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東京地方裁判所 昭和32年(刑わ)4119号 判決 1958年10月08日

被告人 鈴木明 外六名

主文

被告人鈴木明を懲役一年に、被告人山口富三郎を懲役八月に、被告人長谷川康を懲役六月に、被告人真鍋儀十を懲役十月に、被告人椎名隆を懲役十月に処する。

但し被告人長谷川康、同真鍋儀十に対しこの裁判確定の日からいずれも三年間右刑の執行を猶予する。

被告人真鍋儀十より金三十万円、同椎名隆より金十万円をそれぞれ追徴する。

訴訟費用中証人山崎高、同平野重平に支給した分は被告人真鍋儀十の負担とし、証人石毛美治に支給した分は被告人椎名隆の負担とする。

本件公訴事実中、被告人鈴木明に対する昭和三十二年十一月二十二日附、同年十二月十四日附各起訴状、被告人山口富三郎に対する同年十一月二十七日附起訴状及び同年十二月九日附起訴状中の第一の(二)、被告人長谷川康に対する同年十一月二十二日附起訴状に記載された各贈賄の点、被告人真鍋儀十に対する同年十一月二十七日附起訴状、被告人椎名隆に対する同年十二月九日附起訴状中第二の(二)に記載された各収賄の点につき被告人鈴木明、同山口富三郎、同長谷川康、同真鍋儀十、同椎名隆はいずれも無罪。

被告人首藤新八、同樋口信一はいずれも無罪。

理由

(被告人等の経歴及び職務権限)

被告人鈴木明は大正十四年頃から肩書住居地において従業婦をして客に売春させる貸座敷業を営み、戦後も特殊飲食店名義で同様の営業を行つていたものであつて、昭和二十八年二月頃同業者を以て組織する全国性病予防自治会(以下全性と略称する)の代表者である理事長となり、下部組織である全性関東連盟及び東京都カフエー料理喫茶組合連合会(以下都連と略称する)の会長の職を兼ねていたもの、

被告人山口富三郎は昭和十年頃から肩書本籍地附近で貸座敷業を営み、戦後は肩書住居地において特殊飲食店を経営し、昭和二十九年全性専務理事となり全性関東連盟専務理事、都連副会長の職を兼ねていたもの、

被告人長谷川康は昭和十五年頃から同都江東区洲崎において貸座敷業を営み、戦後は肩書住居地において特殊飲食店の営業を行い、昭和三十年一月全性副幹事長となり、都連幹事長の職を兼ね、昭和三十一年夏頃から全性会計を担当していたもの、

被告人真鍋儀十は昭和三十年二月施行の衆議院議員総選挙に東京都第六区から立候補して当選し同年三月召集の第二十二国会及び同年十二月召集の第二十四国会においていずれも法務委員となり昭和三十一年三月から総理府に設置された売春対策審議会の委員の職を兼ねていたもの、

被告人椎名隆は昭和三十年二月施行の衆議院議員総選挙に千葉県第二区から立候補して当選し第二十二、第二十四国会において引続き法務委員に選任されていたものであつて、

被告人真鍋、同椎名はいずれも衆議院議員として国会法及び衆議院規則に基き法律案予算案等の審議にさいし、自由に質疑、討論し、また表決に参加する職務権限を有し、かつ法務委員として国会法及び衆議院規則に基き法務委員会に付託された事項等の議題につき自由に質疑し、意見を述べ、また表決に参加する職務権限を有し、なお被告人真鍋は売春対策審議会委員として総理府設置法、売春対策審議会令及び同審議会議事規則に基き内閣総理大臣又は関係大臣の諮問に応じて売春対策に関する重要事項を調査審議するにあたり、自由に質疑し、意見を述べ、表決に参加すべき職務権限を有していたものである。

(売春取締立法に対する全性の活動状況)

全性は戦後公娼制度が廃止された後も私娼の型態による売春の営業を認められていた全国業者が、互に自粛し、ことに性病の予防対策を図ることを目的として昭和二十一年十月結成されたものであつたが、売春取締立法として昭和二十二年勅令第九号婦女に売淫させた者等の処罰に関する勅令が制定された後も売春業者の営業が黙認されていたため、昭和二十七年講和条約発効に伴う法令の改廃に当つて、右勅令に代る法律の制定が論ぜられ、同年法律第百三十七号により右勅令は引続き法律としての効力を有するものとされるに至つたものの参議院法務委員会において速かに法律の制定をなすべき旨の附帯決議がなされ、婦人団体等において立法促進の運動も行われ、昭和二十八年三月には参議院議員伊藤修等五名より売春等処罰法案が参議院に提出されるようになつた。全性役員は同法案が業者及び業態の実情を解しないものとして反対運動を開始したが、衆議院の解散により同法案は廃案となつたところ、同年末内閣に売春問題対策協議会が設置され政府当局による売春取締立法が予想されるに至つたため、全性はその再組織を行うとともに売春禁止立法に対しては、「法案の特質上全面的提案反対の態度をとらず、必要なる社会悪として民主化せる特定地域設定の方向により提案促進の態度をとるべきこと」を運動方針に定め、表面的な運動を避け業界に理解を持ち売春の必要性を是認する国会議員、有識者に陳情運動を行うこととなつたが、昭和二十九年五月衆議院議員堤ツルヨ等同院法務委員十三名から再び売春処罰法案が衆議院に提出されたので全性は絶対反対を表明して衆議院法務委員に陳情を行つていたところ同法案も衆議院の解散により廃案となつた。全性はその後も所謂赤線の廃止は逆効果である旨の宣伝陳情を続けるうち昭和三十年六月第二十二国会において衆議院議員神近市子等十九名から更に売春等処罰法案が衆議院に提案され、当時これに賛成する国会議員も少くない状況であつたため同月末全性は専務理事会を開催し席上理事長である被告人鈴木、専務理事である被告人山口は交々業界の危機が到来したとし、活路を見出すべく業者一致団結して邁進すべき旨発言し衆議院法務委員中業界に理解ある議員の獲得に全力を挙げ、万一法案が法務委員会を通過したさいを考慮し、広く衆参両院議員中業界に対する理解者の確保に努むべきことを決議し、その運動資金として非常対策費四百二十万円の徴収を定め(昭和三十年七月より同年十一月までの現実の入金合計額は四百二十七万三千八百円余)活溌な陳情運動を展開するに至つた。同法案は同年七月十九日衆議院法務委員会において否決され同月二十一日同院本会議において否決されたが、右法務委員会において売春等に関する諸問題に関して内閣に強力な審議機関を設けその議を経て行政措置、立法措置、予算措置など綜合対策を策定し、国会の審議を要するものについては次の通常国会に提出すべきである旨の附帯決議がなされたため、全性は業者の自粛による業態改革により世論の緩和を図るとともに同年十二月には年末年始に帰郷中の国会議員に対し、その出身地の各組合、連盟、連合会等による責任ある陳情運動即ち所謂コネクション運動を採ることとなり全性常任理事会において右運動方針を確認し、なお第二十四国会における法案の対策を協議するに当り、業界死活の岐路に立つているとし、世論の獲得と国会対策に全勢力を以て決死突撃すべく、使用方法は機密を要するが決戦のための弾薬であるとしてその運動費六百万円を第二次非常対策費名義で徴収すべきことを決議し(同年十二月より昭和三十一年五月までの現実の入金合計額は五百十一万八千九百円余)、前記コネクション運動を強力に推進するに至つたが、昭和三十一年三月七日総理府に前記売春対策審議会が設置され同審議会は同年四月九日売春等の防止及び処分に関し、すみやかに立法措置を講ずる必要がある旨を内閣総理大臣に答申した結果、その後全性においては業者従業婦による自由民主党に対する集団入党を図り、同党所属議員により右立法の阻止ないし業者に対する有利な措置の講ぜられることを期待したものの同党からこれを拒否され、政府は前記答申に基き同年五月二日第二十四国会において売春防止法案を提出し、同法案は同月十二日衆議院法務委員会で可決され同月十五日同院本会議、同月二十一日参議院本会議においてそれぞれ可決されて同月二十四日法律第百十八号として公布され昭和三十二年四月一日(但し刑事処分に関する規定については昭和三十三年四月一日)から施行されることとなつた。そして売春防止法は単なる売春行為それ自体はこれを刑罰の対象とせず、売春を行うおそれのある女子に対する保護更正の措置を講ずる一方、主として売春の周旋、困惑等による売春、売春をさせる契約、場所の提供、対償の収受、前貸、資金提供及び人を自己の占有、管理する場所又は自己の指定する場所に居住させこれに売春をさせることを業とすること即ち所謂管理売春等売春を助長する各種行為を刑罰をもつて取締ることによつて売春の防止を図るものであつたところから、業者は速かに転廃業をすべく余儀なくされ、ここに全性は業者の生活擁護及び転廃業に関する行政措置、予算措置、ことに補償等の経済的援助を要望して熾烈な運動を続けることとなつた。即ち同年五月二十三日全性は多数業者により自由民主党に対し前示要望を掲げて集団陳情をなし、そのさい同党側より研究機関を設けて検討したいとの発言もあつたので、その後全性専務理事会において業者の結束をかため自主的転業を急ぐことなく政府その他の関係行政官庁の指導を俟つて行動し、右行政機関に対し指導の責任を預けるように仕向け、売春対策審議会に対しても業者の職業指導に関し指針を与えるよう要望するとともに前記自由民主党内の研究機関の設置を強力に推進すべきことを定め、都連においてその運動費として中元対策費の名目で百十一万九千円(現実の入金額は百万円余)の徴収を決めてそれぞれ執拗な陳情運動を続けたが各関係官庁は法律改正ないし予算措置の必要を理由に陳情に耳を傾けず、売春対策審議会も同年九月七日業者の転廃業については自主的にこれを行うべきものであつて補償その他特別の経済的援助等を与えるべきではない旨の第二次答申を行うに及び全性は右審議会の答申を打消すに足る強力な機関を自由民主党内に設置して貰うため同党所属の国会議員に対する陳情に全力を傾け、同党国会議員との間に屡々陳情懇談会を開き、なお同年十月三日全性常任理事会において転業対策及び生活確保委員会を設け運動費として転業対策費八百四十万円の徴収を定め活溌な運動を継続していた。

(罪となるべき事実)

被告人鈴木、同山口、同長谷川は前記のように全性、都連等の役職に就任して以来それぞれ最高幹部として全性ないし都連の前示運動方針の決定及び実施に参画していたが、同被告人等はいずれも昭和三十年四月頃から被告人真鍋に対し全性の運動方針に従つて屡々面接のうえ陳情を重ねていたところ被告人真鍋は従前から売春取締立法の必要を認めながらも業者の転廃業、売春婦等所謂転落女性の保護更生について立法、予算、行政上の措置を講ずべきものとの信念を有していたところから第二十二国会における売春等処罰法案に対しては反対の態度をとり、第二十四国会における売春防止法案の審議にあたつては衆議院法務委員会において委員として業者の転廃業については臨時特別の枠で金融すべき旨、刑事処分の規定は昭和三十四年四月一日より施行すべきである旨の意見を述べ、売春対策審議会の会議において委員として法施行期日は三年位の猶予をおくべき旨また小委員会において業者の転廃業の問題を論ずべきである旨、また同審議会の前示第二次答申案の審議にさいし業者の自力転業に関する事項に反対する旨の意見を述べる等売春業者に有利な活動をなし、また被告人鈴木、同山口は被告人椎名に対しても昭和三十年四月頃から陳情を続け、ことに被告人山口は被告人椎名の秘書松下豊治と親しく交際するようになつた関係から屡々被告人椎名を訪れ、同被告人は株式会社洋々舎の被告人山口に対する借金の支払延期を口添することもあつたが、被告人椎名もまた従来から、性病の予防と転落女性の保護更生について諸般の対策を講じた後にはじめて売春禁止立法を実施すべきであり、その即時断行は性道徳を破壊し性病の蔓延を来すとの信念を抱いていたところから第二十二、第二十四国会の前記各法案の審議にさいし衆議院法務委員会において委員として右の所信を述べて各法案に反対する等業者に有利な活動をなし、なお被告人真鍋、同椎名は第二十四国会において売春防止法が可決された後自由民主党内に転廃業に関する研究機関の設置を要請する全性の陳情を受けるに当り、自由民主党所属国会議員と被告人等三名を含む全性幹部役員との懇談会の開催につき世話人となり、席上業者の陳情に添いたい旨の発言をなす等業者に好意ある態度を示していたのであるが、

第一、被告人鈴木明、同山口富三郎は昭和三十一年八月末頃被告人真鍋儀十が列国議員同盟会議に出席するため欧米各国に外遊する旨を聞知し被告人長谷川康と共謀のうえ餞別名義で金員を贈賄しようと企て、これに充てるため都連傘下組合から略々その一ヶ月分の会費に当る金三十万円を中元対策費の名目で徴収すべきことを協議し全性事務局長今津一雄に対し都連各組合の徴収割当表を作成させたうえ、同年九月三日東京都港区芝虎の門十八番地全性本部事務所において開催された都連役員例会の席上右金員の徴収を決定したが各組合からの納入が遅れたので内金二十万円を被告人長谷川において立替え、納入済の金十万円と合わせ今津一雄のもとで紙に包み餞別と記載して封筒に入れ、同年同月下旬被告人鈴木において同都千代田区霞ヶ関所在衆議院第三議員会館第二百三十二号室被告人真鍋の部屋において同人に対し、同人が前示のように第二十二国会における売春等処罰法案の審議にさいし、また第二十四国会における売春防止法案の審議にあたり、いずれも衆議院法務委員として売春業者のため有利な活動をなしたこと及び売春対策審議会委員として右同様業者に好意ある発言をなしたことに対する謝礼並びに今後も衆議院議員または売春対策審議会委員として前同様業者に有利な活動をして貰いたいとの趣旨及び外遊にさいしては欧米各国における売春事情ことに業者の転廃業の実情について調査して貰いたいとの趣旨を含めて餞別名義で右金三十万円を供与し以て同人の職務に関し贈賄し

第二、被告人山口は昭和三十一年十月初頃被告人椎名隆が千葉県銚子市松岸町に自宅を新築した旨を聞知し被告人鈴木と共謀のうえ新築祝名義で被告人椎名に対し金員を贈賄しようと企て、被告人鈴木において前記今津一雄に指示し現金十万円を封筒に入れて用意させたうえ同年十月上旬頃被告人山口において前記衆議院第三議員会館第二百三十七号室被告人椎名の部屋において同人が第二十二国会における売春等処罰法案の審議にさいし、また第二十四国会における売春防止法案の審議に当り、いずれも衆議院法務委員として業者のため有利な活動をなしたことに対する謝礼並びに今後とも衆議院議員として前同様有利な活動をして貰いたいとの趣旨のもとに右金十万円を供与し以て同人の職務に関し贈賄し

第三、被告人真鍋は第一記載の日時、場所において被告人鈴木等全性幹部から同記載の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら金三十万円を収受し以て自己の職務に関し収賄し

第四、被告人椎名は第二記載の日時、場所において、被告人山口等全性幹部より同記載の趣旨の下に供与されるものであることの情を知りながら金十万円を収受し以て自己の職務に関し収賄し

たものである。

(証拠の標目)

右の事実は

被告人等の経歴及び職務権限につき

一、被告人鈴木明の検察官に対する昭和三十二年十月十三日附供述調書(同被告人につき)

一、被告人山口富三郎の検察官に対する同年十月二十二日附供述調書(同被告人につき)

一、被告人長谷川康の検察官に対する同年十月十二日附供述調書(同被告人につき)

一、被告人真鍋儀十の検察官に対する同年十月三十日附供述調書(同被告人につき)

一、被告人椎名隆の検察官に対する同年十一月十八日附、同月二十五日附(甲)各供述調書(同被告人につき)

一、被告人鈴木明の第四回公判廷における供述

一、証人今津一雄の第二回公判廷における供述

一、衆議院事務総長鈴木隆夫の作成した同年十一月九日附、同月十八日附各回答書

一、押収してある昭和三十一年一月五日附興信新聞(昭和三十三年証第四三七号の一)、全性諸会合綴昭和二十九年度ないし同三十一年度分三冊(同号の四)

売春取締立法に対する全性の活動状況につき

一、被告人鈴木明の第四回公判廷における供述

一、証人今津一雄の第二回、第八回、第九回公判廷における供述

一、証人森下賢一の第十七回公判廷における供述(但し被告人鈴木については同供述記載部分)

一、市川房枝の検察官に対する供述調書抄本

一、稲葉健治、藤本捨助の各検察官に対する供述調書

一、衆議院事務総長鈴木隆夫の昭和三十二年十一月七日附回答書及び添付衆議院本会議並びに法務委員会々議録

一、押収してある前示全性諸会合綴三冊(同号の四)

罪となるべき事実中判示冒頭の被告人鈴木、同山口、同長谷川の被告人真鍋に対する陳情活動これに対する同被告人の態度、同被告人の売春取締立法に対する審議状況に関する部分及び判示第一、第三の事実は

前示被告人等の経歴及び職務権限(但し被告人椎名に関する部分を除く)、売春取締立法に対する全性の活動状況の項に掲記した証拠のほか

一、被告人鈴木明、同山口富三郎、同真鍋儀十の第十一回公判廷における各供述(但し本件金三十万円は全く調査費の趣旨のみで授受されたとの部分を除く)

一、被告人鈴木明の検察官に対する同年十一月九日附供述調書

一、被告人山口富三郎の検察官に対する同年十月二十六日附、十一月十日附各供述調書

一、被告人長谷川康の検察官に対する同年十月二十一日附供述調書

一、被告人真鍋儀十の検察官に対する同年十一月三日附、同月六日附、同月九日附、同月十日附各供述調書(同被告人につき)

一、証人今津一雄(第五回公判)、同福沢栄古(第二十二回公判)の各当公廷における供述

一、証人山崎高、同平野重平、同有吉義弥、同大崎和平(いずれも第二十二回公判)、同小林智彦(第二十五回公判)の各当公廷における供述

一、北海道拓殖銀行虎の門支店東京都連会長鈴木明名義第二百四十二番当座預金元帳写真

一、押収してある被告人真鍋の外遊日記帳四冊(同号の二三)

判示冒頭の被告人鈴木、同山口の被告人椎名に対する陳情活動、これに対する同被告人の態度、同被告人の売春取締立法に対する審議状況に関する部分及び判示第二、第四の事実は

前示被告人等の経歴及び職務権限(但し被告人真鍋に関する部分を除く)、売春取締立法に対する全性の活動状況の項に掲記した証拠のほか

一、被告人鈴木明、同山口富三郎、同椎名隆の第十三回公判廷における各供述(但し本件金十万円を授受したことがないとの部分を除く)

一、被告人鈴木明の検察官に対する同年十一月十七日附供述調書

一、被告人山口富三郎の検察官に対する同年十一月十五日附、十二月九日附各供述調書

一、被告人椎名隆の検察官に対する同年十一月十八日附、同月二十五日附(甲)、同月二十六日附、同月二十七日附、同月二十九日附各供述調書(同被告人につき)

一、証人今津一雄の第七回公判廷における供述

一、今津一雄の検察官に対する同年十一月十七日附供述調書

一、証人大槻一雄(第十六回、第二十五回、第二十七回公判)、同栗本義親(第十五回、第二十七回公判)の当公廷における

各供述(但し被告人山口の自白の経過についてのみの証拠に使用する)

一、証人石毛美治の第二十回公判廷における供述

一、根本兼太郎の検察官に対する供述調書

一、富士銀行新橋支店虎の門出張所の作成した回答書添付の鈴木明名義の普通預金元帳写

一、大槻一雄の作成した大学ノート捜査手控(写真提出許可の部分、なお同手控はその十月十八日の項に被告人山口の自供として被告人椎名に対する新築祝五万との記載があることのみの証拠に使用する)

を夫々綜合してこれを認める。

(訴訟関係人の主張に対する判断)

判示第一、第三の事実につき

被告人長谷川の弁護人は、同被告人が本件金三十万円の授受について全く関係がない旨主張するので検討すると、同被告人も当公廷において右金員贈与が決定された昭和三十一年九月三日の都連役員例会には一応出席したが従業婦慰安のため浅草国際劇場に切符を買求めに行く都合があつて中途から欠席したので協議に与らず後日になつてその事情を知つたに過ぎない旨供述し、同被告人の昭和三十二年十一月八日附検察官調書にも後日印刷物によつて知つた旨の供述記載が認められるのであるが、被告人鈴木の第十一回公判廷の供述、同被告人の昭和三十二年十一月九日附検察官調書、証人今津一雄の第五回公判廷の供述、全性諸会合綴昭和三十一年度(前同号証の四) 昭和三十一年九月二十四日附都連会議録の末尾に添付された同年八月附の中元対策費名義の各組合割当表によれば、被告人真鍋に対する本件金三十万円の贈与は昭和三十一年八月末に被告鈴木、同山口、同長谷川の間で協議決定されていたことが認められ、被告人山口も昭和三十二年十月二十六日附、十一月十日附各検察官調書において、右については被告人鈴木、同長谷川と相談した旨供述しているばかりでなく、証人今津一雄の前示証言によれば被告人長谷川は内金二十万円を立替えたことが明白であるから、以上を綜合すれば被告人長谷川は前記例会の頃本件三十万円贈与の事情を知つていたと認むべきであり、同被告人の同年十月二十一日附検察官調書中右例会に出席しそのさい都連傘下組合から金を集めて真鍋先生に餞別を贈ることになつたが金額が五十万円か三十万円かはつきしりない旨の供述部分も信用するに足りるから前示各証拠を綜合し被告人長谷川の共謀を認むべきである。

次に各被告人の弁護人等は本件金三十万円贈与の趣旨は被告人真鍋が列国議員同盟会議に出席し、なお通過各国における議会制度の調査研究を目的とする欧米十四ケ国への出張にさいし、同人に右公務の余暇を利用し各地の売春の実態及び業者の転廃業の実情を個人的に調査して貰うための費用としてであつたとし、従つて被告人真鍋の職務に関する賄賂として贈つたものではない旨主張するので検討すると、被告人鈴木の昭和三十二年十一月九日附、被告人真鍋の同年十一月六日附各検察官調書、同被告人両名の当公廷の各供述によれば、右三十万円授受のさい被告人鈴木において被告人真鍋に対し各地の売春等の実情を視察して欲しい旨を告げ、被告人真鍋もこれを諒承し調査視察を約したことが認められ、なお前示証人山崎高、同平野重平、同有吉義弥、同大崎昭平、同小林智彦の各証言、外遊日記帳四冊を綜合すれば、被告人真鍋は出張先各地の売春の実情、業者の転廃業の実態を視察調査したことが明らかであり、被告人鈴木、同真鍋の前記検察官調書、当公廷の各供述、証人今津一雄、同福沢栄吉の各証言、諸会合綴昭和三十一年度(同号の四)によれば被告人真鍋は都連ないし各組合においてその報告会を行つていることを認めうるからなお証人市川忠吉、同大田原真左男の各証言をも綜合すれば本件金三十万円は純然たる調査費の趣旨のみで被告人真鍋に贈与されたもののようにも見受けられるのであるが、被告人鈴木の当公廷の供述、証人今津一雄の前示証言によれば右金三十万円はのし紙等の紙で包まれそれに餞別と記載したうえ封筒に入れて被告人真鍋に渡されたものであり被告人真鍋の同年十一月六日附検察官調書によれば同被告人も札束を取出すさい何か字が書いてあつたというのであるから、右金員は餞別名義で授受されたことが明らかであるばかりでなく、被告人真鍋の同年十一月九日附同月十日附各検察官調書によれば右金員については外貨割当を受けられなかつたため海外に帯出せず、従つて前示視察調査に便用できなかつたことが認められるところ、前示売春取締立法に対する全性の活動状況の項認定のため掲記した各証拠、同被告人の同年十一月九日附検察官調書を綜合すれば被告人真鍋は前示罪となるべき事実の項冒頭に判示したとおり被告人鈴木、同山口、同長谷川等の陳情を受け一部自己の信念に合致するところがあつたため第二十二、第二十四国会において売春等処罰法案ないし売春防止法案の審議にあたり衆議院法務委員として、また売春対策審議会の会議において同審議会委員として売春業者に有利な発言をなし、なお自由民主党内に業者の転廃業に関する研究機関を設置すべく尽力して業者に好意ある活動をなしていたことが明白であるから判示のように当時売春業者の転廃業に関し補償その他の経済的援助の要望を中心として熾烈な陳情運動を展開していた被告人鈴木、同山口、同長谷川から現に衆議院議員、売春対策審議会委員の職にあり衆議院法務委員及び右審議会委員として右のような審議態度を示した被告人真鍋に対しなされた現金三十万円の贈与は名義の如何を問わず被告人真鍋の職務との関係において行われたものと認むべき蓋然性が極めて強いものと謂わなければならない。もつとも贈収賄罪における賄賂は公務員の職務と対価関係に立つ不法な報酬と解せられるところ公務員が関係筋からその職務とは無関係に私生活上の個人的関係において利益を受ける場合はこれを目して賄賂とすることのできないことは謂うまでもないところであるが、これは極めて稀有の事例に属し、かつ証拠によつて厳格に認定さるべき事実問題に属するものである一方、世上一般に中元、歳暮、餞別等の名の下に公務員に供与される類のものは当該公務員との日頃の職務上の関係において提供されるものであつて職務と全く無関係のものとはなし難いのであるが、ただこれらの授受が職務執行の公正を疑わせる事情がないとして社会観念上是認される儀礼の範囲にとどまる限りは違法性を欠くものとして賄賂性を否定すべきであると解すべきところ、果して右違法性を欠くものかどうかは当該公務員の職種、公務員の地位身分、供与された利益の性質価格及び一般社会慣行等諸般の事情を基にして判断せらるべき評価の問題であつて法律問題に属すると解すべきであるから、この観点から本件三十万円の贈与を更に検討すると、被告人鈴木、同山口、同真鍋の各当公廷の供述によつても被告人鈴木、同山口、同長谷川と同真鍋とが職務関係を離れて深い個人的交際を結んでいた等現金の贈与を首肯させる特別の事情を認めえないところであり、また被告人真鍋がその所属する自由民主党の党派関係以外の者から受けた餞別の額と比較すれば被告人鈴木等売春業者等の風習として餞別等の儀礼的贈答が派手に行われ、被告人真鍋が衆議院議員として海外に出張するにさいしてのことであつたことを考慮に入れてもなお現金三十万円を贈与することは社会観念上是認される儀礼的餞別の範囲を越えたものと認めざるをえないばかりでなく、前記諸会合綴昭和三十一年度(同号の四)同年九月三日都連例会議題、同月二十四日都連会議録末尾の中元対策費割当表によれば本件三十万円の徴収については、中元対策費の名義を以て取扱い被告人真鍋に対する贈与であることを隠秘している事情をも併せ考え前示被告人真鍋の職務権限、売春取締立法に対する審議態度と綜合して考察すれば右三十万円は被告人鈴木、同山口、同長谷川においては海外出張のさい各地の売春等の実態を調査して貰うことに対する報酬の趣旨を兼ねながらも主として被告人真鍋が前記職務上従前売春業者に有利な活動をなしたことに対する謝礼及び売春業者の転廃業に関し衆議院議員、売春対策審議会委員として今後も同様の活動をして貰いたい趣旨のもとに餞別名義で被告人真鍋に供与し同被告人もこの趣旨を諒知し、ただ主として調査視察の報酬の面を重視してこれを受領したと判断すべきであり、右認定に添う被告人鈴木、同山口、同長谷川の各検察官調書中の記載部分はいずれも借信するに足りる。そして仮に各弁護人主張のように本件金三十万円が被告人真鍋の前示調査視察のための費用ないし報酬としての趣旨のみで贈与されたものとしても、当時同被告人は売春対策審議会委員の職にあり右の調査の結果は同審議会における売春業者の転廃業に関する審議にさいし直接利用しうべき状況にあり、またそのために同被告人はこれらの調査を行つたものとあるから、そのための費用ないし報酬を売春業者より受けることは右審議会委員の職務に関する対価と認むべきであり、同被告人の衆議院議員としての売春取締立法に対する審議の経歴に照せば同院議員としても亦同様の関係に立つから被告人鈴木等から被告人真鍋に対し贈与された本件三十万円は結局賄賂と判断すべきである。

次に判示第二、第四の事実につき各被告人及び弁護人等はいずれも本件金十万円の授受を否定し被告人鈴木、同山口の各検察官に対する供述調書は強制誘導に基く虚偽の自白である旨主張するので検討すると本件に関する自白としては被告人鈴木の昭和三十二年十一月十七日附、被告人山口の同年十一月十五日附、同年十二月九日附各検察官調書であるが、被告人鈴木の右検察官調書の記載内容は、昭和三十一年秋頃被告人山口から被告人椎名に新築祝を差上げたいと相談を受け同意したが、その額は十万円と思うというものであり、また被告人山口の右各検察官調書の記載は判示に照応する詳細なもので同被告人の当公廷の供述、証人栗本義親の証言によれば右各調書は検察官大槻一雄に対し供述したものを基礎として作成されたことが明らかであるところ、被告人山口は当公廷において、大槻検事の取調は甚だ強圧的であり、全性千葉県連合会が同県銚子市で行われたさい同市の被告人椎名の自宅において同被告人に対し金員を贈与したであろうと自白を強要し、これに対し新築祝すら持参しなかつたと答えたのを把えて遂に本件十万円の贈与を自白するに至らしめたものであり、右自白の時期は再逮捕された昭和三十二年十一月六日以後である旨供述するから本件事実確定のためには被告人山口の自白の信憑性の検討が重要と考えられるのでこの点について審究すると、証人大槻一雄の第十六回、第二十五回、第二十七回公判廷における供述、同検事作成の捜査手控(前示のとおり同手控はその十月十八日の項に被告人山口の自供として被告人椎名の新築祝五万円との記載があることのみ証拠に使用する)、被告人山口の同年十一月一日附同検察官に対する供述調書を綜合すれば被告人山口は同年十月十六日判示第一の被疑事実によつて逮捕されたがその翌々日である同月十八日大槻検事から関係代議士等に金品を贈つたことがあれば記載するように指示され藁半紙に他の分と並べて被告人椎名に新築祝として五万ないし十万円を贈与したが、その時期は昭和三十一年七月頃全性千葉県連合会が銚子市で行われた後であると記載しその結果本件に関する取調が開始され、その後金額は十万円であると述べるようになつて昭和三十二年十一月一日右検察官調書が作成されるに至つたことが明らかであり、また同年十月十八日当時は全性に関する事件の捜査当初であつて検察官は全性千葉県連の会合が銚子市で行われたか否かその日時等被告人山口を追求すべき何等の資料をも整えていなかつたことが認められるから同被告人の当公廷における前記供述部分は明らに誤りと謂うの他はない。もつとも被告人山口の同年十一月十五日附栗本検事に対する供述調書中には従前本件十万円の贈与は昭和三十年九月か十月頃と述べていたのは千葉県連の会合と関係づけた誤りであるとしその日時を昭和三十一年十月頃であつたと訂正した記載があるから前記昭和三十二年十一月一日附の大槻検事に対する供述調書中に既に昭和三十一年九月頃本件十万円を贈与したと記載されているのと矛盾するようにも見受けられるのであるが、証人栗本義親の第十五回、第二十九回公判廷における供述によれば、栗本検事は昭和三十二年十一月十二日大槻検事の病気のため急遽口頭の引継を受けて被告人山口の取調を継続することとなり大槻検事の作成した供述調書は二、三日後に受取つたことが認められ、従つて同年十一月十五日附の前記検察官調書作成のさいは前記十一月一日の供述調書が手許にないまま被告人山口の述べるところに従つたものと解せられるからその点の齟齬は前記認定を左右するものではない。即ち本件捜査に当り被告人山口の自白の都度これを調書に作成しなかつた捜査上の不手際は本件審理において自白の経過をたどり、その信憑性を検討するうえに多大の困難を来したことは弁護人所論のとおりではあるが、被告人山口の前記各検察官調書はいずれも任意になされたものと認むべきである。そして証人今関義雄、同伊藤栄樹の第十五回公判廷における各供述によれば被告人鈴木の前示検察官調書も同被告人が今関検事になした自白を基礎として伊藤検事に対し任意に供述したところに従い作成されたことが認められるから同調書も亦任意性あるものと認むべきである。弁護人等は更に今津一雄の昭和三十二年十一月十七日附検察官調書もまた同人が検察官よりその焼却した全性の経理状況の明細を作成しなければ拘置所から出さないと告げられ強制されたため、記憶に基かない虚構の事実を述べたもので全く信憑性がない旨主張するので検討すると、証人今津一雄も第七回公判廷においてこれに添う供述をするのであるが、証人辰己信夫の第十回公判廷における供述、前掲富士銀行新橋支店虎の門出張所鈴木明名義普通預金元帳写によれば今津一雄は辰已検事から他の代議士に関する取調を受けていたさい右普通預金元帳写の昭和三十一年十月十日払出の金十万円について進んで前記十一月十七日附検察官調書に記載されたような供述をしたものであることが認められ、右調書によれば、全性第一次転業対策費の整理のため昭和三十一年十月八日全性九州連盟から送金のあつた八十四万円を預け入れて前記普通預金口座を開設し運動資金ができたと思つていた矢先に、被告人鈴木から十万円を被告人山口に渡すよう指示されこれを右銀行から払戻して封筒に入れ被告人山口に渡した旨の供述記載が存し、これを前記預金元帳写と併せて考察すればその記憶の根拠は明確かつ合理的であつて、証人今津一雄のこの点についての前示証言が検察官の尋問に対し屡々供述を変えていることと対比し、前記検察官調書の措信するに足ることを認めることができる。そして証人石毛美治の証言、根本兼太郎の検察官調書によれば、銚子市松岸町の本件家屋は昭和三十一年八月末に完成していることも明らかであるから、前記各証拠を綜合すれば同年十月十日頃被告人鈴木、同山口から被告人椎名に対し本件金十万円が新築祝名義で贈与されたことを認めるに足りる。しかして前示売春取締立法に対する全性の活動状況の項認定のため掲記した各証拠及び被告人椎名の昭和三十二年十一月二十五日附(甲)、同月二十六日附、同月二十七日附、同月二十九日附各検察官調書によれば被告人椎名は前記罪となるべき事実の項冒頭に判示したとおり被告人鈴木、同山口等の陳情を受け自己の政治的信念に一部合致するところがあつたため第二十二、第二十四国会において売春等処罰法案ないし売春防止法案の審議にあたり衆議院法務委員として売春業者に有利な発言をなし、また自由民主党内に業者の転廃業に関する研究機関を設置すべく尽力して業者に好意ある活動をなしていたことが明白であるばかりでなく、被告人鈴木、同山口、同椎名の当公廷の各供述によつても被告人鈴木、同山口等に被告人椎名に対し現金の贈与をなすような深い個人的交際関係があつたとは認められず、また証人石毛美治の証言、上棟式御祝儀帳によつて認められる。本件家屋新築等にさいして被告人椎名が受けた祝儀金品の額に照せば、被告人鈴木、同山口等売春業者の儀礼上の慣行、被告人椎名の衆議院議員としての地位を十分考慮してもなお現金十万円を贈与することは社会観念上是認される儀礼的祝儀の範囲を越えたものと認めざるをえないから前示被告人椎名の職務権限、売春取締立法に対する審議態度と綜合して考察すれば、右十万円は同被告人が前記職務上従前売春業者に有利な活動をなしたことに対する謝礼及び売春業者の転廃業に関し衆議院議員として今後とも同様の活動をして貰いたい趣旨のもとに新築祝名義で被告人鈴木、同山口と被告人椎名との間に授受された賄賂と判断すべきである。

(法令の適用)

法律に照らすと被告人鈴木、同山口、同長谷川、同真鍋、同椎名の判示所為中被告人鈴木、同山口、同長谷川の各贈賄の点は昭和三十三年四月三十日法律第百七号による改正前の刑法第百九十八条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、被告人真鍋、同椎名の各収賄の点は同法第百九十七条第一項前段にそれぞれ該当するので被告人鈴木、同山口、同長谷川につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、なお被告人鈴木、同山口の各所為は同法第四十五条前段の併合罪の関係にあるから同法第四十七条本文第十条に従い被告人鈴木、同山口につき犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で、また被告人長谷川、同真鍋、同椎名につき所定刑期範囲内でそれぞれ処断することとするが、犯情について考察すると被告人鈴木、同山口、同長谷川の各贈賄の所為は売春防止法の施行に伴い売春業者が転廃業を余儀なくされた結果政府からの経済上の援助を要望する陳情運動にあたり、公正清廉なるべき衆議院議員の職務行為に対して現金を供与し業者等の運動の有利な展開を企図したものであつて従前ともその営業は単に黙認されていたに過ぎなかつたものであることを考慮すればその違法性及び責任は重大と謂わなければならないが、同被告人等は一面全性幹部として組合員である多数業者の前途と混乱を憂慮し陳情運動による統一と円滑な転廃業を図つて活動を続けるうち遂に本件各犯行をなしたものであつて、自己個人の利益のみを目的として行つたものではないこと、ことに被告人長谷川は全性会計の担当者として相談に与つたものであつて必ずしも積極的に本件犯行を意図したものでないこと等の事情は斟酌に価するものと謂うべきであり、また被告人真鍋、同椎名の各収賄の犯行は、その居常身を持するについて清廉厳正なるべき衆議院議員の地位にありながら職務行為の公正を疑われるような多額の現金を収受したものであつて当時全性の陳情活動に対し世論の厳しい批判が行われていたさいでもあり、自己の政治的信念に基く従来の行動とも照し厳に身を慎むべき状況にあつたことを考慮すればその違法性、責任は甚だ重いとしなければならないが、被告人真鍋については前示のとおり本件金三十万円を主として海外における売春事情の調査視察のための費用と考え深くその違法性に想いを致すことなく収受し、これに答えるため真摯にその調査に従事した事情は同被告人のため有利な情状として考慮に価するものと認むべきであるから、その他被告人等の経歴、家族関係等諸般の事情を考慮し被告人鈴木を懲役一年に、被告人山口を懲役八月に、被告人長谷川を懲役六月に、被告人真鍋、同椎名を各懲役十月に処し、前示犯情に鑑み被告人長谷川、同真鍋につき刑の執行を猶予するのを相当と認め刑法第二十五条第一項に則り右被告人両名に対しこの裁判確定の日からいずれも三年間の右刑の執行を猶予し、なお被告人真鍋の収受した判示現金三十万円、被告人椎名の収受した判示現金十万円はいずれも賄賂であるが、既に同被告人等においてこれを費消し没収することができないから前記昭和三十三年法律第百七号による改正前の刑法第百九十七条の四後段に従い被告人真鍋から金三十万円を、被告人椎名から金十万円をそれぞれ追徴し、訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し証人山崎高、同平野重平に支給した分は被告人真鍋に、証人石毛美治に支給した分は被告人椎名にそれぞれ負担させることとする。

(本件公訴事実中無罪の部分の説示)

本件公訴事実中被告人鈴木、同山口、同長谷川、同真鍋、同椎名に対する判示有罪と認定した事実以外の分及び被告人首藤、同樋口に対する分の要旨は

第一(一)(イ) 被告人鈴木明は昭和三十二年二月上旬頃東京都千代田区霞ヶ関所在衆議院第三議員会館において衆議院議員首藤新八に対し同人が売春防止法施行に伴う赤線業者の転廃業につき国家補償等の予算措置及び同法罰則の施行期日の延期等赤線業者に有利な措置を講ずるため同人の属する自由民主党内に特別委員会を設置して党議を取り纒めるとともに国会において右措置に関する法案が提出された場合にはその成立に尽力されたい趣旨の下に金百万円を供与し以て同人の職務に関し贈賄し(昭和三十二年十二月十四日附起訴状記載の第一の事実)

(ロ) 被告人樋口信一は全性専務理事兼神戸市所在福原三業組合の組合長であるが、昭和三十一年十二月上旬頃東京都港区芝虎の門十八番地全性事務所において被告人鈴木明に対し、被告人首藤新八に対し金百万円を供与されたいと慫慂し以て被告人鈴木明をして前記第一の(一)(イ)記載のごとく被告人首藤新八に金百万円を供与せしめて教唆し(昭和三十二年十二月十四日附起訴状記載の第二の事実)

(二) 被告人鈴木明、同山口富三郎、同長谷川康は共謀のうえ昭和三十二年五月上旬頃前示衆議院第三議員会館において被告人真鍋儀十に対し同人が第二十二国会における売春等処罰法案の審議並びに第二十四国会における売春防止法案の審議に関し法務委員として売春業者のため有利な活動をしてくれたこと及び売春対策審議会の委員として右同様好意ある取計をなしたことの謝礼並びに今後とも衆議院議員又は売春対策審議会委員として前同様有利な活動をして貰いたい等の趣旨の下に金十万円を供与し以て同人の職務に関し贈賄し(被告人鈴木、同長谷川に対する昭和三十二年十一月二十二日附、被告人山口に対する同年同月二十七日附各起訴状記載の事実)

(三) 被告人山口富三郎は同年五月上旬頃前記衆議院第三議員会館において被告人椎名隆に対し同人が第二十二国会及び第二十四国会における売春等処罰法案及び売春防止法案の各審議に関し法務委員として売春業者のため有利な活動をしてくれたこと並びに同人が売春防止法の施行に伴う赤線業者の転廃業につき国家補償等の予算的措置及び同法の罰則施行期日を延期する等赤線業者に有利な措置を講ずるため被告人椎名の属する自由民主党内の意見を取り纒めるとともに国会において右措置に関する法案の成立に尽力されたい趣旨の下に金十万円を供与し以て同人の職務に関し贈賄し(昭和三十二年十二月九日附起訴状記載の第一の(二)の事実)

第二(一) 被告人首藤新八は第一の(一)、(イ)記載の日時、場所において被告人鈴木明より同記載の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら金百万円を収受し以て職務に関し収賄し(昭和三十二年十二月十四日附起訴状記載第三の事実)

(二) 被告人真鍋儀十は第一の(二)記載の日時、場所において被告人鈴木等より同記載の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら金十万円を収受し以て職務に関し収賄し(昭和三十二年十一月二十七日附起訴状記載の事実)

(三) 被告人椎名隆は第一の(三)記載の日時、場所において被告人山口より同記載の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら金十万円を収受し以て職務に関し収賄し(昭和三十二年十二月九日附起訴状記載第二の(二)の事実)

たものであると謂うのである。

よつて先づ前記第一の(一)、(イ)、(ロ)、第二の(一)の各事実について審究すると、被告人鈴木の昭和三十二年十一月二十日附検察官調書中には、同被告人が昭和三十一年十一月下旬被告人樋口から電話で被告人首藤の後援会に百万円を寄附して貰いたいと要請され同年十二月初頃更に直接同様の話を受けたので一週間か十日位して今津事務局長に命じて百万円を用意させこれを第三議員会館で被告人首藤に直接交付した旨の記載があり、被告人鈴木の昭和三十二年十一月二十九日附検察官調書において、北海道拓殖銀行虎の門支店の鈴木明名義の第六百五十六番普通預金口座(以下北拓第六百五十六番と略称する)元帳を示され右百万円交付の日時を昭和三十二年二月二日であると訂正し、同年十二月十日附検察官調書には、右両供述調書を併せ同年二月二日右百万円を検察官主張のような趣旨で被告人首藤に交付した経過についての供述記載があり、今津一雄の同年十一月三十日附、十二月十一日附各検察官調書には、同年二月二日被告人鈴木の指示に従い北拓第六百五十六番から金百万円を払戻して同被告人に渡した旨、長谷川康の同年十二月二日附、同月十日附の各検察官調書には、同年二月中旬頃今津のもとにある北拓第六百五十六番の預金通帳によつて同年二月二日金百万円が支出されていることを知り被告人鈴木に確めたところ被告人首藤の後援会に出したことを教えられた旨の各供述記載がありこれを北拓第六百五十六番預金元帳写真と綜合すれば前示第一の(一)、(イ)、(ロ)、第二の(二)の各事実に符合するかに見受けられるのである。しかし証人和田久明の証言、富士銀行新橋支店虎の門出張所の鈴木明名義通知預金証書、同元帳の各写真によれば、昭和三十二年二月二日金百万円が富士銀行新橋支店虎の門出張所に通知預金として預け入れられたことが明らかであるところ、証人住山靖明は、北海道拓殖銀行虎の門支店預金係として同年二月二日今津一雄に対し金百万円を払渡したがそのさい千円札による十万円の束十個を縦横に結えて封印した旨証言し、証人今津一雄の第三回第十八回公判廷における供述(被告人鈴木につき第十八回公判調書中同証人の供述記載)によれば、今津一雄は同日北海道拓殖銀行虎の門支店から右金百万円を払戻した後、直ちに全性事務所に帰つて富士銀行新橋支店虎の門出張所に電話し百万円を通知預金にしたいからと得意係の和田を呼び手続をしたが、和田は右百万円が封印してあつたので数えもしないで受取つて行つた旨証言し、証人和田久明も当公廷において、右の状況は記憶していないが、自分は全性の得意係であつたし、銀行の業績預金である通知預金で百万円という大金であつたのであるから恐らく私が飛んで行つたと思うし、当日は土曜日でもあり、北海道拓殖銀行の封印があつたとすればそのまま受取つて来たかも知れない旨、今津一雄の当時の具体的な状況に関する証言に添う供述をなすから、以上を綜合すれば北拓第六百五十六番から昭和三十二年二月二日払戻された金百万円は即日富士銀行新橋支店虎の門出張所において通知預金されたと認むべき蓋然性は極めて強いものと謂うべきであり従つて被告人鈴木の前記各検察官調書中北拓第六百五十六番からの右百万円を被告人首藤に供与した旨、今津一雄の右金百万円を被告人鈴木に渡した旨の各供述記載部分は採用することはできない。もつとも検察官は長谷川康が昭和三十二年二月二十六日金五十万円、三月十三日金五十万円余、三月二十六日金百万円を立替金の弁済として受領しているところ同年二月頃の立替金の残額は百二、三十万円に過ぎなかつたのであり、かつ長谷川は常時多額の現金を所持していたのであるから富士銀行の前記百万円の通知預金は長谷川が全性に対し立替えたものを返済を確保する意味で通知預金としたものであり北拓第六百五十六番から払戻された金百万円は被告人鈴木、今津一雄の検察官調書記載のとおり被告人首藤に供与されたものである旨主張するけれども昭和三十二年二月当時長谷川が全性に立替えた金員の残額合計が百二、三十万円であつたことを認めうる証拠はなく(検察官が右主張の根拠とする長谷川康の昭和三十二年十一月三十日附検察官調書は刑訴法第三百二十八条によつて証拠調がなされたものであつて検察官主張のごとく事実認定のための証拠となしえないものであるが、右調書によつても当時の立替金残額は百七、八十万円となるのである)、却つて証人長谷川康の第十二回公判廷における供述によれば長谷川は昭和三十二年一月末当時百五十万円の被告人鈴木宛の立替金と二百万円の塚崎弁護士車代研究費の立替があつた旨の証言があるばかりでなく長谷川から立替を受けたその金員をそのまま通知預金にするとすること自体不合理不自然であり、検察官の右の主張は到底採用できない。そして被告人鈴木、証人今津一雄、同長谷川康の各当公廷の供述、同人等の前記各検察官調書によつても窺われるように同人等は捜査当時北拓第六百五十六番の金百万円の行方について記憶の喚起に努めていたのであるから、若し捜査中に前示通知預金の存在が判明していたとすれば被告人鈴木と同首藤との間の本件金百万円の授受の有無について、ことの真相を明確にしうる余地もあつたものと考えられるのであるが、北拓第六百五十六番からの金百万円、即ち前示通知預金にされた金百万円以外の金百万円が、他から全性に提供されることによつて、或いは全性自体の他の資金中から別個に支出されていることを確認しえない現在にあつては前記各証拠のみによつて被告人鈴木と同首藤との間の金百万円授受の事実を認めるに由ない。よつて前記第一の(一)、(イ)、(ロ)、第二の(一)の各事実はその余の点について判断するまでもなく、これを認めるに足る証拠がないものと謂わざるをえない。

次に前示第一の(二)、第二の(二)の事実について考究すると、被告人鈴木の昭和三十二年十月二十九日附検察官調書中には、同被告人が同年五月頃被告人真鍋から同人の幹事役の会があつて厄介だという話を聞き、被告人山口、同長谷川と相談して右の会に寄附することとし、今津事務局長から十万円を出して貰い被告人鈴木から被告人真鍋に直接差上げた旨、同年十一月十八日附の検察官調書において、右十万円授受の日時を同年四月下旬か五月初旬と訂正し、被告人長谷川と相談しなかつたと変更し、被告人真鍋に届けるさいは被告人鈴木一人で行つた旨供述記載があり、被告人山口の同年十一月十八日附検察官調書中には、同人は同年五月初旬頃全性本部事務所において被告人鈴木から色々世話になつた被告人真鍋が幹事役をしている会に金が入り用だということだから十万円差上げたいと話があり被告人長谷川とも相談してこれに賛成し、被告人鈴木と二人で衆議院第三議員会館の被告人真鍋の部屋に赴き被告人鈴木が上衣内ポケットに入れて行つた中封筒入り現金十万円を被告人真鍋に差出し同人は有難うといつて受取つた旨の供述記載があるから、以上を綜合すれば、被告人鈴木等と被告人真鍋との間で本件金十万円が授受された事実を認めるに足るがごときである。そして右各検察官調書以外には直接右の授受を認めうる証拠は存在しないのであるから、右各検察官調書中の供述記載が真に信用するに足るものとすれば被告人長谷川、同真鍋の捜査当初からの否認にも拘らず右授受の事実を認めうることは謂うまでもないが、若しその信憑性にいささかでも疑義があるとすれば相当強度の補強証拠があつて始めて各被告人等の罪責を肯定すべきものであるとしなければならない。ところが、各右検察官調書の供述記載内容は前示のように本件十万円の供与について被告人長谷川が被告人鈴木、同山口と謀議に与つたか否か、被告人鈴木がこれを被告人真鍋に交付したとするさい、被告人山口も同道したか否かの点について齟齬があるばかりでなく、証人今関義雄、同伊藤栄樹の第十五回公判廷における各供述によれば、被告人鈴木の同年十一月十八日附伊藤検事に対する検察官調書は同年十月二十九日附今関検事に対する検察官調書を基礎にして作成されたものであり右今関検事に対する調書は同年十月二十七日被告人鈴木が同検事に対して述べたものを調書に作成したものであることを認めうるところ、右十月二十七日の被告人鈴木の本件十万円に関する自白は被告人首藤新八に対する前記金百万円の贈賄の事実と併せてなされたものであつて、右百万円の贈賄に関する自白が虚構と認むべき蓋然性の強いこと前段説示したとおりであるとすれば、被告人真鍋に対する本件十万円の贈賄に関する十月二十七日の今関検事に対する被告人鈴木の自白もまたたやすく採用し難く、従つて同年十月二十九日附、十一月十八日附各検察官調書もその信憑性に疑なしとは謂いえないのである。また証人大槻一雄(第十六回公判廷)、同栗本義親(第十五回公判廷)、被告人山口(第十一回公判廷)の各供述によれば被告人山口の栗本検事に対する同年十一月十八日附検察官調書も被告人山口が同年十一月十日頃大槻検事に供述したところに基き作成されたものであるところ同被告人は同年十月十六日逮捕勾留され勾留を延長された後同年十一月六日本件被疑事実を含む合計二個の事実により再逮捕され、その後にようやく本件について自白したものであつてその間被告人鈴木の前示自白があつたことを考慮し、なお被告人山口が当公廷において、検事から会長が真鍋に十万円渡したといつている、お前に相談しない筈はないと繰返し言われて遂にこれを認めた旨供述していることをも併せ考察すると、被告人山口の右検察官調書もまたこれを全面的に信用しうるものとはなし難いのである。弁護人等は被告人鈴木が被告人真鍋から聞いた同人の幹事役の会とは同年二月頃に話のあつた故大麻唯男の追悼会のことであつて、その会は結局行われなかつたので被告人真鍋は被告人鈴木の右の会に対する寄附の申出を断りそのままになつたのを被告人鈴木及びこれを聞いた被告人山口が検事の取調のさい想起し強制的な追求を受けた結果金十万円を寄附した旨虚構の事実を述べたものである旨主張し証人宮沢胤男、同野田武夫、同山本粂吉、同松村謙三の各証言を援用し被告人鈴木、同山口も当公廷において右主張に添う供述をするけれども、右各証言によれば故大麻唯男の追悼会の計画が同年二月頃被告人真鍋の部屋等で相談され、そのさい被告人鈴木が来会わせたことがあり、なお右追悼会は結局行われないことになつたことは認められるが、被告人鈴木は第十一回公判廷における検察官の質問に対しては被告人真鍋から聞いた同人の幹事役の会とは売春業者の営業上の指導監督官庁の関係者の会のようであつたと答え、その後被告人真鍋の弁護人から故大麻唯男の関係の会だつたらしいが思い出せないかとの質問を受けて、弁護人の主張に添う供述をなしたもので、その記憶の訂正につき判然した根拠が認められなかつたこと、また若し故大麻唯男の関係の会であるとすれば被告人鈴木等はその生前直接陳情をしたこともあつたのであるから検察官の取調中これを想起しなかつたのはいささか不自然とも解せられること等の事情を考慮すれば弁護人等の右主張もたやすく採用できないところであるが、被告人鈴木、同山口の前記各検察官調書の供述記載によつても本件十万円の授受がなされた日時が昭和三十二年五月上旬とする記憶の根拠が示されていないのであるから、以上を要約すれば本件金十万円の授受を認めるためには右各検察官調書のほか強度の補強証拠が必要であると謂わざるをえない。しかし右の補強証拠としては証人今津一雄の、全性事務所では常時十万円位の金を金庫に保管し、不足すれば銀行から払戻して補充していたとする証言を除いては何等の証拠も存しないのである。本件捜査当時被告人鈴木の所謂被告人真鍋の幹事役をしていた会の開催の有無、日時、内容等について綿密な調査が行われていたならば或いはことの真相を判然とさせえたのではないかとも考えられるのであるが、これを確定することのできない現状においては前示不確実な各証拠のみによつては被告人鈴木等と被告人真鍋との間の本件金十万円の授受の事実を認めることはできない。よつて前示第一の(二)、第二の(二)の事実もその余の点について判断するまでもなくこれを認めるに足る証拠はないと謂わなければならない。

次に前記第一の(三)、第二の(三)の事実について審究すると被告人山口の昭和三十二年十一月四日附検察官調書には、同人が同年五月末か六月初頃第三議員会館の被告人椎名の部屋に立寄つたさい同人の秘書松下豊治から近く被告人椎名が(農林)水産委員として九州方面に視察旅行をすると聞きその部屋から全性事務所に電話し今津一雄に椎名先生の九州旅行の旅費を差上げたいから会長の諒解をえて十万円を届けるよう指示し間もなく事務員の山田博一が全性の名入りの封筒に入れた金包みを届けて来たのでそれを被告人椎名に今度の旅費の足しにして頂きたいといつて渡した旨、同年十一月十七日附検察官調書において、日時を同年五月中旬頃の午前十一時頃、今津に対する電話内容を鈴木には了解をえていると話したと訂正するほか略々同趣旨の各供述記載があり、松下豊治の同年十一月三十日附検察官調書中には、同年五月中の国会開会中で自民党風紀衛生対策特別委員会が設置に決定された頃、また給仕の加瀬登志子が盗難にあつた日の前後頃のことであつたが、被告人山口から話が出て被告人椎名が六月頃農林水産委員として九州に出張することを話したところ先生に餞別を心配しなければというので私はお世辞位に聞いた。ところがその日かその翌日被告人山口が被告人椎名の部屋で同被告人両名で風紀衛生特別委員会の話をしていたとき全性事務員の山田が来て被告人山口に金でも入つているらしい封筒を渡して帰つた。なお被告人椎名の九州出張は病気で中止となり七月四日から自民党の党紀委員として九州に出張した旨、また山田博一の同年十一月三日附の検察官調書には、同人が同年四、五月頃の午前十時から十一時頃今津事務局長から金だから気をつけて急いで届けるよう指示されて全性名入りの中封筒に入つた十万円位の千円札束と思われるものを托されたのでタクシーで第三議員会館の被告人椎名の部屋に赴き松下がカーテンの奥から呼出してくれた被告人山口に対し松下の手を介して右封筒を渡した旨の各供述記載があり、証人今津一雄は第七回公判廷において、同人は同年の暑い頃で上衣を脱いでいた頃の午前十時頃被告人山口から電話で第三議員会館の椎名先生の部屋にいるから十万円届けてくれと指示され女事務員の田中に銀行から払戻させ封筒に入れて山田博一に届けさせた旨供述し、また衆議院事務総長鈴木隆夫の昭和三十三年七月十一日附回答書によれば第二十六国会は昭和三十二年五月十九日閉会となつたことが明らかであり、川崎末五郎の回答書によれば自由民主党風紀衛生対策特別委員会が設置されたのは同年五月十六日であり、証人加瀬登志子の証言によれば同人が盗難にかかつたのは同年五月十三日であつたことが認められ、なお北海道拓殖銀行虎の門支店の鈴木明名義の第七百四十二番普通預金口座(以下北拓第七百四十二番と略称する)元帳写真によれば、同年五月九日に金十万円が払戻されその後同年五月二十七日に十万円二口が払戻されているほか六月十八日まで十万円払戻の事実のないことが認められるから、以上を綜合すれば同年五月九日被告人山口、同椎名間に金十万円の授受が行われたかのごとき観なしとはいえないのである。しかし第二十六国会衆議院農林水産委員会議事録第四十四号、昭和三十二年五月二十九日衆議院公報、同年六月十一日附衆議院農林水産委員長の各知事宛国政調査のための議員派遣についてと題する書面を綜合すると、被告人椎名が衆議院農林水産委員として同年六月二十日以降下関、博多、大牟田、長崎、佐世保等に出張することが決定されたのは衆議院公報の掲載に要する期間、議長承認手続に要する期間を考慮しても同年五月二十九日の一、二日前の日から同年六月十一日までの間でなければならないから被告人山口、松下豊治の前記各検察官調書中同年五月中旬頃に被告人椎名が近く農林水産委員として九州旅行に行く話を聞いたとする供述記載は誤りと謂わざるをえない。もつとも証人大岩勝守の第二十回、第二十六回公判廷における各供述によれば、自由民主党々紀委員の出張は四月頃から話しが出ていたことが窺われ、なお国会議員の場合は委員としての出張と衝突しないよう当該議員の意見を聞いて日取等を決めることが認められ、自民党々紀委員の出張に関する禀議書によれば被告人椎名の党紀委員としての九州出張は六月二十日から二十七日までの日程で六月一日起案されているから、右を綜合すれば被告人椎名の九州出張は右党紀委員としての出張として早く五月上旬に決められ被告人山口等はこれを農林水産委員としての出張であると記憶違いをしていたのではないかとも考えられるのであるが、かく解することは被告人山口が何故に電話により急遽本件金員を全性事務所から取寄せたかを合理的に説明しえない結果となる。そこで前記北拓第七百四十二番元帳写真に従い本件十万円の授受の日時を同年五月二十七日と仮定すれば右矛盾は説明しうるとしても、松下豊治が前記検察官調書において逐一根拠を挙げながらとくに加瀬登志子の盗難の日を基準としてその日時が同年五月中旬であるとする供述記載部分に抵触しこれを無視することはひいて同検察官調書の信憑性に疑いを生ぜしめるものと謂わざるをえない。のみならず被告人山口の前記各検察官調書中には、同人が松下から被告人椎名の旅行日程を借り受け今津事務局長に命じて出張先の売春業者の業態視察のための日程表を作成させ被告人椎名に渡すとともに出張先業者にも送付した旨の供述記載が存するところ、証人石田清の当公廷の供述、今津一雄の昭和三十二年十一月十七日附検察官調書によれば右の事実は全く虚構と認むべき蓋然性が強くこのことは被告人山口の前記検察官調書の信憑性を著しく弱めるものと謂わざるをえない。

即ち本件についても捜査当時被告人山口、松下豊治の前掲各検察官調書に記載された被告人椎名の九州出張の種別、日程、出張決定の日時等が同人等から供述されたさい、被告人椎名の農林水産委員、党紀委員としての九州出張の経過について捜査をとげ附随事情について十分調査して証拠を蒐集し前示幾つかの矛盾を合理的に解明できるかどうか検討しておくべきであつたと解せられるのであるが、これをなしえない今日においては結局前示証拠のみによつては被告人山口と被告人椎名との間の本件金十万円の授受の事実はこれを確認するに由ないから前示第一の(三)、第二の(三)の各事実もまたその余の点について判断するまでもなくこれを認めるに足る証拠がないと謂わなければならない。

叙上説示したとおりであるから前記第一の(一)、(イ)、(ロ)、(二)、(三)、第二の(一)ないし(三)の各事実はいずれも犯罪の証明が十分でないものとして刑事訴訟第三百三十六条に則り各関係事実につき主文第五項のとおり、被告人鈴木、同山口、同長谷川、同樋口、同首藤、同真鍋、同椎名に対し無罪の言渡をなすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

因に被告人等は本件捜査は一部のためにする者達の讒訴に躍らされた不純のものであるとしてその寃を愬えるのであるが、当時全性は判示売春取締法に対する全性の活動状況の項で認定したように、業界の危機到来に対し活路を見出すべく国会対策の一環として所謂コネクション運動を展開しそれに要する弾丸であるとして数次に亘り合計二千六百万円余の巨額に上る臨時費運動資金を集め、かつ結局拒否にあつて実現しなかつたものの自由民主党への業者の集団入党をすら辞せずとする熱意を示し、政党及び国会議員に対する熾烈な働きかけを行つた事実は明らかであり、しかも右運動資金の使途は必ずしも全部については明らかにされておらず、ことに事務局長今津一雄が伝票等の書類を焼却した事実もあつて今日からみれば全性幹部である被告人等の行動は謎の疑雲につつまれたものであつたことは免れず、右全性幹部である被告人等については自ら省みずして他をいう譏をうけてもやむを得ないものとありとせねばなるまい。もつとも被告人鈴木が切に愬えるように、全性事務所から盗み出された昭和三十一年度諸会合綴(前同号の三十三)が正規の領置手続を経ないで検察官の手に渡り取調中意外にもこれを検察官から示されたため同被告人が甚しい衝撃をうけたという事実はこれを認めることができるし、また右書類の間には、ことさらに被告人等を罪に陥れようとの意図から作成されたとみるほかのない作為と虚構に満ちた出所不明の書面が二通挾入されてあつた事実もこれを認めることができるのであつて被告人としては甚だ意に満たぬものであるであろうことは十分理解できるのであるが、右書類を含めて右の諸会合綴は検察官においてもなんら捜査上の資料としての価値を認めたのではなく、それが当公廷に顕出されたのは被告人鈴木の当公廷における右の顛末に関する供述を確める意味において、特に弁護人側からの請求に基き検察官に提出を求めたものであり、本件各事実の存否確定のための証拠とされたものではなく、本件公訴事実の存否はいうまでもなく厳格な証拠法則の篩にかけられた法廷に顕れた証拠のみに基いて認定されたものである。また被告人首藤は、その逮捕当時の模様につき恰も検察官がことさらに被告人を公衆の目に曝しその人権を侵害したかのごとき主張をするのであるが、それは逆に検察官が報道陣カメラ陣の包囲から被告人を庇護しようとした善意の計らいが功を奏せずして終つたものとみるのが素直な見方であつて他に秘密裡に任意出頭を求める等の方策がなかつたとはいえないが、その点は同被告人もこれを諒としなければならないところである。

(裁判官 岸盛一 目黒太郎 千葉和郎)

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