東京地方裁判所 昭和32年(刑わ)3766号 判決 1958年11月10日
被告人 邱進福 外四名
主文
被告人邱進福を懲役一年六月に、同滝宗一を懲役二年に、同一岡市之烝を懲役一年に、同永田哲郎同神保良雄を夫々懲役八月に処する。
領置に係る昭和三一年東地領一六四四九号のエフエドリン約一ポンド同年東地領一七八二四号のエフエドリン約五一ポンド、同年東地領一七八二三号のエフエドリン四二個包、前同号の七のエフエドリン一包約三三〇グラム東地領一七八二三号の六のエフエドリン約百グラム、東地領一八三四一号のエフエドリン約一ポンド(昭和三二年証第七六六号の一、二、三、四、五、七)は没収する。
訴訟費用中証人仮園六雄、岩花繁松、高橋角吉、三田恭二、小川茂、左官包男、奥田京一、加藤薫に支給した分は滝宗一の負担とし、証人西岡勝見、安田春男、奥井誠一に支給した分は被告人等五名の負担とし、証人村塚安人、近藤高嗣に支給した分は一岡市之烝の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一被告人等はいづれも法定の除外事由なくして
(一) 被告人邱進福は覚せい剤原料である一―フエニル―二―メチルアミノプロパノール一―(塩酸エフエドリン)粉末を
(1) 昭和三一年八月中旬頃より同年九月中旬頃迄の間東京都板橋区上板橋町一丁目一二〇番地の自宅に於て約九六ポンドを
(2) 同年一一月二六日頃前同所に於て約九四ポンドを
所持し
(二) 被告人滝宗一は前同様の覚せい剤原料である塩酸エフエドリン粉末を
(1) 同年九月中旬頃名古屋市中区研屋町二丁目七番地滝宗商店内に於て約九五ポンドを
(2) 被告人一岡市之烝と共謀の上同年一一月二六日頃前記(一)記載の邱進福方附近道路上及び同都大田区御園二丁目三一番地永田哲郎方等に於て約六〇ポンドを
所持し
(三) 被告人一岡市之烝は前同様の覚せい剤原料である塩酸エフエドリン粉末を
(1) 同年一一月二〇日頃より同月二一日頃迄の間同都大田区西六郷三丁目三八番地の自宅及び同都大田区御園二丁目三一番地永田哲郎方等に於て約一ポンドを
(2) 被告人滝宗一と共謀の上同月二六日頃前記(一)記載の邱進福方附近道路上及び前記の永田哲郎方等に於て約六〇ポンドを
所持し
(四) 被告人永田哲郎は同年一一月二一日頃より同月二三日頃迄の間同都大田区御園二丁目三一番地の自宅及び同都千代田区東京駅構内等に於て前同様の覚せい剤原料である塩酸エフエドリン粉末約一ポンドを所持し
(五) 被告人神保良雄は同年一一月二三日頃同都千代田区東京駅八重州口構内に於て前同様の覚せい剤原料である塩酸エフエドリン粉末約一ポンドを所持し
第二、被告人滝宗一は繊維品輸出を業としていた株式会社滝宗商店の代表取締役であつたものであるが、同会社は予て在香港商社建中公司からチャータード銀行香港支店を通じて信用状の開設を受けて、同公司との間に綿布二〇〇三番の輸出契約を締結し、これが買付の為に浅井こと左官包男を通じて大阪の前田紡織株式会社々長前田忠之衛門に申込をしたが、前田紡織では二〇〇三番を製造していない為に知人檀柔三郎に資金を出してやるから市中から二〇〇三番を調達して滝宗商店に供給することを代行せられたい旨依頼したところ檀はこれを承諾し、結局滝宗一と檀柔三郎の間に於て、檀は綿布二〇〇三番を調達して不二梱包株式会社大阪営業所で輸出梱包した上日本通運株式会社神戸海運支店倉庫に滝宗商店名義で入庫して引渡し、その代金決済方法は滝宗商店が右綿布を船積し船荷証券、インボイス等所定書類を檀に引渡し、檀は支払保障の意味で滝宗一から預つていた信用状に右書類を添付して銀行に売渡しその代金を以て支払うと云う趣旨の一種の現金取引をすることを約定してあつたところ、一九五六年六月一二日及び同月二六日附を以てチャータード銀行香港支店が滝宗商店宛に開設した信用状の船積期限である同年七月三一日及び同年八月一〇日は夫々滝宗商店の都合で同年一〇月八日迄延期せられて其の旨の信用状のアメンドメントはチャータード銀行香港支店から同銀行大阪支店宛に到着していたが、偶々建中公司では香港に於ける二〇〇三番の綿布の値が下つた為に同公司の東京出張所の仮園六雄を通じて昭和三一年九月一七日頃名古屋に於て滝宗一に対し一ヶ月間船積を延期され度い旨の申入をし滝はこれを諒承した。ところでこれより先滝宗商店ではふじや毛織株式会社社長の小川茂から資金の融通を受けて輸出業務を行つていたが、負債がたまつた為に昭和三一年九月頃はふじや毛織に対し融資の申込をしても担保なしでは貸付をしないと云われる様になつた為に、滝は右の輸出綿布の船積が延期されたのをよいことにしてこれを一時流用して担保に供し金融を得ようと企てるに至つた。そこで前記の様に建中公司の申入れに依り船積期限が一ヶ月も延期せざるを得ない様になつた以上は、仮令檀が綿布二〇〇三番を前記約旨に従つて日通神戸海運支店倉庫に入荷しても船積が後れる為に船荷証券の入手も出来ず従つて信用状の売却も出来ないこととなり、代金の決済も後れることになつて前記の様な形の現金取引は不可能となるから、滝としては信義誠実の原則に従い直ちに檀に対して船積延期を通知して前記の様な綿布の引渡を中止して貰うべき法律上の義務があるに拘らず、前記の様に輸出綿布を担保に流用する意図があつた為にこれを黙秘し、却つて檀が船積期限が迫つていると信じているのに乗じ自己の使用人岩花繁松と共謀の上昭和三一年九月二三日頃岩花繁松をして大阪市東区北久太郎町二丁目三〇番地明星商事株式会社に於て檀柔三郎に対し「信用状の船積期限が切迫しているから至急出荷して貰い度い」と虚構の事実を申向けしめ、檀をして出荷すれば当初の契約の趣旨に従い船積の上間もなく船荷証券等の交付を受けられ従つて信用状の売却に依り代金を回収し得るものと誤信させ、因つて同年九月二七日頃綿布二〇〇三番百反を神戸市所在日本通運株式会社神戸海運支店倉庫に滝宗商店名義で入庫せしめ、更に同月二六日頃前記明星商事事務所に於て予て檀の仕入先の三泰貿易株式会社が前記倉庫に入庫していた綿布二〇〇三番三百反の荷渡指図書を交付せしめ以て綿布百反及び荷渡指図書一通を騙取し
たものである。
(証拠の標目)(略)
判示第一についてはいづれも所持の点は争いなく、只覚せい剤の原料たることの認識の点に争いがあるに過ぎないが、前掲の各証拠に依りいづれも被告人等はその認識を有していたものと認めるのが相当であるし、被告人等の取引の模様を見ると或は自動車を乗り替えて行く等(滝及び一岡の場合)取引の事実を隠蔽して極秘裡に行わんとしていたことが認められることからも其の認識はあつたものと認めるべきものである。
判示第二については滝は詐欺罪の成立を否定し判示綿布を処分したのは岩花繁松であり同人はふじや毛織の指令によつて行動したものであると主張するけれども、岩花は証人尋問調書の中で昭和三一年九月頃ふじやに対し輸出綿布を担保にして金を借りる申込をしたことあり、その申入れは大綱は社長の滝宗一がしたのであつて自分が無断でやつたものでないし、輸出綿布を名古屋に廻送したのは船積が延期になつたのでふじやからの金融の担保に供する為であつて、日通笹島支店分の倉荷証券は自分が受取つてふじやへ担保として渡したと供述して居りその供述は高橋角吉の証言調書等とも符合していて信用出来るし、岩花としては滝に対して裏切行為をする様な理由も見当らないから、矢張り滝が岩花と共謀の上で輸出綿布の船積延期をよいことにしてこれを一時担保に流用せんとしたものと認定するのが相当である。而も詐欺罪は既に滝が建中公司からの船積延期の申入を承諾し乍らこれを檀に通知することなく、却つて岩花を通じて反対に船積期限が迫つているから早く出荷されたいと申向けて日通神戸海運支店倉庫に入庫せしめた時に完了しているのであるから、其の後の事は事後処分に過ぎず従つて仮に滝主張の様な事実があつたと仮定してもそれは詐欺罪の成立に影響を及ぼすことはないものと云わなければならない。
滝は昭和三二年証第一三、一四号約束手形の控及び振替伝票に依り前記綿布は手形で買つたものであるから所有権は自分にあり、従つてこれをどの様に処分しても詐欺罪は勿論横領罪にもならないと主張するけれども、前掲各証拠を総合すれば本件綿布の取引は信用状の売却に依る現金取引の条件の下に為されたことは明瞭であつて果して落ちるか否か不確実な約束手形に依る決済条件の取引とは到底考えられないから仮に滝が前田紡織に約束手形を渡した事実があつたとしても(前田は受取つたが無価値だから返したと云う)これを以て所有権が滝宗商店に移つたと云うことは出来ないものと解する。
(法令の適用)
法律に照すに判示所為中第一は夫々覚せい剤取締法第一四条第四十一条第一項第二号に、第二は刑法第二四六条第一項に各該当するところ、前者については所定刑中懲役刑を選択し邱、滝、一岡の所為は同法第四五条前段の併合罪にあたるので同法第四七条第一〇条を適用して邱については第一の(一)の(1)滝については第二、一岡については第一の(三)の(2)の罪の刑に併合罪加重した刑期範囲内で被告人邱進福を懲役一年六月に、同滝宗一を懲役二年に、同一岡市之烝を懲役一年に、同永田哲郎、神保良雄を夫々懲役八月に処し領置に係る主文掲記の物件は覚せい剤取締法第四一条の五に則り没収し訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項に則り証人仮園六雄、岩花繁松、高橋角吉、小川茂、三田孝二、左官包男、奥田京一、加藤薫に支給した分は滝宗一の負担とし証人西岡勝見、安田春男、奥井誠一に支給した分は被告人等五名の負担、証人村塚安人、近藤高嗣に支給した分は一岡市之烝の負担すべきものと認める。
よつて主文の通り判決する。
(裁判官 熊谷弘)