東京地方裁判所 昭和32年(モ)1096号 判決
本件抵当権設定契約の成否について審按するのに証拠によれば、債権者は昭和三十年五月十五日頃、「債権者は同日金五十五万円を借用し、昭和三十一年三月十五日までにこれを返済すべく、右債務の弁済を担保するために本件土地につき抵当権を設定する」旨の記載のある借用証を、宛名を記載しないで船橋菊一に交付したが、その時債権者は右船橋から何らの金員の交付を受けていないことが一応認められ、右一応の認定事実に従えば、昭和三十年五月十五日頃、右船橋と債権者との間に、前記借用証に表示されたような準消費貸借並びに抵当権設定に関する合意があつたものということができる。
よつて進んで、右の合意は、右船橋が債務者の代理人としてなした意思表示に基くものであるかどうか、及び右準消費貸借の目的となるべき債務が存在するかどうかについて判断するのに、証拠を綜合すれば、(一)債権者は昭和二十九年六、七月頃、当時同人所有の建物を増築するため、知人の熊木に依頼してその資金調達を図つていたところ、右熊木の紹介で前記船橋を知るようになり、同人から、同月頃から昭和三十年五月十五日頃までの間に数回に亘り、少なくとも合計金七十万円の貸与を受けたこと、(二)右船橋が債権者に右金員を貸与するに当つて、右船橋が債務者の代理人である旨を表示したことはなく、右金員には、債務者が右船橋に交付した金員のほかに右船橋の持ち金が含まれており、また、右船橋が債権者に何時どれだけの金員を何人の計算において貸しつけたものであるか明らかでないこと、(三)債務者が右船橋に金員を交付するに当つては、月六分の割合による利息を附して、船橋の責任において債務者にその返済をすべきこととなつていたが、右船橋が債権者に右金員を交付するに当つては、債権者は月一割の割合による利息を支払い、右船橋にその返済をすることになつていたこと、(四)債権者は右船橋が貸主であると信じて、前記借用証及び本件抵当権設定登記手続に必要な本件土地の権利証、印鑑証明書及び委任状などの書類を同人に交付したこと、(五)右船橋は、昭和三十年八月頃、いわゆる闇金融の廉で訴追を受け、その刑事々件において、貸主を右船橋とする金銭貸借をしたことを一の理由として処罰を受けたことがあること、以上の諸事実が一応認められる。これらの事実によれば、前記準消費貸借及び抵当権設定に関する右船橋の意思表示は、債務者の代理人としての意思に基くものでもなければ、その代理人であることを表示してなされたものでもなく、右船橋自身を貸主とし、且つ抵当権者とするものであつたというべく、また、右準消費貸借の目的として債務者が主張するような同人を貸主とする貸金債務は存在しなかつたものといわざるを得ず、この点に関する債務者の主張は、貸主及び抵当権者を債務者とする本件抵当権設定登記の存在する事実を考慮しても、なおこれを肯認することができない。
よつて債権者は、債務者に対して本件抵当権の不存在を理由に、本件抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する権利を有するものというべく、債務者の申し立てた競売手続が進行して第三者において右土地を競落する等のことがあれば、債権者が著しい損害を蒙るおそれのあることが推認できるから、本件仮処分は、その必要性があるものということができるとして、債権者の請求を認容した。