東京地方裁判所 昭和31年(行)63号 判決 1960年9月08日
原告 福島市蔵
被告 東京都知事
主文
原告の本訴請求中、建物移転の通知照会の無効確認を求める部分を棄却する。
原告のその余の請求に関する部分を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、双方の申立
(一) 原告
一、別紙第一目録記載の土地上の建物について被告がなした左記行政処分がいずれも無効であることを確認する。
(1) 昭和三一年五月一二日、訴外山本敏三、同大塚哲郎、同荒井キク、同平野平四郎、同高田満津、同南雲乙蔵、同栗原嘉一郎、同水沢正に対してなした建物移転の通知及び照会処分
(2) 昭和三二年二月一五日から同年四月中旬にかけてなした右訴外人八名に対する各建物移転の直接施行
二、被告は原告に対し、別紙第二目録記載の各建物を取毀し、収去せよ。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、第二項につき仮執行の宣言を求める。
(二) 被告
(本案前の申立)
本件訴を却下する。
(本案の申立)
原告の請求を棄却する。
第二、原告の主張
一、原告は別紙第一目録記載の土地(従前の土地)の所有者であるが、右土地を含む附近一帯の地域は昭和二一年四月二五日戦災復興院告示により土地区劃整理区域に指定され、同年一〇月一日被告から土地区劃整理施行地区の告示がなされ、以来被告が東京都市計画復興土地区劃整理事業施行者として特別都市計画法、都市計画法に基き区画整理の施行に当つている。ところで右土地上には、訴外山本敏三の所有する約十六棟のバラツク建物があつたところ、被告は昭和二七年六月六日及び昭和二八年八月二二日の二回にわたり、右土地の全部につき所有者である原告に対し換地予定地の指定の通知をなすと同時に、右山本に対しても、同人が右土地につき借地権を有するものとして、借地権の換地予定地(原告の自用地と指定された部分を除くその余の部分全部)を指定してこれを通知し(別紙第一図面参照)、ついで昭和三一年五月一二日山本に対し、同人所有の前記バラツク建物につき、土地区劃整理法第七七条第二項による建物移転の通知及び照会をなし、また右同日、訴外大塚哲郎、同荒井キク、同平野平四郎、同高田満津、同南雲乙蔵、同栗原嘉一郎、同水沢正に対しても、これら訴外人が従前の土地上のバラツク建物を各自一棟ずつ所有するものとして、右同様建物移転の通知及び照会をなした。
二、被告は昭和三二年二月一五日従前の土地上の建物八棟(別紙第二図面中、一ないし五、一一ないし一三の建物)を取毀し、同月二七日仮換地の北部に七棟の建物(同図面中、1ないし7の建物)の新築を開始し、同年四月中句これを完成し右のうち3の建物を訴外水沢正の所有名義とし、その他を山本敏三の所有名義とし、2以外の建物を二階建とした。その間被告は、同年三月二〇日頃本件従前の土地上の建物五棟(同図面中、六、九、一〇、一四、一五の建物)を取毀し、同月二七日仮換地上に五棟(8・15・16・17・19の建物)の新築を開始し、建前を終えた。かくするうち同月二九日当裁判所より右直接施行に対する執行停止決定が発せられ(当裁判所昭和三二年(行モ)第九号事件)、同月三〇日右決定は被告に送達された。ところが被告は、右新築中の五棟のうち、8・19を山本敏三に15を高田満津に、16を南雲乙蔵に、17を栗原嘉一郎に、各その建物を、準備した建築材料とともに引渡し、同年四月中旬これを右各訴外人に完成せしめた。右のうち、8以外の建物は全部二階建とした。前記執行停止決定が発せられた前日、被告は、本件従前の土地上の残建物三棟(七、八、一六の建物)を取毀したのであるが、停止決定の受領と同時に、仮換地の残部を、その準備した建築材料とともに、山本敏三、平野平四郎、大塚哲郎、荒井キクに引渡し、ここに山本は9、10、14、18の各建物を、平野は11、大塚は12、荒井は13の各建物を、いずれも被告と共謀して新築した。右建物は全部二階建とした。
三、被告は、山本敏三に対する前記建物移転の通知照会をなした昭和三一年五月一二日以後において、同人に対する換地予定地指定の通知を取消した。
四、被告が前記山本敏三ほか七名に対しなした建物移転の通知照会処分及び直接施行は次の理由で違法であり無効であるから、これの無効確認を求める。
(一) 通知照会処分の無効事由
(1) 建物移転に関する通知照会は、仮換地(換地予定地)の指定を受けた者に対してのみなさるべきであり、仮換地の指定を受けない者の従前の土地上の建物に対しては建物除却の通知照会をなすべきものである。けだし、仮換地の指定を受けない者は、仮換地に対する使用収益の権限を有しないからであり、また、そう解しなければ土地区劃整理法第七七条の建物除却に関する規定は空文に帰するからである。ところで、山本敏三を除くその余の七名に対しては、初めから仮換地の指定がなされておらず、山本についても、前記のとおり被告は、建物移転の通知照会をした後に、同人に対する換地予定地の指定を取消した。してみればこれら山本ほか七名に対してはいずれも建物除却の通知照会をなすべきものであるからその点を誤つてなした移転の通知照会の処分は違法であり、無効である。
(2) 被告のなした建物移転の通知照会は、その目的たる内容を実現しえない点で無効である。すなわち、本件従前の土地上の建物は、解体移築の方法によるも、曳方移転の方法によるも、移転不能のバラツク建物であつた。このような建物に対し、移転の通知照会をなすのは、物理的にも、社会通念からも、実現不可能なことであるから右行政処分の内容を実現すること不可能なものとして、右移転の通知照会は無効な処分というべきである。現に被告が直接施行としてなしたところは、右建物の取毀し及び仮換地上の建物の新築であつた。このことは、従前の建物を移転することが不可能であつたことを示すものにほかならない。
(二) 直接施行の無効事由
被告のなした直接施行は、被告の権限外の行為である点で無効である。すなわち、行政庁は法令に定められた範囲内でのみ行政権の主体として行動しうるのであり、その権限外の行為はこれをなしえない。しかるに被告は、前記のとおり、移転すべき建物を取毀し収去して仮換地上に別個の建物を新築して直接施行に代えた。このようなことは全く被告の権限外の行為であるから無効というべきである。
五、本件仮換地上に建築された別紙第二目録記載の建物は、前記のとおり被告のなした無効な行政処分に基いて建築されたものである。そして、無効な行政行為に基いてなされた行為の結果は、すべてその行為者において、そのなされざると同様の原状に回復すべき義務を負うべきものというべきであるから、原告が本件仮換地に対して有する権利の行使を容易ならしめるため、被告に対し、別紙第二目録記載の建物を取毀し収去することを求める。なお、右建物のうち被告が直接建築し完成した同目録(一)の(2)(別紙第二図面<7>)、(3)(同<6>)、(4)(同<5>)、(5)(同<4>)、(10)(同<2>)、(11)(同<1>)及び(八)(同<3>)の各建物を除くその余の建物は、直接には被告が建築完成したものではないが、それらの建築も被告のなした従前の建物の取毀しに基因し、かつ、前記のとおり、被告が直接施行に対する停止決定をうけた日当時、建築中の建物及び建築材料を山本らに引渡し、または、いまだ建築に着手していなかつた仮換地を、準備した建築材料とともに山本らに引渡し、もつて、これらの者と共謀してその建築をなしたものであるから、前記被告が直接建築完成した部分と同様被告に対しその取毀し収去を求めるものである。
第三、被告の答弁及び主張
一、原告の主張第一項の事実は認める。ただし、本件土地にあつた従前の建物は計二十三棟であり、別紙第三図面のとおり山本が十六棟を、大塚、荒井、平野、高田、南雲、栗原及び水沢が各一棟ずつを所有していたものである。同第二項の本件直接施行の経過に関する被告の主張は以下第二項(1)において述べるとおりである。同第三項の事実は認める。
二、山本敏三ほか七名に対する建物移転の通知照会の無効確認を求める訴について。
(1) 本件移転の通知照会は、次のような事由ですでに消滅している。したがつて、このような移転の通知照会の無効確認を求めることは何ら実益のないことというべきであるから、本訴は不適法である。
被告は、山本の十六棟のうち八棟(別紙第三図面のロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、ワ)並びに高田、南雲、栗原及び水沢の各一棟ずつ(同図面のヌ、ル、オ、イ)計十二棟については、昭和三二年二月一五日に建物を取毀し始めて同年三月五日に右建物の存する敷地に対する原告の仮換地上に移築する工事を完了し、山本の一棟(同図面のリ)については同年三月二〇日建物を取毀し始めて同月二二日原告の仮換地上に移築する工事を完了し、建物をそれぞれの所有者に引渡して、右訴外人らに対する移転の通知照会の執行を完了したのである。被告は、その残余の建物十棟のうち、山本の六棟(同図面のレ、ソ、ツ、ネ、ラ、ム)及び大塚、荒井、平野の各一棟ずつ(同図面のカ、ヨ、タ)については、同年三月二〇日に、山本の一棟(同図面のナ)については同月一二日に、建物を取毀し始めて同月二九日までにすべて取毀しを完了したのであるが、引続き原告の仮換地上に移築する工事をしようとしていた矢先の同月三〇日に、当裁判所より、これらの建物についての移転の通知照会の執行を停止する旨の決定正本の送達をうけた。そこで被告としては、右の執行停止は相当長期間にわたり継続するものと考えねばならないところ、そのような不定の長期間を、建物を取毀したままの状態で放置することは事情がとうてい許さないことであること、他面、建物は除却されて区劃整理施行上の差当りの障害はなくなつたこと等の諸事情を考慮した結果、本件移転の通知照会の効力をこれ以上将来に継続せしめることは適当でないと考えたので同月三一日に、取毀した建物の所有者らに右執行停止の事情を説明して了解を求め、これら建物の移転の通知照会はこれで打切ることとし、建物の取毀し材料は全部それぞれの所有者らに引渡してしまつた。ここにおいて、これら建物の移転の通知照会は、右同日をもつて全く廃止されたのである。
以上のような次第で、問題の建物二十三棟のうち十三棟についてなされた移転の通知照会は執行ずみであり、残余の十棟についてなされた移転の通知照会は廃止(講学上のいわゆる行政行為の廃止に当る)されたので、これら通知照会はすべて全く消滅していることが明らかである。そうだとすると、このような移転の通知照会の無効確認を求めることは、なんら実益のないことというべきであるから、本訴は不適法である。
(2) 本件通知照会によつて、原告の権利利益はなんら侵害されないから、原告には右通知照会の無効確認を求めるについての訴の利益がない。
山本敏三ほか七名は、従来原告所有の本件従前の土地の上に建物を所有して事実上土地を占拠してきているのであるから、そのような従前の土地についての占有状態が、本件通知照会によつて仮換地上に再現したとしても、それは原告にとつてはもともとのことなのであるし、また原告は仮換地上に有する権利を行使して山本らに対し、そこに移転された同人らの建物の収去、土地明渡を請求することももちろん可能なのであるから、本件通知照会があつたために、格別、原告の権利が侵害されるというようなこともあり得ないことである。なお、原告の主張によると、山本らに対してなした建物移転に関する本件通知照会は、同建物が移転不能の建物であつて、通知照会の内容は実現不可能なのであるから、この点においても無効であるというけれども、建物を移転すべき者はその所有者である山本らであつて原告ではないのであるから、本件通知照会が原告の主張するような理由で無効であるかどうかについて利害関係を有する者は右山本らであつて原告ではない。
三、土地区劃整理法第七七条第六項に基いてした建物移転の直接施行の無効確認を求める訴について。
原告の主張によると、被告が訴外山本の所有する十六棟の建物及び訴外大塚外六名が各所有する七棟の建物の移転についてなした直接施行は、その前提手続として右訴外人らに対してなした通知照会が前述のように無効であり、また、そうでないとしても被告の権限外の行為(建物移転でなくて新築だから)であるから無効であるというのである。
しかしながら、直接施行なるものは、建物の移転とか除却というようなそれ自体は何らの法律的効果も発生することのない単なる事実的行為に過ぎないのであるから、その無効か否かというような問題は生ずる余地がないのである。従つてかような事実的行為である本件直接施行の無効確認を求める訴は、争訟として成立し得ないものであり、本件訴はこの点において不適法である。
なお、右の点を別としても、本件直接施行は、前記訴外人らの建物の移転ということであるが、原告の主張によれば、その実施は、実際問題としてはすでに完了しているのであるから、原告としては、当該建物の所有者に対して建物収去等を求める直接的有効な手段を採るべきであつて、被告に対して本件直接施行の無効確認を求めたところで何ら実益はなく、この点においても本件訴は不適法というべきである。
以上いずれの点からしても本件訴は却下を免れないものである。
四、建物の収去を求める訴について。
原告の主張は、前記訴外人らの建物を移転する本件直接施行は、前述の理由で無効であるから、その移転行為の結果については、行為者である被告において原状に回復すべき義務があり、よつて本件建物の収去を求めるというのである。
原告が被告に対して、右のような原状回復義務の履行を求める法律上の根拠については必ずしも明確ではないが、要するに原告に対する本件換地予定地上に訴外人らの建物が無権原で存在しているため、原告が同土地について有する使用収益権の行使が妨害されているから、その妨害除去のためにする私法上の請求であると解する外ないと考える。
そうとすると、本件建物は訴外人らの所有に属するのであるから原告としては、同人らに対して本件建物の収去を請求すべき筋合であり、かつ、それで足りるのであるし、また、その点を別としても、被告は行政機関であつて、私法上の権利、義務の帰属主体ではないのであるから、被告は本件請求について被告としての当事者能力を有しないものであり、いずれの点からしても本件訴は不適法であつて、却下を免れないものである。
第四、被告の主張に対する原告の答弁
一、(1) 被告は、本件二十三棟の建物のうち十三棟についての移転の通知照会は、執行を完了したことにより消滅したと主張するが、通知照会の執行は即直接施行であり、通知照会は建物の居住者、所有者に対する移転又は除却すべき旨の通知、もしくは所有者に対し自ら移転又は除却する意思ありや否やの照会であつて、執行行為を含まない。したがつて通知照会そのものに執行行為の完了なるものはない。
被告は、当裁判所からの停止決定をうけたので、残余の十棟についての通知照会を打切ることとし、建物の取毀材料は全部それぞれの所有者に引渡し、右通知照会は同日をもつて全く廃止されたとする。しかしながら、右停止決定は、通知照会の効力の発生を停止したものであつて、すでに停止された通知照会を打切るという行政処分はありえない。また、裁判所より通知照会の効力の発生を停止すべき決定の送達を受けた場合、これに従つてその後の行政行為はすべて停止すべきことは論をまたない。しかるに、停止を受けた行政行為を打切ることとしこれを廃止した、と主張するに至つてはすでに論外というべきである。
(2) 被告は、通知照会がすでに消滅したからこれの無効確認を求める実益はないと主張する。その主張の趣旨が、通知照会の手続は終了し、ついで直接施行がなされたから直接施行の無効確認を求めれば足りるというにあるとすれば、原告としては次のとおり主張する。通知照会についで直接施行が実施されても、右通知照会に基く実体的効果は建物移転(事実上は建物の取毀収去並びに新築)並びに居住者の仮換地上の建物に居住という事実が結果として現存し、かつこの結果は回復し得べき状態にあるものである。右のような場合、右通知照会の効力が訴訟の対象となりうべきことは、学説判例の認めるところであつて、元来行政行為の先行々為の瑕疵は後行々為に承継するものであり、本件においては、区劃整理の効果は、換地計画、認可、仮換地の指定、通知照会、直接施行等一連の数個の行政行為の結合によつて実体的効果を生ずるものであるから、その数個の行為のうち、何れかに瑕疵があれば、後行々為はまた瑕疵があり、その後行々為の係争事件において、先行々為の瑕疵を主張しうるものである。
二、被告は、直接施行をもつて法律効果の生じない単なる事実行為に過ぎないとする。しかし、直接施行は、施行者が土地区劃整理法第七七条第一項に基き強制的に建物内の居住者を立退かしめ、建物を移転し、土地を明渡し、更に移転した建物に従前の建物の居住者を居住せしめる法律上の効果を生ずるものであり、法律行為であることは明らかであるから、直接施行は停止命令の対象となり、取消訴訟の対象となるものである。また、被告は、その実施が完了しているから、その無効確認を求める実益がないとするが、右手続の終了は、前にも述べたとおり、その手続の実体的効果が存在し、その回復が可能である場合は、右確認を求むる実益があり、(原告は、被告の違法な通知照会、直接施行により、本来更地として使用収益できるはずの仮換地の完全な使用収益を妨げられている。)訴訟の目的となるものである。
三、被告は、原告の建物収去を求める訴を私法上の請求であるとして、行政機関たる被告は義務の帰属主体ではないとする。まことにその通りである。さればこそ行政事件訴訟特例法第六条は、関連請求として原状回復の請求はこれを行政事件に併合し得ることを新たに定めたものである。
第五、証拠<省略>
理由
一、原告の主張第一項の事実は、本件従前の土地上に存した建物の棟数の点を除いては当事者間に争なく、証人遠藤政一の証言、成立に争ない乙第一号証、証人穴瀬博の証言により原告主張の頃、その主張の建物を撮影した写真であることを認めうる甲第一号証の一ないし五、同第二号証の一ないし五、証拠保全としての検証の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、本件従前の土地上に存した建物は、別紙第三図面に表示のとおり計二十三棟のバラツク建物であり、被告において右建物の所有者を右図面に表示のとおり認定したうえ、各所有者に対し土地区劃整理法第七七条第二項による建物移転の通知及び照会をなしたものであること、被告は同法同条第六項の建物移転の直接施行として、昭和三二年三月二二日頃までに、訴外山本敏三所有の十六棟のうち九棟(別紙第三図面のロ、ないしリ及びワ)並びに訴外高田満津、同南雲乙蔵、同栗原嘉一郎、同水沢正の各所有の各一棟ずつ(同図面のヌ、ル、オ、イ)計十三棟の建物を取毀し、右各建物の存する敷地に対する原告の仮換地上に移築し、これを右各所有者に引渡したこと、その余の建物十棟についても、同年同月二九日頃までに取毀しを完了したが、同月三〇日当裁判所より、本件移転の通知照会の執行を停止する旨の決定正本の送達をうけた(この点は当事者間に争いない)ので、被告は右十棟の建物の取毀し材料をその所有者たる訴外山本敏三、同大塚哲郎、同荒井キク、同平野平四郎に引渡し、その後右訴外人らにおいて原告の仮換地上への移築工事をなしたこと、右のような経過で移築された建物が別紙第二目録記載の建物であること、被告は右建物移転の方法として解体移転の方法をとつたが、事実上は取毀しに等しく、前記移築後の各建物は、それぞれ旧建物の取毀し材料のほか、補強のため多量の新材料を加えて工事したもので構造等も移築前とは著るしく異なつたものが多く新築建物と見られるものも存すること、の各事実を認めることができる。証人穴瀬博、同福島喜一郎の各証言中右認定に反する部分は採用しない。しかして被告が、山本敏三に対し建物移転の通知照会をなした昭和三一年五月一二日以後において、同人に対する換地予定地指定の通知を取消したことは当事者間に争がない。
二、本件建物移転の通知照会の無効確認を求める請求について
被告は、本件通知照会のうち、昭和三二年三月二二日頃までに移築を完了した計十三棟の建物に対する分については、右執行完了により、また、その余の十棟の建物に対する分については、当裁判所のなした執行停止決定受領後これを廃止したことにより、いずれも消滅したと主張するが、行政処分の執行が終つたことにより当然右行政処分が消滅するものとはいえないし、また被告主張のように本件通知照会処分を廃止したことを認めるに足る証拠はない。被告はまた、訴外山本敏三らは本件従前の土地上に建物を所有して土地を占拠していたのだから、右占有状態が本件通知照会によつて仮換地上に再現したとしてもそれはもともとのことであるし、土地所有者としての原告の権利になんらの消長を来すものでもないから、訴の利益がないと主張するが、かりに原告主張のとおり本件通知照会が違法とするならば、それに基く直接施行はなすべからざるものとなり、原告は仮換地に対し使用権者として完全な権利の行使を全うすることができるわけであるから、原告は仮換地上に建物の移転を命ずる本件通知照会の無効確認を求める法律上の利益を有するものといわねばならない。被告はまた、建物を移転すべき者はその所有者たる訴外山本らであつて原告ではないから、原告には建物が移転不能のものであつて本件通知照会は実現不可能な内容を目的とするものとして無効であると主張する利益はないと主張するが、原告は、移転の通知照会は無効であるからこれに代えるに除却の通知照会をなすべきことを主張しているのであつて、従前の土地の所有者たる原告にとつて、右のような場合除却の通知照会を求めるため移転の通知照会の効力を争うことはその所有権の行使を全うするうえに利益なことであるから、原告はこの点に関し利害関係を有するものといわねばならない。
そこで原告の主張する無効事由について考えてみるに、先ず、訴外山本敏三に対する換地予定地指定の通知が取消されたことは前記のとおり当事者間に争なく、その余の訴外人に対しては初めから換地予定地の指定通知がなされていないことは被告の明らかに争わないところであるが、右指定をうけない者(すなわち現行土地区劃整理法上の問題としてこれを考えれば、同法第八五条による権利の申告をしない者)といえども、従前の土地について使用収益する権原を有していた者ならば、地主との関係において仮換地を使用収益することができるのであり(同法第九九条第一項)、ただ同法第三章第二節ないし第六節の規定による処分又は決定をうけることができないものとされているにすぎない。(同法第八五条第五項。)すなわち、仮換地の指定は公法上の処分にすぎずして、これによつて従前の土地の私法上の使用関係には直接の影響はないものと解すべきであるから、無申告の借地権者であつても、無申告の故に当然同法第七七条第二項により所有建物の除却の通知照会をうけるべきものとはいゝ難く、施行者としては明かに土地の不法占有者でない以上原則として当該建物を仮換地上に移転させるべきものと解するのが相当である。したがつて、訴外人らが換地予定地の指定をうけなかつたからといつて、訴外人らが不法占有者であることを認めるに足る証拠のない本件ではこれに対する建物移転の通知照会が直ちに違法のものとはいえず、かりに、違法だとしてもその故に当然無効となるとはとうていいえないから、原告のこの点の主張は理由がない。次に、本件通知照会が、その目的たる内容を実現しえない点で無効であると主張するけれども原告主張のように本件通知照会が、実現不可能な内容を目的としたものであつたことはこれを認めるに足る証拠はないからこの点の原告の主張も理由がない。
三、本件建物移転の直接施行の無効確認を求める請求について
本件直接施行は、建物の移転それ自体として事実行為であり、しかも行政処分たる本件建物移転の通知照会の執行としてなされたものであるから、このような事実行為の違法は、先行する行政処分の効力を争う外にそれ自身を訴訟の対象とすることは現行法上許されないものと解するので本訴は不適法のものといわなければならない。
四、建物の取毀し収去を求める請求について
原告は、本件通知照会が無効であるから、本件直接施行の結果については行為者である被告において、そのなされざると同様の原状に回復すべき義務があるとし、被告に対し別紙第二目録記載の建物の収去を求めるが、原告は右請求をもつて私法上の請求であると主張するのであるから、当事者能力も民事訴訟法上の原則に従つて決すべきところ、本件において東京都知事は区劃整理事業を施行する行政庁であり、私法上の権利義務の主体ではないから、同知事を被告とする本件建物収去の訴はこの点において不適法である。行政事件訴訟特例法第六条第一項は、抗告訴訟ないし解釈上これに準ずるものとされる行政処分の無効確認訴訟には原則として他の通常訴訟事件を併合することを許さないが、同項にいう関連請求に限り、別人を被告とするものであつてもこれを併合しうることを規定するものにすぎないのであつて、原告主張のように、当該行政庁に、関連請求たる通常訴訟事件の被告としての当事者能力を附与するものではない。(なお、当事者能力の点をしばらくおくとしても、原告主張のような原状回復請求権は私法上の請求権とみても、或いはその他の公法上の権利としてみても、実体上そのような権利を容認することは困難である。)
五、以上のとおり、原告の本訴請求のうち、本件建物移転の通知照会の無効確認を求める請求は理由がないからこれを棄却することとし、その余の訴はいずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)
(別紙目録・図面省略)