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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)4008号 判決 1958年10月31日

申請人 萩原正

被申請人 大東京タクシー株式会社

主文

申請人が被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有する地位を仮りに定める。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人代理人は「申請人が被申請会社の従業員たる地位を仮りに定める」との判決を求め、その申請の理由として、

一、被申請会社はタクシー営業を目的とする株式会社であり、申請人は昭和三〇年六月右会社に雇傭されタクシー運転に従事したが、昭和三一年六月一旦任意退職した後、昭和三二年六月一一日再雇傭された者であるところ、被申請会社は同年一二月二七日申請人に対し経歴詐称を理由に予告手当を提供して解雇の意思表示をなした。

二、しかしながら、右解雇の意思表示は次の理由によつて無効である。

(一)  右解雇の意思表示は権利の濫用である。即ち、

申請人は被申請会社に入社するに際し、昭和二七年九月以降昭和二九年七月までロビンス交通株式会社に同年一〇月以降同年一二月まで友愛相互自動車株式会社にそれぞれタクシー運転手として勤務したのに、ロビンス交通株式会社に勤務したことを秘し、昭和二七年九月以降昭和二九年一二月まで友愛相互自動車株式会社に勤務した如く履歴書に記載し被申請会社に提出した。けれども、

(1)  申請人は昭和三二年六月入社する以前にも昭和三〇年六月から昭和三一年六月まで被申請会社に勤務していたが、昭和三〇年六月には内山社長と昵懇の間柄にあつた外苑タクシー株式会社の社長張の紹介によつて入社したもので申請人の経歴は問題とされなかつた。その後翌三一年六月自己営業をなすため任意退職したが、昭和三二年六月再入社する際も申請人が内山社長に自己営業も思うに任せないので被申請会社に入社したい旨述べたところ、内山社長も気軽に承諾して再入社させたのであつて申請人の履歴書を重視して採用したのではない。

(2)  申請人が従業員の親睦会である文化会を設立し、その会長となつた昭和三二年八月頃、班長大類喜太郎が従業員津村健治に「荻原はロビンスで悪いことをやつたらしい」と洩らしたことがあり、同年一一月頃従業員黒川章司にも同趣旨のことを洩らしていること、又その頃労働組合結成に努力していた申請人に対し班長中根啓二郎、同前田国が「あまり活動しない方がよい、前歴を洗つたらしい」と述べていること、同年一二月二五日会社側に通じているとみられる従業員川上が右津村に対し「一ケ月前から荻原をクビにする作戦をたてている、荻原の前歴を洗つている」と洩らしたこと等からみて被申請会社は相当以前から申請人の前記経歴の秘匿を察知していながらこれを不問に附していたものと考へられる。

(3)  タクシー運転手は移動が激しく、従つて履歴書にその経歴のすべてを網羅して記載しない者が多く、このことは運転手及び業界の常識となつているのに申請人の今回の履歴詐称についてのみ極めて厳格に臨んだことは極めて不公平である。

(4)  申請人の秘匿した前記経歴は勤務先こそ異るけれども、全く同種経歴の一つを秘したにすぎず極めて些細な経歴詐称であつて労働力の評価に何らの影響を与えるものではなく被申請会社はこれにより何等の実害をも蒙つていない。

(5)  申請人が前記経歴を秘匿した理由は、申請人が昭和二七年九月ロビンス交通株式会社に入社した直後、同会社において組合結成の準備を始め、同年一二月ロビンス交通労働組合を結成してその執行委員長となり関東旅客自動車労働組合同盟に加盟し、昭和二八年四月右同盟執行委員となり昭和二九年七月右会社を任意退職するまで鋭意組合活動に努力したため、申請人はロビンス交通株式会社の忌嫌うところとなり熱烈な組合活動家として注目されるに至つた。そのためその後京浜交通、ミカド交通等のタクシー会社に就職しようとしたが、ロビンス交通株式会社での組合活動の経歴を知ると全然相手にしてくれず約三ケ月も就職ができなかつた。このような事情のため、申請人は生活権を守るため止むを得ずロビンス交通株式会社の経歴を秘匿したものである。

(6)  申請人の勤務状況には何らの欠点がなく成績は良好であつたため、被申請会社から優遇され、昭和三一年六月退職した際は送別会を催して貰い賞与等は他の同一条件の従業員より五〇〇〇円も多いことがあつた。又被申請会社においては勤続年数の長い者が新車に乗ることになつているのに勤続年数の短い申請人に新車が与えられ他の従業員から不服が出る程であつた。

(7)  以上のような諸事情を綜合すれば、通じて一年六月間成績良好に勤務して来た申請人を敢て企業外に排除しなければならない合理的な根拠はないから、本件解雇の意思表示は解雇権の濫用であつて無効である。

(二)  本件解雇の意思表示は不当労働行為である。即ち

(1)  昭和三二年一二月二九日申請人等有志によつて被申請会社の従業員で組織する大東京タクシー労働組合が結成されたが、その結成に至るまでの経過は、同年七月頃被申請会社の従業員間に労働組合を結成しようとする動きが起つたが、直ちに労働組合を結成すれば徒らに会社の反撃に会う恐れがあるので表面上は親睦会の如きものを作り時機を見て労働組合に切替えることにし、先づ文化会なる親睦団体を作つて申請人がその会長となつた。その後一一月に至り文化会を労働組合に切替えるべきであるとの意向が強くなつたので同年一一月一五日の文化会役員総会において川上委員を除く他の役員を組合結成準備委員に切替え、その後約一五回程会合を重ねた後一二月二六、二七の両日に亘つて交化会の一般会員のうち班長を除く全員の集会を開いて最後的了解を得、同月二九日大東京タクシー労働組合を結成したものである。申請人は古くから労働運動に従事した経験を持つていた関係から勢い中心的指導的人物として文化会の設置、運営、組合の結成に活躍した。

(2)  被申請会社は労働組合を極度に嫌い、又申請人等の組合結成の動き及びその中での申請人の地位を事前に知悉していた。このことは文化会設立に伴い会長である申請人と副会長の津村等が内山社長に挨拶に行つた際、社長が「労働組合ではないか、組合はいかん」というので親睦団体であることを力説したこと、前記(一)(2)の如き各班長の言動及び昭和三二年一二月頃社長、専務取締役も出席する班長会議が屡々開かれて組合結成の動きに対する対策を討議していたこと及び同年一二月二五日に開かれた組合結成準備委員会の会合場所に班長中根啓二郎と会社側に通じていると思われる従業員の川上が会合の様子を見に来ていること等によつて明かである。

(3)  右(1)、(2)の各事実と前記(一)の(2)の事実とを綜合すれば会社は以前から申請人の経歴詐称の事実を知りながらこれを不問に附して置き、組合結成の動きと睨み合せて組合結成の直前に組合に決定的打撃を与える意図でその中心的人物である申請人を解雇したものであるから、本件解雇は不当労働行為として無効である。

三、申請人は妻と子供三人を抱え被申請会社から受ける賃金のみによつて生活していた者であるが、解雇されたものとしてこれを奪われることは申請人にとつて著しい損害であるから、仮りに申請人が被申請会社の従業員たる地位を定める旨の仮処分を求めるため本申請に及んだ次第であると述べ、

被申請人の主張に対し、

申請人は二ケ月の臨時期間及び三ケ月の試用期間を経て昭和三二年一一月一一日本採用となつたものである。試用従業員就業規則第六条によれば「試用従業員はこの期間内において社規並に従業員就業規則を守り成績優良とみなされる者を従業員として正式に採用する」と規定されているので、本採用とするについて改めて会社の意思表示を必要とするが如くであるけれども、被申請会社においては従来試用期間満了後改めて明示の正式採用の意思表示をしていないから、試用期間中に社規並びに従業員就業規則に違反し或は成績不良な場合にそれを理由として拒否の意思表示をしない限り試用期間満了と共に当然本採用になると解すべきである。申請人は試用期間中に社規並に従業員就業規則に違反しておらず又成績は良好であつたから昭和三二年一一月一一日に本採用となつたものである。仮りに本採用とするについて意思表示が必要であるとしても、同年同月下旬の賞与説明会において申請人が既に本採用になつたことは内山社長の言明したところであり、又本採用者にのみ適用される事故防止会の規定が申請人の同年一二月初旬の事故に適用されているのであるから、暗黙の意思表示によつて申請人は既に、本採用となつていたものである。

尚、申請人が昭和一一年一二月五日被申請人主張の被告事件について懲役二月の有罪判決をうけたことは認めるけれども、右有罪判決は三ケ年の執行猶予期間を無事経過し既に効力を失つているのみならず、右の事実は労働力の評価に何等の影響もないのであるから、かかる前科は経歴として問題とすべきではない。

又、申請人には喘息の持病があり常に注射液と器具を携行していたこと、この持病のため昭和三二年一〇月一〇日より同月二八日まで欠勤したことは認めるが、申請人が就業中屡々発作を起したことは否認する。右の持病は申請人が昭和三〇年六月から翌三一年六月まで被申請会社に勤務した時もあつたもので、会社でも既にこれを知つていたのであるが、勤務期間中何ら問題とされなかつたことであるのみならず勤務には何らの影響もないものであると述べた。(疎明省略)

被申請人代理人は「本件申請を却下する、申請費用は申請人の負担とする」との判決を求め、答弁として、申請人主張の事実中、

一の事実は経歴詐称を理由にとの点を除きこれを認める。申請人を解雇した理由は後記のとおりであつて経歴詐称のみではない。

二(一)の冒頭の事実は、ロビンス交通株式会社に勤務した時期を除きこれを認める。申請人が右会社に入社したのは昭和二七年一〇月二三日であり、退職したのは昭和二九年一一月一日である。

(一)(1)の事実中、申請人が昭和三〇年六月外苑タクシー株式会社々長張の紹介によつて被申請会社に入社し、昭和三一年六月任意退職したこと昭和三二年六月再び被申請会社に入社したことは認めるが、被申請会社が申請人の経歴、履歴書を問題にしていなかつたことは否認する。

(一)(2)の事実中、被申請会社が申請人の経歴秘匿を以前より知つていたことは否認する。その余の事実は不知

(一)(3)の事実は否認する。

(一)(4)の事実は否認する。申請人はロビンス交通株式会社に勤務中、昭和二八年七月頃より昭和二九年一〇月一〇日までロビンス交通労働組合の委員長であつたが、その間同組合の金員を着服横領した事実が判明したため委員長を解任され、同組合より業務上横領の疑いで告訴されたものであり、申請人は右の破廉恥な行為の調査判明を妨げるためにロビンス交通株式会社勤務の経歴を秘匿したものであるから、その経歴詐称は極めて重大である。

(一)(5)の事実は不知。

(一)(6)(7)の各事実はいずれも否認する。

(二)(1)の事実中、昭和三二年一二月二九日大東京タクシー労働組合が結成されたこと、同年七月頃文化会が結成され申請人がその会長となつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)(2)、(3)及び三の各事実はいずれも否認する。

申請人を解雇した理由は次のとおりである。即ち、被申請会社の就業規則によれば、従業員は二ケ月の臨時期間及び三ケ月の試用期間を経過した上、従業員として適格を有するとの判定をうけた時に本採用となるべきものであるところ、申請人は昭和三二年六月一一日雇傭された者であるから、同年一一月一〇日を以て試用期間が満了することになつていた。そこで被申請会社においては申請人を本採用にすべきか否かを決するため、試用期間の満了する前後より同人の営業成績、勤務成績、健康状態及び事故率等と共に同人が入社に際して提出した履歴書に基いて身元調査を行つたところ、同年一二月二〇日頃右履歴書に昭和二七年一〇月二三日ロビンス交通株式会社にタクシー運転手として入社し昭和二九年一一月一日同社を退社したにも拘らず右経歴を秘して右期間全部を友愛相互自動車株式会社に勤務していた如く記載し、且つ同人は昭和一一年一二月五日暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件について懲役三月の有罪判決をうけたにも拘らずこれを記載していないことの経歴詐称の事実が判明した。その上申請人には喘息の持病があり常に注射液と器具とを携行していたが、就業中屡々発作を起して作業途中で他の者と乗務を交替したこともあり、又この持病のため昭和三二年一〇月一〇日から同月二八日まで病気欠勤した程で、運転手としての業務に支障を来す疾病を有していた。よつて被申請会社は申請人の試用期間が満了したけれども未だ試用中の申請人を本採用に適しないとして、仮りに申請人が本採用になつていたとしても、右経歴詐称の事実は就業規則第五五条第一項、従業員懲戒規程第七条第一〇号に身体障害の事実は就業規則第三八条第三号に該当するので予告手当を提供して解雇したものである。従つて本件解雇は何ら権利の濫用ではなく、又本件解雇は以上の如き理由によるものであつて組合結成とは何らの関係もないから、不当労働行為でもないと述べた。(疎明省略)

理由

被申請会社がタクシー営業を目的とする株式会社であること、申請人が昭和三二年六月一一日タクシー運転手として被申請会社に雇傭されたこと、被申請会社が同年一二月二七日申請人に対し予告手当を提供して解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

よつて右解雇の意思表示が不当労働行為か否かについて判断する。

昭和三二年七月頃文化会が結成されて申請人がその会長となつたこと、同年一二月二九日大東京タクシー労働組合が結成されたことは当事者間に争がなく、このことと成立に争のない甲第三号証、証人津村健治の証言によつて成立を認めうる甲第四号証、証人津村健治の証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すれば、申請人は以前から労働運動の指導者であつて昭和一一年頃東京自動車労働組合の幹部として東都バスの争議を指導し処罰されたことがあり、以後日本交通労働組合連盟の中央執行委員、昭和二〇年一一月労働組合総同盟結成準備会の組合部員、昭和二一年関東運輸労働組合同盟主事、昭和二二年日本労働総同盟中央委員、東京都連執行委員、昭和二五年全国自動車運輸労組連合会書記長、昭和二七年一二月ロビンス交通労組執行委員長、昭和二八年四月から昭和二九年七月まで関東同盟執行委員などを歴任し、それらの組合結成に主導的役割を果し、幹部として活躍した経験者であつて、被申請会社に入社後も昭和三二年七月頃から被申請会社の従業員を指導して労働組合を結成する機運に向わせたが、会社が組合の結成を嫌悪して五年位前に結成運動を潰したことがあること、被申請人がまだ本採用にならずその身分の不安定であることから結成運動の失敗に終ることを慮り、先づ親睦団体を作りこれを母胎にして時機をみて労働組合を結成する方針をとることとし、申請人が中心となつて文化会なるものを結成し自らその会長となつたこと、その直後会長の申請人、副会長津村健治等幹部が社長にその挨拶をしたところ、社長から「労働組合ではないか、労働組合はいかん」といつて設立趣旨や目的を聞かれたので親睦団体であることを説明して安心させたこと、その後同年一一月頃に至り申請人は、試用期間が経過し本採用になつて身分が安定したと考えたので、右文化会が労働組合に切替える本格的活動を開始し、組合作りの経験者がいなかつたのでその中心となつて同月一五日から十数回に亘つて結成準備委員会を開いて準備を重ねた上、一二月二四、二五日の両日に班長を除く文化会の会員全員の賛成を得、同月二九日に被申請会社の従業員四五名で大東京タクシー労働組合を結成するに至つたのであるが、申請人を執行委員長にしようとする動きに対し申請人は組合を強固にするため古参者をこれに当て、会社の圧力を避けるため表面に出ないこととしたこと、しかし会社の前田、中根班長等は申請人の右活動を知り申請人に組合作りは損だから余りしない方がいいと好意的に注意したり、大類班長がロビンス交通における申請人の組合活動を従業員に口外していたり、また喫茶店で前記準備会を開催した際中根班長や会社側の川上順作等にその場を見られたことなどから組合結成運動は会社側に知られていたことが一応認められる。右認定に反する疎明は採用できない。

右事実によれば会社は文化会が労働組合に組織替される状勢にあることを察知し、その事態と中心的活動分子である申請人を好ましくないと見たことが推認されるので、会社か他の納得できる解雇理由の故に解雇したことの認められない限り、本件解雇は申請人の右組合結成活動を嫌悪してなされたものと推測する外はない。

そこで被申請会社が申請人に対し解雇の意思表示をなすに至つた事情について考察するに、申請人が昭和三二年六月一一日被申請会社に雇傭される際提出した履歴書にロビンス交通株式会社に勤務した経歴及び昭和一一年一二月五日暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件について有罪判決をうけた事実を記載しなかつたこと、申請人には喘息の持病がありそのため昭和三二年一〇月一〇日から同月二八日まで病気欠勤したことは当事者間に争がない。しかしながら、乙第四号証、同第五号証、証人手塚茂富の証言及び被申請会社代表者本人尋問の結果中、申請人は昭和三二年一一月一〇日で試用期間が満了するので本採用すべきか否かを決するため検討を始めたが、同人には喘息の持病があつて発作を起すので以前の会社に勤務していた時の健康状態、勤務状況等を調査したところ、経歴詐称の事実が判明したとの趣旨の申請人の身元調査をなすに至つた動機に関する部分は信用できない。何となれば申請人が昭和三〇年六月から翌三一年六月まで被申請会社にタクシー運転手として勤務したことの当事者間に争がない事実と証人手塚茂富の証言並びに申請人及び被申請会社代表者の各本人尋問の結果を綜合すれば、申請人の喘息は昭和三〇年当時も既にあつたもので、会社もこれを知つていたが、昭和三〇年六月から翌三一年六月までの勤務期間中における申請人の勤務成績は普通で健康状態について特に問題とされたことはなく、昭和三一年六月の退職時には既に本採用となつていたこと、昭和三二年六月から同年一二月までの間における申請人の健康状態にも別に問題とされるような異状はなく再入社後約一ケ月位で成績良好として申請人に新車か与えられていたこと、被申請会社においては従来試用従業員を本採用とするについて特に調査をして本採用とすべきか否かを決する等の厳格な取扱いをしていなかつたことが一応認められるし、仮りに申請人の健康状態が業務に堪え得るか否かについて調査する必要があるとしても、このことは昭和三〇年六月から翌三一年六月まで、及び昭和三二年六月以後の各勤務期間中における資料又は医師の診断を求めることによつて判然とする筈であつて、このために故に昭和三〇年六月以前に勤務した会社について調査しなければならない必要があつたとは考えられないからである。してみれば前記認定のとおり申請人が中心となつて労働組合を結成しようと活躍していることを察知しこれを嫌悪していたことを思い合すと、被申請会社が申請人の前歴を調査するに至つたのは不純な動機があるように疑わざるを得ない。

被申請人は、申請人を解雇した理由は、申請人が入社に際して提出した履歴書にロビンス交通株式会社に勤務した経歴及び昭和一一年一二月五日に暴力行為等処罰に関する法律違反で有罪判決をうけたことを記載しなかつたこと並びに申請人には業務に支障を及ぼす喘息の持病があるからであつて組合を結成したこととは何らの関係もないと主張するけれども、自動車運転手が以前他のタクシー会社に短期間勤務した経歴を隠して履歴書に記載しないことは、その勤務中に業務上別段の不都合の所為のない限り労働力の評価に関する重要な経歴を詐つたものというに足りないし、申請人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右有罪判決は懲役二月執行猶予三年であつて既に猶予期間を経過したものであることが認められ、かつ二〇年以上も昔のことであるから、このことを隠してもその故に不信議的性格を徴表したものということも納得できないし又喘息の点は前記のとおり業務に差支えのない程度のものであるから、会社の主張する解雇理由は申請人が企業から排除されても止むを得ないと考えられる程の合理性あるものということはできない。

このことと更に甲第四号証によつて疎明される、原告の解雇後昭和三三年一月七、八日に組合と会社との間に原告の解雇問題について団体交渉がなされた際、組合側が今更履歴詐称を持出すのはおかしいではないかと質したのに対し、会社側が履歴詐称は就業規則に解雇事由として掲げてある、従つて就業規則を曲げるわけにはいかない、履歴についてはこれまでルーズに扱つてきたが、これは会社の怠慢である、しかし今後はきちんとやつていく、他の従業員についても一応調べたが現在のところ他の履歴詐称はないようである、もしあつても解雇以外の方法で臨むつもりであると述べていること及び前記認定のように会社が組合結成活動の中心人物である申請人をその活動の故に嫌悪していたことと解雇が組合結成の直前になされたこと等を綜合すれば、会社の主張する解雇理由は単に表面的の口実にすぎず、解雇の真の理由は申請人が労働組合を結成しようとしたことを嫌悪しこれを決定的理由としたもの、従つて本件解雇の意思表示は不当労働行為と認めるのが相当であり、このような法律行為は労働関係の公序に反し無効というべきである。

してみれば、申請人は既に本採用になつたか否かはともかく昭和三二年六月一一日の雇傭契約に基き被申請会社の従業員たる地位を有するものというべきである。

而して甲第三号証によれば、申請人の家族は妻と子供三人であつて被申請会社からうける賃金によつて生活していたものであることが疎明されるから、解雇されたものとして賃金の支給をうけられないことが申請人にとつて著しい損害であることは明かである。

よつて右損害を避けるために主文第一項の仮処分をなすを相当と認め、訴訟費用は被申請人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 伊藤和男 花田政道)

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