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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7402号 判決 1960年5月12日

原告 渡部はつ

被告 渡部長一郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙第三目録記載の家屋につき所有権移転登記手続をなすべし。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求める旨申立て、その請求の原因として、

一、原告は大正十二年二月十二日被告と届出による婚姻をなし、その後両者間に長男、長女、二女の三児を儲けた。(尚現在は二女のみ健在)而して被告は右婚姻後建築業を営むようになつたが、原告の協力によつて業績があがり、やがて被告は大和土建工業株式会社を設立し、自ら社長としてその経営にあたり、相当な資産を有するに至つた。

二、然るに被告は昭和二十六年末頃から訴外峰岸きくえと情交関係を結ぶようになり、昭和二十八年から同女と同棲して今日に至り、昭和二十九年春には同女との間に子供を儲けた、而して、被告はきくえと関係を結ぶようになつてからは家庭を顧みないばかりでなく、建築業の仕事をも捨てたため信用を失墜し、前記会社は解散状態に陥り、徒らに借財が重み、原告はその処理に日夜追われるようになつた。

三、そこで原告は右のような状態の清算を望み、被告を相手方として昭和二十八年東京家庭裁判所に対し夫婦関係調整の調停を申立て、(同庁同年(家イ)第一、三〇七号)、訴外笠原庄次郎をも利害関係人として参加させた上、三者間に昭和二十九年二月二十三日調停が成立した。而してその調停調書には次の如き記載がある。

(一)  原告から被告に対する離婚、慰藉料、財産分与等の請求につき次のように定める。

(二)  被告は原告に対して別紙第一目録記載の各土地建物を抵当権及び差押等物上負担一切を昭和二十九年七月末日限り消滅せしめ、且つ各抹消登記手続をなした上完全なる所有権を贈与し、その所有権移転登記手続をする。但しこれに要する諸税金その他の費用一切は被告の負担とする。

(三)  被告は別紙第一目録記載の物件中の旅館アパートに附属し又は備付けの畳、建具、造作、備品、什器一切は原告の所有であることを認める。

(四)  被告は別紙第一目録記載の物件に対して原告が所有権移転請求権保全の仮登記をなす場合にこれに協力する。

(五)  別紙第一目録記載の物件に対する公租公課は被告の名義中は被告の負担とする。

(六)  訴外笠原は原告に対して別紙第二目録記載の建物に対する抵当権その他の物上負担一切を消滅せしめ且つ各抹消登記手続をなした上完全なる所有権を移転し昭和二十九年七月末日限りその旨登記手続をする。但しこれに要する諸税金諸費用一切は笠原の負担とする。

(七)  笠原は別紙第二目録記載の物件に対して原告が所有権移転登記請求権保全の仮登記手続をなす場合にこれに協力する。

(八)  別紙第二目録記載の物件に対する公租公課は笠原の名義中は笠原の負担とする。

(九)  被告は原告と笠原間の前各項の契約につき異議を述べない。

(十)  被告において第二乃至五項を完全に履行し又笠原が第六乃至八項を履行したときは当事者は所轄戸籍役場に離婚届出をなすものとする。

(十一)  被告並びに笠原は前各項の義務不履行の保証として原告のため別紙第三目録記載の物件につき所有権移転請求権保全の仮登記をすることに同意する。但し前記義務不履行の原因が被告並びに笠原の故意又は重大なる過失に基因しない場合又は原告の不協力による場合は被告並びに笠原は前項仮登記より生ずる責を負わない。

(十二)  本件調停条項に関して当事者、笠原等の間に紛議のあつた場合には東京家庭裁判所の調停又は審判にて定めるところによる。

(十三)  当事者は本調停条項以外に相互に何等の財産的請求をしない。

尚、別紙第一乃至第三目録記載の物件はすべて被告所有のもので、(但し第一目録記載の(五)の家屋番号板橋区志村前野町四百四十二番の二の建物は原告の所有で、その登記もある。)右第一、二目録記載の物件に対しては被告が負担した債務の共同担保として抵当権その他の物上負担が附けられ、その旨の登記がしてあり、また第一及び三目録記載の物件は登記簿上も、被告がその所有名義人となつて居り(但し前記原告所有の建物は除く)、右第二目録記載の物件は実際の所有者は被告であつたが、登記簿上笠原庄次郎の所有名義となつていたので、前記の如く同人をも利害関係人として調停に参加させたのであり、又、右第一目録記載の物件中、(二)、(三)の宅地三十八坪及び山林三畝二歩は耕地整理の結果同目録記載の(一)の宅地百七十二坪五勺となつたものであるが、之を一見しただけで別筆のように記載してしまつたものである。

四、(一) 而して前記の如く前記調停は申立人である原告、相手方である被告、参加人である笠原の三者間に成立したものであるが、別紙第一乃至三目録記載の物件は上述の通りすべて被告の所有物件であり、(但し前記原告所有の建物を除く)右第一、二目録記載の物件には、被告の負担した債務のため抵当権その他の物上負担が附着しその旨の登記があり、且つ第二目録記載の物件は、笠原が便宜登記簿上の名義人となつていた関係上同人を調停に加へたにすぎないものであるから、笠原は形式的な参加に止まり、前記調停は実質的には申立人たる原告と、相手方たる被告との間に成立したものであり、その調停条項中、参加人というも実質的には相手方(被告)と同一視すべきものである。従つて前記調停条項中、(一)乃至(十)項は

(1)  被告は原告に対して別紙第一、二目録記載の物件につき、被告において之に附着する抵当権その他一切の物上負担を消滅させ、且つその抹消登記手続を了した上、完全な所有権を移転し且つその旨登記手続をすること、(但し前記原告所有の建物については物上負担の消滅のみ、)右時期は昭和二十九年七月末日とすること。

(2)  右所有権の完全移転後原被告は離婚届出をすること。の趣旨と解すべきである。

(二) 更に前記調停条項中第(十一)項は、文言上明確ではないが、被告が右調停条項中第(一)乃至(十)項の債務即ち昭和二十九年七月末日までに前記(1) の趣旨に従う債務を履行しないときは被告所有の別紙第三目録記載の物件の所有権は当然に原告に移転する旨の停止条件附所有権移転の合意がなされた趣旨に解すべきである。蓋し、前記調停条項中第(一)乃至(十)項が前記の趣旨に解すべきこと前記の通りであり、且つ前記条項は原被告間の離婚と之に伴う財産分与を定めたものであつて、原告が被告から別紙第一、二目録記載の物件を物上負担のない姿で譲渡を受ければ問題はないが、万一物上負担が附着したままでその所有権の移転を受けた場合には、原告が右物上負担を消滅させることとなり、その受ける財産分与の額が減縮される結果、被告が違約した場合には、原告が被告所有にかかる別紙第三目録記載の所有権の移転を受けて、分与額の減縮した部分の補充をする意味で前記調停条項中の第(十一)項が挿入されたものであり、しかも被告の違約の有無を問わず原告が財産分与として受くべき物件は、前記第一目録記載の物件中、前記同一物件が重複したもの及び原告所有の建物を除いた別紙第一、二目録記載の物件であつて、必ずしも高額なものではないのであるから、前記調停条項中第(十一)項の趣旨を前記の如く解しないかぎり、同条項は全く無意味な条項に帰して了うからである。

(三) 以上のような次第であるから、前記調停において原被告間に(1) 、被告は原告に対して被告所有にかかる別紙第一、二目録記載の物件につき被告において之に附着する抵当権その他一切の物上負担を消滅させ且つその抹消登記手続を了した上、完全な所有権を移転し且つその旨登記手続をすること、(但し前記原告所有の建物については物上負担の消滅のみ、)右時期は昭和二十九年七月末日とすること、(2) 右所有権の完全移転後原被告は離婚届出をすること、(3) 被告が昭和二十九年七月末日までに右(1) の債務を履行しないときは被告所有の別紙第三目録記載物件の所有権は当然に原告に移転する旨の調停が、成立したものというべきである。

五、然るに、被告は昭和二十九年七月末日を過ぎるも右調停条項の趣旨に違反して全然別紙第一、二目録記載の物件に附着した物上負担を消滅しなかつたので、原告はやむなく自己負担で別紙第一、二目録記載の物件に附着せる諸負担を消滅させ、ここに前記調停条項の趣旨に従い被告所有の別紙第三目録記載の物件は原告の所有に帰した。

六、仍て原告は所有権に基き被告に対し別紙第三目録記載の物件につき所有権移転登記手続をなすことを求めるため本訴に及んだ。

と陳述し、

被告主張の答弁事実はすべて否認すると述べ、

立証として、甲第一号証を提出し、原告本人渡部はつの訊問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因事実中、一の事実、(尤も原告の協力によつて被告経営の建築業の業績があがつたものではない。)被告が原告と届出による婚姻した後峰岸きくえと情交関係を結び同棲をして、同人との間に一児を設けたこと、三の事実、四の(一)、(三)の事実(但し(三)の事実中(3) の事実を除く)、被告が昭和二十九年七月末日を過ぎるも別紙第一、二目録記載の物件に附着した物上負担を消滅させなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、原告が多少なりとも、家庭の主婦としての内助の功のあつたことは認められるが、被告が建築業に励んだ結果、別紙第一乃至三目録記載の物件等、多大の資産を有するに至つたものであつて、原告は之には何等協力をしたものではない。

被告は、昭和二十八年六月頃から峰岸きくえと情交関係を結ぶようになり同棲をはじめ、昭和二十九年秋頃同女との間に一児を儲けた。しかしながら、原告が被告に対して温情を以て接せず、冷淡な振舞をしたので被告はやむをえず峰岸と右のような関係を結ぶようになつたものである。

原被告間の調停の結果、原告が被告から譲受けることになつた別紙第一、二目録記載の物件の評価額は少くとも千五十五万円であり、被告の手もとに残された別紙第三目録記載の物件を含む土地建物の評価額は約四百二十四万円であり、しかも右第一、二目録記載の物件に附着せる抵当権その他の物上負担は約九十五万円に過ぎなかつたものであり、右物上負担も被告に残された右土地建物以外の資産即ち被告の営業用資産(在庫建築用材、建具製品、機械工具類等、見積額金二百七十万円)及び預金債権工事代金債権等(合計金五十二万円)を以て充分に消滅し得たのである。(後記の如く、原告が勝手に処分してしまつた)

以上の事実に徴するときは、本件調停条項中第(十一)項の趣旨は、原告主張の如く解すべきではなく、被告が、右調停条項第(一)乃至(九)項に定める義務を履行しなかつた場合、それによつて原告の蒙る損害を担保するため、その損害額に応じ、別紙第三目録記載の物件につき、その一部又は全部に譲渡担保を設定すべき旨の予約にすぎず、之に基いて後日譲渡担保設定の場合に備えて所有権移転請求権保全の仮登記を規定しているのである。仮に然らずとするも右第(十一)項の趣旨は被告の債務不履行により原告が損害を蒙つた場合には、その損害額の多寡に応じ別紙第三目録記載の物件の一部又は全部の所有権を原告に移転するが、その際は更めて原被告間に協議して所有権を移転すべき物件、その他の条件を特定すべしとの意味に解すべきである。

三、本件調停条項中第(十一)項の趣旨を原被告何れの解釈に従つても被告は同条項但し書の規定に基き原告に対する債務不履行の責を負担しない。即ち、

本件調停成立当時被告は既に建築業を休業していたので、調停により負担した債務の履行に必要な金員はその後の事業収益に期待し得ず、専ら被告に残された別紙第三目録記載の家屋の賃料(月額金三万九千九百円)及び前記営業用資産、預金債権、工事代金債権等を以て之に充てるより外なかつた。而して右債務の履行に必要な金員は前記の如く金九十五万円程度であつたから、若し前記被告の財産が予定通り処分できれば右債務の履行は充分可能なことであり、この見透しがあつたからこそ被告は本件調停に応じたものである。

然るに原告は本件調停成立後、被告不知の間に前記被告の営業用資産全部を他に売却し、その代金を被告に無断で自己の手中に収め、前記第三目録記載の家屋の賃料さえも全部受領して被告に交付しなかつた。そのため被告は、原告に対する調停に基く債務の履行もなし得ないことになつたものである。

以上の事実はまさに被告の債務不履行が前記調停条項中第(十一)項に所謂相手方(被告)の故意又は重大な過失に基因しない場合又は申立人(原告)の不協力に因る場合に該当するものというべきであるから、同項但し書により被告は仮登記より生ずる責を負わないもの即ち被告は債務不履行に基く責任を負わないものというべく、従つて別紙第三目録記載の物件の所有権は原告に移転しないものである。

と述べ、

立証として証人今井甚之丞の証言、被告本人渡部長一郎の訊問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認めると述べた。

理由

一、原告と被告が大正十二年二月十二日届出による婚姻をなし、両者間に長男、長女、二女の三児を儲けたこと、(尚現在は二女のみ健在)被告が右婚姻後、建築業を営み業績があがり、やがて大和土建工業株式会社を設立し自ら社長としてその経営にあたり、相当な資産を有するに至つたこと、被告が昭和二十六年末頃から峰岸きくえと情交関係を結び昭和二十八年春頃から同棲をするようになり、両者間に昭和二十九年秋一子を儲けたこと、(情交関係同棲の始期及び一子出生の日については当事者間に争があるけれども、弁論の全趣旨及び被告本人の供述により前記の如く認める。)、原告が被告を相手方として原告主張の如き夫婦関係調整の調停を申立て、訴外笠原庄次郎をも利害関係人として参加させた上、三者間に昭和二十九年二月二十三日調停が成立し、その調停調書には原告主張のような第(一)項から第(十三)項までの記載があること、別紙第一乃至三目録記載の物件はすべて被告所有のもので(但し第一目録記載の(五)の家屋番号板橋区志村前野町四百四十二番地の二の建物は原告の所有でその登記もある。)右第一、二目録記載の物件には被告が負担した債務のため抵当権その他の物上負担が附着しその旨の登記があつたこと、右第一及び三目録記載の物件は登記簿上も、被告の所有名義となつていたが(但し前記原告所有の建物は除く)右第二目録記載の物件は登記簿上、笠原が便宜上その所有名義人となつていた関係上、同人を調停に参加させたものであり、右第一目録記載の物件中、(二)(三)の宅地三十八坪及び山林三畝二歩は耕地整理の結果、同目録記載の(一)の宅地百七十二坪五勺となつたもので別筆のものではないこと、笠原が前記のような事情で形式的に調停に参加したに止まり、前記調停は実質的には原被告間に成立したものであり、従つて前記調停条項中第(一)乃至(十)項の趣旨が原告主張の如きものであること、従つて前記調停において原被告間に(1) 被告は原告に対して被告所有にかゝる別紙第一、二目録記載の物件につき被告において之に附着する抵当権その他一切の物上負担を消滅させ且つ、その抹消登記手続を了した上、完全な所有権を移転し且つその旨登記手続をすること、(但し前記原告所有建物については物上負担の消滅のみ)右時期は昭和二十九年七月末日とすること(2) 右所有権の完全移転後原被告は離婚届出をすること、の調停が成立したこと、は当事者間に争がない。

二、原告は、前記調停において、原被告間に前記(1) (2) の他、(3) 被告が昭和二十九年七月末日までに右(1) に定める債務を履行しないときは被告所有の別紙第三目録記載物件の所有権は当然に原告に移転する旨の調停が成立したものであり、本件調停条項中第(十一)項も右(3) の趣旨に解すべきである旨主張するので、この点につき判断をする。

本件調停条項中第(十一)項に相手方(被告)並びに参加人(前記笠原)は前各項の義務不履行の保証として申立人(原告)のため別紙第三目録記載の物件につき所有権移転請求権保全の仮登記をすることに同意するとあることは当事者間に争のないところであるが、右文言自体のみを以てしては、右条項が直ちに原告主張の如き意味を有するものとは到底解し難いところである。そもそも調停は裁判所の面前に於て当事者の為す実体法上の合意であり、調停調書はこの合意を記載したものに外ならないから、調停成立により当事者の一方が相手方に対し負担した給付義務の内容如何は調停調書の文言自体によつて定まることは勿論であり、その明確を欠く場合には調書に表示された文言を解釈してその内容を定むべきであるが、その解釈に当つては一般法律行為の解釈と同様に、使用された文字のみ拘泥することなく、文字と共にその解釈に資すべき他の事情をも参酌して以て当事者の真の合意を探究してその内容を認定すべきである。

これを本件につきみるに原告本人は本件調停調書記載の第(十一)項は原告主張の如き意味で定められた旨供述し、また本件調停調書第(十一)項をその文言に従つて抽象的に解すれば、被告が同調停に於て定めた別紙第一、第二目録記載の物件に関する約定を履行しない場合は、原告は被告に対し第三目録記載の物件について所有権移転請求権を取得する趣旨の合意が暗黙に為されたことを推認し得る如くであるが、

(一)  本件調停は原告(申立人)と被告(相手方)との離婚並にその届出の時を合意すると共に之に関して被告から原告に対する慰藉料及び財産分与を合意したものであることは、成立に争のない甲第一号証(調停調書正本)の記載全体を通じて明らかな所であり、原告主張の第一並に第二目録記載の物件については、何れも之を抵当権等の負担の附着しない完全なものとした上で、被告から原告に所有権を移転すべきことを極めて丁寧明確に記載してあるのに対し、第(十一)項には義務不履行の保証として第三目録記載物件につき所有権移転請求権保全の仮登記に同意することを記載するのみで、第三目録記載物件について原告が果して具体的に如何なる権利を取得するか、殊に原告主張の如く、被告の不履行を条件としてその所有権が当然に原告に移転するかについては何等明記して居ないこと明らかであり、

(二)  調停調書には当事者の合意を細大漏らす所なく如実に且つ正確に記載するのが原則であり、裁判所の実際に於ても、当事者間の合意は繁をいとはず調書上之を明確にして後日当事者間に紛争の起らないことを期するのが一般である点を考へると、第(十一)項の記載の意味が原告主張通りであると仮定すれば、同項の記載は当事者の実際の合意を正確に記載したものと謂ひ得ないと同時に裁判所の実際の取扱とも極めて矛盾する結果であると謂はざるを得ないこと、

(三)  原告本人並に被告本人の供述を綜合すれば、(1) 本件調停成立当時被告は財産として別紙第一乃至第三目録記載の不動産(但し前記原告所有の建物を除く)の外建坪合計約百四十坪の木造トタン葺の木工場、機械工場、事務所等の建物及び右建物の敷地(約四百五十坪)中約百四十坪並びに営業用資産(在庫建築用材、建具製品、機械工具類等)を所有し、且つ工事代金債権約金二十万円、預金債権金十五万円を有すると共に、前記第一、二目録記載の物件に附着する物上負担の債務約金百万円を含む債務約金百三十万円を負担していたのであるが、右営業用資産を換価すれば、少くとも金百五十万円あり、之と前記債権を以てすれば、右物上負担の債務は勿論之を含む前記債務全額を完済して尚余りのある計算にあつたこと、(2) しかも当時別紙第三目録記載の物件の価額は、前記別紙第一、二目録記載の物件に附着する物上負担の債務額を遥かに超過するものであり且つ被告が原告に対し第一、二目録記載物件の外更に第三目録記載の物件全部をも譲渡すべきものとすれば、前記工場(通常の住宅でなく建物としての価額は極めて低いものと認められる)及びその敷地の一部を残すのみとなり、斯くては、被告に前段認定の如き責むべき不貞行為があつたとしても、慰藉料財産分与として被告の当時の財産の大半は原告に移転する結果となること、

(四)  本件調停調書の第(十二)項には本件調停条項に関して当事者参加人等間に紛議のあつた場合には東京家庭裁判所の調停又は審判にて定めるところによる旨の、寧ろ異例的といふべき定のあることは当事者間に争のない所であるが、同調停に於て定める別紙第一、第二物件に対してはその条項の体裁自体から見て当事者間に紛議の生ずる余地は殆んど考へられないのに反し、第三目録物件に関する第(十一)項の規定は前示の如く意味曖昧で第(十二)項の予想する所謂紛議とは恰も第(十一)項に関して生ずることを予想して居るかの如き印象を与へること、

(五)  前示第(十一)項の意味が原告主張の通りであるとする原告本人の供述もその供述の前後を検討するに必しも適確なものとの印象を与へず、寧ろ原告代理人の概括的な質問に応じて之を肯定し、乃至裁判長の確め的な質問に対して肯定的に供述して居る形跡のあることを認め得べく、

以上(一)乃至(五)の事実と証人今井甚之丞の供述とに鑑みるときは、本件調停調書第(十一)項が原告主張の如き意味を有する旨の前示原告本人の供述は、その真実なことについて当裁判所は十分な心証を得ることが出来ない、又以上の事実に鑑みるときは、前示摘録の暗黙の合意のあつたことを推認することも出来ないと謂ふべきであり、他に同項が原告主張の如き意味で合意されたと認めるに足る何等の証拠もない。

以上の通りであるから、原告の本訴請求は爾余の判断をなすまでもなく理由がない。

三、よつて原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 鈴木忠一 田中宗雄 柏原允)

第一目録

板橋区志村前野町六十五番地

(一)宅地 百七十二坪五勺

(従前の土地)

同所千三百二十八番の二

(二)宅地 三十八坪

同所千三百三十二番の二

(三)山林 三畝二歩

同所六十五番地所在

家屋番号同町四百五十二番の二

(四)木造瓦葺二階建一棟建坪三十三坪

二階 二十五坪九合三勺七才(旅館)

附属物置

同所同番地

家屋番号同町四百四十二番の二

(五)木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十六坪七合五勺

二階 十三坪五合(アパート)

第二目録

板橋区板橋町八丁目五百八十四番地

家屋番号同町二百六十三番

(一)木造トタン葺平家一棟建坪十六坪五合

同所同番地

家屋番号同町二百六十六番

(二)木造トタン葺平家一棟建坪十六坪五合

同所同番地

家屋番号同町二百六十四番

(三)木造トタン葺平家一棟建坪十五坪

以上三棟に附属する造作畳建具電気設備一切原形の儘

第三目録

板橋区志村前野町六十四番地

家屋番号同町四百五十二番の二

(一)木造瓦葺平家居宅一棟建坪十坪

同所同番地

家屋番号同町四百五十二番の三

(二)木造瓦葺平家居宅一棟建坪二十坪五合

同所同番地

家屋番号同町四百五十二番の四

(三)木造瓦葺平家住宅一棟建坪十四坪七合五勺

同所百三十三番地

家屋番号同町四百八十四番の二

(四)木造瓦葺平家居宅一棟建坪十七坪

同所同番地

家屋番号同町四百八十四番の三

(五)木造瓦葺平家居宅一棟建坪十七坪

同所同番地

家屋番号同町四百八十四番の四

(六)木造瓦葺平家居宅一棟建坪十七坪

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