東京地方裁判所 昭和32年(ワ)5278号 判決 1961年3月02日
原告 株式会社高桑事務所
被告 三樹物産株式会社
主文
原告の請求のうち「類似する標章」の使用及び「類似する標章」を附した印刷物の販売、頒布の禁止を求める部分は却下する。
原告のその余の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、被告は、「趣味の会」、<画像省略>「しゆみ」、及びこれらに類似する標章を使用し、または右の各標章及びこれに類似する標章を附した印刷物の販売、頒布をしてはならない。被告は原告に対して金三〇万円及びこれに対する昭和三二年八月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
一、原告は、昭和二九年一月二三日に設立され、全国銘菓、名物、民芸品、陶器、漆器、色紙、版画、写真等の製造販売等を目的とする会社で、次の方法によつてその販売を行つている。
(1) 販売商品を、第一部全国銘菓、名物の部、第二部郷土人形百態の部、第三部趣味の器の部、第四部色紙と版画の部、第五部おくに名物の部、第六部こけし人形の部、第七部郷土玩具の部の七部に分類している。
(2) 原告から物品を購入しようとする者は、前記第一乃至七部のうちの購入しようとする物品の属する部の会員となる。したがつて異る部に属する物品を購入しようとするものは、その物品の属する各部についてそれぞれ会員となる。原告は、会員に対して解約の申入がない限り、継続して毎月各部毎に一個宛商品を配布販売する。
(3) 原告は、その会員の募集、販売商品の配布、販売代金の集金等の事務を委任する者を各地に置き、これを支部と称している。
二、原告の商品販売方法は右のようなものであり、現在原告の支部は全国各都道府県に三〇数個所あつて、会員数は、約七万名(東京都内約二万五千名)(この会員数は、一人で二つ以上の部の会員となつている者であるから会員となつている者の人員とは一致しない。)あり、なお増加しつつある。
三、原告は、設立以来販売商品の宣伝、販路の拡大の目的で会員または一般人に対して「趣味の会」趣味の会、趣味の会、<画像省略>等の標章を印刷したちらし、パンフレツト等を商品と共に配布して商品の説明、宣伝をし、また、有名人の随筆等を記載した月刊パンフレツト「月刊趣味の会」を出版してきたのであるが、その販売する印刷物等(指定商品第六六類(旧商標法施行規則第一五条による))について次のとおり商標の登録を受けた。
(1) 趣味の会、出願昭和三一年四月二一日、登録昭和三一年一二月一九日、登録番号第四九三六六一号、指定商品第六六類図画、写真及び印刷物類、書籍、新聞紙、雑誌、アルバム等の右商標の連合商標として、
(2) 趣味の会出願昭和三一年六月八日、登録昭和三二年三月三〇日登録番号第四九八九一七号、指定商品第六六類。
(3) <画像省略>出願昭和三一年六月一四日、登録昭和三二年三月三〇日登録番号第四九八九一八号、指定商品第六六類。
(4) 趣味の会出願昭和三一年六月一四日、登録昭和三二年三月三〇日、登録番号第四九八九一九号、指定商品第六六類。
四、被告は静岡、愛知、岐阜の各県を中心として、原告と同様の目的、方法で営業を営むものであるが、原告が前記の各商標について商標権を有し、前記のとおりその販売、頒布する印刷物等にこれを使用していることを知りながら、昭和三一年末から原告と全く同様の目的、方法で<画像省略>、<画像省略>なる標章を印刷したちらし、パンフレツト等を被告の会員、一般人のみならず原告の会員にまで配布し、更に原告の発行する「月刊趣味の会」と全く同様の編集方法により「月刊しゆみ」なる標章を印刷した月刊パンフレツトを出版し、原告の商標権を侵害している。
五、原告は、全国各市に支部を設置するため、昭和三二年一月から全国的に支部希望者を募集し、同年三月三一日号週刊朝日をはじめ三大週刊誌、読売新聞、その他の日刊紙等に広告費一五〇万円を投じて、募集広告を掲載し、同年三月より六月にわたつて各商工会議所に支部希望者の推薦を依頼したが、愛知、静岡、岐阜の各県下においては、既に被告が原告と同様の名称を用いその販売、頒布する商品、印刷物に前記のとおり原告の商標に類似する標章を附し、同様の営業を行つていたため、右三県下の後記の各市においては、原告がした広告の効果がなく、また、商工会議所も被告の支部を原告のそれと誤認し、支部希望者の推薦をしないので、原告は、その支部を設置することができないでいる。
六、原告は、支部を設置することができなかつたために次のとおりの損害を蒙つた。
(1) 原告が昭和三二年四月から前記のとおりの方法で支部を設置しようとした前記三県下の市は次のとおりである。
(イ) 岐阜県人口一〇万以上岐阜市、人口十万以下高山、多治見、関、土岐、美濃市、
(ロ) 静岡県人口一〇万以上、静岡、浜松、沼津、清水市、人口一〇万以下焼津、吉原、藤枝、三島、磐田、島田、伊東市
(ハ) 愛知県人口一〇万以上、岡崎、一宮市、人口一〇万以下半田、瀬戸、豊川、蒲郡、安城、春日井、刈谷、津島市
(2) 支部が設置された当初月は一支部について、人口一〇万以下の市は少くとも一〇〇名、人口一〇万以上の市は少くとも五〇〇名の会員が得られ、その後一月経過する毎に、その会員は増加して、少くとも次のとおりの会員数となる。
人口一〇万以下の市 人口一〇万以上の市
設置後二月目 二〇〇名 一、〇〇〇名
同 三月目 三五〇名 一、六〇〇名
同 四月目 五〇〇名 二、五〇〇名
支部設置数は月平均最低五支部は可能であるので、昭和三二年四月に設置を開始したとすると、同年七月までに設置できたはずの支部数、およびこれによつて得られる延会員数は次のとおりとなる。
(イ) 四月二一日から同月末日までの間に設置できたはずの支部、人口一〇万以上の市に一支部、会員数は前記の割合によると、少くとも四月五〇〇名、五月一、〇〇〇名、六月一、六〇〇名、七月二、五〇〇名となり、七月までのその累計(延会員数)は五、六〇〇名となる。
(ロ) 五月中に設置できたはずの支部、人口一〇万以上の市に一支部、人口一〇万以下の市に四支部、七月までの会員数の累計は前記の割合によると、少くとも五、七〇〇名となる。
(ハ) 六月中に設置できたはずの支部、人口一〇万以上の市に一支部、人口一〇万以下の市に四支部、七月までの会員数の累計は二、七〇〇名となる。
(ニ) 七月一日から同月七日までに設置できたはずの支部、人口一〇万以下の市に二支部、七月中の会員数の累計は二〇〇名となる。
すなわち四月二一日から七月七日までの間に人口一〇万以上の市三箇所、一〇万以下の市一〇箇所合計一三支部が設置され累計一四、二〇〇名の延会員が得られ、回数の配布品の販売ができたはずである。
(3) 各部の配布品の平均価格は一箇について一五〇円となり、諸経費を控除した平均純利益は、販売価格の百分の二十であるから、右の販売によつて得らるべき純利益は四二万六千円となる。すなわち、原告は昭和三二年四月二一日から同年七月七日までの間に、愛知、静岡、岐阜の三県に設置できたはずの支部による、商品の販売によつて得られたはずの利益は四二万六千円を、失つたことになる。
七、原告は、被告が前記のとおり原告が商標権を有する商標に類似する商標を使用していたので、被告に対しその使用の停止を要求し、その交渉のため次のとおりの費用を支出した。
(1) 昭和三一年一〇月一日から三日までの間に要した費用(イ)神田東京駅間往復自動車賃三〇〇円、(ロ)名古屋市内における自動車賃六回分一、〇五〇円、(ハ)車中食事代、電報料等二、二〇〇円、(ニ)名古屋駅入場料三名分三〇円、(ホ)香取旅館宿泊料八、八五二円、(ヘ)女中心附三四八円、(ト)東京、名古屋間特二急行往復料金二名分一一、九二〇円計二四、七〇〇円
(2) 昭和三二年五月五日から一二日までに要した費用、(イ)東京、名古屋間特二往復料金五、九六〇円、(ロ)食事代外雑費三、五〇〇円、(ハ)名古屋市内における自動車賃一、九〇〇円、(ニ)湯の元、香取旅館宿泊料二、四三八円計一三、七九八円、
すなわち、被告が原告の商標権の侵害をしたので、その停止を求めるため、原告は右の費用合計三八、四九八円を費しこれと同額の損害を蒙つた。
八、よつて原告は被告に対して、前記のとおりの原告の商標権にもとずいて、その侵害の排除、予防のため、被告に対して、その使用している原告の商標に類似した前記の各標章およびこれに類似した標章の使用の禁止を求めるとともに、商標権を侵害されたことによつて蒙つた損害の賠償として、前記七の三八、四九八円と、前記六のうち二六一、三〇二円との合計三〇万円およびこれに対する右損害発生の後である本訴状送達の日の翌日である昭和三二年八月一四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
九、予備的請求原因として、仮に、被告が前記四のとおり趣味の会その他の標章を使用していることが、原告の商標権を侵害するものではないとしても、原告は設立当初の昭和二九年一月頃から、その標章として「趣味の会」なる標章を使用し、その後その商標登録、および前記のとおりの連合商標の登録を受け、これを全国的に継続して使用し、原告の商標として広く認識されている。そして、被告が前記四のとおり趣味の会その他の標章を使用している方法は、原告の各商標の使用方法を模倣したものであつて、一般の第三者をして、その営業が原告の営業であるとの誤認を容易に生ぜしめるものである。よつて原告は不正競争防止法第一条第一号によつて、被告に対して前記八と同様に、標章使用の禁止、を求めるとともに、同法第一条の二によつて被告の行為によつて原告が蒙つた損害の賠償を求める。
被告の答弁に対する再答弁として
(一) 被告が、原告が主張する標章を附して配付しているパンフレツトは、交換価値のないものではない。それらのパンフレツトは、殆んどが会費を納めている被告の会員に配付されているのであるから、広義の対価を得て配付しているものであり、したがつて商品である。
(二) 被告の行為が原告の商標権を侵害するものであるかどうかを判断するについては、商標法の基本理念である不正競争の防止という観点からなされなければならない。被告の「趣味の会」なる標章の使用方法は、全く原告の商標使用方法を模倣したものであつて、明らかに不正競争行為であるから、原告の商標権を侵害する行為である。
(三) 被告が主張する「趣味の会」なる標章が被告の標章として周知のものとなつていたとの事実は否認する。仮に、被告が原告の商標出願前より右標章を使用していたとしても、右標章が被告の標章であることを知つていたのは、被告の住所附近の被告と取引関係のあるものに限られていたのであつて、取引者、需要者間において周知となつていたとはいえないと述べ、
立証として、甲第一号証の一、二、同第二号証の一乃至三、同第三号証の一、二、同第四号証の一乃至四、同第五号証の一、二、同第六号証の一乃至四、同第七号証の一乃至五、同第八号証の一乃至三、同第九号証、同第一〇号証の一乃至三、同第一一号証の一乃至六、同第一二号証、同第一三号証の一乃至四を提出し、同第二乃至五号証はいずれも原告が、同第六乃至一〇号証はいずれも被告が作成したものであると述べ、証人高橋昭郎の証言及び原告代表者高桑誓治の本人尋問の結果を援用し、乙第四、五号証の各一乃至三の成立を認め、その余の同号各証はいずれも不知と述べた。
被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、原告の請求のうち「類似する標章」の使用禁止を求める部分は却下するとの判決を求め、その理由として、単に「類似する標章」というのでは具体的に如何なる標章について使用禁止を求めるかを特定することができないから右請求は不特定であると述べ、
本案につき、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
原告主張の請求原因一、二、三は不知。同四のうち被告が静岡、愛知、岐阜の三県に亘つて「趣味の会」と印刷したちらし、パンフレツト等を被告の会員に配布し、また、「月刊しゆみ」を出版していることは認める。その余は不知。同五乃至九は否認する。
(一) 商標権者は、指定商品についてのみ登録商標の使用をする権利を専有するものであつて、指定商品以外については商標使用権を専有しないのであるから、仮に原告がその主張の如き商標権を有するとしても原告の請求のうち、被告に対して標章使用の禁止を求める商品を特定しないで、一般的に標章の使用禁止を求める部分は理由がない。
(二) 「しゆみ」という標章は、「趣味の会」という商標と外観、呼称、その表示する観念が全く異るものであつて、類似していないから、仮に、原告が「趣味の会」について商標権を有するとしても、「しゆみ」という標章について使用禁止を求めることはできない。
(三) 仮に、原告がその主張の如き商標権を有するとしても、商標権者が登録商標の使用をする権利を専有するのは、特定の種類の商品についてであり、商品とは交換価値のあるものである。しかるに、被告が配付している印刷物は、所謂ちらしといわれるもので、無料で配付するものであつて、交換価値のないものである。すなわち、被告が配付している印刷物は商品ではないのであるから原告の商標権の効力はこれには及ばない。
(四) 仮に、原告がその主張の如き商標権を有するとしても、原告がその主張の三県に支部を設置することができるかどうかということと被告がその配布する印刷物に原告主張の如き標章を使用していることは因果関係がない。したがつて、仮に、原告がその主張の如き市に支部を設置することができなかつたとしても、そのことについて被告が損害を賠償すべき理由はない。
(四) 「趣味の会」なる標章は、昭和二六年三月京都において全国銘菓名物趣味鑑賞会、別名趣味の会発足以来使用宣伝されたのみでなく、被告代表者である内藤重夫は、原告主張の商標登録出願日(昭和三一年四月二一日)以前である昭和二九年九月以来個人で「趣味の会」なる標章をパンフレツト等に善意で使用し、その宣伝周知に努めた結果、右昭和三一年四月二一日には既に同人の標章として周知となつていた。被告は、昭和三一年五月一日に設立され、内藤重夫が個人で行つていた営業を同人が使用していた「趣味の会」なる標章と共に承継したものである。したがつて、仮に原告がその主張の如き商標権を有するとしても、被告は、商標法第三二条によつて「趣味の会」なる商標を使用する権利を有すると述べ、立証として、
乙第一号証、同第二号証の一乃至三、同第三号証、同第四、第五号証の各一乃至三、同第六号証の一乃至六、同第七号証、同第八号証、同第九号証の一乃至二一を提出し、証人江崎寛友の証言及び被告代表者内藤重夫の本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の一、二、同第六号証の一乃至四、同第七号証の一乃至五、同第八号証の一乃至三、同第九号証、同第一〇号証の一乃至三、同第一二号証、同第一三号証の一乃至四はいずれも成立を認め、その余の同号各証はいずれも不知と述べた。
理由
被告の本案前の抗弁について判断する。
原告の請求のうち金員の支払を求める部分を除く請求は、
(一) 「趣味会」、<画像省略>、<画像省略>、「しゆみ」なる標章の使用及び右各標章を附した印刷物の販売、頒布の禁止を求める請求と、
(二) 右各標章に「類似する標章」の使用及び「類似する標章」を附した印刷物の販売、頒布の禁止を求める請求とから成つている。(一)の請求では使用禁止を求める対象は四つの標章に限定されているが、(二)の請求ではその対象は、単に右四つの標章に類似するものと云うのであるから類似する標章は千差万態であつて特定することはできない。したがつて、請求自体が不特定であるといわざるを得ないから(二)の請求は不適法として却下を免れない。
本案について判決する。
まず、原告が原告主張の商標権の侵害を請求原因として被告に対して「趣味の会」、<画像省略>、<画像省略>、「しゆみ」なる標章の使用禁止を求める請求について考えるに
原告が指定商品第六六類(旧商標法施行規則第一五条による)についてその主張するような商標権を有していることは後記認定の通りであるが、商標権者である原告は、商標法第二五条によつて右指定商品について商標権を使用する権利及び他人のその使用を禁止、排除する権利並びに同法第三七条によつて、右指定商品について、右商標またはこれに類似する商標並びに右指定商品に類似する商品について右商標またはこれに類似する商標の使用を禁止、排除する権利を有しているのであつて、全ての商品または物について、または、一般、抽象的に商標の使用禁止を求め得る権利があるのではないから原告の右請求はその余の点の判断をまたず失当であること明らかである。
次いで、原告の印刷物について登録商標の使用禁止を求める請求について考えるに、
いずれも成立に争のない甲第一号証の一、二、同第六号証の一乃至四、同第七号証の一乃至五、同第八号証の一乃至三、同第九号証、同第一〇号証の一乃至三及び乙第四、五号証の各一乃至三及び原告代表者高桑誓治の本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したものと認め得る甲第二号証の一乃至三、同第三号証の一、二、同第四号証の一乃至四、同第五号証の一、二並びに証人高橋昭郎の証言及び原告代表者高桑誓治の本人尋問の結果の各一部及び証人江崎寛友の証言、被告代表者内藤重夫の本人尋問の結果を綜合すると次の事実を認めることができる。
一、原告は、昭和二九年一月二三日に設立され、全国銘菓、名物、民芸品郷土玩具、陶器、漆器、色紙、版画、写真等の製造販売等を目的とする会社で、次の方法によつてその販売を行つている。
(1) 販売商品を、第一部全国銘菓、名物の部、第二部郷土人形百態の部、第三部趣味の器の部、第四部色紙と版画の部、第五部おくに名物の部、第六部こけし人形の部、第七部郷土玩具の部の七部に分類している。
(2) 原告から物品を購入しようとする者は、前記第一乃至七部のうちの購入しようとする物品の属する部の会員となる。したがつて異る部に属する物品を購入しようとするものは、その物品の属する各部についてそれぞれ会員となる。原告は、会員に対して解約の申入がない限り、継続して毎月各部毎に一個宛商品を配布して販売する。会員の支払う会費は、各部により、また各部においても配付品によつて多少の差異があるが、大体第一部は一〇〇円、第二部は一〇〇円から一五〇円、第三部は二五〇円前後、第四部は一五〇円から二〇〇円、第五部は二〇〇円、第六部は一〇〇円から一五〇円、第七部は一五〇円前後である。
(3) 原告は、毎月配付品と共に会員に対し月刊パンフレツト「月刊趣味の会」、しおり「私のふるさと」なる印刷物及び貼付用配付写真を無料で配付している。右印刷物中「月刊趣味の会」は、趣味に関する随筆、詩歌等を掲載する他原告の営業の広告、趣味料理食物に関する書籍の広告、会員の短文を掲載し、配付商品の写真貼付欄も設けられているもので、主として会員を目標として配付商品に対する鑑賞眼及び一般的に趣味の向上に資するところはあるが、その目的とするところは、原告の営業拡張、発展であつて原告の配付するその他の印刷物と同様に宣伝文書である。また「月刊趣味の会」は、印刷物として交換価値の認められるほどのものではない。
(4) 原告は、その会員の募集、販売商品の配付、販売代金の集金等の事務を委任する者を全国各地に置き、これを支部と称している。支部の数は、全国で百十数で、会員の実数は七、八万人である。
二、原告は、設立以来右のような商品販売方法を採用しているのであるが、設立当初から昭和三一年五月頃(後記原告が京都から分離した時)までは、その営業の宣伝の目的で会員及び一般人に対して「全国銘菓名物趣味鑑賞会東京支部略名趣味の会」なる標章を印刷したちらし、パンフレツト等を配布していたが、右日時以後は、「月刊趣味の会」、「私のふるさと」、「貼用配付品写真」その他の宣伝文書に「趣味の会」なる文字を横書し、または、小判型の枠(たてまたは横)内に「趣味の会」なる文字を記載した標章を印刷して使用している。
三、原告は、指定商品第六六類(旧商標法施行規則第一五条による)図画、写真、印刷物類、書籍、新聞、雑誌、アルバム等につき次の通り商標の登録をうけた。
(1) 趣味の会、出願昭和三一年四月二一日、登録昭和三一年一二月一九日、登録番号第四九三六六一号
(2) 趣味の会、出願昭和三一年六月八日、登録昭和三二年三月三〇日登録番号第四九八九一七号
(3) <画像省略>出願昭和三一年六月一四日、登録昭和三二年三月三〇日、登録番号第四九八九一八号
(4) <画像省略>出願昭和三一年六月一四日登録昭和三二年三月三〇日登録番号第四九八九一九号。
四、被告代表者内藤重夫は、個人で、昭和二九年九月頃から被告の肩書地において、静岡、愛知、岐阜の三県に亘り、原告と同様の業態の営業、すなわち会員組織による全国銘菓、名物、民芸品、工芸品の頒布販売業を営み、昭和二九年九月頃から昭和三一年五月頃(後記内藤が京都から分離した時)までは、その営業の宣伝の目的で会員及び一般人に対し「全国銘菓名物趣味鑑賞会静岡支部略名趣味の会」なる標章を印刷したちらし、パンフレツト等を配付していたが、昭和三一年五月一日被告が設立されたので、その営業を右標章の使用権と共に被告に譲渡し、爾来、被告は、右営業を承継している。
五、被告は、その頃から<画像省略>、<画像省略>なる標章を印刷した、ちらし、パンフレツト等を被告の会員に配付し、また「月刊しゆみ」を出版している。(この点は当事者間に争いがない。)しかして、右ちらし、パンフレツトは、被告の営業の宣伝の目的でその会員その他に配付されているものであつて、原告が同様の宣伝文書を配付しているのとその目的、方法は同じであり、右標章は、原告の使用している標章と類似の標章である。「月刊しゆみ」は、原告の「月刊趣味の会」と同様の編集方法によるもので、その効用、目的、配付の方法も同様であり、「月刊しゆみ」なる標章と「月刊趣味の会」なる標章は、両者を並列して見れば、その外観は異るが、その使用方法を前提として、離隔して観察すると、称呼、観念において類似し、一般人においては両者を区別することはできないから類似する標章というべきである。
六、このように、被告は、静岡、愛知、岐阜の三県において、原告と同様の業態の営業を営み、その宣伝の目的で、宣伝文書である、ちらし、パンフレツト及び月刊パンフレツト「月刊しゆみ」に原告が同種の印刷物に使用している「趣味の会」なる標章に類似の標章を使用しているため原、被告の商品及び営業活動は混同を生じる状態となつた。
七、このような状態になつたのは次の経緯によるものである。昭和二六年中京都において、倉林なる者は、「全国銘菓名物趣味鑑賞会」と称して会員組織によつて全国銘菓、名物、工芸品、民芸品の頒布販売業を営んでいたが、右事業が発展するに従つて、希望者に営業方法を教え、全国主要都市(原則として都道府県に各一)において全国銘菓名物趣味鑑賞会支部として同様の営業を、予め定められた地域において独立して、行うようにさせた。原告代表者高桑誓治は、昭和二九年初め倉林から教えをうけて右営業を行うこととなり、原告会社が全国銘菓名物趣味鑑賞会東京支部となり、東京都を営業地域として右営業を開始した。被告代表者内藤重夫も、その頃倉林の教えをうけて、被告肩書地において、個人で、全国銘菓名物趣味鑑賞会静岡支部として静岡県次いで愛知、岐阜県に亘り右営業を行うようになつた。この頃、全国には右のような支部は相当数できていたが、いずれの支部も「全国銘菓名物趣味鑑賞会」なる名称が冗長で宣伝に適しないことから、略して「趣味の会」と称して、宣伝、取引文書に右会名の他に「略名(または略称)趣味の会」と印刷してその宣伝に努めていたので、支部経営者間及びその会員間においては「趣味の会」なる標章は、支部経営者乃至はその会員を含む支部の組織または全国銘菓名物趣味鑑賞会という組織全体を指称するものとして周知されるに至つていた。このように、全国銘菓名物趣味鑑賞会の支部は、京都をその発祥地としていたから、支部経営者は、京都を本部と考え、その下に結束し、各々支部の営業地域として与えられた地域において「趣味の会」と称してその営業を行い、しばしば京都で全国銘菓名物趣味鑑賞会の総会を開催して組織体としての活動をしていた。その内、支部経営者間に全国銘菓名物趣味鑑賞会に法人格を持たせようとの議がおこり、昭和三〇年初め社団法人全国銘菓名物趣味鑑賞会が設立され、倉林は、その理事長となり、高桑は、専務理事となつて東京支部長に、内藤は、静岡支部長になつた。ところが、その頃から社団法人の運営について、倉林と高桑との間に意見の対立を生じ、倉林は、高桑が社団法人の乗り取りを策していると考え、両者が抗争するようになつた。その一つのあらわれとして、昭和三〇年中、原告は、その営業を北海道に伸そうと計画し、倉林は、これを阻止し、次いで、原告に営業帳簿の引渡を迫るなど原告を排斥する措置にでた。かくて、高桑は、昭和三一年五月頃社団法人の専務理事を辞し、京都を中心とする組織と袂別したのであるが、内藤は、高桑に同情して、同じくその頃右組織から脱退した。したがつて、脱退当時は、高桑と内藤は、単なる同業者の交りではなく、京都に対抗する同志として、互に協力してその利益を守ろうと約束し合つたほど親密な交りをしていた。しかるに、その後、原告は、その営業を東京都に限らず、全国に伸ばし、静岡、愛知、岐阜の三県にも進出したため、右地域において原、被告は、競争者の立場にたち、その商品及び営業活動に混同を生じる状態となつた。
以上の通り認めることができる。証人高橋昭郎の証言及び原告代表者高桑誓治の本人尋問の結果の各一部に右認定に反するものがあるが、いずれも措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
そこで、右認定事実に基いて、まず、被告が、ちらし、パンフレツト及び「月刊しゆみ」に原告が同種の印刷物に使用している「趣味の会」なる標章を使用していることが原告主張の登録商標権を侵害する行為であるかどうかを考える。
一定の行為が登録商標権を侵害する行為であるとするには当該行為が商標法第三七条各号に該当する行為であるかどうかによつて定まるものであり、同条に定める商標の「使用」とは同法第二条三項の定めるところである。すなわち、登録商標権の侵害行為は、指定商品(または指定商品に類似する商品)に(またはそれら商品に関して)登録商標(またはそれに類似する商標)を使用することである。したがつて、登録商標(またはそれに類似する商標)が指定商名以外の商品(またはそれら商品以外に関して)に使用されても登録商標権の侵害行為とはならない。いわんや商品にあらざる物に登録商標を使用する行為は、商標権侵害行為とはならない。
しかして、商品とは商取引の目的物であつて、その商取引における商品としての交換価値を有するものである。
ところで、被告の営業は、全国銘菓、名物並びに郷土人形、郷土玩具、こけし人形、陶器、漆器、色紙、版画等の工芸品、民芸品の販売である。会員組織による右物品の頒布及び印刷物の配付は、物品販売の方法及びその宣伝方法に過ぎない。すなわち、被告の物品販売行為の目的物は毎月会員に配付される銘菓、名物、工芸品、民芸品である。
被告が会員に配付している「月刊しゆみ」なる月刊パンフレツトは、原告の「月刊趣味の会」と同様に、会員の配付商品に対する鑑賞眼並びに趣味の向上に資し、同時に営業の宣伝の目的で配付商品と共に無料で配付されているもので、会員に対するサービスの意味を持つ宣伝文書であつて、その他の宣伝用の印刷物とその目的、効用を一にするものであるから被告の商取引の目的物とはいい難い。また刊行物としての交換価値は認め得ない。したがつて「月刊しゆみ」は、商品ではない。
被告が会員及び一般人に営業の宣伝の目的で配付しているちらし、パンフレツト等の宣伝文書が商品といえないことは説明をまたない。
してみると、被告が右のような印刷物に原告主張の登録商標またはそれに類似する標章を使用したからといつてそれが登録商標権の侵害行為となるものでないことは明白である。更に、被告の右行為は「商品に関する広告、定価表又は取引書類に標章を附して展示し又は頒布する行為」(商標法第二条三項三号)として原告主張の商標権の侵害行為に該当しないかとの点であるが、右条項にいう「商品に関する」とは登録商標の指定商品に関するとの意味である。ところで、被告の右行為は、被告の物品販売行為の目的物である銘菓、名物、工芸品、民芸品に関するものであつて原告主張の商標権の指定商品である印刷物に関するものではないから前記条項には該当しない。したがつて、この点についても被告の行為は原告主張の登録商標権の侵害行為とはならない。
以上の通り考えられるから被告の行為を目して原告主張の商標権の侵害行為であるとして印刷物について登録商標の使用禁止を求める原告の請求は失当である。
進んで、原告の予備的主張について考える。
不正競争防止法の目的とするところは、不正の手段によつて同業者の利益を害し、ひいては需要者の利益をも害する競争行為を防あつすることにあるのであつて、差止の対象となるのは不正な手段である。不正な手段とは、公序良俗、信義則違反の手段である。したがつて、手段たる行為が公序良俗、信義則に違反するものでない限り同業者が如何に競争行為を行つていてもその手段たる行為の差止は許されるべきものではない。
ところで、原告並びに被告は、共にその営業の宣伝文書に「趣味の会」なる類似した標章を印刷して使用しているが、「趣味の会」なる標章は、原、被告が全国銘菓名物趣味鑑賞会から分離する以前から同会の支部経営者間においてその営業の宣伝文書に使用され、またこれを使用することは当然のこととしてそれらの者の間において許容されていたものである。しかも右標章は、その頃、既に同業者間及び支部会員間において支部経営者乃至はその会員を含む組織を指称するものとして周知されていた。すなわち、被告の営業地区である静岡、愛知、岐阜の三県においては「趣味の会」といえば被告乃至はその会員を含む組織として知られていたのである。したがつて、被告が分離後においても「趣味の会」なる標章を営業の宣伝文書に使用することは既に合法的に使用しかつ周知されていた標章を引続いて使用しているものであつて公序良俗にも信義則にも違反するものではない。
以上の通り考えられるから被告の行為を目して不正競争防止法違反の行為であるとする原告の予備的主張もまた失当である。
してみると、原告の第一次の主張または予備的主張の是認されることを前提とする原告の損害賠償の請求も失当であること明白である。
よつて、原告の請求のうち「類似する標章」の使用及び「類似する標章」を附した印刷物の販売、頒布の禁止を求める部分は却下し、その余の請求は全て棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 西山要)