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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)189号 判決 1958年12月09日

事実

原告川内安忠は、請求原因として、被告飛鳥繁は昭和三十年五月十日訴外尾形藤吉に宛て金額五十万円、満期同年七月十日なる約束手形一通を振り出したが、原告は同年五月三十一日右尾形藤吉から裏書譲渡を受け右手形の所持人となつたので、原告は満期日を過ぎた日である本訴状送達の日(昭和三十二年一月二十日)において、本訴状をもつて本件手形の呈示に代える。よつて原告は被告に対し、本件手形の手形金五十万円とこれに対する支払済までの遅延利息の支払を求めると主張した。

被告は、原告が本件手形の裏書譲渡を受けた日時が昭和三十年五月三十一日であることを否認し、抗弁として、原告は訴外尾形藤吉から本件手形の満期日である昭和三十年七月十日以後に裏書譲渡を受けたものであるから、原告は、いわゆる期限後裏書によつて本件手形の所持人となつたものである。従つて、振出人たる被告が受取人たる尾形藤吉に対し対抗し得べき抗弁事由はすべて原告に対し対抗し得るところ、本件手形は、被告が、右尾形の要求により同人が他に金融を与える際の単なる見せ手形とするため、何らの資金関係もなく右尾形に宛てて振り出したものであるから、被告は、右約旨に反して本件手形を取得した原告に対し、本件手形上の債務を負担すべきいわれはないと主張した。

理由

原告が本件手形を訴外尾形藤吉から裏書譲渡を受けた期日について判断するのに、本件手形の裏面裏書欄によると、満期日の以前である昭和三十年五月三十一日右尾形藤吉が原告に対し本件手形を裏書譲渡した旨の記載があるが、原告が成立を争わない催告書の記載に照らすと、満期日である昭和三十年七月十日以後右尾形が被告に対し本件手形金の支払を求めていたことを認めることができ、これと尾形藤吉の証言を総合すれば、右催告書の発信時即ち昭和三十一年四月二十七日当時、前述の本件手形裏面の裏書欄の裏書はいまだなされていなかつたことが推定できるから、当時の本件手形の所持人は尾形藤吉であつたことが認められる。とすると、本件手形の裏書が現実になされた日時は少なくとも昭和三十一年四月二十七日以後であると認められ、結局原告は本件手形を右尾形からいわゆる期限後裏書によつて取得したものと認めることができる。そうすると、本件手形の振出人である被告が受取人である尾形藤吉に対し対抗し得べき一切の抗弁は原告に対しても対抗し得るものといわなければならない。

そこで抗弁事由の有無についてみるに、証拠によれば、尾形藤吉は競走馬共済会の会長であり、関東トレーナークラブの会長をも兼ねていたこと、右競走馬共済会は南洋商事株式会社に保険事務の代行を委嘱していたこと、南洋商事株式会社は競走馬共済会に納入すべく保管中の金員のうち約二百万円を東洋蛭石株式会社に流用し、その穴埋めについて苦慮した結果、被告を含む関係者が集り協議を重ねた結果、南洋商事株式会社が一時関東トレーナークラブから借入金をして流用した二百万円を共済会に返済し、右金額はやがて中央競馬会から共済会へ金がおりた場合決済すること、右借入については関東トレーナークラブの会員の眼を糊塗するために見せ手形として被告が右トレーナクラブの会長である尾形に対し手形を差入れること、本件手形はその際被告が尾形に宛てて振り出した何れも金額五十万円の四枚の手形中の一枚であり、その後書き替えられたものであることの事情がうかがわれる。また、被告本人尋問の結果によれば、尾形藤吉に対して手形を振り出すに当つては、双方右の事情一切を了解の上、単なる形式的な見せ手形とする以外他に手形を用いない旨確約したこと、原告から被告に対しては金員の交付がなされなかつたことが認められる。

そうすると、尾形藤吉と被告との間に実質的な債務負担関係が発生していないとする被告の抗弁は理由があり、本件手形の期限後裏書による譲受人である原告に対しても右の抗弁をもつてこれを対抗することができるというべきであるから、被告は原告に対し本件手形の手形金支払の債務を負担すべき義務を有せず、原告の被告に対する請求はその余の点を判断するまでもなく失当であるとしてこれを棄却した。

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