大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6853号 判決 1959年6月22日

原告 富士建築株式会社

被告 菊地淳 外一名

主文

被告菊地淳は原告に対し金八十万円及びこれに対する昭和三十二年九月七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告の被告菊地淳に対するその余の請求及び被告大山英一に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用中、原告と被告菊地淳との間に生じたものはこれを四分し、その一を原告の負担、その余を被告菊地淳の負担とし、原告と被告大山英一との間に生じたものは原告の負担とする。

第一項に限り原告に於て金十五万円を担保に供するときは仮に執行することができる。ただし被告菊地淳が金六十万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

原告代理人は「被告等は原告に対し連帯して百万円及びこれに対する昭和三十二年九月七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

「一、原告は昭和三十一年三月二十四日、被告菊地淳及び被告大山英一の代理人である訴外田島信雄との契約によつて、被告等より東京都千代田区神田末広町二十二番地所在家屋番号同町二十二番、建坪十五坪五合、木造板葺平家建店舗兼居宅一棟(以下本件建物という)を左記の条件で買受けた。

(一)、代金二百五十万円、手附金五十万円。

(二)、昭和三十一年四月二十五日所有権移転登記手続をなすと同時に売買代金から手附金を差引いた残額を買主より売主に支払うこと。

(三)、本件建物の敷地についての借地権譲渡に関する地主の承諾は売主においてこれを得、これに伴う費用は一切売主の負担とすること。

(四)、建物造作一切契約時のまま(空家)とすること。

(五)、売主において本契約に違反したときは手附金の倍額を買主に賠償し、買主において違反したときは売主は手附金を返還しないこと。

二、原告は右約定に基き、契約締結日たる昭和三十一年三月二十四日被告等に対し手附金五十万円を交付した。

三、然るに所有権移転登記申請の約定日である昭和三十一年四月二十五日、原告が被告菊地淳に対し、売買残代金を用意したから登記申請をしたい旨申入れたところ、本件建物の敷地についての借地権譲渡に関する地主の承諾が得られないから待つてくれ、との返事があり、その後も原告の再三の催告にもかかわらず被告等は地主の承諾を得ることができず契約を履行せず、更に同年十一月一日、被告等は本件建物につき訴外磯貝博に対し賃料一ケ月一万三千円期間十ケ年の条件で賃貸借契約を締結し、同日右賃借権設定の登記をなし、前記約定に違反した。

四、そこで原告は昭和三十一年十一月二十六日、被告等に対し本件売買契約を解除する意思表示をした。

五、よつて被告等は原告に対して前記売買契約の条件(五)の約旨に従い約定損害金として、既に原告が交付した手附金五十万円の倍額百万円を支払う義務がある。原告は株式会社であつて商人であるから本件売買は商行為であり、被告等は商行為により債務を負担したのであるから連帯して右債務を履行する義務がある。

故に原告は被告等に対し連帯して百万円及びこれに対する訴状送達の後たる昭和三十二年九月七日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金との支払を求めるため本訴に及んだ。」

と述べ、被告菊地淳主張の抗弁事実を否認し、立証として甲第一、第二号証を提出し、証人中村与四郎の証言及び原告会社代表者鈴木興一尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め、同第二号証の成立は不知と述べた。

被告大山英一訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張事実のうち、被告大山英一に関する部分は全部否認する。その余の原告主張事実は不知である。被告大山英一は、原告主張の本件売買契約当時被告菊地淳に対して八十万円の貸金債権を有し、同債権保全のため本件建物につき売買予約の仮登記がしてあつたところ、被告菊地淳が本件建物を売るというのでその売買代金から右債権の弁済をうけるため訴外田島信雄を使者として被告菊地淳のところへ遣わしたのであるが、訴外田島信雄は懇請されるまま右債権さえ完済されれば必ず前記仮登記を抹消するという意味の立会人として本件売買契約書に被告大山英一の記名捺印をなしたものである。と述べ、立証として乙第一、第二号証を提出し、証人田島信雄の証言及び被告両名本人尋問の結果を援用し、甲第二号証の成立を認め、同第一号証の成立を否認し、同号証に押捺してある被告大山英一の印影が被告大山英一の印章によるものであることは認めるがこれは訴外田島信雄が無断で押捺したものである、と述べた。

被告菊地淳は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として「原告主張事実のうち被告大山英一に関する部分は全部否認する。その余の原告主張事実のうち、原告と被告菊地淳との間に原告主張のような売買契約が成立したこと、手附金五十万円を被告菊地が受領したこと、本件建物の敷地の借地権譲渡につき地主の承諾が得られなかつたこと、被告菊地淳が訴外磯貝博と原告主張のような賃貸借契約を締結したこと、原告の本件売買契約解除の意思表示が被告菊地に対してなされたこと、原告が商人であることは認めるがその他の事実は全部否認する。」と述べ、抗弁として「本件建物の敷地の借地権譲渡につき地主の承諾が得られなかつたのは被告菊地淳の責任ではない。本件売買契約締結に際し被告菊地は原告に対し未だ地主に一度も会つていない旨を告げたのに、原告は『従来の経験によれば地主との関係は金銭で必ず解決するから心配はない。』と言うので被告菊地淳は安心して前記のような内容の売買契約を締結するに至つた。ところで原告は不動産取引業者で、実際は本件建物を他に転売する予定だつたので、登記も直接その者の名義とすべく買手が決まる迄地主との交渉は見合せて欲しいと言うことであつたところ、約定の登記申請の日の前日になつて漸く買手の名前を連絡して来たが、被告菊地はそれでは到底地主と交渉する時間がないと拒わつたところ、時日はかかつても良いから地主の承諾を得てくれと頼んで来た。そこで被告菊地は地主に始めて会つて交渉したが、一切を弁護士に任してあると言うので、更にその弁護士に面接したら「一応考えておこり」との返事であつたが、その後態度が変わり、承諾を得る見込がなくなつてしまつたものである。従つて結局原告の思惑違いでありこの点に関し原告に過失があつた。また「被告菊地淳が訴外磯貝と本件建物につき賃貸借契約を締結したのは右地主の承諾が得られないことが明白になつて原告が本件売買による本件建物の取得を放棄した後であるから本件売買契約の約定に違反したことにはならない。」と述べ、立証として被告大山英一提出の証拠を全部援用し、甲第一、第二号証の成立を認めた。

理由

原告は、本件売買契約締結に際し訴外田島信雄が被告大山英一の代理権を有し、右契約は原告と被告等との間に成立したものであると主張し、被告大山英一はこれを争つているので先ずこの点を判断する。成立に争のない乙第一号証及び証人田島信雄の証言、被告両名の本人尋問の結果を綜合すれば、昭和三十一年三月初旬頃被告大山英一は被告菊地淳に対して八十万円を貸し付け、その債権を保全するために本件建物につき売買予約の仮登記がなされていたところ、被告菊地淳が本件建物を他へ売却することになつたので同年三月二十四日被告大山英一はその売買代金から右債権の弁済をうけようと考え訴外田島信雄を使者として被告菊地のところへ遣わし被告菊地より同人の受領した手附金中から金三十万円の弁済を受けた事実が認められる。甲第一号証(本件売買契約書)が右手附金授受の際作成されたことは前記証拠で明らかであり、これには一見原告の主張にそう如く、売主の欄に大山英一なる記名と被告大山英一の印章による印影が押捺されてあるのであるが、これを前掲各証拠に対照すれば、前記のような経緯から本件売買契約に立会つた訴外田島信雄が、原告が代金を被告菊地に完済すれば被告大山はその内から前記八十万円の貸金の弁済を受けることになつているので、前記仮登記を抹消すると言う趣旨で本件売買契約書に右記名捺印をなしたに過ぎないことが認められるし、又原告もそのことを承知していたことが推断されるから、被告大山英一が売主となり売主としての義務を負担する意味で前記記名捺印をしたとは認められない。

右認定に反する証人中村与四郎及び原告会社代表者鈴木興一の尋問の結果は措信し難く、その他右認定を左右するに足る証拠はない。よつて被告大山英一が本件売買契約の当事者であることを前提とする原告の被告大山英一に対する請求はその余の原告と被告大山英一との間の争点を判断するまでもなく失当である。

ついで被告菊地に対する請求について調べると、原告の主張事実のうち、原告主張の如き内容の売買契約が原告と被告菊地淳との間に成立したことは当事者間に争がない。そして原告主張の約定(請求原因一の(三)並(五))は、被告菊地は原告に対し敷地借地権の譲渡につき地主の承諾を得ることができたのに拘らずこれを得なかつた場合ばかりでなく、地主が借地権譲渡を承認する意思がなくその承諾を得ることが頭初より不可能であつた場合及び売買契約後地主の気持が変りそれが不可能となつた場合でも被告菊地はその責に任じ損害賠償として原告に手附金の倍額即ち金百万円を支払うことを特約したものと謂うべく、右の趣旨の特約は特段の事情のない限り建物の売主の担保責任の観点から見て有効と判断すべきものである。

而して原告が被告菊地に手附金五十万円を支払つたこと、結局借地権譲渡について地主の承諾が得られなかつたこと、そのため原告が本件売買契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争がないから、特段の事情がない限り被告菊地は原告に対し金百万円を支払う義務あるものと謂わねばならない。

そこで最後に被告菊地淳は、本件建物の敷地の借地権の譲渡につき地主の承諾が得られなかつたことは原告の思惑違いで同人に過失があると主張するのでこの点を判断するに、被告菊地淳本人尋問の結果によれば、原告は不動産取引業を営んでいるものであるが本件建物の売買契約の締結を急ぐのあまり、被告菊地が地主に会つたことがないから何とも言えないと言つているのに拘らず本件建物の敷地の借地権譲渡についての地主の承諾は「金銭で解決すれば大丈夫だ。」と軽信し、その旨被告菊地にも告げて契約の締結をうながしたこと(右認定に反する証人中村与四郎の証言及び原告代表者本人尋問の結果は措信しがたい)、そして借地権譲渡について被告菊地が地主の承諾を得られなかつたのは地主には頭初より借地権譲渡を承認する意思がなかつたためのように推断されるので、原告がこれと謂う調査をせずに地主の承諾は金銭で得られると速断し、ためらう被告菊地を促がして前記内容の売買契約を結ぶに至つたについては、原告に不注意があつたものと謂わねばならない。然し他方被告菊地本人尋問の結果及び証人中村与四郎の証言の一部によると、被告菊地は本件建物を昭和三十一年三月十五日公売処分に於て代金五十五万円で競落取得し、その後地主について敷地の賃貸借を認めるかどうか確かめもせず直ちに不動産取引業者たる訴外中村与四郎にこれを代金三百万円で売りに出し、その結果同月二十四日原告との間に代金二百五十万円で本件売買契約が成立したものであるが、右の価格は双方が専ら借地権を重視して評価したものであることが認められるのであつて、かような事情を考慮すると、原告に前記のような不注意の点があつたにせよ、被告にも又本件売買契約を結ぶにつき頗る不信義、不注意があつたことは争えず、その責を凡て原告に転嫁し、被告菊地を全面的に免責することは相当でない。

そして民法第四百十八条は債権法に於ける公平の原則上かかる場合、即ち契約締結上の過失に基く損害賠償の額が予定されている場合にも準用されるべきものと解されるところ、右認定の諸事実を考慮しながら前記の如き原告の過失を斟酌するとき、被告菊地の賠償額を金八十万円に軽減するのが相当である。

以上の次第で原告の被告大山英一に対する請求を棄却し、被告菊地淳に対する請求のうち被告菊地淳に対して金八十万円と、原告は株式会社であるので右債務は商行為に基くものと推定すべきであるから、これに対する訴状送達の翌日であることが記録上明かな昭和三十二年九月七日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 室伏壮一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例