大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)3471号 判決 1963年7月19日

判   決

和歌山県和歌山市岡山町一〇番地

原告(昭和三二年(ワ)第三四七一号)

株式会社三晃商会

右代表者代表取締役

阿曽沼健

同県同市関戸四一二番地

原告(昭和三二年(ワ)第三四七二号)

阿曽沼健

右原告両名訴訟代理人弁護士

倉田雅充

東京都豊島区椎名町二丁目一八四三番地

被告(右両事件)

更生会社菅原建設株式会社

管財人 牧野雅楽之丞

北海道札幌郡豊平町字月寒三五〇番地

被告(右両事件)

更生会社菅原建設株式会社

管財人 熊谷勇

右被告両名訴訟代理人弁護士

宮内厳夫

右当事者間の昭和三二年(ワ)第三、四七一号および昭和三二年(ワ)第三、四七二号更生債権確定請求併合事件につき、次のとおり判決する。

主文

一、原告阿曽沼が更生会社菅原建設株式会社に対し、金七五〇、〇〇〇円の更生債権およびこれと同額の議決権を有することを確認する。

二、原告株式会社三晃商会の請求を棄却する。

三、訴訟費用中、弁論併合以前に生じた分についてはそれぞれの事件の敗訴当事者の負担とし、併合の後に生じた分については、原告株式会社三晃商会及び被告両名の平分負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告株式会社三晃商会(以下原告会社という)の申立

原告会社が更生会社菅原建設株式会社に対し金二、一六五、〇〇〇円の更生債権およびこれと同額の議決権を有することを確認する。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

二、原告阿曽沼健(以下原告阿曽沼という)の申立

主文第一項同旨

三、被告両名の申立

原告会社および原告阿曽沼の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

第二、原告両名の請求原因

一、更正手続に関する事項

1  訴外菅原建設株式会社(以下更生会社という)は昭和三一年一一月一日東京地方裁判所で更生手続開始決定をうけ(同裁判所昭和三一年(ミ)第九号事件)、被告両名はいずれも同更生会社の管財人である。(原告両名に共通の主張)

2  昭和三二年四月一〇日の債権調査期日において原告株式会社三晃商会は被告らよりその届出更生債権中二、一六五、〇〇〇円の更生債権及び同額の議決権につき異議を申立てられ、

3  原告阿曽沼は、その届出更生債権七五〇、〇〇〇円及び同額の議決権につき異議を申立てられた。

二、原告会社の更生債権

1  更正会社は和歌山県から鳥尾川護岸復旧工事を請負つていたが、昭和二九年頃より右工事の一部を株式会社柴崎建設に下請けさせていた。

2  更生会社は右柴崎建設のため、同会社の工事用セメントの供給先である原告会社に対し、セメント代金の支払を保証した。すなわち、昭和三〇年一月中旬頃、更生会社の代理人である和歌山県出張所長倉崎利政は当時原告会社の代表者であつた原告阿曽沼に対し、柴崎建設が同年一月末日以降原告会社より購入するセメント代金については更生会社においてその支払を保証する旨を約した。

3  原告会社は柴崎建設に対し、昭和三〇年一月末日頃から同年四月頃までの間に代金二、九九九、五〇〇円相当のセメントを売渡し、これに対し、柴崎建設は八三五、〇〇〇円の支払をしたが、その残金二、一六五、〇〇〇円(計数上二、一六四、五〇〇円となる、原告は残金の計算を誤つているものと思われる)を履行期を徒過して未だに支払わない。

三、原告阿曽沼の更生債権

1  原告会社の代表取締役である原告阿曽沼は当時更生会社の和歌山県出張所長として更生会社から同出張所長の必要資金の借入についてもその代理権を与えられていた倉崎利政より、資金貸与方の懇請をうけたので、原告会社は左記二回に亘り更生会社に資金を貸与した。

(イ) 昭和二九年一二月二九日、元金一〇〇万円、無利息、弁済期昭和三〇年一月末日

(ロ) 昭和三〇年二月一六日、元金一〇〇万円、無利息、弁済期同年同月末日

2  右二回にわたる貸金合計二〇〇万円に対し、更生会社は昭和三〇年五月三〇日までに四回に亘り合計一二五万円を支払い、原告会社の貸金残額は七五万円となつた。

3  その後前記昭和三〇年五月三日の後の間もない頃原告阿曽沼は原告会社より前記七五万円の残債権を譲りうけ、その頃譲受人である原告は右債権譲受の事実を更生会社の代理人である前記倉崎に口頭で通知したところ、同人はこれに対し異議を留めることなく承諾した。

四、表見代理(民法第一一〇条)の主張

かりに、倉崎出張所長が前記二における保証契約、三における消費貸借契約、債権譲渡についての承諾等につき更生会社を代理する権限がなかつたとしても、同人は更生会社の和歌山県出張所長として、当時更生会社が和歌山県から請負つた鳥尾川護岸復旧工事につき工事につき工事見積、入札、代金の請求受領等の代理権限を有し、また同工事の施行につき前記柴崎建設に下請させるための契約締結代理権を有しており、さらに更生会社の和歌山県下における取引上の金銭支払については三和銀行和歌山支店に「菅原建設株式会社和歌山出張所倉崎利政」という預金口座を設け、右名義をもつて小切手を振出していた。したがつて、原告会社代表者であつた原告阿曽沼が倉崎に前記各代理権があるものと誤信すべき正当な事由があるものというべきである。

第三、被告らの答弁

一、請求原因一の1ないし3の事実は認める。

二、同二のうち1の事実は認める。23の各事実は争う。但し、原告阿曽沼が原告会社の代表取締役であつたこと、ならびに倉崎利政が更生会社の和歌山県出張所長であつたことは認める。

三、同三の1ないし3の事実は否認する、(前項の但書引用)

原告主張の貸借は倉崎個人が原告阿曽沼より借りうけたものであり、しかもそれは両名の間で既に全額弁済ずみのものである。

四、同四の事実及び主張について、原告主張の事実関係はすべて認める。しかし、右事実からして倉崎に代理権ありと信ずべき正当の理由があるとの主張は争う。原告主張にかかる倉崎の各権限はすべて菅原建設の個別的な委任に基くもので出張所長としての当然の権限ではない。のみならず、倉崎と原告阿曽沼とは本件取引当時和歌山県内の土木関係業者等によつて組織されていた親睦団体「七日会」の席上で毎晩のように会合し、個人的にも特に親しい間柄であつたのであるから、原告阿曽沼は倉崎に原告ら主張のような本件各代理権がないことを知つていたのであり、かりに知らなかつたとしても知らざるにつき過失があつたとみるべきであるから、正当事由もなかつたというべきである。

第四、証拠関係(省略)

理由

一、請求原因一の事実ならびに原告阿曽沼が原告会社の代表取締役であつたこと、及び倉崎利政が更生会社の和歌山県出張所長であつたことは当事者間に争いない。

二、よつてまづ請求原因二(保証の点)について検討する。

1  保証の事実について

更生会社が和歌山県から請負つた鳥尾川護岸復旧工事の一部を柴崎建設に下請させたことは当事者間に争がないが、同会社が原告会社から購入したセメントの代金債務につき更生会社が保証したという事実についてはこれを認むべき適確な証拠はない。もつとも、証人倉崎利政はその第一回の証言において、保証の語を用いた供述をしているが、その語はむしろ原告訴訟代理人の質問に誘導されて不用意に用いられたものであつて、しかもその趣旨も後述のように、たんに原告会社の柴崎建設に対するセメント代金の支払が確保されていることをいうにあつたことは、その供述自体から明らかであり、また、原告会社代表者兼原告阿曽沼健本人も出張所長倉崎は柴崎建設の原告会社に対するセメント購入代金の支払につき原告会社に迷惑をかけないと言明した旨供述しているが(第一、二回)、その趣旨も決して更生会社が柴崎建設の原告会社に対する債務を保証したというにあるのではなく、たんにその支払が確保されていることを言明した意であることもその供述自体から窺われる。なお成立に争のない甲第三号証は更生会社の取締役高橋勇および出張所長倉崎から原告会社に対し柴崎建設の原告会社に対する債務については、将来の工事請負の際に遂次解決するが、取りあえず一、〇〇〇、〇〇〇円程度を補填解決したい旨記載して差し入れた覚書であり、原告会社代表者兼原告阿曽沼健本人は更生会社取締役高橋勇および出張所長倉崎はその字義どおり言明した趣旨を述べているが(第一、二回)、翻つて(証拠―省略)を綜合すると、柴崎建設が原告会社に対するセメント代金支払のために同会社宛に振り出した約束手形が不渡りとなつたため、原告会社も販売代理店をしているセメント仕入先の大阪窯業に対する決済が不能となり、そのため大阪窯業から代理店契約を解除されるおそれを生じたところから、出張所長倉崎が原告会社代表取締役阿曽沼の依頼を受け、更生会社の取締役高橋勇の承認を受けて右の覚書を作成したものであつて、それはたんに原告会社が大阪窯業から代理店契約を解除されない便宜のため作成されたものにすぎないことが認められるから、これによつて更生会社が柴崎建設の原告会社に対するセメント代金債務を保証したものと認めえないことはいうまでもない。この認定に反する原告会社代表者兼原告阿曽沼本人の供述部分は採用しない。のみならず、原告会社が柴崎建設にセメントを納入するに至つた経緯を辿つてみるに、(証拠省略)によれば、柴崎建設は従来セメント購入代金の支払いが悪かつたため、その入手が思うようにできず、下請工事の進行にも支障をきたしていたところから出張所長倉崎に対しセメント購入先の斡旋方を依頼した。そこで、その依頼を受けた右倉崎は下請工事の遷延により、ひいて右護岸旧工事の完成が遷延する結果に立ちいたることを憂慮し、原告会社代表者阿曽沼に対し柴崎建設へのセメントの納入方を懇請し、それについては、更生会社は柴崎建設に対し常時三ないし四、〇〇〇、〇〇〇円の下請工事代金の支払債務を負つているから、若し柴崎建設がセメント代金を支払わないようなことがあれば、それに相当する右下請工事代金債権の差し押えが可能であり、セメント代金の取立については心配はない旨を附言した。その結果、原告会社は柴崎建設に対するセメントの販売方を承諾し更生会社に対する納入方法と同じくあて先を七日会名義として、セメントの納入をはじめた。以上の事実が認められるのであつて原告会社が柴崎建設にセメントを納入はじめたのは、その代金の取り立てが、更生会社に対する柴崎建設の下請工事代金債権の差し押えによつて担保されることを、出張所長倉崎の言により確認したためであり、右倉崎が柴崎建設に対するセメント代金の支払を保証したためではないと認められるのである。

従つて、柴崎建設に対するセメント代金の支払保証契約の締結を前提とする原告会社の請求は、爾余の点を判断するまでもなく、すでにこの点において失当である。

三、次に請求原因三(金銭貸借の点)につき検討する。

(一)  (証拠―省略)を綜合すると、結局原告主張の請求原因三のうち1の事実(但し、倉崎の代理権の存否については後述)はこれを認めるのを相当とする。

(二)  この点に関し、被告は、本件貸借は和歌山県出張所長であつた倉崎利正はその経理処理が放漫で会社の資金を自己の用途に流用してしまつたので、その補填策として倉崎出張所長個人の資格で当時公私ともに親しくしていた原告阿曽沼より借受けたものであり、しかも右貸借は両名の間で既に弁済ずみとなつていると主張するので、以下これらの点につき、問題となる諸点につき証拠を尋ねながら検討を加える。

(1)  まず、本件貸借につき和歌山県出張所の金銭出納簿に記載されず、また伝票も発行されなかつたことは(中略)被告主張のように会社債務であることを否定する一資料といえないことはないが、それは帳簿記帳につき儿帳面な正常な会社については初めて妥当するところといわねばならない。しかるに和歌山県出張所の経理が杜撰で本社においても必らずしも信用できなかつたことは、証人(中略)の各証言によつて明らかである。さらに、被告は和歌山県出張所においては借入金につき帳簿に記載しない場合でも少くとも、出張所長の職印を押捺した証書を差入れていたのに、本件ではこれもしていないと指摘している。取引の常識としてはまさにそうではなくてはならない。しかしながら、倉崎出張所長の経理処理が放漫であつたことは被告も認めるところであり、倉崎が本件以外にも他から屡々資金を借入れ流用していたことは弁論の全趣旨に徴し想像に難くないところで、その借入れのすべての場合につき証書を差入れていたか否かについては被告挙示の阿部証言(第二回)、林証言に徴しても必らずしも明確とはいえない(林証言によれば、かぶき建設株式会社から借入れたときは、帳簿に記載せずに証書で借入れたというにすぎない。また、成立に争のない乙第八号証は倉崎の署名捺印ある債務承認書であるが、倉崎が退任後に作成されたものであり、かつ名下の印影は職印でなく、個人の印であることは被告指摘のとおりである)。なおまた、昭和三〇年六月末更生会社の取締役高橋勇が、ついで同月八月末審査部長添田正雄が経理調査のため和歌山県出張所に出張して来た際倉崎出張所長が本件借入金について右両人になんらの報告もしなかつたこと、そして同年八月八日右高橋が倉崎出張所長に対し未記帳の収支を全部記載するように命じたが、同人は乙第四号証の八月八日附の収入欄に未完成工事受入金として四口合計三七九万と仮受金として一口四四万余円とを記入報告したが、本件借入金についてはなんらの記入も報告もしなかつたことは被告指摘の各証拠(中略)によつて認められ、これまた大いに重視すべき点であろう。しかしながら、誤つた処置を重ねたものが、自己の非違の一から一〇までを全部直ちに告白是正することは必らずしも容易でないものだということも推量せねばならないし、以上被告に有利な諸事情についてはさらに後記認定の諸事情をも併せ考えねばならない。

(2)  そこで、翻つて、本件貸借の動機、態様、その使途等の諸事情を前記1記載の証拠によつて考察すると、以下示すとおりである。

まず、昭和二九年一二月二九日、借入の第一回の一〇〇万円については、同月下旬頃、当時和歌山県出張所が直接担当していた鳥尾川設岸復旧工事の現場から倉崎同出張所長に対し現場資金がないと年が越せないという強い要求があつたので、倉崎は方々に頼んだが金策ができず、そこで工事用セメントの供給者である原告会社の代表取締役である原告阿曽沼に対し、来年一月末に本社から送金があつたときに返済するという約束で融通方を申込んだところ、同人はこれに応じて(一)認定のように同月二九日和歌山県出張所において、金一〇〇万円を倉崎に交付した、そしてその授受の際には同出張所勤務の会計係林、現場庶務係の三浦が同席していて、倉崎はこれを会計の林に手渡したことが認められ、しこうして、これらの経緯と弁論の全趣旨に徴するときは右一〇〇万円は現場資金として会社のために使用されたものと認められる。また、昭和三〇年二月一六日の第二回借入の一〇〇万円についていえば、和歌山県出張所では、注文主に工事代金を請求しこれを受領することは認められていたが、その工事代金を出張所の所要経費に直接あてることは許されず、必らず送つてもらうという仕組みになつていたが、倉崎出張所長は更生会社のかような規則を従来とも必らずしも忠実に守つていたわけではなく、屡々いわゆる工事取下金を出張所の経費に直接充当していた形跡があること、しこうして、和歌山県出張所において昭和三〇年二月中旬頃本社に送るべき取下金(その代金受領先や金額の詳細は証拠上必らずしも明らかでない)を既に他に流用してしまつていて送金できず困つていたが、窮余の策として倉崎出張所長は再びこれを原告会社より一時立替えてもらおうと思い立ち右事情を原告阿曽沼に打明けて送金用の資金として一〇〇万円の貸与方を申込み、原告阿曽沼はこれに応じたこと、しこうして、その金円授受については、和歌山県出張所勤務の前記会計係林が同年二月一六日原告阿曽沼が指定した大阪スタジアム株式会社大阪球場に赴き同球場の係員から、林がその場で作成した領収書(甲第五号証)と引きかえに金一〇〇万円を受領したこと、ついで倉崎出張所長は林の受領した右一〇〇万円のうち九〇万円は翌二月一七日和歌山県出張所受領の取下金として本社に送金し、(この送金の事実は乙第一号証の二月一七日の支払金額に雑費、本社送金九〇万送金料二五〇円という記載があることによつてもその裏付がある)、残余の一〇万円はその頃出張所の経費に充てられたこと等の経緯が認められ、以上の経過については、これを左右するに足る反対証拠がない。

さて以上借入の経過に徹するときは、よしんば、後記のように倉崎出張所長は金員借入の代理権を与えられていないのに、本社に無断で借入をなし、また、以上二回の借入れのうち第一回目の場合は本来本社より至急送金方を仰ぐべき場合であるにかかわらずその措置に出でず、また第二回目の場合は送金すべかりし取下金を送金せずにこれを他に流用したため、その流用の事実を糊塗するために出でた所為でいづれも出張所長の任務に背くものとしてまさに非難すべきことではあるが、さればといつてその故に法律上の借主が倉崎個人であるとすることは不当であり、右両度の借入れが、もつぱら和歌山県出張所の換言すれば、更生会社の業務としてなされていて、倉崎個人の用途にあてるため隠密裡になされたものでないことは前認定のとおりであるから、本件借入れの借主が更生会社であるとする原告の主張は正しいものと言わねばならない。さらにこれを貸主の立場から考えても、当時倉崎が特に財産信用をもつていたわけではないから、被告主張のように、倉崎と阿曽沼が当時相当親密であつたとしても、無担保で一〇〇万円づつ、二回も倉崎個人に貸しつけるということは通常ありえないことがらであるのみならず、これを肯認するに足る特段の事情は証拠上見当らない。阿曽沼が本件融資の申込に証書もとらず、担保もなくして容易に応じたのは当時和歌山県出張所は、前記のとおり、原告会社より工事用セメントを毎月多額に買入れており、同出張所はいわゆる大事なお得意様であつたことと阿曽沼本人が供述するように、当時更生会社よりセメントの前受金として原告会社あての約束手形が随分過分に来ていたこと、当時更生会社の信用は十分であつて、本件貸金の弁済期はごく短期であつたこと等々の事情によるものである。〔中略〕しこうして、貸主が原告会社であつて原告阿曽沼個人でなかつたことは右両度の借入れが(後に抹消されてはいるが――この事情は後述)、原告会社の金銭出納簿(甲第四号証の二、三)の各日付相当欄に登載されている事実に徴してもその裏付があるものというべきであろう。

三、(代理権の点)

証人(省略)はいずれも和歌山県出張所が他から金員を借りるには本社の承認を必要とし、倉橋出張所長にはその代理権が与えられていなかつた旨証言しており、右各証言は信用できるので本件各貸借は倉崎出張所長の無権代理行為というのほかはない。

よつて、進んで、原告主張の表見代理について考えるのに、原告が表見代理における正当事由として主張する請求原因四記載の各事実は当事者間に争なく、これらの事実に(省略)各証言供述を綜合すると、倉崎は本件借入当時更生会社の和歌山県出張所長という地位にあつて、同出張所を文字どおり主宰し、県下の対外接渉や交際についても事実上更生会社を代表して行つていたことを推知するに十分であるうえに、本件借入がもつぱら出張所の業務としてなされたことは前認定のとおりであるので、原告会社の代表者たる原告阿曽沼において、倉崎出張所長に金銭借入の代理権があると思料するのはまことに無理からぬ事情にあつたもの、つまり代理権ありと信ずるにつき正当の事由があつたものと認めるのを相当とする。この点につき被告は阿曽沼は倉崎と非常に懇意で公私について同人と日夜会合していたから、倉崎に代理権がないことを知つていたし、もし、知らなかつたとすれば、それは過失である旨主張するが、右主張のうち非常に懇意であつたこととかなり屡々会合していたこととは証拠上認められるが、その悪意の点ならびに過失の点についてはこれを認めるに足る特段の証拠はないので右主張は採用できない。

四、(弁済の点)

被告は、本件借入は倉崎個人において原告阿曽沼に弁済済みであるとも主張しているのでこの点につき証拠につき案ずるに前記(証拠―省略)を綜合すると、前記認定の借入金については、倉崎出張所長より原告阿曽沼に対し昭和三〇年三月三〇日現金で五〇万円、同年四月三一日更生会社振出の約束手形で五〇万円、同年五月三〇日現金で二五万円弁済された事実が認められるのみで、他に本件借入金の決済のための弁済その他の事実は証拠上認め難く、結局昭和三〇年五月三〇日の弁済後は本件借入金は七五万円(正確にいえば法定充当の結果昭和三〇年二月一六日付貸付金の残額として七五万円)の残金を残しているものというべきである。

五、(債権譲渡通知等の点)

上来認定の事実に(証拠―省略)を綜合すると、原告主張の請求原因三の3の事実を認めることができる。すなわち、原告阿曽沼は、本件貸付につき原告会社の役員会の諒解を得ていなかつたため後に他の取締役等より苦情がでたので、原告阿曽沼個人において先に貸付けた二口の二〇〇万円につき自ら原告会社に補填をなし、また、原告会社の出納簿上の貸付、弁済の記入を抹消し、もつて会社より個人への債権切り替えをなしたものである。

六、なお、訴訟費用の負担については、民訴法第八九条適用。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部 茂 吉

裁判官 伊 東 秀 郎

裁判官 宍 戸 達 徳

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例