東京地方裁判所 昭和32年(ワ)109号 判決 1963年7月30日
原告 株式会社 睦屋商店
右代表者代表取締役 松本栄
右訴訟代理人弁護士 小林亀郎
同 栗木義次
被告 株式会社 住友銀行
右代表者代表取締役 堀田庄三
右訴訟代理人弁護士 山根篤
右訴訟復代理人弁護士 下飯坂常世
主文
被告は、原告に対し金二、五七五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年二月二〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を被告、その余を原告の各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金八〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
訴外会社がその取引銀行たる被告銀行神田駅前支店を支払場所として藤本鋼業株式会社に宛て原告主張の本件手形計六通を振出したこと、その後訴外会社と本件手形の受取人たる藤本鋼業株式会社との間に紛争を生じ、そのため訴外会社において本件手形を事故手形として手形金の支払を拒絶したこと、右支払拒絶に伴い訴外会社において不渡による取引停止処分を防止するための手続をとつたこと及び右手続に関し、被告銀行神田駅前支店が訴外会社より別紙目録(ハ)記載手形を除く本件手形金額に相当する金員の預託を受け、同支店より東京手形交換所に同金額を提供して異議申立をなし、取引停止処分の猶予を受けたことは当事者間に争がない。
ところで、原告は、別紙目録(ハ)記載の手形についても、その手形金額に相当する金員が訴外会社より右被告銀行支店に預託されている旨主張するのに対し、被告は預託を受けたことはない旨抗争するから、まずこの点について考えてみるに、証人井上道夫(第一回)の証言及び同証言によつて成立を認め得る乙第七号証によれば、被告主張のとおり別紙目録(ハ)記載の手形については被告は訴外会社より預託金の交付を受けていないことを認めるに足り、このことは成立に争のない乙第一号証(東京手形交換所交換規則)に明らかなとおり、当時としては不渡二回までは取引停止処分を猶予される手形交換所の取扱方式に徴しこれを裏づけ得る。なんとなれば一回の不渡にても取引停止処分を受けるものとすれば、これを免れるためには不渡手形一切につき預託金を提供することを要するが、当時は不渡二回までは猶予されていたのであるから、少くとも不渡手形二通についてはさしあたり預託をしなくてもよいといい得るからである。
以上の次第で、訴外会社の被告に対する預託金債権は別紙目録(イ)、(ロ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)記載の五通の手形金額に相当する合計金三、二五五、〇〇〇円というべきところ、昭和三一年六月二八日附翌二九日到達の書面を以て、訴外会社の代理人と称する小塩栄一より被告銀行本店宛てに、右債権を訴外会社より原告に譲渡した旨の通知がなされたこと及び訴外会社がその後同年七月九日別口不渡の発生により取引停止処分に附され、従つて右預託金はその必要なきものとして返還されることとなつたことは当事者間に争がない。被告は右債権譲渡の事実を否認し、仮りにしからずとするも小塩栄一には訴外会社を代理する権限がなかつたから、右債権譲渡の通知は無効である旨主張するが、証人壱岐良三(第一、二回)の証言及び同証言によつて成立を認め得る甲第一号証の一ないし三並びに証人近野四郎の証言を綜合すれば、「訴外会社の代表取締役近野四郎は昭和三一年六月二七日、かねて、訴外会社が原告より融通を受けた手形債務の弁済に充てるため、前記預託金債権その他を原告に譲渡することとし、その旨を記載した同日附債権譲渡証(甲第一号証の一)に自ら捺印を遂げたうえ、債権譲渡通知の手続に関しては原告側に一任することとして、自ら捺印した白紙委任状(同号証の二)を原告に交付したので、原告は右委任状に基き小塩栄一を訴外会社の代理人に立て同人をして前記債権譲渡の通知をなさしめたものである。」ことを認めることができ、右認定の事実によれば、前記債権譲渡の事実の存在並びに債権譲渡の通知の有権代理としての有効性を肯定するに十分である。もつとも証人井上道夫(第一、二回)の証言中には「前記債権譲渡通知書によれば、譲渡債権中に、被告において預託を受けていない前記別紙目録(ハ)記載の手形に関する預託金債権及び既に他の債権者より仮差押中にかかる同目録(ホ)記載の手形に関する預金債権が包含されており、被告銀行としては諒解に苦しむ点があつたので、被告は債権譲渡の真偽に疑惑をもち、直ちに預託者本人である訴外会社に譲渡の真否を問合せたところ、訴外会社の専務取締役河野武孝より、債権譲渡の事実なく、右譲渡通知も訴外会社の関知しないところである旨の回答に接し、なおその際昭和三一年七月九日附通知書と題する、小塩栄一の債権譲渡通知書は訴外会社と無関係なる旨を記載した、訴外会社代表者取締役近野四郎名義及び専務取締役河野武孝名義の書面各一通(乙第三号証及び同第四号証)を受領した。」旨の供述が存するが、証人近野四郎の証言によれば「当時訴外会社の代表取締役近野四郎は、訴外会社の被告銀行神田駅前支店との銀行取引関係については、これを専務取締役河野武孝に一任していた関係から、被告銀行よりの前記問合せに対しては河野武孝がその回答の任にあたつたが、たまたま代表取締役近野四郎より前記債権譲渡の件に関する連絡がなかつたので、その事実を知らないまま、前記証人井上道夫の証言するような回答をなし、かつ自己名義並びに代表取締役近野四郎名義を代理して前記通知書と題する書面を被告に交付したものである。」ことを認めることができ、そもそも会社の代表取締役がその権限に基き一旦債権譲渡をなした以上は、その事実を知らない専務取締役が債権者に対しいかなる回答をなそうとも、右債権譲渡の効力を左右するに足らないことはいうまでもないところであるから、証人井上道夫の右供述は右認定の妨げとならない。
よつて進んで按ずるに、本件預託金債権に関しては訴外会社と被告との間に譲渡禁止の特約があつたとの被告主張についてはこれを肯認するに足る何等の証拠なく、また被告において本件債権譲渡の通知を受けた際、譲渡の真否に疑惑をもち、訴外会社に問合せた結果前記のような回答を得たことは証人井上道夫の証言するとおりであり、同証言並びに成立に争のない乙第二号証の一、二によれば、「被告は小塩栄一に対しても昭和三一年七月六日附翌七日到達の内容証明郵便による書面を以て、被告銀行としては前記債権譲渡通知書は正式な通知書として受け得ないので、正式通知というのであれば、その旨本人と連名で回答されたい旨通告したにもかかわらず、同人から何等の回答も得られなかつた。」ことを認めることができるが、被告が直接債権譲受人たる原告に対し照会その他の方法をとらなかつたことは被告においても争わないところである。ところで、債権譲渡の通知を受けた債務者が譲渡の真否につき疑惑をもつた場合には、譲渡人側のみならず、譲受人側についても直接照会、問合せその他適宜の方法を用いて真偽を確かめる手段に出るのこそ取引の通念に合致するものというべきところ、本件の場合、被告は直接譲受人たる原告に対してはかかる方法を全然とらなかつたのであるから、本件債権譲渡がなかつたと信じるにつき善意であつたとしても、到底過失の責を免れ得ない。従つて被告がその主張のとおり訴外会社を本件預託金債権の返還請求権者と信じてこれに返還したとしても、債権の準占有者に対する弁済として、本件債権の譲受人たる原告に対抗し得ない。
如上説示のとおりとすれば、原告が被告に対し、本件手形六通のうち別紙目録(ホ)記載の手形関係は解決済として、その余の手形五通に関する預託金合計金三、〇八五、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達後たること記録上明らかな昭和三二年二月二〇日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求中、別紙目録(イ)、(ロ)、(ニ)、(ヘ)記載の手形四通に関する預託金合計金二、五七五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年二月二〇日以降完済に至るまで前記割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきも、その余の部分は失当として棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古山宏)