東京地方裁判所 昭和32年(行)81号 判決 1958年11月13日
原告 相原玉三郎 外二名
被告 東京都知事
補助参加人 宗教法人 正伝寺
主文
原告らの本訴請求中、被告が昭和二十九年三月十二日なした宗教法人正伝寺規則の認証の無効確認を求める部分を棄却する。
原告らの右認証の取消を求める訴を却下する。
訴訟費用は被告補助参加人の参加により生じた分を含めて原告の負担とする。
事実
第一、原告らの申立
(第一次的)
一、東京都港区芝金杉浜町四十七番地旧宗教法人正伝寺が宗教法人法附則第五項により昭和二十七年十月二日認証申請をした宗教法人正伝寺規則に対して被告が昭和二十九年三月十二日なした認証は無効であることを確認する。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
(予備的)
もし右請求が理由のないときは、
一、被告の認証はこれを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
第二、被告の申立
一、原告らの請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第三、原告の主張
(第一次的請求の原因)
一、原告らは、いずれも、東京都港区芝金杉浜町四十七番地旧宗教法人正伝寺(以下旧正伝寺という)の檀徒総代である。
二、昭和二十七年十月二日、田村行泰は、旧正伝寺の主管者名義で宗教法人法附則第五項に基き被告に対し宗教法人正伝寺(以下新正伝寺という)規則の認証申請をなし(以下本件認証申請という)、被告は昭和二十九年三月十二日附でこれを認証した(以下本件認証という)。
三、しかしながら被告の本件認証は次の点で違法である。
(一) 本件認証申請は旧正伝寺の代表資格を有しない田村行泰によつてなされたものであるから右認証申請は無効でありこれに対しなされた被告の本件認証は違法である。
(二) 田村行泰は、本件認証申請の一ヶ月前に信者その他の利害関係人に対し右規則の案の要旨を示して宗教法人を設立しようとする旨の公告をなしていないから、右認証申請は不適法であり、これを看過してなされた被告の本件認証は違法である
(三) 被告は本件認証申請に対し実質的な審査をしないで本件認証をしたものであるから違法である。
四、右違法は重大且つ明白であるから被告の本件認証は無効である。
よつて無効確認を求める。
(予備的請求の原因)
もし仮に右請求が理由がないとしても被告の本件認証は前記各点において違法であるからその取消を求める。
第四、被告の答弁及び主張
(答弁)
第一次請求の原因第一項の事実は不知。第二項の事実は認める。第三、第四は争う。
予備的請求の原因中、被告が本件認証をしたことは認めるがその余の事実は争う。
(主張)
一、被告は田村行泰の提出した申請書を受理して調査したところ、同申請書には宗教法人法第十三条各号所定の書類が添付されており、これによると当時田村行泰が旧正伝寺を代表する権限を有していたこと、また、同法第十二条第三項の規定により、申請人は昭和二十七年五月一日本件認証申請の一月以上前に信者その他の利害関係人に対し宗教法人を設立しようとする旨の公告をしたこと、その他の要件を具備していることが認められるので右規則の認証をしたものである。
二、田村行泰は旧正伝寺を代表する権限を有していた。すなわち、正伝寺は日蓮宗所属の寺院であるが日蓮宗は仏教の宗派であつてその所属寺院を包括する団体であり、宗制の定むるところにより選任された管長が、その全体を統理し、宗派として統制上必要のある範囲において、宗制の定むるところにより所属寺院及び住職等を監督する立場にあつて、したがつて、寺院及び檀徒は宗制の定めるところに従うべき義務を有するものである。ところで日蓮宗は寺院の住職が欠けた場合の後任住職の選定に関しても統制の必要上その宗制をもつて一般的に規律しているものであつて、日蓮宗宗則第十八号第六条によると「一般寺院の住職が欠けた場合には、代務者があればその代務者が住職候補者一人を選定し干与人及び総代の同意をえて、代務者もなければ干与人が住職候補者一人を選定し総代の同意を得て、住職が欠けた日から九十日以内に管長の承認を申請しなければならない」と規定し、同九条は「住職が欠けた日から九十日以内に住職候補者を選定しないときは、管長は、宗務所長に事実を調査させた上で住職を任命することができる」と規定しているのである。
ところが昭和二十年十月二十二日に、当寺の正伝寺の住職森芳海が死亡したが、九十日以内に前記第六条による住職候補者の選定についての管長の承認の申請の手続がなされず住職が欠けたままであつたので、一応昭和二十一年七月十八日から法類総代の佐野隆造が兼務住職となつたが、同人も昭和二十三年七月十七日任期満了により退任し、その後九十日以内に前記宗則第六条による手続がやはりなされなかつたので、昭和二十三年十二月十五日、日蓮宗管長深見日円が前記宗則第九条により田村行泰を正伝寺の住職に任命したのである。
したがつて、新正伝寺規則についての認証申請のなされた当時において、田村行泰が旧正伝寺を代表する正当な権限を有していたことは明らかである。
第五、補助参加人の主張
一、本件認証申請は旧正伝寺を代表する資格を有する者によつてなされている。旧正伝寺の前住職が死亡した後三ヶ月間住職の選任が行われず欠缺のままであつたので、管長は日蓮宗宗則第十八号第九条により田村行泰を特別任命したもので、本件認証申請当時田村行泰は旧正伝寺の代表者であつた。
二、田村行泰は、新正伝寺規則認証申請に先立ち昭和二十七年五月一から十日間正伝寺事務所所在地である港区芝金杉浜町四十七番地の二間道路を隔てた、同町四十三番地円珠寺境内地に、正伝寺の方は新正伝寺寺院規則の案を掲示して公告した。また仮に右公告を欠いていたとしても無効原因とはならない。
三、認証は公証的確認行為に過ぎないから被告としては認証申請につき形式的審査義務があるに過ぎない。
四、本件認証は昭和二十九年三月十二日に行われたものであるが、本件訴は昭和三十二年十月五日提起されているから、本件訴中右認証の取消を求める部分は出訴期間経過後の不適法な訴である。
第六、被告及び補助参加人の主張に対する原告の答弁
被告及及び補助参加人の主張中旧正伝寺が日蓮宗に所属する寺院であることは認めるがその余の事実はすべて争う。
第七、証拠(省略)
理由
一、原告らの第一次的請求について
(一) 田村行泰が本件認証申請をなし、被告がこれに対し本件認証をしたことは当事者間に争がない。
(二) そこで被告の本件認証が違法かどうかにつき判断する。
(1) 原告は先ず本件認証は旧正伝寺の代表資格を有しない田村行泰によつてなされた無効な認証申請に対しなされた点において違法であると主張する。
旧正伝寺が日蓮宗所属の寺院であることは当事者間に争がなく成立につき争のない乙第二、第三号証、丙第一号証及び証人田村行泰の証言によれば、日蓮宗は仏教の宗派であつてその所属寺院を包括する団体であり、宗制の定めるところによる選任された管長がその全体を統理し、宗派として統制上必要な範囲において宗制の定めるところにより所属寺院及び住職を監督する立場にあるものであつて、この制度から言つて寺院及び寺院の檀徒は宗制の定むるところに従うべき義務を有するものであるところ、日蓮宗宗則第十八号第六条は「一般寺院の住職が欠けた場合には代務者があればその代務者が住職候補者一人を選定し干与人及び総代の同意をえて代務者もなければ干与人が住職候補者一人を選定し総代の同意をえて、住職が欠けた日から九十日以内に管長の承認を申請しなければならない」と規定し、同第九条は「住職が欠けた日から九十日以内に住職候補者を選定しないときは、管長は宗務所長に事実を調査させた上で住職を任命することができる」と定めており、旧正伝寺は、昭和二十三年七月十八日以降住職が欠けていたがその後九十日以内に日蓮宗宗則第十八号第六条による住職候補者の選定がされなかつたので、管長は同年十二月十五日付で宗則第九条により田村行泰を住職に任命した事実が認められ右認定を左右する証拠はない。
そうするとその後右田村が右住職の資格を喪失したことの主張も立証もない本件においては、本件認証申請のなされた昭和二十七年十月二日当時も、同人は旧正伝寺の住職であつたと認められるから、本件認証申請は旧正伝寺の代表者によつてなされたものというべく、この点につき本件認証には原告主張のような違法はない。
(2) 次に原告は本件認証は、宗教法人第十二条第三項所定の公告を欠く不適法な認証申請に対しなされた点において違法であると主張する。
証人田村行泰の証言により成立を認める丙第一号証、証人秋山芳稔、同田村行泰の各証言によると、田村行泰は昭和二十七年九月一日から十日までの間、日中東京都港区芝金杉浜町四十三番地円珠寺の境内の道路よりに、正伝寺の方に向け、板戸に宗教法人「正伝寺」設立公告なる書面(丙第一号証)を貼つて、新正伝寺を設立しようとする旨を知らせていた事実を認めることができ、右認定に反する証人長島精一の証言及び原告相原玉三郎本人尋問の結果は信用できないし他に右認定を左右するに足る証拠はない。右事実によると本件認証申請の一月以上前に宗教法人法第十二条第三項所定の公告がなされていたと認めるのが相当である。もつとも右公告は正伝寺の境内の掲示場になされたものではないが、田村行泰の証言によると前記設立公告を正伝寺の境内の掲示場に貼つて行わなかつたのは田村行泰が正伝寺境内に入ろうとすると原告らから暴行を加えられる恐れがあつたためやむをえす前記円珠寺境内においてこれをなしたものであること、また右設立公告の行われた円珠寺は正伝寺と二間道路を一つ隔てた真向いの位置にあり、設立公告の書面の貼られていた位置は正伝寺に参詣に来た者が誰でも容易にこれを見ることができる場所であり、しかも右書面はそこを通る人の目にすぐとまる程度の大きさであつたことを認めることができ、右認定に反する証人長島精一の証言及び原告本人尋問の結果は信用できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると右公告は正伝寺の信者その他利害関係人に新正伝寺の設立を周知させるに適当な方法でなされたものと認めるのが相当である。したがつてこの点に関しても本件認証には原告主張のような違法はない。
(3) 最後に原告は本件認証は被告が本件認証申請につき実質的な審査を行わないで認証をした点において違法であると主張する。
証人脇坂豊の証言によると、被告は本件認証申請について実質的な審査を行わず規則及び添付の書類の調査だけで本件認証をしたことが認められるけれども、宗教法人法第十四条は認証申請があつた場合所轄庁は実質的な審査義務を課せられていると解すべきではなく、単に規則及び添付の書面を調査することにより申請の要件の具備もしくは欠缺につき判断し、認証または認証しない旨の決定をなしうると解すべきであるからこの点についても本件認証には原告主張のような違法はない。
(三) そうすると原告の第一次的請求は理由がない。
二、原告らの予備的請求について
本件認証が昭和二十九年三月十二日になされたものであることは当事者間に争がない。そうすると右認証の取消を求める訴は少くとも右処分のなされた日から一年以内である昭和三十年三月十二日までに提起されなければならないが、右処分の取消を求める本件訴は、昭和三十三年四月三日当裁判所に提起されたものであることは記録上明らかである(右訴は、昭和三十二年十月五日提起された本件認証無効確認の訴を変更する昭和三十三年四月三日受附の同年同月一日付第二準備書面の提出により提起されたものである)。したがつて右訴は、出訴期間経過後に提起された不適法な訴である。
三、よつて原告の第一次的請求は理由がないからこれを棄却することとし、予備的請求は不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条、第九十四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 地京武人 石井玄 越山安久)