大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(行)79号 判決 1960年4月20日

原告 市川清一 外五名

被告 国 外二名

主文

一、別紙物件目録記載の土地について昭和二二年七月二日付で旧自作農創設特別措置法第三条にもとずいてなされた買収処分は無効であることを確認する。

二、被告国は、別紙物件目録記載の土地について昭和二二年七月二日千葉地方法務局市川出張所において受け付けられた前項の買収処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし。

三、被告遠井利勝は、別紙物件目録記載の土地について昭和二六年九月一八日千葉地方法務局市川出張所受付第五五五九号をもつてなされた所有権取得登記の抹消登記手続をなし、右土地を原告等に明け渡すべし。

四、被告中沢武八は、別紙物件目録記載の土地について昭和一九年五月二〇日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべし。

五、原告等のその余の請求を棄却する。

六、訴訟費用は、原告と被告中沢武八との間に生じたものは同被告の負担とし、その余は被告国、同遠井利勝の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告等訴訟代理人は、請求の趣旨として、主文第一項乃至第三項、第六項と同旨及び「被告中沢武八は、別紙物件目録記載の土地の所有権を原告等に移転することについて千葉県知事に許可申請手続をなし、右許可があつたときは昭和一九年五月二〇日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべし。」との判決を求めた。

第二請求の趣旨に対する答弁

被告国指定代理人、被告遠井利勝、同中沢武八は、請求の趣旨に対し、

「一、原告等の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告等の負担とする。」

との判決を求めた。

第三請求の原因

原告等訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり陳述した。

「一 別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は、もと被告中沢武八の所有であつたが、昭和一九年五月二〇日、原告等先代市川清蔵は、被告中沢よりこれを買い受け、同日千葉地方法務局市川出張所受付第二〇二六号によつて売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をしたが、まだ所有権移転の本登記はなされていなかつた。

二 昭和二二年七月二日、被告国は本件土地について旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法という。)第三条第一項第一号にもとずいて買収処分(以下本件買収処分という。)をした。しかし本件土地はその当時小作地ではなかつたのであるから、本件買収処分は旧自創法第三条第一項第一号の要件を欠くかしがあり、しかもそのかしは重大且つ明白であるから本件買収処分は無効である。

三 被告国は、同日旧自創法第一六条にもとずいて本件土地を被告遠井に売り渡し、昭和二六年九月一八日、所有権移転登記をしたが、右売渡処分は本件買収処分が有効であることを前提とするものであるから、本件買収処分が前述のとおり無効である以上、これ亦無効であることを免れない。しかして被告遠井は右売渡を受けた以後何らの権原なくして本件土地を耕作して占有している。

四 昭和二七年六月二六日、原告等先代は死亡して原告等は同日相続により本件土地の所有権及び被告中沢に対する移転登記請求権を承継した。

五 よつて本訴において本件買収処分が無効であることの確認を求めるとともに、被告国に対して本件買収処分を登記原因とする所有権取得登記の抹消登記手続を求め、被告遠井に対して売渡処分を登記原因とする所有権取得登記の抹消登記手続及び本件土地の明渡を求め、被告中沢に対して本件土地の原告等に対する所有権移転に関し千葉県知事に対し許可申請手続をなすこと及び右許可の上は所有権移転登記手続を求める。」

第四被告等の答弁及び主張

一  被告国指定代理人及び被告遠井利勝は、答弁として、次のとおり陳述した。

「請求原因第一項記載の事実のうち本件土地がもと被告中沢武八の所有であつたこと、原告主張のような仮登記がなされたことは認めるが、原告等先代が本件土地を被告中沢より買い受けたことは否認する。同第二項記載の事実のうち本件買収処分がなされたことは認めるがその余の事実は否認する。本件土地は、本件買収処分当時、被告遠井が地主より借りて耕作していた小作地であつた。同第三項記載の事実のうち被告国が本件土地について被告遠井に対して売渡処分をしたこと、被告遠井が本件土地を耕作して占有していることは認める。同第四項記載の事実のうち原告等先代の死亡及び原告等の相続の点は認めるが、原告等が本件土地の所有権及び所有権移転登記請求権を取得したことは否認する。」

二  被告中沢武八は、答弁として、「請求原因事実はすべて認める。」と陳述した。

三  被告国の主張

被告国指定代理人は、その主張として次のとおり陳述した。

「(一) 仮りに本件土地が原告等先代の所有であつたとしても、本件買収計画及び買収処分当時被告遠井において耕作していた小作地であつたから、これを小作地として買収した本件買収処分は適法である。すなわち、被告遠井は、昭和二〇年五月頃、当時の鎌ケ谷村初富部落の区長相柄某のすすめにより当時空地であつた本件土地の南西半分の耕作を開始し、北東半分はその頃陸軍部隊が耕作を始め、終戦後は浅川文雄がその耕作を引き継いだが、被告遠井等が耕作中のさつまいもを原告等先代の近隣の者が無断で堀り返した事件に関し、その後始末のため原告等先代が同年一〇月頃本件土地に出向いた際、被告遠井、浅川の両名とも原告等先代より本件土地の耕作について承諾を受け、このとき使用貸借が成立した。しかして昭和二二年五月頃、被告遠井は浅川より本件土地北東半分の耕作権の譲渡を受けて本件土地全部の耕作を始めた。したがつて本件土地は本件買収計画及び買収処分当時小作地であつた。なお、当時所轄の鎌ケ谷村農地委員会は、一応登記簿上の所有名義人である被告中沢武八を所有者として買収計画を定め、昭和二四年七月末頃、同人に対して知事名義の買収令書を交付したが、同人は直ちに買収令書と買収の対価受領に必要な印鑑を原告等先代に交付し、同人が対価を被告中沢名義で受領したものである。

(二) 仮に本件土地が本件買収処分当時、小作地ではなく、被告遠井が何らの権原なく事実上耕作していたものであるとしても、本件買収処分のかしは重大且つ明白とはいえないから当然に無効ではない。

(1)  一般に行政処分が無効というためには、単に当該処分に重大なかしがあるのみでは足らず、そのかしが客観的に明白であることを要する。ところが本件買収処分当時本件土地は附近一帯の農地とともに農地地帯に属し、被告遠井が農業経営の対象として現実に耕作をなし、しかも鎌ケ谷村農地委員会の調査に際しては原告等先代より適法に借り受けて耕作している旨申述していたのであるから、当時本件土地を小作地と認定することは極めて自然であり、本件土地が小作地でなかつたことは客観的に明白とはいえなかつたのであるから、右土地を小作地と認定していた本件買収処分は、まだ客観的に明白なかしがあるとはいえない。

(2)  旧自創法、旧農地調整法のいわゆる農地改革法令は、連合国最高司令官の昭和二〇年一二月九日付覚書に基いて制定施行されたものであるが、同司令部が農地改革事業を迅速に行うことを要求したため、旧自創法施行令第二一条第一項は、政府は旧自創法第三条の規定による買収処分、同法第一六の規定による売渡処分を昭和二三年一二月三一日までに完了しなければならないと規定し、更に同条第二項は、市町村農地委員会は旧自創法第六条の規定による買収計画、同法第一八条の規定による売渡計画を速かに定めるものとし、遅くとも昭和二三年一〇月三一日までにこれを完了しなければならないと規定したのであり、しかも右短期間のうちにこれも同司令部の要求により全国で二、〇〇〇、〇〇〇町歩にも及ぶ小作地の解放が計画されたのである。このように短期間のうちに広汎な農地の買収、売渡が要求されたため、買収の対象となつた個々の農地の利用関係を詳細に調査することは事実上不可能であり、したがつてその調査はある一定の限度で満足せざるを得なかつた。しかして本件土地は右(1)のとおり一見小作地と認定せざるを得ないような状況に置かれていたのであるから、鎌ケ谷村農地委員会が現になした以上の詳細な調査を要求するのは不可能を強いるものであり、しかも原告等先代は本訴に至るまで本件買収処分に対して何ら不服申立をなさなかつたのである。要するに本件買収処分にはまだ明白なかしがあるとはいえないので、取り消されるならば格別、当然に無効ではない。

第五被告国の主張に対する原告の陳述

原告等訴訟代理人は、被告国の主張に対し次のとおり陳述した。

「一 被告遠井が原告等先代より本件土地についての耕作の承諾を受けたことは否認する。原告等先代は被告遠井と一度も会つたことはなく、ましてや本件土地の耕作について小作契約を結んだことはない。原告等先代が浅川に対して耕作を承諾したとしても、被告遠井は浅川に代理権を与えたことはない。仮に浅川が耕作していた部分を被告遠井が耕作するについては原告等先代がその承諾をした事実は全くない。

二 本件買収処分は小作地ではない本件土地を小作地と誤認してなしたものであるから、そのかしが重大であることはいうまでもなく、それが明白であることは次のことによつて明らかである。すなわち、本件買収処分にあたり鎌ケ谷村農地委員会は単に被告遠井の簡単な答申によつて軽率に本件土地を小作地と認定したものであつて、それ以外の調査、たとえば契約書の有無、賃料領収証の存否等の調査をしなかつたのみならず、所有者である原告等先代から何らの答申を求める措置をもとらなかつたのであつて、しかも被告遠井の答申は甚だあいまいなものであつたから、同人の耕作権限につき更に具体的な説明を求めるべきであつたのにそれもしていないのであつて、そこに明白なかしがあることはいうまでもない。しかして本件の如く基本的人権の侵害を伴う行政処分については、そのかしが明白であるかどうかに関して制限的に狭く解すべきではない。なお農地買収手続が連合国の占領政策によつて迅速性を要求されたとしても、それによつて農地所有者の基本的人権の侵害が正当化されるものでないことはいうまでもないし、殊に本件買収処分及び売渡処分は昭和二二年七月二日付ではあるが、その登記をなしたのは同二六年四月二七日であるから被告の主張は本件買収処分についてはあてはまらない。しかも本件土地についてはいま少しの調査が行われれば小作地でないことが容易に明らかになつた筈であるから、小作地でないことを確認することの期待可能性がなかつたとはとうていいえない。更に原告等先代が本件買収処分に対して異議の申立をしていないとしても、本件買収処分が無効である以上それは全く無関係のことであり、また買収の対価を受領しても無効の買収処分を承認し、あるいは追認したことにはならない。」

第六証拠関係<省略>

理由

一  本件土地がもと被告中沢武八の所有であつたこと、昭和二二年七月二日に本件土地につき旧自創法第三条第一項第一号にあたるものとして原告主張の買収処分がなされたことは当事者間に争がない。しかして証人並木勇次の証言、被告中沢武八の供述と成立に争のない甲第一号証の一、二を綜合すると、昭和一九年五月二〇日、原告等先代市川清蔵は被告中沢武八より本件土地を買い受けてその所有権を取得したが、直ちに所有権移転登記をするかわりに所有権移転請求権保全のための仮登記をした(仮登記がなされていることについては当事者間に争がない。)ことが認められる。

二  そこで原告の主張する本件買収処分の違法原因について判断しよう。証人浅川文雄、同並木勇次の各証言、被告遠井利勝の供述を綜合すると、昭和二〇年春頃、被告遠井は、東京都内で戦災にあい本件土地付近に疎開していたが、時あたかも食糧不足で空地の利用耕作が大いに奨励されていた折柄、当時たまたま耕作する者なく放置されて荒地となつていた本件土地につき、その所有者が何びとであるかをことさら詮索することなく無断でその北西側半分約二反歩の耕作を開始したこと、その頃本件土地の南東側半分も当時付近に駐とんしていた陸軍部隊の手によつて無断耕作が開始され、この部分の耕作は終戦後浅川文雄に引き継がれたこと、被告遠井等は、昭和二〇年夏頃、並木勇次が原告等先代の意を受けて本件土地の状況の調査に赴いたときに初めて本件土地の所有者が原告等先代であることを了知したこと、同年九月または一〇月頃、原告等先代の近隣の者数名が原告等先代の意を受けて本件土地に行き、地主の承諾なく耕作するものとして被告遠井、浅川の両名が本件土地上に栽培していたさつまいもを無断で堀ろうとして警察沙汰となつたこと、その後原告等先代は警察当局への出頭を求められその途次浅川方を訪れて謝罪をなし浅川もこれを了承したが、その際原告等先代は浅川及び被告遠井の無断耕作についてはとくに異議を述べなかつたこと、昭和二二年春頃、被告遠井は浅川より本件土地の南東側半分の耕作を引き継ぎ、以後本件土地の全部を耕作していたことなどの事実を認めることができる。被告国は、原告等先代が浅川方に謝罪に来たときに同人及び被告遠井に本件土地の耕作を承諾した結果使用貸借関係が発生したと主張する。この点につき証人浅川文雄の証言中には被告の右主張にそう部分があるけれども、さらに同証言によれば、原告等先代が警察当局への出頭の途次浅川方に赴いたのは警察当局にできる限り寛大な処置をとつてもらうために予め浅川に謝罪をなし、また被告遠井に対しても謝罪の意を伝えてもらうよう浅川に依頼するためであつたことが認められるのであつて、かような前後の事情からすれば、その際原告等先代が浅川等において本件土地を引き続き耕作することについての承諾を与えたという前記浅川証人の証言は直ちに措信できないし、また原告等先代が浅川等による本件土地の無断耕作について何ら抗議をしなかつたとしても、それだけで原告等先代が浅川及び被告遠井に対して耕作の承諾を与え、その結果本件土地について使用貸借関係が発生したものと解することはできない。要するに、被告遠井は当初から(南東側半分は浅川から耕作を引き継いでから)買収処分当時に至るまで本件土地を何らの権原もなく単に事実上耕作していたにすぎないものといわざるを得ないので、右土地を小作地と誤認してした本件買収処分には旧自創法第三条第一項第一号に違反するかしがあるものといわなければならない。

三  そこで右買収処分のかしがその無効原因となるものであるかどうかについて考察する。一般に行政処分のかしがその無効原因とされるためには、そのかしが重大であるとともに客観的に明白であることを要すると解するのが相当である。ところで行政処分のかしとは当該行政処分の法定要件の欠如に外ならないと解すべきであるから、「かしが重大である。」とは当該行政処分に欠缺している法定要件がこれを規定する行政法規の目的、意味、作用などからして当該行政処分にとつて重要な要件と解される場合に外ならない。本件買収処分は前述のとおり小作地でない土地を小作地として買収したものであるが、農地のうちとくに小作地について買収処分を行うものとした旧自創法第三条第一項第一号の要件は買収処分の性質からいつて重要なものであることが明らかであるから、本件買収処分のかしが重大であることは多言を要しないであろう。つぎに「かしが客観的に明白である」ということには二つの意味があると考えられる。その一つは当該行政処分に欠けている具体的法定要件が間違いなく当該行政処分の法定要件であることが特別の専門的知識や経験をまたないでも、一般人の正常な判断を以てすれば明白であつたということ、すなわち「(かしが)かしであること」が明白であつたということであり、もう一つは当該行政処分がなされた具体的状況のもとにおいて問題の具体的法定要件が欠けていることが特別の専門的調査や研究をまたないでもその外観によつて一般人の目に明白であつたということ、すなわち「かしがあること」が明白であつたということである。けだし行政処分が有効か無効かは当該行政組織の内部においてのみでなく、ひろく一般外部においてもこれを判断し得るものでなければならないが、そのためには、行政処分の無効原因としてはそのかしがこの二つの意味において明白であることを欠くことができないのである。本件買収処分の法令上の根拠である旧自創法第三条第一項第一号が小作地のみを買収処分の対象としていることは何びとにも明白であつて解釈上の疑義を生ずる余地はないから本件買収処分のかしが前者の意味において明白であつたことはいうまでもない。それでは右かしが後者の意味においても明白であつたかどうかであるが、証人鈴木一太郎、同相柄健司の各証言と成立に争のない乙第一号証を綜合すると、被告遠井は鎌ケ谷村農地委員会のいわゆる一筆調査に際し、本件土地の所有者は原告等先代であり、自分は同人より賃借しており賃料として現物を渡している旨を答申したこと、その後農地委員会は本件土地の土地台帳を調査した結果被告中沢の所有名義となつていることを発見したのでその点に関する被告遠井の答申を誤と認めたものの被告中沢及び原告等先代に照会するなどの調査を行うこともなく単に被告遠井の答申のみにもとずいて本件土地を小作地と認定したことを認めることができる。しかして農地委員会としてはかように耕作者の答申する所有者と公簿上の所有者とに食い違いがあり、しかも耕作者の耕作権に関する申述が単に所有者から借りて現物を賃料として渡しているというような抽象的かつ不明確なものである場合には、すでにそれだけで土地の利用関係に疑義を生ずべきことはみやすいところであるから、ただ慢然と耕作者のかかる申述のみにもとずいて小作地の認定をすることは許されず、耕作者に対し耕作の権限につきより具体的な答申を求め、あるいは耕作者の答申する所有者及び公簿上の所有者に事実を照会するなど適宜の措置を講すべきであり、当時急速に農地改革の事務を完了しなければならなかつたという状況にてらしてもこの種の措置は決して不可能を強いるものでなくむしろ一挙手一投足の労で足りたというべく、本件において若し農地委員会が当時そのような措置を講じていたならば被告遠井の答申は事実に反するものであつて同被告には本件土地を耕作する権限がなく、したがつて本件土地の小作地に非ざることが容易に判明したものと考えられる。しかるに農地委員会はあえてそのような措置を講ずることなく本件土地を小作地と誤認したために本件買収処分がなされるに至つたものであるが、かかる買収処分当時の具体的事情からすれば本件において被告が小作地でない本件土地を小作地として買収したことのかしは外観上も明白であつたものと解するのが相当である。はたしてしからばこのようなかしを有する本件買収処分は無効であるといわなければならない。

四  被告が昭和二二年七月二日付で本件土地につき旧自創法第三条第一項第一号にもとずく買収処分を原因として所有権取得登記手続をしたこと、同日被告が本件土地につき旧自創法第一六条にもとずいて被告遠井を売渡の相手方をして売渡処分をなし、同二六年九月一八日に同被告のために右売渡処分を登記原因として所有権移転登記手続をしたことは当事者間に争がない。しかして前述のとおり本件買収処分が無効である以上それが有効であることを前提とする右売渡処分もまた無効であつて、右各所有権取得登記は実体を伴わない無効なものというべきであり、また被告遠井は何らの正当な権原なくして本件土地を耕作して占有していることとなる。更に昭和二七年六月二六日に原告等先代が死亡して原告等が相続したことは当事者間に争のないところであるから、原告等は本件土地の所有権を相続により承継したものというべく、したがつて本件買収処分の無効確認を求めるとともに被告国並びに被告遠井に対して前記各所有権取得登記の抹消登記手続を求め、被告遠井に対しての本件土地明渡を求める原告等の請求はいずれも理由がありこれを認容すべきである。

五  原告等は被告中沢に対し、本件土地の原告等に対する所有権移転について千葉県知事に対し許可の申請手続をなし、許可を受けたうえ所有権移転登記手続をすることを求めているが、前記一において認定したとおり原告等先代が被告中沢より本件土地を買い受けたのは昭和一九年五月二〇日であつて農地所有権の移転等につき知事の許可が原則として効力発生要件とされるに至つた昭和二〇年法律第六四号による改正農地調整法の施行前であるから、原告等先代は有効に本件土地の所有権を取得し、被告中沢は原告等先代に対してその所有権移転登記手続をなすべき義務を負つたものというべきである。(なお、昭和二〇年法律第六四号による第一次改正農地調整法第五条は、はじめて農地の所有権の移転は地方長官の認可を受けなければその効力を生じないとしたが、同法附則によつてもこの規定が遡及効あるものとは解し得ず、昭和二一年法律第四二号第二次改正農地調整法第四条は前記第一次改正法第五条と同趣旨の規定であるが右第二次改正法附則第二項は、右第一次改正農地調整法の施行後のものについても一定の場合右第四条の適用あることを示すに止まり、第二次改正法前になされた農地所有権移転契約には適用がないものと解すべきである。)しかして原告等が原告等先代を相続したことは前述のとおり当事者間に争がない以上、原告等は相続により本件土地の所有権移転登記請求権を承継したものといわなければならない。したがつて、原告等の被告中沢に対する請求は、本件土地の所有権移転登記手続を求める部分(原告等は被告中沢に対し知事の許可を停止条件として所有権移転登記手続を求めているが、右に説示したように知事の許可が所有権移転の有効要件ではない場合には無条件で右手続を求める趣旨であると解する。)に限り理由があるので、その限度においてこれを認容すべく、その余の部分は理由がないので棄却を免れない。

六  以上のとおりであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例