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東京地方裁判所 昭和32年(レ)316号 判決 1957年10月17日

控訴人 同栄信用金庫

被控訴人 河野俊次

主文

本件控訴並びに附帯控訴はいづれもこれを棄却する。

控訴費用中控訴により生じたる費用は控訴人の負担とし、附帯控訴により生じたる費用は被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴及び附帯控訴の趣旨

控訴代理人は控訴の趣旨として「原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める旨申立て、相手方の附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は控訴棄却を求め、附帯控訴の趣旨として「原判決中、被控訴人勝訴の部分を除き其の余を取り消す、控訴人が株式会社富士銀行株券一千株を引渡すことができないときは被控訴人に対して金七万六千円を支払え。訴訟費用は第一、第二審とも控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張。

(一)  被控訴代理人の陳述

被控訴人は昭和二十八年五月六日控訴人信用金庫日本橋支店から金十万円を弁済期を同年六月六日とし利息は日歩四銭の約定で借受け、右債務の担保として被控訴人名義の株式会社富士銀行の株券一千株に質権を設定し、右株券を右支店に交付した。被控訴人は同年六月三日に内金五千円を弁済し弁済期を同年七月七日に延期して貰い同年七月四日に更に内金五千円を弁済して弁済期を同年八月七日に延期して貰つた。残債務金九万円は同年七月三十日訴外沢博が被控訴人に代つて弁済したので右債務は弁済により消滅した。

よつて被控訴人は控訴人信用金庫に対して右株券の返還を求め、質入の際返還すべき株券は当初差入れた株券でなくとも同種の代替物でも好い趣旨であつたから控訴人信用金庫が当初差入れた株券を訴外沢に交付して現に所持していないとしても同種の株券の返還を求め、なお、将来執行不能のときには右株式の現在の時価一株について金七十六円合計金七万六千円の金員の支払を合せて求めると述べ、

被控訴人が控訴人信用金庫から金十万円を借受け右株券を質物として交付するに至つた事情について次のように陳述した。

1  被控訴人は長男河野一郎名義で、富士、東海両銀行の株式を各壱千株づつ所有していた。昭和二十八年三月初頃右両銀行が共に増資を決定し、右各株式について増資新株各一千株の割当通知が来て、その株式払込金各五万円計十万円の払込期日が同年三月末頃に迫つていた。当時被控訴人は右払込金に窮していたので同月七日頃、予て知合の訴外沢博に払込金十万円の調達並にその調達した金員による前記増資新株の払込をなす事務を委任し、同月七日振出の金一〇万円の約束手形(甲第一号証の一)及び担保物とするため前記富士東海両銀行の各株式壱千株を同人に交付した。

2  その後、同年四月中前記訴外沢は取引先の控訴人同栄信用金庫日本橋支店で金融を受けて、同金庫で新株の払込手続もして貰つた旨を報告し、富士銀行の新株一千株の払込領収書のみを被控訴人に交付し、東海銀行の方は間もなく来る筈だと言うので、被控訴人もこれを信じ、右融通金も前記の事情上手形の支払期日に一時に決済せずに少しづつ内入して手形を順次書替ることにより延期して貰いたい旨を依頼した処、同人はこれを引受けて被控訴人を安堵せしめた。

3  ところが前記手形の支払期日である同年五月六日にその支払場所たる東海銀行小舟町支店より、被控訴人に電話を以つて前記手形が交換で廻つてきたが預金が不足しているがどうするかとの問合せを受け驚き、被控訴人は控訴人同栄信用金庫日本橋支店に行き貸付係員の青木に面会し前叙の事情を述べた処、右青木は「河野一郎名義の富士、東海両銀行株式各壱千株を訴外沢より同人の総債務の増担保として受取つたが右株式は前記甲第一号証の一の手形とは無関係であり、甲第一号証の一の手形は三月二十日に信用で割引をしたものであつて、新株の払込の話は訴外沢より聞いておらず、甲第一号証の一の手形を落してくれなければ、不渡処分にする」との意外な事実を告げられたのである。

4  被控訴人は訴外沢の不信行為に呆れ立腹したが、不渡処分をうけては困るので前記青木に対し、更に「富士銀行の新株壱千株を担保に入れるから金十万円を貸して貰いたい、その金で甲第一号証の一の手形を買戻させて貰いたい」旨懇請し、同人は之を諒承し同人の特別のはからいで被控訴人は改めて五月六日付で金一〇万円の約束手形(甲第三号証)を振出し、被控訴人信用金庫に交付して金十万円を弁済期同年六月六日の約で借受け、その貸金の担保として富士銀行新株式壱千株に質権を設定し、右貸金を以つて昭和二十八年五月六日甲第一号証の一の手形を東海銀行小舟支店より買戻をさせ不渡処分を免れ同日右手形を控訴人信用金庫から返却を受けたものである。即ち同日に現実に金銭の授受は行われなかつたがそれと同様な利益を控訴人に与えたので甲第一号証の手形による旧債務は消滅し、同日新たな金一〇万円の消費貸借が成立したのである。

5  そしてその際に被控訴人は前記青木社員に対し、先の富士東海両銀行の旧株は止むをえないが、この新株式は訴外沢に交付しない様に念を押し、同人もこれを諒承したのである。

6  爾後被控訴人は右債務に対し同年六月三日金五千円を内入弁済して弁済期を同年七月七日に延期して貰い、同年七月七日更に金五千円を内入弁済して弁済期を更に同年八月七日に延期して貰つた。

7  その後同年八月初旬頃前記沢博が「自分が決済しておいた」と言つて被控訴人にそれに相当する最後の手形(甲第七号証)を返還し株の方はしばらく待つてくれというので被控訴人は株とは当然前記旧株の意味と解し、控訴人同栄信用金庫日本橋支店に対し前記富士銀行新株式の返還を請求したところ前記青木社員は右株式は訴外沢に渡したというので先に約束したことと違うので詰問したのに対し、控訴人信用金庫は同年七月三十日頃訴外沢の旧債務に付き別に不動産担保の提供をうけて貸増をし従来の有価証券担保を全部同人に返還したが、その際うつかりして本件株式をも同人に渡して了つたというのである。控訴人信用金庫は本件株式が訴外沢の不法行為によりて惹起された緊急状態を救うための担保であることを熟知し、沢の信用すべからざる人物であることを知悉し乍ら過失によりて同人に交付したものであつて金融業に携る者として重大なる過失である。そして青木社員は自己の過失を認めて被控訴人に陳謝し、訴外沢の不動産担保を処分する際に被控訴人に弁償させる様に尽力する旨誓約したのである。

8  これを要するに本件株式は昭和二十八年五月六日に控訴人と被控訴人との間に成立した金十万円の債務のために被控訴人が提供した担保であつて、被担保債権が消滅したときはその提供者たる被控訴人に返還すべきものである。その被担保債権が控訴人が主張しているように訴外沢の弁済によつて同年七月三十日に消滅した以上控訴人は被控訴人に対してこれが返還すべきもので訴外沢に交付したことによつて被控訴人に対する返還義務を免れることができないものである。殊に被控訴人は前記青木との間に債務の弁債があつても沢には本件株券を交付しない旨の特約をなしていたから沢に控訴人主張のように法定代理権ありとしても被控訴人への返還義務は免れないものである。

(二)  控訴代理人の陳述

被控訴人主張の昭和二十八年五月六日の消費貸借の事実は否認する。

同日被控訴人主張の株券を質物として受取つた事実、被控訴人及び訴外沢博から被控訴人主張のように合計金十万円の支払を受けた事実及び右株券の現在の価格が一株金七十六円である事実はいずれも認める。被控訴人と訴外沢との関係についての被控訴人主張事実その他の被控訴人の主張事実はいずれも否認する。

控訴人信用金庫は昭和二十八年三月十日組合員である訴外沢博から被控訴人振出の金額十万円の約束手形(甲第一号証の一)の割引の依頼を受けこれを承諾して沢に右手形の裏書をさせた上右手形を割引き沢に金十万円を貸付けた。右手形の満期の五月六日にその支払を延期し新たに被控訴人振出の書替手形(甲第三号証)を受取つた。その際右甲第一、第三号証の手形金債務の担保として被控訴人から本件株券を質物として受取つたもので、右書替のとき甲第一号証の手形は被控訴人に返還せず書替によつて甲第一号証の手形債務は更改又は弁済により消滅したものではない。その後右手形金の支払として被控訴人から金一万円訴外沢から金九万円の支払を受けたので同年七月三十日完済の際右沢に甲第一、第三号証の手形及び本件株券を返還したものである。

以上のように控訴人信用金庫は金十万円の質物として本件株券を受取つたことは事実であるが質権の被担保債権は被控訴人主張の債権とは異なるものである。

なお訴外沢は甲第一号証の手形に裏書しており手形の所持人である控訴人信用金庫に裏書人としての手形債務を負担しているので右手形金の支払によつて被控訴人に対して法定代位権を有するものであるので控訴人信用金庫は右沢に右債権の担保物である本件株券を交付したものでこれによつて被控訴人に対する返還義務は免れたものである。

三、証拠関係

被控訴代理人は甲第一号証の一、二第二ないし第九号証を提出し原審における被控訴人の本人尋問の結果を援用し、

控訴代理人は原審における証人青木栄、黒田秀夫、当審における証人沢博の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人が昭和二十八年五月六日控訴人信用金庫に対して質物として被控訴人主張の株券を交付したことは当事者間に争ないところである。

被控訴人は同日右株券は被控訴人が控訴人信用金庫から金十万円を借受けてその担保として交付した旨主張するのに対し、控訴人はそれより前に訴外沢博に割引いてやつた被控訴人振出沢裏書の十万円の約束手形(甲第一号証)をその満期(同年五月六日)に被控訴人振出の満期六月六日の十万円の約束手形(甲第三号証)に書き替えたとき右甲第一及び第三号証の約束手形金の担保として受取つた旨主張するので先づその点について判断する。

成立に争ない甲第一号証の一、二、同第二ないし第八号証、原審における証人青木栄、黒田秀夫当審における証人沢博の各証言、原審における被控訴人本人訊問の結果(但し証人青木、沢の各証言中後記認定に反する部分を除く)を綜合すると被控訴人は息子河野一郎名義で所持していた富士銀行東海銀行の株式各千株の増資の通知を受けていたが、その払込金に充てるため、訴外沢博に金融方を依頼し、被控訴人振出の十万円の約束手形(甲第一号証)を右沢に交付しておいたところ、右沢は昭和二十八年三月中に従来より取引のあつた控訴人信用金庫に右手形の割引を依頼し、その承諾を得て自分で裏書した上、これを控訴人信用金庫日本橋支店に交付したこと、右手形はその満期日である五月六日までに支払われなかつたので手形交換に廻されたところ、これを知つた被控訴人は沢との間では満期毎に書替えて行く話合であつたので、驚き、控訴人信用金庫日本橋支店の係員である訴外青本栄に面談し、右手形の依頼返却の処置を依頼し、その承諾を得て改めて五月六日付十万円の約束手形(甲第三号証)を振出し、これを控訴人信用金庫日本橋支店に交付して甲第一号証の手形を受戻して貰い、右支店からその返却を受け、その時に本件株券を担保として右支店に提供したことを認めることができる。

右事実関係から見ると甲第三号証の手形の振出によつて甲第一号証の手形は書替られ、それによつて甲第一号証の手形は決済されたものと解するのが相当である。従つて質物として本件株券は甲第三号証の手形金の担保として提供されたものと解すべきで控訴人主張のように甲第一及び第三号証の手形の担保であるとの主張は当らないものというべきである。

もつとも被控訴人は右株券の被担保債権は甲第三号証の手形を振出した時に成立した控訴人信用金庫と被控訴人間の金十万円の消費貸借による債権であると言うが、前記認定の事実及び弁論の全趣旨から、控訴人信用金庫の債権は右の甲第三号証の約束手形金債権のみで、それ以外に消費貸借による債権など存しなかつたことを認めることができる。

そうして被控訴人の右債務に関して、被控訴人において金一万円を支払い、その後訴外沢博が金九万円を支払つたことは当事者間に争ない事実にして、かつ右認定の事実(被控訴人の控訴人に対する債務は甲第三号証の手形金債務のみである点)及び弁論の全趣旨により、右各金員の支払により被控訴人の控訴人信用金庫に対する債務は全部消滅したこと(従つて甲第三号証の手形金債務も消滅した)が認められる。そうだとすると控訴人は本件株券を質権設定者たる被控訴人に返還すべき義務がある訳である。

ところが控訴人信用金庫が本件株券を訴外沢博に交付したことは当事者間に争ない事実である。そこで控訴人は金九万円を支払い該債務を弁済した訴外沢博は、この弁済によつて控訴人信用金庫の債権の法定代位権者たるの地位を取得したものであるから、控訴人信用金庫は同訴外人に質物たる本件株券を交付したものであつて、被控訴人に対しては返還義務はないと主張する。

右株券の被担保債権は甲第三号証の手形金債権であつて、甲第一号証の手形金債権を含まないことは前段認定の通りであつて、かつ訴外沢博が甲第三号証の手形については裏書人その他手形上の権利義務者になつていないことは甲第三号証により明らかであり、他に本件においては沢が甲第三号証の手形金の一部を支払つたことによつて法定代位権を取得する関係にあるとの事実関係は認められないのみならず、控訴人信用金庫が沢に本件株券を交付するに至つた事情は、原審における証人黒田秀夫、当審における証人沢博の各証言によると、本件の各約束手形が振出された当時、控訴人信用金庫は訴外沢博に対して手形による貸付などの方法による金五、六十万円位の債権(この内には甲第一号証の手形による債権も含まれている)を有していたところ、沢はこれに対して家屋を担保に差入れた上、右債務を分割支払の方法で完済したのであるが、この完済後、控訴人信用金庫から沢に対してその債権債務関係の書類を返還する際に、本件株券もこの書類と一括して沢に交付されたもので沢もこれを他に処分済であることが認められるのであつて、結局、控訴人信用金庫の沢に対する本件株券の交付は、何ら権利のない者に過つて交付されたものと言うべく、従つてこれによつて被控訴人に対する本件株券の返還義務を免れたとは言えず、控訴人の右主張を採用することはできない。

以上認定事実によると、控訴人信用金庫は被控訴人に対して、質権の基本たる債権の消滅にともない、質物として受領していた株券を返還する義務があるところ、控訴人信用金庫はこれを既に訴外沢博に交付してしまい所持しておらず取戻しえないことは、前記認定事実に徴し明らかで、控訴人の質物として受領した本件株券そのものの返還義務は履行不能である。かかる場合には金銭による填補賠償を求めるのが通例であるけれども、被控訴人はその代替物たる株券の返還を請求する。凡そ、記名株式の質入については指名債権の質入と同様に権利質として取扱うべきことは民法第三百六十四条商法第二百七条等の法意により明らかであつて、その質権の対象はその株式により表徴されている株主権であつて、しかも株式が同種類のものであれば、その株主権に差異がある訳ではない。従つて質権者の質物たる株主権の返還は、質権設定者より受領した株券そのものを返還すべきが本則ではあるけれども、若しそれが不可能な場合においては、返還請求者が他の株券の交付による株主権の返還にても満足し、かつ当該株券が何人においても容易に取得し得るようなときには、他の同種株券による返還請求も許されるものと解する。かく解することにより返還義務の履行不能による質権設定者の損失は正当に填補し得るし、反面質権者が特に不利を蒙ることも無い訳である。

本件においては、その質物たる株式会社富士銀行の株式は訴外河野一郎名義のものであつたことは原審における被控訴人本人の供述により認められ、かつ上場株であつて(このことは成立に争ない甲第九号証により認めうる。)、質権者たる控訴人においても容易に取得し得るものであるから、前記の理由により、被控訴人の本訴株券返還請求は許されるべきものと解するのが相当である。よつて被控訴人の控訴人に対する株式会社富士銀行株式一千株の返還を求める本訴請求は正当にして理由がある。

次に被控訴人は右株券給付の強制執行が不能な場合には株式の時価(口頭弁論終結当時の)相当額金七万六千円の損害賠償をも併せて予備的に請求する。しかしながら訴訟の目的物の引渡不能の場合における損害金は、その判決執行の場合において、目的物件の引渡に代るものであるから、当事者間にかかる場合の填補賠償額について予め約定のある場合は格別であるけれども、かかる約定のないときにはその損害の数額が判決当時と執行当時との間に一定不変の性質のものか、又は少くとも将来騰貴するも下落する虞のないような性質のものでない限り、判決当時においてその数額を確定することはできない。故に、このような性質を有しない物件の引渡不能の場合における、これに代る損害賠償の請求は許されないものと解するのが相当である。ところが、本件請求の目的である株式は前記の通り上場株であり、相場の変動が考えられることは公知の事実であり又填補賠償額について当事者間に約定のあつたことは何ら主張立証されていないのであるから、前記説示の通り、右予備的請求は失当であるというべきである。

よつてこれと同趣旨に出たる原判決は正当であり、本件控訴並びに附帯控訴はいづれもその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十五条に従い主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 渡辺均 石井玄)

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