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東京地方裁判所 昭和32年(行)88号 判決 1958年3月29日

原告 野沢貞夫

被告 健康保険保険者政府

主文

原告の本訴請求中、社会保険審査会のなした裁決の取消を求める部分を却下する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「原告の任意継続被保険者資格取得申請に関する再審査請求につき、社会保険審査会が昭和三十二年九月三十日附で原告に対しなした裁決はこれを取消す。被告は原告に対し原告の被保険者資格を承認し、且つ健康保険の保険給付をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、原告は健康保険の被保険者であつたところ、昭和三十年九月五日勤務先を退職したので、被保険者の資格を喪失した。そこで原告は継続して被保険者の資格を取得するため、同年同月九日東京都知事に対し申請書を提出したところ、東京都知事は同年十一月十日、被保険者であつた期間が二ケ月未満であることを理由に右申請を不承認と決定して原告に通知した。そこで原告は同年同月十八日東京都社会保険審査官に対し審査の請求をしたが、同年十二月八日社会保険審査官は右申立を立たないものと決定して原告に通知した。原告は更に昭和三十一年一月四日社会保険審査会に対し再審査の請求をしたところ、社会保険審査会は昭和三十二年九月三十日附で右申立を立たないものと裁決して十月十一日原告に通知した。しかしながら原告は被保険者資格喪失前二ケ月以上被保険者であつたものであるから、原告の申請は承認さるべきものであり、右申請を承認しなかつた東京都知事の処分は違法であり、右処分を維持した社会保険審査会の裁決も違法である。よつて右裁決の取消を求めるとともに、原告の被保険者資格の承認及び健康保険の保険給付を求めるため本訴に及んだと述べた。

被告指定代理人は「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴は法律に特別の定めのある場合を除いて処分をした行政庁を被告とすべきものである。原告が本訴において取消を求める処分は社会保険審査会がなした裁決であるから、被告適格について特段の定めのない本件の場合には処分行政庁たる右審査会だけが本訴の被告適格を有するものである。しかるに原告は保険者たる政府を被告として本訴を提起したもので、そのいわゆる政府とは国を指すものと解するのほかはないから、本件訴のうち右処分の取消を求める部分は被告を誤つた不適法なものといわなければならない。

次ぎに本件訴のうち、健康保険上の被保険者資格の承認及び保険給付をなすべきことを求める部分は、行政庁に対し新な行政処分をすることを求めるものであるから不適法であると述べた。

理由

一、社会保険審査会の裁決の取消を求める部分について

本件訴状全体の記載により判断すれば、本件訴は健康保険の保険者である政府を被告として提起されたものと認められ、弁論においても保険者である政府を被告とする旨を主張している。ところで行政庁の違法な処分の取消を求める訴は法律に特別の定めのない限り、処分をした行政庁を被告とすべきものであるが、原告が本訴において取消を求める処分は社会保険審査会のなした裁決であるから、特に法律に別段の定めのない本件においては処分庁たる右社会保険審査会を被告とすべきであり、右以外の者は被告適格を有しないと解すべきである。したがつて健康保険の保険者である政府は本件訴について被告適格を有しないことは明らかであるから、本件訴中、社会保険審査会の裁決の取消を求める部分は不適法といわなければならない。

二、被保険者資格の承認及び保険給付を求める部分

被告は本件訴中、被保険者資格の承認及び保険給付を求める部分は行政庁に対し新たな行政処分をすることを命ずる判決を求めるものであるから不適法であると主張する。

しかしながら、被保険者資格の承認を求める部分については、現に原告が健康保険の被保険者たる資格を有することの確認訴訟として、保険給付を求める部分は、その請求の趣旨がいかなる内容の給付義務の履行を求めるか不明であつて請求の趣旨が特定しないといえるけれどもその点は別として保険者に対し単純な給付義務の履行として保険給付を求める給付訴訟として提起された趣旨と解すべきであり、必ずしも被告主張のように新たな行政処分を命ずることを求めているものともいえないから、政府を被告として右訴を提起すること自体は許さるべきであり、その点では本件訴は不適法とはいえない。

よつて本案について判断する。

健康保険法第二十条による被保険者資格の取得には、保険者の特別の処分を必要としないが、適法な資格取得申請の受理という行政機関の手続を経て始めてその資格を取得できると解すべきであり、右申請が却下された場合には、却下処分が取消されないかぎり被保険者資格を取得できないと解すべきである。したがつて本件の場合、原告がなした被保険者資格の取得申請を不承認(申請の却下の趣旨と解すべきである。)とした東京都知事の処分又は右処分につき原告がなした訴願に対する棄却の裁決が取消されない限り、原告は被保険者資格を取得できないというべきであり、右処分もまた右処分に対する訴願の裁決も取消されていないのであるから、原告は被保険者の資格を有しないことは明らかである。

また本件において原告が健康保険の保険給付を受けうるためには、原告が被保険者の資格を有することが必要であるが、前記のように原告は被保険者資格を有しないのであるから、保険給付をうけることができないことも明らかである。

よつて被保険者資格の承認及び保険給付を求める請求はいずれも理由がない。

三、結論

そうすると原告の本訴請求中、社会保険審査会の裁決の取消を求める部分は不適法であるからこれを却下することとし、その余の部分はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訟訴法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

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