第九八条二項によつて誠実に遵守すべきものであるのに、これにも違反する。

3、さらに、それは、管理令にも違反する無効のものである。第一に管理令は、同令による行政処分に附款を附し得る場合はこれを明記しているのに、再入国許可処分の場合にはこれを明記していない(管理令第二六条、同施行規則第二四条参照)。このことは、同令が右処分には附款を附することを許さないとした趣旨だと解すべきである。第二に仮に管理令は右処分に附款を附すること自体はこれを禁じていないとしても、それはいかなる附款でも許容するというのではない。それは、あくまで、主たる行政行為の効果を制限するために、当該主たる意思表示に附加される従たる意思表示たるの限界を守らなければならぬ。しかるに、本件附款の内容をよく考えてみると、それは結局、たんに従たる意思表示たる上記二条件の呈示のみならず、右の条件に違背するときはその主たる行政行為たる再入国の許可処分が取り消されるの運命におちいるのみならず、さらにそのことは原告らが従来から有していた本邦在留の資格及びそれに伴う種々の利益の否定までをももたらすものなのであるから、かかる附款は、附款たるの本質をそなえず、その限界をはるかにこえた無効のものというべきである。第三に、右第二の点を別の言葉でいえば、本件附款は、再入国許可処分に自由裁量をもつて附款を附し得べきその自由裁量の限界を逸脱した無効のものであるともいえよう。

(三)  以上によつて明らかなとおり、本件再入国許可処分には、被告主張のような附款は附されていなかつたかまたは附されていたとしても無効のものであつたから、原告らはこれに拘束されず、被告も右附款を根拠として右許可処分を取り消すことはできないものというべきである。

三、被告が、本件許可取消処分を適法とする理由の第二は、右許可が原告らの欺罔に基くかしある行政行為だからだというにある。しかし、これはむしろ事実が逆であつて、上記二の(一)の2に詳述したように、原告らには被告を欺く意思など毛頭なく、被告こそ原告らを欺いて上記の如く誓約書を徴し且つはそれに違背したとて本件取消処分に及んだものであつて、被告の本主張の理由のないことは明らかである。

四、なお被告は、本件取消処分には公益上の必要があるという。しかし、被告のいうところばかりが公益なのではない。原告らの如く本邦在留資格を有する外国人が、管理令五条及び二四条によるのでなければその在留資格を失うことはないとして日本の法秩序によせている信頼感、すなわちそこにある在留資格の長期的安定感をささえている法的安定性もまた公益の一つである。被告の今回の取消処分は、日本政府が現在とつている一の外交方針に沿わんとするの余り、右の公益を全く破壊し、あまつさえ日本国と中国との間の国際親善なる公益をも害せんとしている。したがつて、それは結局全体的にみて公益性を欠く処分というべきであろう。

(原告らの反論に対する被告の反駁)

一、原告らは、再入国許可の取消処分は法律上の根拠がないからこれを為し得ないという。しかし、そもそも国家が外国人に入国(再入国も同じ)を許すか否かは自ら独自の裁量によつて決すべきものであつて、いわゆる自由裁量に属するところである。このことは再入国許可に関する管理令第二六条の規定の仕方に徴しても明らかである。したがつてまた、一旦した再入国の許可を取り消すか否かも自由裁量に属するところであるから、再入国許可の取消処分はその旨の明文の規定がなくても為し得ること当然であつて、原告らの主張は理由がない。

二、本件再入国許可処分には、被告主張のような附款が附されており且つ右附款は有効な附款であるところ、原告らはこれに違背したので、被告は右許可の取消処分を行つたのである。

(一)  本件再入国許可処分には被告主張のような附款が附されている。

1、原告らは、右許可書に附款が表示されていないから附款は存在しないものというべきであるという。しかし、管理令第二六条(特に二項)及び同施行規則第二四条(特に三項)によつて明らかなように、右再入国許可処分は要式行為ではない。すなわち、右許可処分は、法務大臣のその旨の決定によつて成立し、当該許可申請者に対する通知によつて発効するものであつて、再入国許可書は右許可の事実を公証する証明文書に過ぎない。したがつて、右の如く再入国の許可処分が要式行為でない以上、その附款がこれと一体を為して表示されなければならないというものでないことは明らかである。

2、原告らは、右附款は、結局外部に表示されずないしは原告らに告知されなかつたから、存在しないものとしてあつかうべきであるという。しかし、右(一)の1で述べたところからも明らかなように、附款の表示は必ずしも書面によらなければならないものではない。本件の場合、被告が定めた附款(条件及び取消権の留保の双方を含む)は、上記伊藤卓也課長から、上記陳焜旺副会長を介して原告らに口頭にて伝達されているのであり、仮にそうでないとしても、右附款は、右伊藤課長から、原告らの代理人である右陳副会長に口頭にて伝達された以上、それは本人である原告らに対しても効力を生じているものというべきである。そして、そうであるからこそ原告らは被告に対し、右二条件を遵守する旨の誓約書を提出したのである。

原告らは、右誓約書につき、それは二条件のみの了知の表現であり、しかもその作成事情からみて右誓約書は右二条件の存在の証ともならないという。しかし、被告側(伊藤課長)と原告ら側(陳副会長)との間に従来原告ら主張のような黙解(いわゆる「香港ルート」)があつたとの事実もないし、本件において、右伊藤が右陳に対し、二条件は形式だけのものにすぎないこと及びこれに違反しても制裁は加えないことなどを告げた事実もない。右誓約書の存在は、あくまで、原告らが本件附款(すなわち二条件と取消権留保の真実の存在)を了知していたことを示すものである。

3、仮に右附款中、二条件のみが原告らに告知され、取消権留保の部分は原告らに伝達されなかつたとしても、被告は原告らが右二条件に違背したという事実だけによつても本件再入国許可処分を取り消し得るものというべきである。すなわち、本件再入国許可処分に右二条件が附されたのは、原告らがこの二条件を遵守することを前提として右許可処分がなされたのであるから、原告らがもし右二条件に違背したときには右許可処分を取り消し得るものとしなければ、この二条件を附した法的意味もないし、また、そうしなければ右二条件の履行を充分に確保し難い。そして、このように本件の場合取消権留保の明示如何にかかわらず右二条件違反の場合には許可処分を取り消されることがあるということは、本件許可及びこれに附された条件の性質内容等を考えれば、原告らとしても当然察知し得べきことがらである。したがつて、本件においては、仮に取消権留保の伝達がなくても、再入国の許可を取り消し得るものというべきである。

(二)  本件附款は有効である。

1、本件附款はわが国の国家主権の範囲内である。なるほど出国中の外国人に対してわが国の対人主権の及ばないことは当然であるが、その再入国を許すか否かはわが国の国家主権の範囲内の事項である。したがつて、出国中の外国人に対して直接主権を及ぼす意味ではなく、その再入国許否の基準とする意味で本件のような附款を附することは、わが国の自由であり右附款は有効である。勿論再入国の場合にも、管理令第五条の上陸拒否の一般規定は適用せられるけれども、右法条の存在はなんら本件附款の有効性をさまたげるものではない。また、原告らは、出国中の外国人の行動を調査する方法がないとしてこれをもその主張の論拠の一としているが、右調査方法がないと断定できないことは明らかであつて、右は論拠とはならない。

2、右附款は合憲である。原告らは、憲法第二二条及び第九八条二項違反をいうが、右附款は、外国に移住する自由、外国人が自由に帰る権利等をなんら侵するものではない。

3、右附款は管理令に違反するものでもない。第一に同令が再入国許可処分に附款を附すことを禁じたとする合理的根拠はない。むしろ、同処分の性質からいつて、それは「附款」を附するに親しむ処分だというべきである。第二に、右附款は、附款たるものの本質に反せず且つ被告の裁量権の範囲内において附せられたものである。

三、原告らは、被告を欺いたことはないという。しかし、その行動からみれば当初より欺罔の意思があつたものといわざるを得ないのみならず、さらに被告が原告ら主張のように本件許可処分当時原告らの真の意図を知つていたとすれば、当時のわが国の実情からいつて再入国許可処分をするはずがないのである。

四、原告らは、本件取消処分の公益性を否定する。しかし、本件のような事例は特殊の事例であつて、一般外国人の本邦在留資格に関する法的安定性に特段の否定的影響を及ぼすものではないのみならず、むしろ本件取消処分を行わなければ、かえつて一般外国人がわが国の外国人管理の公正に対し寄せている信頼を破ることとなるであろう。

(立証省略)

理由

一、原告ら主張一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、原告らは、そもそも再入国許可処分についてはこれを取り消し得る旨の明文の規定がないから被告の取消処分はまずこの点からいつて違法であると主張する。しかし、再入国許可処分がいわゆる自由裁量行為であることは管理令第二六条の規定の仕方に徴しても明らかであり、当該行政庁(法務大臣)は、当事者が右許可処分に附した取消権留保附の条件に違背したとか、当該許可処分に取り消し得べきかしが存するとか等の場合において、これを取り消すべき公益上の必要があるときは、明文の規定をまつまでもなく、一般の場合と同様自ら右許可処分を取り消し得べきことも明らかである。この点に関する原告らの主張は理由がない。

三、被告が本件取消処分を適法とする理由の第一点は、原告らが本件再入国の許可に附された取消権留保附の条件に違背して中国本土に赴いたからというのである。そして、原告らが右出国中中国本土に赴いたことは当事者間に争がない。

原告らは、まず右附款の存在自体を争つている。なるほど、本件再入国許可書(乙第二号証の一ないし一〇)の書面上には被告主張のような附款は表示されていない。しかし、行政行為の附款は必ずしも当該行政行為と一体をなして表示されなければならないというものではないし、殊に右再入国の許可行為は管理令第二六条(特に二項)及び同施行規則第二四条(特に三項)によつて明らかなように、一定の書面等をもつて表示されなければ成立・発効しないという要式行為ではないから、その附款もまた必ずしも右再入国許可書に表示されなくてもその存在及び効力を保ち得るものというべきである。

しかし、なんらかの形で外部に表示され、名宛人に通知されなければ、附款の存在があつたといえないことも当然である。そこで、この点をみるに、成立に争のない乙第四ないし第六号証の各一及び乙第七号証の一、三並びに証人陳焜旺の証言(第一、二回)及び原告呉普文、陳顕揚、福徳勝各本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち原告らの属する在日華僑総会は、在日華僑の権益の代表者として、従来、外務省や法務省との交渉の任に当つており、殊に在日華僑の本邦在留資格や出入国の関係については、右総会の副会長陳焜旺が昭和二七年頃から、法務省入国管理局資格審査課長伊藤卓也と交渉を続けてきたところ、本件再入国許可申請についても右と同様、陳副会長が原告らを代理して、昭和三〇年の夏頃、右伊藤課長の手許まで右許可の申請書を提出した。しかし、右手続は、旅券またはこれに代るべき証明書及び入国査証の手続等ですつかり遅れ、申請後約一年経つた昭和三一年七月頃にいたつてようやく許可の下りる確実な見込がついたので、原告らは、航空機の手配等もして出発の日を待つていた。ところが、その頃法務省において、右陳副会長は、伊藤課長から「目的地以外には赴かず、目的以外の活動は行わない旨の誓約書を入れてくれ」という趣旨の話を受け、驚いた陳副会長は右伊藤課長と種々話し合つたが、らちがあかずにいたところ、伊藤課長は「他の官庁に対する関係で一応必要なだけで、形式上のものにすぎない。何なら陳副会長名義でもよい」旨のことを語り、さらに陳が「何か意図がかくされていないか」と聞いたのに対し「そんなことはない」と答えたので、出発も迫つており、しかもこれを出さぬと爾後の手続も遅延しかねない状況にあることをも考えた陳副会長は右を承諾し、伊藤課長がその原稿を書き、これを陳副会長において総会に持ち帰つてタイプにした。これが本件乙第三号証たる誓約書であつて、それには右二条件を守る旨の不動文字があるのみで、それに違背したときのことはなんら表示されていない。そして、陳副会長は直ちにこれを八月三日(関西から上京した原告らには出発前夜の八月六日)原告らに呈示して前記いきさつを説明の上連名の押印を得て右伊藤課長の手許まで提出したのであるが、右押印の際の状況は、原告のある者は右誓約書の内容を認識して押印したが、その者も陳副会長の「形式だけのものである」との説明を納得して押印したのであり、また、原告の一部の者は約一年間も待ちわびた出発を直前にしてろくろく右誓約書の内容を見もしないでもつぱら形式的のものと軽く考えて押印したような状況のまま、原告らは旅に出たものであるという次第である。

証人伊藤卓也の証言(第一、二回)中右認定に反する部分はにわかに措信し難く、また、乙第二三、二四号証の各一ないし一三及び乙第二六号証の一、二の存在も右認定を動かすに足らず、その他右認定をくつがえすに足る証拠はない。

そこで、右の事実に基いて考えるに、被告が本件再入国の許可に附したという附款中、二条件の存在はともかくも口頭をもつて表示され陳副会長を通じて原告らにも通知されたとみられ得るけれども(しかしその効力は別問題である)、取消権留保の点はついになんら外部に表示されず、陳副会長にも、したがつて原告らにも通知されなかつたのである。

そもそも、被告がそのすでにした再入国許可処分を取り消し得るため自らの裁量をもつて右許可処分に附し得る附款とは、たんに以上の如き二条件の遵守の要求のみではなく、さらにそれに違背したときには取消権を行使する旨をも包含するものでなくてはならぬ。被告は、この点に関し、右取消権留保の表示及び通知がなくても、右条件違背の事実のみによつて再入国許可処分を取り消し得るというが、この再入国許可処分の取消が原告らの本邦上陸の権利、ひいては原告らが今迄有していた本邦在留資格という重大法益を奪うにいたることを考えるならば右の主張はとうていこれを容認することができない議論というべきものである。この場合再入国許可処分が本来自由裁量に属することはなんらその理由とならない。したがつて、被告が、原告らに対し、本件再入国の許可をするにあたり、上記の二条件のみを示し、その違背の際の取消権行使の旨を告げることをしないでおいて、原告らに右条件違背の事実があつたことが判明するや直ちに前記の如き重大な結果を生ずる右再入国許可の取消処分を行つたことは、右附款の効力としての取消としては他の点に関する判断をするまでもなく、先ずこの点において失当である。

四、次に被告は本件再入国許可処分は原告らの欺罔にもとずくかしある処分であるからその取消は適法であると主張する。被告が本件再入国許可処分をするにあたつて原告らをして前記のような二条件を遵守すべき旨の誓約書を差し入れしめたこと、原告らが右二条件の趣旨に反して中国本土におもむいたことは前記のとおりである。しかし前認定のように右再入国許可処分をするについて現実にその衝にあたつた被告の係官伊藤課長は陳副会長に対し右誓約書は他の官庁に対する関係で一応必要なだけで形式上のものにすぎない旨を述べており、陳副会長からその旨をきいた原告らも右誓約書はたんに形式的のものに過ぎないとの認識の上に立つてこれを差し入れたものであることが明らかであり、前記乙第四ないし第六号証の各一、乙第七号証の一、三、証人陳焜旺の証言(第一、二回)をあわせれば原告らはむしろ本件のような方式(いわゆる澳門ルート)によつて中国本土に渡航することを暗に日本政府が黙認してくれるものと思料していたことがうかがわれるから、これをもつて原告らに被告を欺罔する行為があつたとするのは相当でない。そして証人伊藤卓也(第二回)同陳焜旺(第一、二回)の各証言、前認定の各事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、被告は本件再入国許可申請を受理しその許否を決するにあたり、原告らが中国本土に渡ることのあり得ることは従前の事例からむしろ十分察知したが、当時の外交方針としてはこれを表面上是認しがたいものであつたので、同時に申請のあつた一行中の他の一名(訴外紀清標)のみは不許可としたが、その余の原告らについてはできれば原告らの自制によつてそのことがさけられればよし、そうでなくてもあまり表面化せず、おんびんに終始するならばあえて不許可にするほどのこともないと考え、その再入国許可処分をする最終段階において前記のような誓約書を提出せしめ、しかも右誓約に反した場合の措置(許可取消)については明示することなくあえて右許可処分をするに決したものであり、これらの経緯にかんがみればその当時としては右処分自体にかしがあつたものとは解し得ないところである。従つてこの点においても本件許可処分がかしある処分であることを前提とする被告の取消は他の点について判断するまでもなく失当である。

五、その他に本件許可処分の取消を適法ならしめる事由については被告の主張しないところである(いわゆる公益上の必要の点は本件再入国許可処分の如き相手方に利益を与える処分については公益上の必要の一事により無条件で取り消し得るものではなく、被告もそれ自体独立の取消事由として主張するものではなく、前記附款もしくはかしある処分たることにもとずき取り消す場合にもなおかつ取消につき公益上の必要あることを要するとの見地からこれを主張するものであることは弁論の全趣旨から明らかである)。しからば結局本件原告らに対する再入国許可処分の取消処分は違法というのほかなく、これが取消を求める原告らの本訴請求は理由がある。よつてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小谷卓男)

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