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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6027号 判決 1962年11月15日

原告 大屋重兵衛

被告 国 外一名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告と被告国との間に於て青森県西津軽郡岩崎村大字松神字上浜松八一番地溜池五町六段六畝二十歩が原告の所有であることを確認する。被告東北電力株式会社は原告に対し右土地を引渡し、且つ金三三八万八〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年五月八日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、被告国指定代理人、被告東北電力株式会社(以下単に被告会社と略称する。)訴訟代理人はいずれも、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人はその請求の原因として、

一、請求趣旨記載の地目溜池と表示した土地(以下本件土地を表示する場合は本件大池の土地と称し、単に大池と称する場合は貯水を含む池を表示するものとする。)は原告の所有地である。しかるに被告国は明治二四年本件大池の土地を国有地として土地台帳に登載して原告の所有を否定しており、被告会社はなんらの権原なくして右大池を使用して原告の本件大池の土地の占有を奪い原告に損害を与えている。

原告が本件大池の土地の所有権を取得した経緯は次のとおりである。

原告の祖先は代々重兵衛を名乗つているが、本件大池の土地は元禄の頃、既に池となつていたものを更に当時の重兵衛が、灌漑用水の必要上これに工事を加えて貯水池とし、その水は池敷から湧出し、余水は幅一間未満の下水状の川によつて日本海に流入する本来の溜池となつている。原告の祖先は代々本件大池を専属的に養魚池及び灌漑用水池として使用し、他方その費用を投じて竜神を祀り、堤防、護岸、水門、水路等の諸工事を施して、池の維持を図り、本件大池の土地に対して排他的にその使用、支配をなしてきたのである。そこで第一一代重兵衛は本件大池の土地について明治五年二月一五日太政官布告第五〇号に基いて実質的所有権を認められ、明治九年地租改正の際自己の所有地としてこれを届出た。原告は右重兵衛から順次家督相続により右所有権を承継したのである。

仮りに本件大池の土地が国有地であつたとしても、明治三一年七月一六日の民法施行期以来原告の祖先は代々前記のとおり排他的に本件大池を善意、無過失、平穏、公然に占有使用をなしてきたのであるから、右期日から満一〇年経過した明治四一年七月一六日、若し、過失ありとしても満二〇年経過して大正七年七月一六日には第一三代重兵衛が時効によつて池敷である本件大池の土地の所有権を取得したのである。したがつて、同人の家督相続をした原告はその所有権者である。

二、被告会社は、昭和三一年頃からなんらの権原がないのに本件大池の土地に対する原告の所有権を侵害して右大池を自己の発電用ダムとして使用し、右大池に人工をもつて多量の水流を引き入れ、更にその水を急流として多量に放出しているので、そのため原告は次のような損害を蒙つている。

(1)  原告はその所有にかゝる青森県西津軽郡岩崎村大字松神学上浜松二番所在の水田五筆合計一町五反二畝二一歩について本件大池の流水である相馬川を利用してこれを灌漑してきた。本件大池の貯水はもともと湧水によるもので池底も浅く、水流も緩漫であつたため、その水温は前記水田に達するときの五月ないし九月間の平均は、その取入口において摂氏一七度であり、右水田の収穫は反当り三石以上であつた。ところが被告会社の本件大池の前記のような使用によつて、本件大池及び相馬川の水温は取入口において従前より摂氏一二度も低下した。そのため前記水田における収穫量は反当り一、六八石以下合計年間二〇石以上の減少となつた。昭和三一年以降米価は玄米で少くとも一石一万円であるから原告は年間二〇万円、被告会社が本件溜池の使用を開始した昭和三一年から昭和三四年までの四年間合計八〇万円の損害を蒙つた。

(2)  原告は昭和二八、九年頃から本件大池で兼業として虹鱒の養殖をすべく計画し、その実行に着手していた。その計画によれば昭和三一年度からの収支は別紙収支明細書<省略>のとおりであり、差引六四万七〇〇〇円の収入をあげ得る筈であつた。ところが被告会社の前示のような流水の導入、排水によつて水温が低下し、本件大池は到底養魚に適さなくなり養魚事業を廃止するのやむなきに至つた。したがつて原告は被告会社の行為によつて本件大池の使用を妨害され昭和三一年度から昭和三四年度までこれを利用してなし得べき養魚によつて得べき二五八万八〇〇〇円の利益を喪失した。

(3)  よつて被告会社は、前示行為による原告の損害合計三三八万八〇〇〇円を賠償すべきである。

三、仮りに原告に本件大池の土地の所有権がないとしても原告の祖先は代々前記のとおり本件大池の貯水及び流水について養魚並びに灌漑用水として利用する水利権または慣習上の権利を有する。したがつて被告会社の前記二の(1) (2) の行為は大池の水に対する原告の右権利を不法に侵害して原告に蒙らしめた損害となるのであるから、その不法行為に基く損害として被告会社は前記同様合計三三八万八〇〇〇円の損害賠償義務がある。

四、よつて原告は被告国に対し本件大池の土地の所有権の確認を求め、被告会社に対し、本件大池の土地の引渡並びに損害賠償として金三三八万八〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年五月八日以降支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、抗弁に対し、

一、原告先代が本件大池の土地について国有土地森林原野下戻法に基く下戻申請をしていないことは争わないが、右法律第一条には「現ニ国有ニ属スル土地、森林、原野、若ハ立木竹」と特定しており、これを第二条の規定と対比すれば、本件大池の土地のような溜池には右法律の適用はない。仮りに適用があるとしても右法律は次のとおり無効である。すなわち、右法律は国が一方的に私人の所有に属するものを国有として台帖に記載し、明治三二年四月一九日公布した後僅か一ケ年後である明治三三年六月三〇日までに下戻の申請をしないときは所有権の主張をすることができないとしているのであるから、右法律自体が大日本帝国憲法第二七条に違反し無効なものである。よつて本件大池の土地に対し原告は所有権の主張をなし得ないとする被告国の主張は理由がない。

二、本件大池が公共用物であるとの被告等の主張は否認する。前記主張のとおり、本件大池はその池敷より湧出する貯水池で、これから流出する余水も下水の状態で直ちに海に流入しているもので公共の利害になんら関係はない。

三、本件大池が準用河川の認定をなされたこと、被告会社がその主張の水利使用許可を受けたことは認めるが、本件大池は、準用河川の要件である(1)河川法第一条の河川に流入し又はこれより分岐する水流でもなく、(2) 右適用河川に流入し又はこれより分岐する水面でもなく、(3) 主務大臣において公共の利害に重大なる関係ありとして認定した河川でもないのであるから、右の準用河川の認定は無効の行政行為というべきであるのみならず、仮りに準用河川の認定が適法としても、原告は本件大池の土地の所有権者であり、大池に対し排他的使用権があるから、行政庁といえども自己に属さない権利を他に与えることは不可能であり、したがつて、右許可処分は大池の使用権を被告会社に与えることについてなんら法的な効果はない。

四、本件大池の土地の引渡はすでに不能に帰し、仮りに然らざるもその請求は権利の濫用であるとする被告会社の主張は争う。すなわち、被告会社が本件発電所を設置するにつき原告がある程度協力した事実は認めるけれどもその余の主張事実は知らない。

と述べた。

被告国指定代理人は、請求原因に対する答弁並びに抗弁として、

一、本件大池の土地が原告の所有であること、本件大池が純然たる溜池であることは否認する。本件大池の土地は被告国の所有であり、右大池は河川の一部である。すなわち、土地は太政官布告第五〇号の施行以前はすべて国の所有であり、私人はその使用収益権のみが認められていたに過ぎなかつたところ、右布告によつて初めて所有権が与えられたものである。しかも右布告は従来の使用収益権をもつて所有権とみて、これを認めた趣旨のものであるから、原告が本件大池の土地について所有権を主張するためには当時権利者たるべき原告先代が本件大池の土地につき右にいう使用収益権を有していたのでなければならないところ、右の使用収益権とはその土地に対する所有権の実体である排他的支配権であり、且統一的管理可能な使用収益権でなければならないと解すべきである。ところで本件大池はその地形、地質からみて自然河川であり、本件大池の土地はその敷地である。河川は公共の利害に重大な関係をもつものであるから水源から河口に至るまでその敷地を含み全体として公法的な規律の下におかれてきたものである。したがつて流域住民において流水を利用し、且つその利用権が慣行によつて特別使用権として認められることがあつても、その権利は河川の本質を維持する公法的規律を排除する程度の権利としては到底認められないのである。換言すれば河川については前記所有権の実体を形成する専属的支配権を私人が有することはあり得ず、原告先代が本件大池に対しその主張のような使用によつて使用収益権を得ていたとしても、その使用収益権は右の専属的支配権ではない。したがつて原告が本件大池の土地の所有権を取得するいわれはない。

二、仮りに地租改正当時本件大池の土地が原告の先代の所有に属すべきものであつたとしても、本件大池の土地は明治二四年に土地台帖上国の所有と登載されて官有に編入されていたものである。したがつて原告先代は国有土地森林原野下戻法(明治三二年四月一八日法律第九十号)に基き同法第一条に定める昭和三三年六月三〇日までに下戻の申請をすべきであつたが、原告等はその申請をしていない。したがつて原告は今更本件大池の土地が国の所有に属することを争つて、これを自己の所有としてその所有権を主張することは右法律によつてなし得ないものである。

また仮りに原告の祖先以来代々本件大池について原告主張のような占有をしていたとしても、本件大池の土地は被告国所有の自然河川の敷地であるから自然公共用物であり、私人は何人といえども時効によつてその所有権を取得することは許されない。

と述べた。

被告会社訴訟代理人は、請求原因に対する答弁並びに抗弁として、

一、原告主張の事実中被告会社が本件大池を使用して、これに多量の水流を導入して更に発電のため多量の水を放出していることは認めるが本件大池の土地の所有権取得経緯に関する原告主張事実、水利権ないし慣習上の権利取得についての原告主張事実、原告がその主張の水田をその主張の時期に所有していた事実、本件大池の水温が発電所等の施設、作業により低下したとの事実、原告がその主張の養魚計画をもちその実行に着手した事実並びに原告主張のような損害が生じた事実はいずれも否認する。

二、本件大池は所謂自然湖であり原告の所有に属するものではなく、また公共用物であるから原告において時効によりその所有権を取得し得べきものではない。

仮りに本件大池の土地が原告の所有に属するとしても、本件大池の土地の引渡請求は次の各理由によつて許されない。

(イ)  本件大池は昭和二七年五月一日、河川法による準用河川に認定され、被告会社は同年一〇月三〇日青森県知事からその水利使用の許可を受けて、これを占有使用しているのであるから、右占有使用は正当な権原に基いている。

(ロ)  また仮りに以上の主張が理由がないとしても、被告会社は東北地方における急激な電力需要の増加に対処するため、総工費約三三億円を投じ、約三年有余を費して昭和三一年三月、赤石川上流の流域を変更し、その流水の一部を追良瀬川の上流に注水、追良瀬川の上流における流水の一部をこれに合せ、笹内川の上流に注入、これに笹内川の流水を加えて本件大池に注入し、これより導水して日本海に放流し、その間に合計最大出力二万キロワツトの大池第一、第二及び松神の三発電所を(いずれも別紙図面<省略>表示の該当個所に)建設したのである。もし本件大池の土地を原告に引渡すときは被告会社及び被告会社の電力供給区域内における需要者は次のような甚大な損害を蒙る。すなわち、被告会社は新たに約九、〇〇〇万円の工費を投じ大池第一、第二発電所間に延長九〇〇米に及ぶ水路工作物を設置しなければならないのみでなく、これを竣工するためには約八ケ月を要するから、その間発生電力量において八八六二万六〇〇〇キロワツト時、金額に換算して三億二六〇〇万円に達する損害を蒙り、調整池を失うことにより良質な電気を供給することができなくなるため年間約二、〇〇〇万円の損害を蒙る結果となり、更に被告会社の供給区域における昭和三三年度の大口電力需要申込は二六億キロワツト時であるに対し被告会社の供給し得る電力量は大池第一、第二、松神の三発電所の発生電力をも加えて約六〇億キロワツト時の見込であるから、もし右三発電所の発生電力を供給することができないときは、被告会社供給区域内における鉱工業生産に与える損害もまた極めて大なるものとなる。以上のような甚大な損害を蒙る恐れがある以上本件大池の土地を原告に引渡すことはもはや不能に帰していると謂うべきである。

(ハ)  また原告は被告会社が本件大池を調整池として使用し、前記三発電所を建設することに賛成したばかりでなく、卒先して工事の協力をしているのであるから今更現に右大池を使用する必要がなく、且つなんら損害を蒙ることのない原告から、被告会社に前記のような甚大な損害を蒙らせるに至るような引渡を請求することは権利の濫用として許されないものである。

三、次に原告の損害賠償請求については、仮りに原告主張の水田が原告の所有であつたとしても、右水田についてはなんら登記はされていないのであるから、使用許可を得て流水使用をしている被告会社にその所有権を対抗し得ない。したがつてその損害について被告会社は賠償義務はない。

また仮りに右水田において原告主張のような損害があつたとしても、被告会社は昭和三三年二月二〇日岩崎村農業共済組合に対し、右水田を含む上浜松所在の水田全部に対し、冷害による打切補償として三〇〇万円を支払い、原告もその一部を受領しているのであるから、原告はその際その余の損害賠償請求権を抛棄したものというべきである。

更に原告がその主張のように本件大池において虹鱒の養殖計画をもち、その主張のような利益を得る見込であつたとしても、原告は漁業法に定める漁業免許を受けた事実はなく、現行漁業法のもとにおいては慣行による漁業権の成立する余地はないのであるから原告にはその主張するような漁業権はなく、結局原告は本件大池における漁業を廃止したとしてもなんらの損害はない。

以上のとおりであるから原告の本訴請求はいずれも理由がない。

と述べた。<立証省略>

理由

一、本件大池の土地の所有権並びにその所有を前提とする請求について。原告は、本件大池はいわゆる「溜池」であり、しかも古来原告家において専属的に、その流水滞水の使用収益権を有してきたので、所有権制度が認められるとともにその所有に帰したものと主張し、被告等は本件大池は「自然河川の一部」であり、その敷地たる本件土地は国の所有であると争うので先ず本件大池がいわゆる「溜池」であるか、「自然河川の一部」であるかの点について判断する。

その成立に争のない乙第二号証の三の二、同第四号証、同第一〇号証の一ないし七、同第一四号証、丙第一一号証、証人脇本幸之進、同七戸喜太郎、同松館藤太郎、同斉藤三太、同大久保和彦の各証言並びに原告本人尋問の結果(第一、二回)の一部及び検証の結果を綜合すると、本件大池は南及び北にそれぞれ略東西に走る丘陵の谷合に東西に長く瓢箪形に(別紙図面表示の該当個所に)位置し、その水面は海抜二二一米あること、その東側は帯状の水路によつて濁池なる池沼に連り、その西端は相馬沢なる川に近く、その水は地形上相馬川に落ちる形状にあること、相馬川は約一、〇〇〇米略西方に走り日本海に流入する形状をなしていること、近傍にはいわゆる一二湖と称せられいずれも「池」の名を付された池沼があり、本件大池もその一つとされていること、本件大池の水は濁池における湧水が流入されたものが多く、それ自体において湧出する水量は少ないが、その水深の最も深い箇所は二八・九米あり、西南部において築造されたコンクリート堤防の高さは約五米に過ぎず原告家先代が後記のように築堰工事をなす以前において既に同所に滞水があり池の状態を呈していたものであること、現在でも大池の水の一部に相馬川を流れていること、相馬川下流流域は字上浜松中浜松となつており多くの住家、水田があること等の事実を認めることができ右認定を左右し得る証拠はない。右の認定諸事実から考えると、本件大池はその生成原因は不明であるが近傍の一二湖と同様もと山合の窪地に自然に湧出した水を滞水せしめていた自然生成の池であつたこと、大池より高所にある濁池の水又は山腹を流れる水は地形上自然大池に流入し、溢れゝば更に相馬川又は小峯川を経て日本海に流入する状況にあること、相馬川下流には水田の経営可能の平地があることを認めることができるから、本件大池は水涸れの場合があるとしても、古来から濁池から発し相馬川となる自然河川の流域の一部をなしているものと認めるのが相当である。したがつて現在の大池が後記認定のようにその流水に人工を加えられて溜池状を呈していても、その水の一部はなお相馬川となつて流れているのでありその敷地である土地は依然自然河川の川敷たる性質を変えるものではないと解すべきである。本件大池がその登記簿上地目溜池と表示されている事実によつても右判示を左右する資料としては足らず、他に右判示を動かして、本件大池をもつて原告主張のように溜池と認めるに足る証拠はない。

よつて進んで、原告主張の専属的使用収益権に基く所有権取得の事情について判断する。

なるほど太政官布告第五〇号は土地の従前からの専属的使用収益権者に対し、売買等の処分を許し、完全な所有権を認めた趣旨のものと解し得る。しかし元来自然河川は公共の利害に対して極めて影響の深いものであるから、閉止水の場合と異り、特段の事情のない限り、その流水は公水であり、その敷地も領主又は国の管理に属したものであると解すべきである。したがつて原告主張の前示太政官布告第五〇号施行とともに完全な所有権を取得したとされるその前提たる専属的使用収益権については、本件大池の土地のごとき自然河川の敷地の場合には、一般の土地、原野、溜池等の場合と異り、単に関係私人間においてその敷地について専属的使用収益を容認され、権利として尊重されているのみならず、国においても同様の態度にでてその管理を認めていたものでなければならないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、原告又は原告先代が本件大池の土地についてその主張のような専属的使用収益をなしていたか否かの点は暫く措き、尠くとも、国又は領主において、右の専属的使用収益を容認して、管理をまかせ権利としてこれを尊重したとの事跡を認めるに足る証拠はなんらない。そうすると原告先代は本件大池の土地について前示太政官布告によつて得られるべき所有権の前提たるに足る使用権を有していたとは解し難く、したがつてその所有は国に属するものと解するのが相当である。もつとも証人松井安蔵、同斉藤たき、同斉藤三太同松館藤太郎、同菊地政太郎同八木沢一貫、同折橋甚二、同七戸喜太郎の各証言、並びに原告本人尋問の結果(第一、二回)中には、本件大池は原告の祖先が当時の藩主から貰つたもの、またはその所有であると聞知している旨の供述があるけれども右供述はいずれも前記判示を動かして原告に本件土地の所有権を認めるに足る的確な資料とは認め難く、他に右判示を動かして原告の主張を肯認するに足る証拠はない。

次に本件土地を時効取得したとの原告の主張について判断するに、上段認定のように本件大池は自然河川の一部であり、その敷地は国の所有と認めざるを得ないのであるから、河川法に基く河川又は準用河川の指定の有無にかかわらず、その性質上当然自然公共用物となつているものと解するのが相当である。そうすると、原告家において、本件大池を永年使用してきたとしても、時効により公共用物である本件土地の所有権を取得することは到底許されないものといわなければならない。蓋し、私人がその所有権を取得し、管理権を専有することは公用の目的と相容れないものであるからである。よつて原告の右主張もまた肯認し難いところである。

以上説示のとおりであるから原告の所有権者である旨の主張は他の点について判断するまでもなく、理由がないから、その確認を求め、及びこれを前提とする本訴請求部分はいずれも失当といわなければならない。

二、次に被告会社に対する水利権等を前提とする損害賠償請求について判断する。

本件大池の貯流水を公水と認めるべきことは上段認定のとおりである。しかし、その成立に争のない甲第二号証、その形式、態容並びに原告本人尋問の結果(第二回)に照し各その成立を認め得る甲第一号証、同第三号証の一ないし三、同第六、第七号証の各一、二、証人松井安蔵、松井泰治、斉藤たき、斉藤三太、松館藤太郎、菊地政太郎、八木沢一貫、折橋甚二の各証言並びに原告本人尋問の結果(第一、二回)及び検証の結果を綜合すると、原告の祖先は代々重兵衛を名乗つて農業に従事してきたこと、文政年間当時の藩主から大池附近なる小峯沢池の平浜松抱の山(現在の同町七九番地の山林)の地を下賜され爾来本件大池を事実上潅漑用池として使用したこと、その日時は不明であるが原告家の祖先は濁池から本件大池に導水する帯状の水路を開設し水門を構築して水量の調整を図り、更に本件大池の水が(別紙図面表示の通り)通称「池の水」と称する沢に落ちないようその南西岸部分に檜木と粘土を使用して堰を築き、流を堰き止め、本件大池の貯水量を増し、その西端には水門を築造して、本件大池を一見溜池状になし、水門から更に水路を造つて相馬川に水を落し上浜松所在の原告家当時所有の水田に引水潅漑をしていたこと、原告先代は大正七年頃、自己の経費をもつて右堰を修理し、更に従前の所有水田の外更に山手に開いた開墾田に潅漑するため大池の西端に水門を作り隧道を掘つて新な水路を造り、昭和七年から同九年頃までの間に右の水門堤防等の修理を自己の経費をもつてなしてこれを使用し、原告家雇人をして池の管理をさせ大略三年毎に大池の竜神祭と称する祭礼を執り行つてきたこと、近傍部落住民も本件大池に対する原告家の前示管理、使用について異議を申述べた事跡はなく、却つて右工事のために原告家に被傭され、また本件大池で釣り会を催す際などは、原告家にその許可を求めるのが例であつたこと、被告会社が発電所工事のため右の築堰を破壊したがその跡にコンクリートによる堤防を築き、潅漑用水のための水門を設けていること等の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、原告は古来その所有の水田について本件大池の流水を引水して潅漑に使用してきたものであり、そのための貯水、引水の施設を造り且つ近傍住民からもその使用権を認められてきたものと認めるべきであるから、本件大池の水流は公水ではあつても原告は涵養すべき水田のある限り慣習法上本件大池からの流水について潅漑用水としての利用権を有しているものといわなければならない。そして、その成立に争のない丙第四号証、証人脇本幸之進の証言の一部及び原告本人尋問の結果(第二回)によれば原告は現に字上浜松に同町二九番の二外九筆の登記ある水田を所有し、更に地目田の登記を経ていないけれども、同町二番地附近に水田約一町五反を所有しており、いずれも大地からの流れをその潅漑に使つて来たことを認めることができ、右認定に反する証人脇本幸之進の証言部分は措信できず他に右認定を覆すに足る証拠はないから、原告は本件大池の流水について現に潅漑用水権を有するものといわなければならない。

しかし養魚のための貯水使用権については、原告本人尋問の結果(第二回)その成立を認め得る甲第四号証と証人斉藤三太、同八木沢一貫、同七戸喜太郎の各証言並びに原告本人尋問の結果(第二回)によれば、なるほど原告家においては、その先々代の時代から本件大池において五回に亘り鮒、鯉、わかさぎ虹鱒等の養殖を試みたことを認めることができるけれども、右各証人並びに本人尋問の結果によれば、右の養殖はいずれも失敗したこともまたこれを認めることができ、したがつて、右認定したところによつては原告家において養魚のため継続的に本件大池を使用してきたものとまでは認めることはできず、他にこのような継続的使用の事実を認め得る証拠はない。したがつて、原告主張の養魚のための本件大池の使用は、いまだ権利としてこれを認め得る段階にはないものと解するのが相当であり、養魚のための利用権を前提とする損害賠償請求は理由がない。

よつて潅漑用水使用権に基く請求について判断を進めるに、被告会社が昭和三一年本件大池を使用し、これに多量の諸水流を引入れ、発電のため多量の水を放出していることは当事者間に争がなく、その態容から真正に成立したものと認め得る丙第三号証の二と証人斉藤三太の証言並びに原告本人尋問の結果(第二回)によれば、被告会社の前記発電所の用水操作により、水温が低下して字上浜松二番地所在の原告の所有水田約一町五反歩について、少くとも昭和三一、二年当時反当り約二俵の減収があつたことを認めることができる。しかし被告会社は、仮りに原告に損害があるとしても、その損害賠償請求権を抛棄しているものであると抗争し、右抗争は次のとおり肯認できるから、原告の本請求はその他の抗弁について判断をなすまでもなく既にこの点において理由がない。すなわち、前掲丙第三号証の二、その成立に争のない丙第三号証の一、同第一一号証と原告本人尋問の結果(第二回)の一部を綜合すると、西津軽郡岩崎村農業共済組合は昭和三二年七月二八日訴外七戸嘉市外一〇名の依頼に基いて被告会社の発電用水の操作による冷害について補償交渉をなし、昭和三三年二月二〇日両者間に協議が成立して、被告会社から右七戸嘉市外一〇名に対し水田加温池の施設工事費名義で合計三〇〇万円を寄附することゝし、右七戸嘉市等は同日被告会社に対し、冷害に基く補償要求を撤回し、爾後なんらの苦情も申出ないことを約したこと、前記七戸嘉市等一一名中には訴外大屋正蔵も加わつているが、同人は右の寄附金についてはその配分を受けず、同人のいわゆる本家である原告が、上記水田一町五反余分として金三〇万円を受領していることを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右の認定諸事実から考えると、大屋正蔵は実質上原告を代理して前記共済組合に対し補償要求の交渉を依頼し、今後の冷害補償請求をしない旨を被告会社に対し約したものと推認するのが相当である。そうすると結局原告はその名目にかゝわらず被告会社から金三〇万円の支払を受けることにより上記水田の冷害に基く損害賠償請求権を抛棄したものと解すべきである。

三、叙上判示したとおりであるから、原告の本訴請求はすべてその余の点について判断をなすまでもなく結局いずれもその理由はないことに帰するから、原告の本訴請求は全部これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高井常太郎 小河八十次 高橋朝子)

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