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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7664号 判決 1960年12月24日

原告 吉橋秀幸

被告 橋本留五郎

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二三八、五〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三二年一〇月六日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めると申し立てた。

二  被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二原告の主張

原告訴訟代理人は、つぎのとおり述べた。

(本件債権の発生)

一  被告は、昭和三〇年七月三〇日、訴外堀内清治に対し、渋谷区穏田一丁目一四九番地の地上に、代金七五〇、〇〇〇円で木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪一一坪二合五勺、二階八坪七合五勺の建築を依頼し、堀内清治はこれを承諾した。右代金の内金三七五、〇〇〇円は右建物の完成、引渡しまでに支払い、残額は同年一一月から毎月五日限り金一七、五〇〇円づつの割合で分割支払うこととの約定で、堀内清治は、右建物の建築に着手し、同年一〇月これを完成し、被告に引き渡した。

被告は、堀内清治に対し、右建物の完成、引渡しまでに、前記請負代金の内金三七五、〇〇〇円、昭和三〇年一一月から同三一年一一月まで毎月金一〇、五〇〇〇円づつ合計金一三六、五〇〇円をそれぞれ支払つたが、右代金の残額金二三八、五〇〇円の支払いをしない。

(本件債権の譲渡)

二 堀内清治は、同年一二月一一日、原告に対し、右残額金二三八、五〇〇円の債権を譲り渡し、堀内の代理人である久保清一は、同月二四日付内容証明郵便でその旨を被告に通知し、右郵便は、翌二五日被告に到達した。

(むすび)

三 よつて、原告は、被告に対し、右残額金二三八、五〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三二年一〇月六日から支払いずみに至るまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴に及んだ。

四 被告の主張第三項の事実のうち、被告、堀内清治間に被告主張のような特約が存在したことは否認する。

かりに、被告主張の特約が認められるとしても、被告は、堀内清治に対し、あらかじめ、本件請負代金を何人に譲り渡しても異議ない旨約していたものであり、原告は右特約の存在を知らなかつた。

五 原告の主張第五項の事実のうち、堀内清治が小原仙治に対し被告主張の債権を譲り渡した事実は否認する。

かりに、右譲渡の事実が認められるとしても、堀内清治、小原仙治間の通謀虚偽の契約によるものであるから、右譲渡は無効である。このことは、被告が本件請負代金の残額を、小原仙治に対してでなく、かねやま木材株式会社に対し支払つていることからも明らかである。

かりに、被告主張のとおり、本件請負代金残額債権の二重譲渡について二通の通知が被告に到達したとしても、原告に対する譲渡についての前記通知は有効であるから、原告は、被告に対し、右債権の譲受人であることを主張しうるものというべきである。

第三被告の主張

被告訴訟代理人は、つぎのとおり述べた。

一  原告の主張第一項の事実のうち、原告主張の日に、その主張の代金で、被告、堀内清治間に、原告主張の建物について建築請負契約が成立したこと、被告が右建物の引渡しまでに堀内清治に対し金三七五、〇〇〇円を支払つたことはいずれも認めるが、その他の事実は争う。

右代金の支払方法についての約定および支払状況は、つぎのとおりである。

右代金の内金三七五、〇〇〇円は昭和三〇年一〇月上旬までに支払い、残額三七五、〇〇〇円については、金利を加え、総額金六三〇、〇〇〇円とし、これを一カ月一七、五〇〇円の割合で三六カ月に分割し、毎月支払うこととした。被告は、堀内清治に対し、前記三七五、〇〇〇円のほか、昭和三〇年一一月から同三一年三月まで毎月金一七、五〇〇円づつ合計八七、五〇〇円を支払つた。その結果、残額は金五四二、五〇〇円となつたが、被告は、昭和三一年三月末か同年四月初めころ、堀内清治の要求により、約定にかかわらず、同人に対し金一六〇、〇〇〇円を支払つたが、その際、堀内と協議のうえ、残額金三八二、五〇〇円を金三〇〇、〇〇〇円に減額し、これを同年四月から毎月末日限り金一〇、七〇〇円づつ二八回に分割し、合計金二九九、六〇〇円を支払い、残額四〇〇円は適当な時期に追加支払うこととした。被告は、右約定により、同年四月から七月まで毎月金一〇、七〇〇円づつ合計金四二、八〇〇円を支払い、残額は金二五七、二〇〇円となつたが、同年七月、堀内清治は、被告に対し、右残額の債権を訴外小原仙治に譲り渡したことを理由として、同年八月以後の割賦金を同人に支払うよう要求した。そこで、被告は、同年九月六日同年八月分として、同年一一月五日同年九月分として、同年一二月三〇日同年一〇月分として、それぞれ金一〇、七〇〇円づつを小原仙治に支払つた。

二  原告の主張第二項の事実のうち、原告主張の内容証明郵便がその主張の日被告に到達したことは認めるが、その他の事実は知らない。

(本件債権の譲渡禁止の特約)

三  かりに、堀内清治が原告に対しその主張の債権を譲り渡した事実が認められるとしても、本件請負契約の締結に当り、被告、堀内清治間には、右契約から生じた権利または義務の譲渡または承継をすることができない旨の特約があつたのであり、原告は右特約の存在を知りながら右債権を譲り受けたのであるから、右譲渡は無効である。

(本件債権の譲渡通知の適否)

四  かりに、右譲渡が有効であるとしても、右譲渡の通知をしたのは久保清一であるが、同人はこのような通知をする権限を有しないのであるから、右通知は適法なものとはいえない。かりに、久保清一が右通知をする権限を有するとしても後記のとおり、堀内清治は、右通知と同一日付の内容証明郵便で、右通知に示されたのと同一の債権を小原仙治に譲り渡した旨通知しているから、この通知によつて久保清一の右権限が消滅したことを通知したものというべきである。

(本件債権の二重譲渡と同時通知の効力)

五  かりに、久保清一による原告主張の債権の譲渡通知が適法のものであるとしても、堀内清治は、昭和三一年八月三〇日、訴外かねやま木材株式会社の社長である小原仙治に対し、本件請負代金の残額債権全部を譲り渡し、その旨を同年一二月二四日付内容証明郵便で被告に通知し、右郵便は翌日被告に到達したのであるから、原告主張の譲渡通知と堀内清治の譲渡通知とが同日被告に到達したものといわねばならないが、このような場合には、両通知の先後を決定しえず、被告はいずれの譲受人に弁済すべきか決定しえないから、債権の譲渡について通知がなかつた場合と同様、原告は、被告に対し、前記債権の譲受人であることを主張しえないものというべきである。

第四証拠

一  原告訴訟代理人は、甲第一ないし第四号証を提出し、原告本人の供述を援用し、乙第一、二号証の成立を認め、第五号証の成立を否認し、その他の乙号証の成立は知らないと述べた。

二  被告訴訟代理人は、乙第一ないし第五号証を提出し、証人小原仙治、橋本成明の各証言を援用し、甲第二号証の成立は知らないと述べ、その他の甲号証の成立を認めた。

理由

(本件請負代金債権の存否)

一  被告が堀内清治に対し代金七五〇、〇〇〇円で原告主張の建物の建築を依頼したこと、右建物の引渡しを受けるまでに被告が右代金の内金三七五、〇〇〇円を支払つたことについては、当事者間に争いがない。

証人橋本成明の証言によれば、被告は、右建物が完成したころ、残額の支払いについて堀内清治と協議し、その結果、被告、堀内清治間に、右代金の残額三七五、〇〇〇円を三六回に分割支払うこととし、その間の金利を加え、支払金額を金六三〇、〇〇〇円とし、一カ月金一七、五〇〇円の割合で三六回に分割支払うこととする旨の合意が成立したことが認められ、同証言および証人小原仙治の証言によれば、昭和三一年三月末ころ、被告は堀内清治の要請により、右分割弁済の約定にかかわらず同人に対し、右支払金額の内金一六〇、〇〇〇円を支払つたこと、その際、被告、堀内清治間に、当時の右支払金額の残額三八二、五〇〇円を金三〇〇、〇〇〇円に減額し、同年四月末から、一カ月金一〇、七〇〇円の割合で、二八回にわたり、合計金二九九、六〇〇円を支払う旨の合意の成立したことが認められる。そして、証人橋本成明の証言によれば、堀内清治は、昭和三一年七月ころ、小原仙治とともに被告方に至り、「今後は右代金を、かねやま木材株式会社の社長である小原仙治に支払つてほしい。」旨要望したことが認められ、証人小原仙治の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第三号証及び同証言によれば、被告は、小原仙治に対し、前記約定により、昭和三一年九月六日同年八月分として、同年一一月五日同年九月分として、同年一二月三〇日、同年一〇月分として、それぞれ金一〇、七〇〇円づつを支払つたことが認められる。

(本件債権の譲渡通知の効力)

二 前項で認定した本件請負代金額、その支払の方法、その支払額によれば、昭和三一年一二月一一日当時、本件請負代金のうち少くとも二一〇、〇〇〇円以上の金額が未払いとなつていたものというべきであるが、原告本人の供述によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証及び同供述によれば、堀内清治は、同日、原告との間で、当時原告に対し負担していた金七二五、〇〇〇円の建築用木材等買掛金債務を目的として準消費貸借契約を締結し、その債務を支払うため、本件請負代金のうち金二一〇、〇〇〇円の債権を原告に譲り渡したことが認められる。

被告は、本件請負代金債権については、被告、堀内清治間に譲渡禁止の特約があり、原告はこのことを知りながら右債権を譲り受けたのであるから、右譲渡は無効であると主張し、成立について争いのない甲第一号証および乙第一号証によれば、本件請負契約の締結に当り、堀内清治および被告は、「右契約から生ずる権利・義務は第三者に譲り渡し、または承継させてはならない。ただし、当事者双方協議のうえで承諾を得た場合はこの限りでない。」旨特約したことが認められ、右特約は、特別の解釈をすべき事情が認められない本件においては、本件請負代金債権の譲渡をも禁じたものと解するのが相当であるが、原告が、前記債権を譲り受ける際、右特約の存在を知つていたことを認めるに足りる証拠がないから、結局、被告の右主張は採用することができない。したがつて、堀内清治、原告間の前記債権の譲渡は有効と断ぜざるをえない。

つぎに、原告主張の内容証明郵便が昭和三一年一二月二五日被告に到達したことについては、当事者間に争いがない。被告は、右内容証明郵便により前記債権の譲渡を通知した久保清一の権限を争つているが、前顕甲第二号証、成立について当事者間に争いのない甲第三号証および原告本人の供述によれば、堀内清治は、前記債権を譲り渡した後、遅滞なく債務者である被告にその旨を通知しないときは、原告に対し右通知の権限を付与する旨約したこと、堀内清治が昭和三一年一二月二三日までに右の通知をしなかつたこと、原告は久保清一に対し右通知の手続を依頼し、同人はこの依頼により前記のとおり通知したことが認められ、右認定の事実によれば、原告は、遅くとも、昭和三一年一二月二三日までに条件成就により右通知をする権限を取得したものというべく、債権譲渡の通知のような行為は、必ずしも、その受任者自身がしなくとも、なんら権限を付与した者の信頼を害するとは考えられず、委任者は、受任者が、さらに、第三者に譲渡通知の手続を依頼することを暗默のうちに了解しているものと解するのが相当であるから、堀内清治は、原告が他人に依頼して右通知の手続をとることを暗默のうちに了解していたものというべきである。被告は、また、後記のとおり、堀内清治自身が被告に対し内容証明郵便で本件請負代金債権の残額を譲り渡した旨通知することにより、原告の右権限は消滅したと主張するけれども、原告に対する意思表示なくして、右通知の事実だけで右権限を消滅させることはできないものというべきである。

以上のとおりで、いずれにしても、被告のこの点に関する主張は失当で、原告主張の内容証明郵便による前記債権の譲渡通知は、適法、かつ、有効なものといわねばならない。

ところで、成立について争いのない乙第二号証、前顕乙第三号証および証人小原仙治の証言によれば、堀内清治は、昭和三一年八月三〇日、かねやま木材株式会社に対し、同日現在被告に対して有する本件請負代金残額の債権全部を譲り渡したこと、堀内清治は同年一二月二四日付内容証明郵便によりその旨を被告に通知し、右郵便はそのころ被告に到達したことが認められる。

原告は、右譲渡は通謀、虚偽の契約によるものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠がない。

そこで、進んで、本件債権についての二つの譲渡通知の対抗力の有無を判断しなければならないが、右のとおり同一債権が二重に譲り渡され、その各譲渡が同一日付の内容証明郵便で債務者に通知された場合は、債務者は、その通知の先後を知ることができず、したがつて、いずれの譲受人に支払うべきかを決定しえないから、当該債権の譲受人は、双方とも、他の譲受人に対し、ひいては、債務者に対し、自己が当該債権の債権者であることを主張しえないものと解するのが相当であるから、本件において、原告は、被告に対し、本件請負代金の債権者であることを主張しえないものというべきである。

(むすび)

三 よつて、原告の本訴請求は、すべて理由のないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 枡田文郎)

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