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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1804号 判決 1960年3月31日

原告 国

訴訟代理人 武藤英一 外三名

被告 社団法人大日本水産会 外二名

主文

被告らが別紙目録記載(一)の土地につき同目録記載(二)の(1) 又は(2) のいずれの地上権をも有しないことを確認する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一(原告の申立及び主張)

原告指定代理人は次のように陳述した。

一  (原告の申立)

主文同旨の判決

二  (請求の原因としての原告の主張)

別紙目録記載(一)の土地(以下本件土地という)は、原告の所有であるが、被告らは、本件土地につきなんら地上権その他のこれを使用収益する権利がないのに、別紙目録記載(二)の(1) の地上権(以下「第一の地上権」という)を有し、仮にそうでないとすれば、同目録記載(二)の(2) の地上権(以下「第二の地上権」という)を有すると主張して、本件土地を不法に占有しているので、原告は、被告らがこれらの地上権を有しないことの確認を求めるため、本訴請求に及ぶ。

三  (第二の三の1記載の被告らの抗弁に対する原告の答弁及び再抗弁)

1  被告らの右抗弁(一)の事実は、認める。

被告らの右抗弁(二)の事実のうち、本件土地を含む被告ら主張の御料地五、一二四坪五合五勺がもと皇室の所有で、宮内省御料局の所管であつたこと、被告らがその主張の日に皇室から右御料地を、期間を五〇年と定め、無償で貸下げを受け、御料局長あてに拝借証書(甲第二号証の一ないし四)を差入れたことは、認めるがその他の事実は、争う。

被告らの右抗弁(三)の事実のうち、右御料地内に沼沢地帯があつたこと、被告らが本件地上に三会堂と称する被告ら主張の建物を建築したこと、右料地が大正八年七月二九日その面積を五、二四一坪六合九勺に変更され、そのうち本件土地を含む三、八七四坪一合五勺の土地が同日宮内省から内務省に、次いで大正一一年四月一日内務省から大蔵省に所管換になつたこと、三会堂と称する右建物が大正一二年関東大震災で焼失したこと、その後被告らが財団法人石垣産業奨励会に本件土地の一部を貸与し、同法人がその地上に三会堂と称する被告ら主張の建物を建築したことは認めるが、その他の事実は、争う。

被告らの右抗弁(六)の事実のうち、原告(関東財務局)が被告らに対し、昭和二六年一二月二七日本件土地の返還を求めたことは、認めるが、その他の事実は、争う。

2  明治二三年九月一六日皇室から被告らに対してなされた本件土地を含む右御料地の貸下げ(本件貸下げ行為という)は、次に述べるような理由により、民法に定める使用貸借に相当する。

(一) 本件貸下げ行為は無償であること。地上権は法律上有償であることを要素としないが、実際上無償の地上権はほとんどその事例がない。本件貸下げ行為が無償であることは、それが地上権設定でなく、使用貸借であることを裏附けるものである。

(二) 前記拝借証書に「拝借」の語が数多く用いられていること。本件貸下げ行為当時は旧民法(明治二三年三月二七日法律第二八号)が公布されていて、(もつとも同法は施行されるにいたらなかつたが)裁判所もこれを民事判決の軌範としていた。同法においては、地上権は、同法財産編―第一部、物権―第三章、賃借権、永借権及ヒ地上権―第二節、永借権及ヒ地上権―第二款、地上権(第一七一条ないし第一七八条)に、物権として規定され、使用貸借は、財産取得編―第九章、使用貸借(第一九五条ないし第二〇五条)に、債権関係として規定され、両者は明らかに区別されていたのであるから、もし本件貸下げ行為が地上権設定契約であるならば、本件貸下げ行為の証書である前記拝借証書には、当然その趣旨が明示されたはずである。しかるに、前記証書には、「地上権」の語が用いられていないのはもちろん、その趣旨を推測させる語さえ用いられておらず、ただ「拝借」の語が数多く用いられているのであるから、本件貸下げ行為は使用貸借とみるべきである。

(三) 本件貸下げ行為は、土地の使用目的を工作物又は竹木の所有に限定していないこと。地上権は、他人の土地に工作物又は竹木を所有することのみを目的としてその土地を使用する権利である。しかるに本件貸下げ行為は、もともと被告らの事業の奨励及び助成の御趣旨から、御料地を養魚池、果樹園、農場その他試験、研究的な水産、植林又は農耕の用途に供することを直接の目的としたもので、ただ必要があれば、その一部に被告らの事務所又は研究室等の建物を建築し、それに管理人、事務員その他の者を居住させることが容認されていたに過ぎない。その使用目的を建物その他の工作物又は竹木の所有に限定していないのであるから、本件貸下げ行為は、地上権設定でなく、使用貸借に過ぎない。

以上の理由により、本件貸下げ行為は、民法に定める地上権の設定契約でなく、使用貸借に相当することが明白である。

そして、本件土地に対する右使用貸借上の権利は、昭和一五年九月一五日その存続期間の満了により、消滅したものである。

3  被告らは、地上権ニ関スル法律施行当時、現実に本件土地全部の上に工作物又は竹木を所有していたのではないから、同法の規定により、本件土地につき地上権を有するものとの推定を受けることはない。

4  仮に被告らが、地上権ニ関スル法律の規定により、本件土地につき被告ら主張のような地上権を有するものとの推定を受けるとしても、被告らは、右地上権につき、同法施行の日から一年内にその登記をしなかつたのはもちろん、その後も登記をしていない。ところで、皇室所有の右御料地のうち、本件土地を含む三、八七四坪一合五勺の土地は大正八年七月二九日交換によつて原告にその所有権が譲渡されたため、宮内省から内務省に所管換になつたのであるから、被告らは第三者である原告に対し右地上権をもつて対抗することができない。

5  仮に被告らが右地上権をもつて原告に対抗することができるとしても、右地上権は、法定更新に関する借地法第六条の適用を受けないから、その存続期間の満了により、昭和一五年九月一五日限り消滅した。

けだし、右期間満了の日である昭和一五年九月一五日施行されていた国有財産法(大正一〇年法律第四三号)(旧国有財産法という)第一六条及び第二〇条の規定によると国有財産は、帝室用に供するため必要ある場合及び勅令に特別の規定がある場合は別として、「公共団体若ハ私人ニ於テ公共用、公用若ハ公益事業ニ供スル為必要アル場合」にだけ、無償で貸付け又は貸付によらないで使用収益させること(以下貸付等という)ができ、それ以外には、国有財産を無償で貸付け等をすることは絶体に許されなかつたのである。そして右にいう「公共団体若ハ私人ニ於テ公共用、公用若ハ公益事業ニ供スル為必要アル場合」とは、公共団体又は私人が国有財産を直接これらの用途に供するため必要ある場合に限られ、これを他に転貸し、その収益で公益事業を営むような場合は含まれないと解すべきである。ところが被告らは、当時本件土地を直接公益事業に供していたのではなく、その一部は、これを財団法人石垣産業奨励会に貸与し、同法人がその地上に建築所有する建物の一部を被告らの事務所として使用し、本件土地の大部分は、これをその他の者に貸与し、その収益を被告らの事業資金にあてていたのである。このような用途に供するため被告らに対し本件土地につき無償の地上権を設定することは、旧国有財産法の右規定にてい触する。従つて被告らの前記地上権については、その存続期間満了の際原告が被告らの本件土地の使用継続につき異議を述べるまでもなく、その更新は旧国有財産法上許されないのであつて、借地法第六条が適用される余地は全くないからである。

6  仮に被告らの右地上権が法定更新に関する借地法第六条の適用を受け、被告らが本件土地につき「第一の地上権」を有するにいたつたとしても、国有財産法の一部を改正する法律(昭和二二年法律第八六号)は、旧国有財産法第一六条を改め、私人に対する国有財産の無償貸付け等は全く許さないことにした。従つて被告らの無償の「第一の地上権」の設定は、右法律によつて改正された旧国有財産法(改正後の旧国有財産法という)にてい触し、その存続を許す余地がなくなつたので、昭和二二年五月三日同法の施行と同時に、効力を失い、右地上権は消滅した。

7  仮に右主張が理由ないとしても、昭和二三年七月一日施行された国有財産法(昭和二三年法律第七三号)(新国有財産法という)は、私人に対する国有財産の無償貸付け等を全く許さず(同法第二〇条、第二二条、第二六条参照)しかも同法第四二条第二項は、新国有財産法の規定にてい触する国有財産の貸付け、私権の設定その他使用又は収益をさせる行為は、同法施行の日に、その効力を失う旨を明定した。従つて被告らの無償の「第一の地上権」の設定は、新国有財産法の施行と同時に、効力を失い、右地上権は消滅した。

四  (第二の三の2記載の被告らの抗弁に対する原告の答弁及び再抗弁)

1  被告らの右抗弁事実のうち、被告らが昭和一五年九月一五日以後も引続き本件土地を占有し、その使用を継続していることは、認めるが、その他の事実は、争う。

2  国有財産につき、私人のため無償の地上権を設定することは、新国有財産法及び改正後の旧国有財産法においては、全く許されず、旧国有財産法においても、特定の場合のほかは、許されなかつたのであるから、被告らが本件土地につき、法律上認められない無償の地上権を時効によつて取得することができるはずがない。

3  仮に右主張が理由ないとしても、被告らは、明治二三年九月一六日本件土地を含む御料地の無償貸下げを受けて以来、使用貸借上の権利者として本件土地を占有してきたのであつて、地上権者としてその地上権を行使する意思で、本件土地を占有してきたのではないから、被告らが本件土地につき地上権を時効によつて取得することはできない。

4  仮に被告らが、その主張するように、昭和一五年九月一五日から引続き地上権を行使する意思で本件土地を占有し、しかも占有の始め被告らが地上権を有するものと信じたとしても、既に述べたように、被告らの前記地上権は、借地法第六条の適用を受けることなく、その存続期間の満了により、昭和一五年九月一五日限り消滅したことは明らかであるから、被告らがその後もなお地上権を有するものと信じたことについて、過失がなかつたとはいえない。従つてその取得時効の期間は二〇年であつて、まだ時効は完成していないから、被告らは本件土地につき時効により地上権を取得することはできない。

五  (第二の四記載の被告らの再々抗弁に対する原告の主張)

1  (第二の四の1記載の被告らの再々抗弁に対し、)本件土地を含む三、八七四坪一合五勺の土地の所管換にあたつて、原告(内務省)が被告らに対し右土地に対する被告らの前記地上権を承認し、被告らが本件地上に建築所有した被告ら主張の建物につき保存登記を経たとの被告らの主張事実は、否認する。

仮に保存登記を経たとしても、右建物は広大な本件土地のうちのきわめて僅少な部分に建築された建物に過ぎないから、被告らは、右建物の敷地又は右建物所有のため通常必要と認められる範囲の土地についてのみ前記地上権をもつて原告に対抗することができるに過ぎず、本件土地全部について対抗することはできない。

2  (第二の四の4記載の被告らの再々抗弁に対し、)被告らは、「新国有財産法第四二条第二項の規定により効力を失うのは、本件土地に対する被告らの前記地上権の設定が無償であることだけであつて、その設定自体が効力を失うものでない。」旨を主張するのであるが、一つの無償の地上権設定行為をそのような二つの部分に分離し、その一つのみを無効とすることはできない。

被告らは、「新国有財産法第四二条第二項の規定は、憲法第二九条第一項の規定に違反し、無効である。」旨を主張するのであるが、法律の規定が財産権の内容を公共の福祉に適合するように定めるものである限り、それは、憲法第二九条第二項の規定にかなうものであり、その結果私有財産の消長に影響を及ぼすことがあつても、違憲とはならない。私人が国有財産を無償で使用することができるというような被告らの前記地上権は、被告らに特恵的に与えられた権利である。新国有財産法第四二条第二項の規定の趣旨は、国有財産の公共性にかんがみ、このような特恵的な権利の伸長保護を打切つたにとどまるのであつて、むしろ公共の福祉にかなうものであるから、右規定を違憲ということはできない。

第二(被告らの申立及び主張)

被告ら訴訟代理人は次のように陳述した。

一  (被告らの申立)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  (請求の原因としての原告の主張に対する被告らの答弁)

本件土地が原告の所有であること及び被告らが本件土地につき「第一の地上権」を有し、仮にそうでないとすれば、「第二の地上権」を有すると主張して、これを占有していることは、認めるが、その他の事実は、争う。

三  (被告らの抗弁)

1  被告らは、本件土地につき「第一の地上権」を有する。すなわち、

(一) 被告社団法人大日本水産会は、水産に関する研究、調査、試験、講習及び救済事業をし、かつ水産業の改善、発達を図ることを目的とし、被告社団法人大日本山林会は、林業の改良、進歩を図ることを目的とし、被告社団法人大日本農会は、農事の改良、発達を図ることを目的として、それぞれ設立された公益社団法人である。

(二) 本件土地を含む当時赤坂区溜池町所在田町第一御料地五、一二四坪五合五勺は、もと皇室の所有で、宮内省御料局の所管であつたが、被告らは、明治二三年九月一六日皇室から、被告らの事業の奨励及び助成の御趣旨をもつて、右御料地を、期間を五〇年と定め、無償で貸下げを受けた。(以下本件貸下げ行為という)。本件貸下げ行為は、その際被告らが御料局長あてに差入れた拝借証書(甲第二号証の一ないし四)の記載によつても明らかなように、被告らが右御料地の上に建物を所有すること及びその土地の一部を第三者に貸与し、第三者をして居住させることを目的としたものである。

(三) そして、被告らは、右御料地が当時渡船場が存在する沼沢地帯であつたので、多大の費用と犠牲を払つて埋立工事をしてこれを宅地とし、明治二四年一月頃右土地のうちの本件地上に、被告らの事務所として三会堂と称する木造瓦葺二階建九七坪七合五勺及び附属木造瓦葺平家建三八坪五合の建物を建築して自らこれを使用し、残余の土地を、御料局の承諾のもとに第三者に貸与し、第三者はこれに建物を建築して居住し、被告らはその地代を収得して、被告らの公益事業の運営資金にあててきた。

その後、右御料地五、一二四坪五合五勺は大正八年七月二九日その面積を五、二四一坪六合九勺と変更され、そのうち本件土地を含む三、八七四坪一合五勺の土地は同日宮内省から内務省に、次いで大正一一年四月一日内務省から大蔵省に所管換になつた。(残余の一、三六七坪五合四勺の土地は、昭和一一年八月四日被告らが宮内省から払下げを受けて、その所有権を取得した。)三会堂と称する右建物が大正一二年関東大震災で焼失したので、被告らは、原告の承諾のもとに、昭和二年四月二四日財団法人石垣産業奨励会に対し本件土地の一部を貸与し、同法人は被告らの事業を援助するため、右地上に港区赤坂溜池町一番地、家屋番号同町八四番、鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根五階建事務所一棟、一階ないし四階各階二三四坪、五階一〇〇坪、塔屋一〇坪及び同所、家屋番号同町二〇一番、鉄筋コンクリート造二階建居宅一棟、建坪三一坪一合八勺、二階二三坪六合八勺を建築し、(これらの建物も、前記焼失した建物と同じように三会堂と称し、昭和二七年一〇月二二日所有権保存登記をした。)、被告らはこれらの建物を被告らの事務所として、借用してきた。

(四) 以上の次第で、本件貸下げ行為は、無償であるが、その趣旨、目的、期間及び経過などからみて、民法に定める地上権の設定行為であり、これによつて被告らが取得した本件土地の使用権は地上権であることは明白である。

(五) 仮に本件貸下げ行為が地上権設定行為とは認められないとしても、その後の明治三三年四月一六日に施行された地上権ニ関スル法律(同年法律第七二号)の第一条に「本法施行前他人ノ土地ニ於テ工作物又ハ竹木ヲ所有スル為其ノ土地ヲ使用スル者ハ地上権者ト推定ス」と定められたので、本件貸下げ行為によつて被告らが取得した本件土地の使用権は地上権であるということができる。

(六) 本件土地に対する被告らの右地上権は、明治二三年九月一六日から五〇年を経過した昭和一五年九月一五日をもつてその存続期間が満了したが、被告らはその後も引続き本件土地の使用を継続し、原告も当時なんら異議を述べないで、その使用を許容してきたのであるから、(原告《関東財務局》がはじめて被告らに対し本件土地の返還を求めてきたのは、昭和二六年一二月二七日である)借地法第六条の規定により、右地上権の設定と同一の条件をもつて更に地上権を設定したものとみなされ、その存続期間は、本件地上には被告らから借地した財団法人石垣産業奨励会所有の三会堂と称する堅固な建物が存在するので、右更新の時から起算して三〇年、すなわち昭和四五年九月一五日までである。

このようにして、被告らは本件土地につき「第一の地上権」を有するのである。

2  仮に前記地上権には借地法の法定更新に関する規定の適用がなく、従つて「第一の地上権」が認められないとすれば、被告らは、本件土地につき「第二の地上権」を有する。

すなわち、被告らは、右期間満了の日である昭和一五年九月一五日から引続き、前記地上権を行使する意思をもつて、平穏かつ公然に本件土地を占有してその使用を継続ししかもその占有の始め善意かつ無過失であつたから、民法第一六三条により、一〇年を経過した昭和二五年九月一四日本件土地につき「第二の地上権」を時効により取得したものである。

四  (第一の三記載の原告の再抗弁に対する被告らの答弁及び再々抗弁)

1  (第一の三の4記載の原告の再抗弁に対し、)原告の右再抗弁事実のうち、被告らが前記地上権につき登記をしなかつたことは、認めるが、その他の事実は、争う。

仮に本件土地を含む三、八七四坪一合五勺の土地が宮内省から内務省に所管換になつたのは、皇室から原告に交換によつてその所有権が譲渡されたためであるとしても、右所管換にあたつて、宮内省が内務省に対し、大正四年六月三日附宮発第四五七号(宮内次官から内務次官あての)回答及び同月二九日附宮発第四九八号(宮内大臣から内務大臣あての)申牒をもつて、右土地は被告らに対し貸下げ中であるから、その権利義務を承継するにおいては、交換は差支えない旨申入れたところ、内務省は、これを了承し、被告らに対し、右土地に対する被告らの前記地上権を承認したのであるから、被告らは、登記がなくても、本件土地に対する前記地上権をもつて、原告に対抗することができる。

仮に右承認の事実が認められないとしても、被告らは、被告らが明治二四年一月頃本件地上に建築所有した、三会堂と称する前記建物につき、保存登記をしたから、建物保護ニ関スル法律(明治四二年五月二一日施行)第一条により、本件土地に対する前記地上権につき登記がなくても、これをもつて原告に対抗することができる。

2  (第一の三の5記載の原告の再抗弁に対し、)被告らは本件土地の一部を財団法人石垣産業奨励会に、その大部分を他に貸与しているが、同法人は、原告(農林省)の奨励と斡旋により、水産業、農業及び山林業の改善発達を図るため、被告らの公益事業を援助することを目的として設立され、その役員の大部分は被告らの役員のうちから選任され、被告らとは密接不可分の関係にある公益法人であり、原告(農林省及び大蔵省)の承諾のもとに、被告らから本件土地の一部を借受け、その地上に三会堂と称する前記建物(鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根五階建事務所等)を建築所有し、その建物の一部を被告らに事務所として使用させるとともに、その他の部分を第三者に事務所又は会場として使用させ、その収益を被告らにその事業資金として配分しているのであつて、右建物は、被告らの公益事業のためのみに使用されている。すなわち被告らが同法人に本件土地の一部を貸与しているのは、同法人をしてその地上に建物を建築所有させ、その使用収益によつて、被告らの公益事業を遂行するためである。また被告らが本件土地の大部分を他に貸与しているのも、それによる地代を被告らの事業資金にあてることによつて、被告らの公益事業を遂行するためである。

被告らが本件土地をこのような用途に使用する以上、それは、旧国有財産法に規定する「公益事業ニ供スル為必要アル場合」に該当するものというべきであるから、被告らに対する無償の前記地上権の設定は、なんら同法の規定にてい触することなく、従つてそれが右法規にてい触するものとして、本件土地に対する被告らの前記地上権につき、借地法第六条の適用を否定する原告の主張は、失当である。

3  (第一の三の6記載の原告の再抗弁に対し、)改正後の旧国有財産法は、同法施行後に新たに私人に対し国有財産の無償貸付け等をすることを許さなくなつたのにとどまり本件土地に対する前記地上権の設定のように、同法施行前既になされた国有財産の無償貸付け等までを無効にする趣旨ではないから、同法施行と同時に、被告らの前記地上権が消滅したものとする原告の主張は、理由がない。

4  (第一の三の7記載の原告の再抗弁に対し、)新国有財産法は、私人に対する国有財産の無償貸付け等を許さないが、同法第四二条第一項は、「この法律施行前にした国有財産の……貸付、私権の設定その他使用又は収益をさせる行為は、この法律の規定によつてしたものとみなす。」と、規定し、同条第二項は、「前項に掲げる行為であつてこの法律の規定にてい触するものは、そのてい触する限りにおいて、この法律施行の日に、その効力を失う。」と、規定しているのである。それゆえ新国有財産法施行前になされた本件土地に対する前記地上権の設定は、同法の規定によつてしたものとみなされ、前記地上権が有効に存続することは、右第一項の規定上疑問の余地がない。ただ前記地上権の設定は、それが無償であることが新国有財産法の規定にてい触するのであるから、右第二項の規定により、そのてい触する限りにおいて、すなわち無償であることだけが、同法施行の日にその効力を失うまでのことであつて同法施行前に既になされ、しかも同法の規定によつてなされたものとみなされる前記地上権の設定自体がその効力を失うものではない。従つて被告らの前記地上権は、同法施行後は、有償の地上権として存続することになり、ただその地代額が未決定の状態にあるに過ぎない。

もし原告が主張するように、新国有財産法第四二条第二項の規定により、前記地上権の設定自体がその効力を失い地上権が消滅するものと解されなければならないとすれば右規定は、私有財産制度を認め、国民が安全にその財産権を享有し、国の権力によつてもみだりにこれを侵し得ないものとして、財産権を保障した憲法第二九条第一項の規定に違反し、無効であるといわなければならない。

第三(立証)

一  原告指定代理人は、立証として、甲第一号証の一ないし六、第二号証の一ないし四、第三号証の一、二及び第四号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

二  被告ら訴訟代理人は、立証として、乙第一号証の一ないし三、第二、第三号証、第四号証の一、二、第五、第六号証、第七号証の一ないし一六、第八号証、第九、第一〇号証の各一、二、第一一号証の一ないし七、第一二号証及び第一三号証の一ないし三を提出し、証人倉田吉雄及び同小島万五郎の証言を援用し、甲号各証の原本の存在及び成立を認めて、これらをすべて利益に援用した。

理由

一  本件土地が原告の所有であり、被告らが、本件土地につき「第一の地上権」を有し、仮にそうでないとすれば、「第二の地上権」を有すると主張して、これを占有していることは、当事者間に争がない。

二  原告は、被告らがこれらの地上権を有することを争うので、まず被告らが本件土地につき「第一の地上権」を有するか否かについて、以下に判断する。

1  本件土地を含む当時赤坂区溜池町所在田町第一御料地五、一二四坪五合五勺がもと皇室の所有に属し、宮内省の所管であつたこと、被告らが明治二三年九月一六日皇室から右御料地を、期間を五〇年と定め、無償で貸下げを受けたこと(本件貸下げ行為という)は、当事者間に争がない。

2  被告らは、本件貸下げ行為は民法に定める地上権の設定行為であり、これによつて被告らが取得した本件土地の使用権は地上権であると主張するので、この点について検討する。

(一)  被告社団法人大日本水産会が水産に関する研究、調査、試験、講習及び救済事業とし、かつ水産業の改善、発達を図ることを目的とし、被告社団法人大日本山林会が林業の改良、進歩を図ることを目的とし、被告社団法人大日本農会が農事の改良、発達を図ることを目的として、それぞれ設立された公益法人であることは、当事者間に争がなく、原本の存在及び成立に争のない甲第一号証の一ないし六、甲第二号証の一ないし四及び成立に争のない乙第九号証の二竝びに証人倉田吉雄の証言によると、本件貸下げ行為は、皇室が被告らの事業の公益性にかんがみ、その事業を奨励し、助成する趣旨をもつて、なされたものであることは明らかである。

次に、成立に争のない乙第八号証及び乙第九、第一〇号証の各二竝びに証人倉田吉雄及び同小島万五郎の証言によると、右御料地は当時渡船場が存在するほどの沼沢地帯であつたので(右土地が沼沢地帯であつたことは、当事者間に争がない。)、被告らが、自己の費用で逐次埋立、排水、道路その他の改良工事を施して、これを宅地などに整地し、明治三七年一一月一三日右御料地のうちの本件土地の上に、被告らの事務所として、木造二階建約九七坪及び附属建物約三七坪の三会堂と称する建物を建築し(被告らが本件地上に三会堂と称する建物を建築したことは、当事者間に争がない。)、残余の土地を第三者に貸与して、その地代を被告らの事業資金にあて、借地人がこれに建物を建てて、居住するにいたつたこと、大正一二年関東大震災により三会堂と称する右建物が焼失したので(右建物焼失の点は、当事者間に争がない。)、被告らが昭和二年四月二四日財団法人石垣産業奨励会に本件土地の一部を貸与し、同法人が被告らの事業を援助するため、右地上に前と同じように三会堂と称する被告ら主張の鉄骨鉄筋コンクリート造建物を建築し、(被告らが本件土地の一部を右法人に貸与し、同法人がその地上に右建物を建築したことは、当事者間に争がない。)、被告らが右建物の一部を事務所として借受けてきたことが認められる。

そして、被告らが御料局長に差入れたもので、その成立に争のない甲第二号証の一ないし四の「拝借証書」には、「御料地拝借中ハ自費建築之家屋ニ対スル地方税区町村費之義務ハ悉皆拝借人ニ於テ負担支弁可仕候事」、「拝借年限中ト雖御用ノ節ハ速ニ返上可仕候尤モ此場合ニ於テハ相当ノ移転料御下渡シ被下候歟又ハ建物其他悉皆御買上被下候ハハ他ニ要償等ノ儀ハ聊カ申出間敷候事」、「拝借満期ニ至リ返上ノ節ハ自費建築之家屋ニ対シ移転料御下付又ハ御買上等決シテ出願不仕候事」及び「拝借ノ御料地内へ住居仕候者有之候共決シテ本籍ヲ移シ申間敷候事」の記載があるが、「拝借証書」のこれらの記載に徴し、なお前記認定の本件貸下げ行為の趣旨とその後の被告らの土地使用状況を参酌するときは、本件貸下げ行為における土地使用の目的は、建物の所有にあつたものと認めることができるのであつて、この認定を動かすに足りる証拠がない。

(二)  しかし、以上の本件貸下げ行為の趣旨、目的、期間及びその後の土地使用状況などを総合して考えても、本件貸下げ行為が民法に定める地上権の設定行為であつたと認定することは困難である。

けだし、本件貸下げ行為の趣旨である被告らの事業の奨励、助成のためや、土地の使用目的である建物の所有のためには、必ずしも右御料地に地上権を設定する必要がなく、その土地の使用貸借であつても、(その他の土地の使用収益に関する契約については、ここでは論及しないことにする。)右の趣旨や目的は達することができるし、本件貸下げ行為の存続期間のように五〇年という比較的長期の存続期間は、存続期間の最長期について法律上の制限がない使用貸借についても、定めることができるのであるから、本件貸下げ行為の趣旨、目的及び期間によつては、その後の土地使用状況を参酌してみても、本件貸下げ行為を民法に定める地上権の設定行為であると認定することはできない。まして地上権は、それが物権であることの特性として、地上権者が土地所有者の承諾がなくても、これを他に譲渡し、又は土地を他に賃貸し得るものであるが、被告らが皇室の承諾がなくても、本件貸下げ行為によつて取得した右御料地の使用権を他に譲渡し又は右御料地を他に賃貸することができたかどうかについては、これを明らかにする証拠はないのであるから、なお更のことである。

他に本件貸下げ行為が民法に定める地上権の設定行為であると認定するに足りる証拠がない。

3  ところが、被告らが明治二三年九月一六日になされた本件貸下げ行為によつて、本件土地につき建物の所有を目的とする土地使用権を有し、その土地の一部に三会堂と称する建物を所有し、その他の部分を第三者に貸与し、第三者がこれに建物を所有するにいたつたことは、既に述べたとおりであるから明治三三年四月一六日施行された地上権ニ関スル法律(同年法律第七二号)第一条に規定する、同法施行前他人の土地において工作物を所有するためその土地を使用する者に該当するものということができ、従つて右規定により、被告らの本件土地の使用権は地上権であると推定すべきである。

原告は、三つの理由をあげて、本件貸下げ行為は民法に定める使用貸借に相当し、被告らの本件土地の使用権を使用貸借上の権利と同一内容の権利であると主張して、右地上権の推定を否定するかのようである。しかし、

(一)  土地の使用が無償であることは、使用貸借のみに限られた要素でなく、地上権の設定も無償でなされ得るのであり、たとい無償の地上権の設定の実例が少ないとしても、そのことが、本件貸下げ行為を使用貸借に相当するものと認めるべき根拠とならないことはいうまでもない。

(二)  前掲甲第二号証の一ないし四の「拝借証書」には、「地上権」の語が用いられていないのはもちろん、その趣旨を推測させる語さえ用いられていないで、「拝借」の語が数多く用いられていることは、原告のいうとおりであるが、民法施行前は、旧民法の公布後といえども、土地の使用関係については、その性質のいかんにかかわらず、概して貸借の語が用いられていたのであるから、民法施行前の証書である「拝借証書」に「拝借」の語が数多く存在するところから、直ちに本件貸下げ行為を使用貸借に相当するものということはできない。

(三)  本件貸下げ行為において、土地使用の目的が建物の所有にあつたことは既に認定したとおりであるが、その目的を建物の所有のみに限定したと認めるべき証拠はない。むしろ本件貸下げ行為の趣旨からすれば、当事者の意思としては、被告らが右御料地を建物の所有以外の目的、たとえば原告の主張するように、養魚池、果樹園、農場その他試験研究的な水産、植林又は農耕の用に供するためにも、土地を使用することを認めていたものと推測されるのである。しかし地上権は、他人の土地に工作物又は竹木を所有するためにその土地を使用する権利であつて、この権利を設定する契約において、当事者が工作物又は竹木の所有以外の目的のためにも土地を使用することを約したとしても、右契約による地上権の成立を妨げるものでない。従つて本件貸下げ行為が土地使用の目的を建物所有のみに限定しないからといつて、右行為を使用貸借に相当するものと認めることはできない。

他に本件貸下げ行為を民法に定める使用貸借に相当するものと認めるに足りる証拠がない。

なお原告は、「被告らは地上権ニ関スル法律施行当時現実に本件土地全部の上に工作物又は竹木を所有していたのではないから、同法第一条の規定による推定は受けられない。」と、主張するのである。しかし地上権は、他人の土地において工作物又は竹木を所有するためその土地を使用することを本質的な内容とする権利であつて、他人の土地において工作物又は竹木を所有することを本質的な内容とする権利ではない。従つて工作物又は竹木の存在しない土地に地上権を設定することができ、また地上の工作物又は竹木が滅失しても、その土地の地上権は消滅しない。ゆえに被告らが本件土地全部につき建物の所有を目的とする土地使用権を有する以上、本件土地全部には建物が存在しなくても、地上権ニ関スル法律第一条の規定により、地上権者との推定を受けるものと解すべきである。

他に被告らの本件貸下げ行為によつて取得した本件土地の使用権を地上権とする推定をくつがえすに足りる証拠がないから、被告らの本件土地の使用権は、存続期間を五〇年とする無償の地上権であるといわなければならない。

4  原告は「被告らの本件土地に対する前記地上権については登記がないから、被告らは、これをもつて原告に対抗することができない。」旨を主張するのである。

被告らが貸下げを受けた皇室所有の御料地五、一二四坪五合五勺が大正八年七月二九日その面積を五、二四一坪六合九勺に変更され、そのうち本件土地を含む三、八七四坪一合五勺の土地が同日宮内省から内務省に所管換になつたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない乙第七号証の一ないし一三によると、右所管換は、皇室所有の右土地の所有権が原告所有(内務省所管)の麹町区内山下町一丁目一番地所在三、八七四坪二合の土地との交換により、原告に移転されたためであると認められるところ、原告が右土地の所有権を取得した際、被告らの前記地上権につき登記がなかつたことは、被告らの認めるところである。

しかし、証人倉田吉雄及び同小島万五郎の証言によると、原告は、原告(関東財務局)が被告らに対し本件土地の返還を求めた昭和二六年一二月までは、被告らの本件土地の使用につき異議を述べたことがなかつたことが認められ、成立に争のない乙第七号証の七ないし一六に右事実を合せて考えると、右土地の所管換にあたり、宮内省が内務省に対し、右土地は被告らに貸下げ中であるから、その権利義務を承継するにおいては、交換にさしつかえない旨申入れたところ、内務省がこれを了承し、被告らに対し被告らの前記地上権を承認したものと認められるから、被告らは、登記がなくても、本件土地に対する前記地上権をもつて、第三者である原告に対抗することができるものといわなければならない。

5  本件土地に対する被告らの前記地上権は、明治二三年九月一六日から五〇年を経過した昭和一五年九月一五日をもつて、その存続期間が満了したことが明らかであるが、証人倉田吉雄及び同小島万五郎の証言によると、被告らが右期間満了後も引続き本件土地の使用を継続し、原告が当時これにつき異議を述べたことがなかつたことが認められる。従つて被告らは、借地法第五条及び第六条の規定により、右期間満了の際前記地上権の設定と同一の条件をもつて更に地上権を設定されたものとみなされ、その存続期間は、(本件貸下げ行為において建物の種類及び構造の定めがあつたと認めるべき証拠がなく、従つて借地法第三条の規定により、前記地上権は非堅固な建物の所有を目的としたものとみなされるから)、右更新の時から起算して二〇年、すなわち昭和三五年九月一五日までである。

原告は、「被告らの無償の前記地上権の設定は、旧国有財産法の規定にてい触するから、法定更新に関する借地法の規定の適用を受けない。」旨を主張するのである。

旧国有財産法(昭和二二年法律第八六号による改正前の大正一〇年法律第四三号国有財産法)第一六条は、「国有財産ハ帝室用又ハ公共団体若ハ私人ニ於テ公共用、公用若ハ公益事業ニ供スル為必要アル場合及勅令ニ特別ノ規定アル場合ヲ除ク外無償ニテ之ヲ貸付ケスルコトヲ得ズ」と、規定し、第二〇条は、「第五条(第一五条ないし第一九条)ノ規定ハ貸付ニ依ラズシテ国有財産ノ使用又ハ収益ヲナサシムル契約ニ付之ヲ準用ス」と、規定し、これらの規定によると、国有財産は、帝室用に供するため必要ある場合及び勅令に特別の規定ある場合は別として、「公共団体若ハ私人ニ於テ公共用、公用若ハ公益事業ニ供スル為必要アル場合」にだけ、無償で、貸付け又は貸付けによらないで―地上権の設定などにより―使用収益をさせること(貸付け等という)ができるが、それ以外には、国有財産を無償で貸付け等をすることは絶対に許されなかつた。そして右規定が、公共団体又は私人に対する国有財産の無償貸付け等を許したのは、これらの者が営む公共事務又は公益事業を助長することを目的としたもので、これらの者を財政、経済的に援助することを目的としたものではないから、右規定にいう「公共団体若ハ私人ニ於テ公共用、公用若ハ公益事業ニ供スル為必要アル場合」とは、公共団体又は私人が国有財産を直接公共用、公用もしくは公益事業に供するため必要ある場合に限られ、これを第三者に使用させ、その収益で公共事業又は公益事業を営むような場合は含まれないと解すべきである。

被告らの前記地上権の設定は、旧国有財産法によつてなされたものとみなされるところ(同法第三二条)、前記地上権の存続期間満了当時被告らは、本件土地の一部を財団法人石垣産業奨励会に貸与し、同法人がその地上に建築所有する建物の一部を被告らの事務所として使用し、本件土地の大部分をその他の第三者に貸与し、その収益を被告らの事業資金にあてていたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない乙第四号証の二及び証人小島万五郎の証言によると、財団法人石垣産業奨励会は、右建物のうち被告らに使用させていた以外の部分を第三者に使用させ、その収益を被告らにその事業資金として配分していたことが認められるのであつて、被告らがこのような用途に本件土地を使用することは、(たとい、被告らのいうように、財団法人石垣産業奨励会が、被告らの公益事業を援助するために設立され、その他役員関係におけるなど被告らと密接不可分の関係にある公益法人であつても)、本件土地を被告らの公益事業に供するものとはいえないから、旧国有財産法の右規定にてい触するものといわなければならない。

しかし、被告らの前記地上権が、本件土地を被告らの右のような用途に使用するために設定されたものと認めるべき証拠はなく、むしろ本件貸下げ行為の趣旨からすれば、本件土地を被告らの公益事業に供するために設定されたことが明らかであるから、前記地上権の設定が旧国有財産法の右規定にてい触するものとはいえない。被告らの本件土地の使用方法が右規定にてい触することは、前記地上権設定上の義務違反の問題を生ずることがあつても、法律に特別の規定がない以上、それが直ちに前記地上権設定の効力に影響を及ぼすものと解することはできない。

このように、無償の前記地上権の設定はなんら旧国有財産法の右規定にてい触するものでないから、それが右規定にてい触することを前提として、前記地上権に対する法定更新に関する借地法の規定の適用を否定する原告の主張は、理由がない。

以上の次第で、被告らは右法定更新により昭和一五年九月一六日本件土地につき、建物所有を目的とし、存続期間を、二〇年すなわち昭和三五年九月一五日までとする無償の地上権の設定を受けたものということができる。

6  そこで、原告は「更新後の被告らの無償の前記地上権は、改正後の旧国有財産法の施行と同時に消滅した。」と、主張するのである。

国有財産法の一部を改正する法律(昭和二二年法律第八六号)は旧国有財産法第一六条を改め、同条第一項に、「国有財産ハ之ヲ無償ニテ貸付スルコトヲ得ズ但シ公共団体ニ於テ公共用、公用若ハ公益事業ニ供スル為必要アル場合其ノ他法律ニ別段ノ定アル場合ハ此ノ限ニ在ラズ」と、規定したので、改正後の旧国有財産法施行後における私人(私法人を含む)に対する国有財産の無償貸付け等は同法第一六条第一項(第二〇条)の規定にてい触し、無効といわなければならない。しかし被告らの無償の前記地上権の設定のように、改正後の旧国有財産法施行前になされた私人に対する無償貸付け等にまでさかのぼつて同法の右規定を適用する旨を明かにした法律の規定がないから、被告らの前記地上権の設定が改正後の旧国有財産法の施行と同時にその効力を失い、右地上権が消滅したものとする原告の主張は理由がない。

7  更に原告は、「被告らの無償の前記地上権は新国有財産法の施行と同時に消滅した。」と、主張するのである。

国の財政の基本を定めた財政法は第九条第一項に、「国の財産は、法律に基く場合の外、ヽヽヽヽヽ適正な対価なくしてこれをヽヽヽヽヽ貸付けてはならない。」と、規定し、国有財産の管理処分について定めた新国有財産法は第二〇条に、「普通財産は、第二一条から第三一条までの規定によりこれをヽヽヽヽヽ貸し付けることができる。」と、規定し、第二二条第一項に、「普通財産は、左に掲げる場合においては、これを公共団体に貸し付けることができる。<以下省略>」と、規定し、第二六条に、「前五条の規定は、貸付以外の方法により普通財産の使用又は収益をさせる場合に、これを準用する。」と、規定している。これらの規定によると、国有財産(普通財産)は貸付け等をすることができるが、無償で貸付け等をすることができるのは、公共団体が特定の公共の用に供する場合において、その公共団体に対してすることができるだけであつて、その他の場合には、無償で国有財産の貸付け等をすることができず、必ず有償でしなければならないことにしている。従つて本件土地(普通財産)に対する被告らの無償の地上権の設定は明らかに新国有財産法第二六条の規定にてい触する。しかも新国有財産法は、第四二条第一項の規定で、同法施行前にした国有財産の貸付け等は同法の規定によつてしたものとみなすとともに、同条第二項に、これらの「行為であつてこの法律の規定にてい触するものは、そのてい触する限りにおいて、この法律施行の日に、その効力を失う」旨を規定しているから、被告らの無償の前記地上権の設定は、同法施行の日である昭和二三年七月一日にその効力を失い、右地上権は消滅したものといわなければならない。

被告らは、「被告らの前記地上権の設定は、それが無償であることが新国有財産法の規定にてい触するのであるから、同法第四二条第二項の規定により、そのてい触する限度において、すなわち無償であることだけが同法施行の日にその効力を失うまでのことであつて、前記地上権の設定自体がその効力を失うものでない。」と、主張するのである。なるほど形式的に考えれば、被告らに国有財産の貸付け等をすること自体が新国有財産法第二〇条及び第二六条の規定にてい触するのではなく、それが有償でないこと、すなわち無償であることが右規定にてい触し、その限度において効力を失うものといえないことはない。しかしそのように考えて、国有財産の貸付け等が無償であることだけが効力を失うものとしても、当事者の合意又は法律の特別な規定がない限り、それが有償にかわるものと解することができない。同法第二〇条及び第二六条の規定の趣旨からすれば、被告らに対しては有償でなければ国有財産の貸付け等をすることができないのであるから、本件土地に対する被告らの前記地上権の設定は、それが無償である以上、そのすべてが新国有財産法第二六条の規定にてい触し、同法の施行と同時にその効力を失うものと解するほかない。

ところで、被告らが主張するように、はたして新国有財産法第四二条第二項の規定が日本国憲法第二九条第一項の規定に違反し、無効であるかどうかについて判断しなければならない。

日本国憲法第二九条第一項は、「財産権はこれを侵してはならない。」と、規定し、私有財産制度を認めて、財産権は、国家権力によつて―行政権はもちろん立法権によつても―侵されないものとして、これを保障している。しかし同条第二項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」と、規定し、右のように保障された財産権といえども絶体的なものでなく、公共の福祉の要請があれば、これに適合するように一般的に規制し得るものとしている。従つて財産権は、新たに発生する財産権のみならず、現存する財産権も、公共の福祉に反する場合には、立法権によつて一般的に制限し、更に財産権の性質とこれに対する公共の福祉の必要度のいかんによつては、これを剥奪消滅させることもできるものと解するのが相当である。

国有財産は、主として国の負担において国が取得した財産であつて、その管理に要する経費もまた国の負担に属する。従つて普通財産といえども国有財産の管理処分は国民の利害に密接な関係を有し、常に公共の福祉に適合するようにこれを管理処分しなければならない。財政法第九条第二項が、「国の財産は、常に良好の状態においてこれを管理し、その所有の目的に応じて、最も効率的に、これを運用しなければならない。」と、規定し、同条第一項及び新国有財産法第二〇条、第二六条が一般に私人に対しては有償でなければ国有財産の貸付け等をすることができない旨を規定しているのも、そのためであつて、私人に対して無償で国有財産の使用収益をさせることは、著しく公共の福祉に反するものといわなければならない。ゆえに新国有財産法第四二条第二項が、同法施行前にした国有財産の無償貸付け等は、同法施行の日に、その効力を失うものとし、かかる行為によつて既に発生した国有財産に対する無償の使用収益権は、それが物権であると債権であるとを問わず、消滅するものと規定しても、これを憲法に違反する規定ということはできない。

(以上のように、本件土地に対する被告らの無償の前記地上権が新国有財産法施行の日に消滅したものと解するとしても、被告ら又は被告らから借地権の設定を受けた者は原告に対し、同人らが権原によつて本件土地に附属せしめた建物その他の物の買取請求権を有するものと解すべきである。けだし被告らの前記地上権の消滅は、地上権設定契約の合意解除によるものでもなく、被告らが地上権を放棄したことによるのでもなく、また被告らの債務不履行によつて契約が解除されたことによるのでもなく、けつきよく地上権の存続期間が満了し、しかも契約の更新がない場合に相当し、借地法第四条第二項の規定を類推適用すべきものと考えられるからである。)

以上の次第で、被告らが本件土地につき「第一の地上権」を有するものと認定することはできない。

三  次に被告らが本件土地につき「第二の地上権」を有するか否かについて、以下に判断する。

被告らが昭和一五年九月一五日以後引続き本件土地を占有していることは当事者間に争がないところ、被告らは、「被告らの右占有は、地上権を行使する意思で、平穏かつ公然になされ、しかも占有のはじめ善意かつ無過失であつたから、一〇年の時効により、本件土地につき「第二の地上権」を取得した。」と、主張するのであるが、既に述べたように、昭和二三年七月一日に施行された新国有財産法は、私人に対しては有償でなければ国有財産の貸付け等をすることができないものとし、同法施行前になされた国有財産の貸付け等でも、それが有償でない以上、同法施行の日にその効力を失うものとしたのであつて、国有財産に対する私人の無償の使用収益権の存在を認めないのであるから、被告らが有償の地上権を行使する意思で本件土地を占有するのでなければ、本件土地につき地上権を時効により取得することはできないものといわなければならない。ところで被告らの本件土地の占有が有償の地上権を行使する意思でなされたものと認めるに足りる証拠はないから、被告らが本件土地につき「第二の地上権」を時効により取得したものとする主張は、その他の点について論ずるまでもなく、理由がない。

四  よつて、原告の本訴請求は、正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田豊 島原清 佐野昭一)

目録

(一) 土地

(1)  東京都港区赤坂溜池町一番の二 宅地 一、〇三五坪六合

(2)  同町同番の三六        宅地 六七坪七合二勺

(3)  同町同番の三七        宅地 五七坪八合六勺

(4)  同町同番の三八        宅地 六六坪二合一勺

(5)  同町同番の三九        宅地 二八坪七合二勺

(6)  同町同番の四〇        宅地 一一坪二合三勺

(7)  同町同番の四一        宅地 六九坪二合五勺

(8)  同町同番の四二        宅地 六八坪六合四勺

(9)  同町同番の四三        宅地 二九坪七合四勺

(10) 同町同番の四四        宅地 三〇坪八合二勺

(11) 同町同番の四五        宅地 五三坪五合五勺

(12) 同町同番の四六        宅地 三八坪五合九勺

(13) 同町同番の四七        宅地 七九坪一合二勺

(14) 同町同番の四八        宅地 二四坪三合八勺

(15) 同町同番の四九        宅地 九二坪三合三勺

(16) 同町同番の五〇        宅地 四三坪一合

(17) 同町同番の五一        宅地 二一九坪三合二勺

(18) 同町同番の五二        宅地 三三坪六合九勺

(19) 同町同番の五三        宅地 二九坪〇合二勺

(20) 同町同番の五四        宅地 三七坪七合五勺

(21) 同町同番の五五        宅地 五九坪八合三勺

(22) 同町同番の五六        宅地 一九坪一合六勺

(23) 同町同番の五七        宅地 一八坪四合三勺

(24) 同町同番の五八        宅地 二六坪四合六勺

(25) 同町同番の五九        宅地 二〇坪六合四勺

(26) 同町同番の六〇        宅地 三九坪六合

(27) 同町同番の六三        宅地 二〇坪二合五勺

(28) 同町同番の六四        宅地 六二坪六合七勺

(29) 同町同番の六五        宅地 三六六坪四合七勺

(30) 同町同番の六六        宅地 七四坪二合九勺

(31) 同町同番の六七        宅地 六六坪九合二勺

(32) 同町同番の六八        宅地 六五坪六合七勺

(33) 同町同番の六九        宅地 三四坪三合五勺

(34) 同町同番の七〇        宅地 三五坪七合二勺

(35) 同町同番の七一        宅地 七一坪九合二勺

(36) 同町同番の七二        宅地 二〇五坪五合六勺

(37) 同町同番の七三        宅地 四九六坪五合四勺

合計 三、八〇一坪一合二勺

(二) 右土地についての左記地上権

(1)  地上権の目的 建物所有

設定の日   明治二三年九月一六日

更新の日   昭和一五年九月一六日

存続期間   昭和四五年九月一五日まで

(2)  地上権の目的 建物所有

取得の日   昭和二五年九月一四日

存続期間   定めがない。

右は正本である。

昭和三五年四月二日

東京地方裁判所民事第一三部

裁判所書記官 竹岡毅

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