東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7004号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕原告は、昭和三〇年七月一六日成立の調停により、訴外済間健次、同キクの両名から、代物弁済により、本件(イ)(ロ)の建物の所有権を取得した。右の(イ)(ロ)建物は、事実上一棟となつている階下と階上で、階下たる(イ)には「調理場及び冷蔵庫六坪」の部分が附属しており、この部分は隣地の被告所有土地の一部にまたがつていたが、構造及び用法上の独立性はなく、(イ)(ロ)の建物の一部とみるべきもので、原告はこの部分についても右代物弁済により所有権を取得したのであつた。ところが右(イ)(ロ)の建物は昭和三〇年二月頃から訴外小林よしが占有していて、同人は右六坪の部分につき同年一二月一二日一棟の店舗として所有権保存登記を経たので、原告は小林に対し、所有権に基いて(イ)(ロ)の建物明渡と右六坪の部分の保存登記の抹消を訴求し、昭和三二年六月二四日勝訴判決を得て、同年七月八日建物全部の明渡の強制執行をして、同日右六坪の部分を含む(イ)(ロ)の建物全部の引渡を受け、以来占有を続けていた。一方、被告は、右六坪の部分の敷地を昭和二三年頃訴外石田吉重に賃貸して、同人がそこにバラック建物置を建てて使用していたものであるが、昭和二九年三月頃隣地で料理屋を経営していた前記済間健次が右物置を調理場に改造して(イ)(ロ)の建物と接続させて使用するに至り、被告の抗議にもかかわらず、昭和三〇年九月小林よしがこれを譲り受けたといつて借地権譲渡の承認を求めて来たので、被告はこれを拒否し、石田及び小林に対し建物収去土地明渡の訴を提起して、昭和三二年一月二一日勝訴判決を得たうえ、本件六坪の建物の収去命令を得て、当時病気入院中の小林よしについてその所有及び占有関係を調査のうえ、同年七月二九日収去断行の強制執行をした。
原告は、被告のした強制執行は、債務者たる小林よしの所有占有に属しない本件六坪の部分及びその敷地についてなされた点において違法であるばかりでなく、たとえ執行行為によるものではあつても、執行吏を利用して右敷地に対する原告の占有を侵奪したことになるとして、占有回収の訴により、その明渡を求めた。
判決は、被告がした強制執行は、執行債務者たらざる原告の所有かつ占有に属する建物の収去をした点において違法ではあつたが、その執行までの経過をみると、被告が得た債務名義は別に被告が小林よしと馴合いで訴訟をした結果によるものではなく、被告は本件六坪の部分が小林よしの所有かつ占有に属すると信じて疑わなかつたと推測されると判示し、次のような事実を認定しかつ占有回収訴権の成否を判断している。曰く、
「......を綜合すると、被告の自宅は原告主張のように本件土地から一間半程の小路を距てた向い側にあり、原告がした(イ)(ロ)の建物明渡の前記強制執行の際には訴外小林よしの家財道具などをそこに積み上げ、被告方の家人もこれを目撃していたし、その後は原告方の職員である男子が交替でそこに宿泊し、(イ)の建物の玄関口には訴外龍江産業株式会社の表札がかかげられていた(その頃(イ)(ロ)の建物の二階に二、三名の者が宿泊していたこと及びその玄関口に右訴外会社の表札があつたことは当事者間に争がない)ことが認められるから、被告も右強制執行がなされた昭和三二年七月八日以後は、すくなくとも前記六坪の部分を含む(イ)(ロ)の建物の占有は、小林よし以外の第三者に移転したことを気付いていたものと認められるが、先づ右建物部分及びその敷地である別紙目録記載の土地の占有関係についてのみ考えると、原告が右強制執行によつてその占有の移転を受けたのは被告が訴外小林よしに対して得た前記建物収去土地明渡判決の口頭弁論終結の後であるから、この判決の効力は同事件の被告小林よしの承継人として原告にも及ぶものであつたといわなければならないから、被告がした建物収去の前記強制執行の違法は単に承継執行文付与の手続を経なかつたという手続上の瑕疵にとどまるのであり、次に右建物部分の所有権の関係は、以上認定の経過をみると被告がその原告に属することを知らなかつたことについて、原告がこれに対して前記強制執行をなしたという事実のみからして、過失を認定するのは早計であるし、他にこの点につき故意又は過失を認めるべき何等の証拠もない。」
「ところで占有の移転が違法な強制執行によつてなされた場合に、その救済を占有訴権の制度に求めることができるかどうかは、この制度の目的から考えて甚しく疑問であるが、少くとも執行債権者の側に『私人の実力による占有の奪取』と同一視し得る程度の違法性がある場合でなければならないものと解すべきところ、以上認定の経過を見ると、被告がした本件建物収去土地明渡の強制執行は、前記のように違法ではあつたが、その程度は右のような意味において占有回収の訴権発生の要件とされる『占有の侵奪』と同視さるべき程重大なものとは到底認められないのである。されば本件において原告主張の占有回収の訴権は成立しないものといわなければならない。」