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東京地方裁判所 昭和32年(レ)564号 判決 1958年10月30日

控訴人 山田国治

右代理人弁護士 田村五男

被控訴人 三晃興業株式会社

右代表者 森瀬一夫

右代理人弁護士 田野井子之吉

主文

原判決を取消す。

被控訴人の第一次的請求を棄却する。

控訴人は被控訴人に対し金十万円及びこれに対する昭和三十二年九月二十一日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員の支払をなせ。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、控訴人が訴外会社の代表資格を称して昭和三十二年三月九日金額十万円、満期昭和三十二年六月十日支払地振出地ともに東京都杉並区、支払場所株式会社住友銀行西荻窪支店なる約束手形一通を訴外協栄工業株式会社に宛て、振出したことは当事者間に争なく、右協栄工業株式会社が昭和三十二年三月二十五日これを被控訴人に白地式裏書により譲渡し、被控訴人においてこれを訴外株式会社平和相互銀行小山支店に対し取立委任し、同訴外銀行が満期に支払場所に右手形を呈示したが支払を拒絶されたので、昭和三十二年六月十一日右訴外銀行より白地式裏書により被控訴人に対し右約束手形が返戻された結果被控訴人がその所持人となつていることは控訴人の本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第一号証によつてこれを認めることができる。

二、被控訴人は先ず訴外会社は存在しない虚無の会社であると主張する。しかしながら成立に争いのない乙第一、第三、第六号証と控訴人の本人尋問の結果によると訴外会社は昭和二十一年三月二日立川市錦町五丁目二百五番地を本店所在地として設立されその所轄登記所において設立登記を経由し、完全に成立したものであることが認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうしてみると訴外会社は存在するといわなければならない。

次に被控訴人は訴外会社が実在するとしても右手形面に記載された振出人の肩書地を所轄する登記所において登記されていないから善意の第三者たる被控訴人にその存在を対抗できないと主張する。登記をなすべき事項について登記を経ていなければこれを善意の第三者に対し対抗できないことはいうまでもないが、本件において控訴人は肩書地に本店もしくは支店を有する訴外会社の実在を主張しているわけではなく、前記立川市に本店を有する訴外会社が同地に実在することを主張しているものであつて訴外会社が前記立川市に本店の登記を有することは前記乙第三号証により明らかなところであり、同地に実在することは前記認定のとおりであつて同所に実在することそれ自体を他の土地において主張することは何等妨げないというべきであり、会社振出の手形の肩書地には通常本店の所在地が書かれるのであるけれども本店所在地以外の場所を記載したからといつて右会社の振出が無効になつたり、虚無の会社による振出と解すべきではないから、被控訴人の右主張は理由がないといわなければならない。

そこで前記認定の事実に控訴人の本人尋問の結果及び甲第一号証の記載の体裁を綜合すると、本件においては控訴人が訴外会社の代表者として本店所在地でない新宿区新宿一丁目二十七番地(同所は訴外会社の事実上の営業所であることは控訴人の本人尋問の結果により認められる)を肩書地として本件手形を振出したものと認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。(もつとも肩書地の記載はそれが振出人が何人であるかの判定の一資料としての意義を全く有しないとはいえないけれども、元来肩書地は必要的記載事項ではなく、振出人の表示としては振出人たることを示す氏名、商号、代表者の氏名が記載されれば足りるのであるから、自己の住所地又は本店所在地以外の土地を肩書地として附記したからといつて直にそれが他人を表示したものといえないことはいうまでもない)。

そして右のように本店所在地以外の土地を振出人の肩書地として手形を振出すことは元来右肩書地がいわゆる手形的住所と呼ばれるものであつて必ずしも真実の住所地を記載することを要しないものであることからいつて何ら差支えないものというべきである。そうすると本件手形は訴外会社の振出にかかるもので控訴人が振出したものではないから被控訴人の第一次的請求は理由がない。

三、そこで被控訴人の予備的主張について判断するのに、訴外会社が本件手形を振出し被控訴人がその主張のような経過でその所持人となつたこと及び右手形が適法に呈示されたことは前記認定のとおりである。したがつて訴外会社は右手形金及びこれに対する呈示の日の後である昭和三十二年九月二十一日から完済にいたるまで年六分の割合による損害金を支払う義務があるが、控訴人が右訴外会社の無限責任社員であることは控訴人の認めるところであり控訴人の本人尋問の結果によると、右訴外会社には会社財産が全くないことが認められ、したがつて右会社は本件債務の完済不能の状態にあるというべきであるから、控訴人は前記訴外会社が被控訴人に対して支払義務を負う約束手形金十万円とこれに対する呈示の日の後である昭和三十二年九月二十一日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり被控訴人の予備的請求は理由がありこれを認容すべきである。

よつて右と趣旨を異にし被控訴人の第一次的請求を認容した原判決は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条、第九十二条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 地京武人 越山安久)

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