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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)4045号 判決 1960年4月11日

申請人 中川正修

被申請人 日本都市交通株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は、申請人の負担とする。

事実

申請人代理人は、「申請人が、被申請人の従業員であることを仮に定める。申請費用は、被申請人の負担とする。」との裁判を求め、その申請の理由として、次のとおり述べた。

一、申請人は、昭和三二年一月一〇日、ハイヤー、タクシー業を営む被申請人にやとわれ、タクシー運転手として働いていたが、昭和三三年四月二八日、被申請人から、申請人が同月一九日乗客に不当料金を要求しメーターとの差額を着服したという理由で、懲戒解雇の意思表示を受けた。

二、しかしながら右懲戒解雇の意思表示は、実際には、申請人が労働組合に加入し、正当な組合活動をしたことを理由にしたものであるから、いわゆる不当労働行為にあたり、公序良俗に反する無効のものである。すなわち、

申請人は、被申請人にやとわれて後すぐ昭和三二年二月頃、被申請人の従業員で組織する日本都市交通従業員組合(以下単に「組合」という。)に加入した。ところが同年八月頃から被申請人は「組合」の切りくずしを画策し、いろいろな手段をとつて「組合」に加入している従業員を「組合」から脱退させ、御用団体である親睦会や日本都市交通職場再建同盟(以下単に「再建同盟」という。)に加入させたのであるが、申請人も、被申請人の児玉労務部長、杉山庶務係長らの働きかけによつて、同年一〇月「組合」から脱退のうえ、「再建同盟」に加入した。けれども昭和三三年四月頃から、従業員の中には再び「組合」に復帰する者がふえ、申請人もまた「再建同盟」が御用団体であることに愛想をつかして同月一四日頃「再建同盟」を脱退し、再び「組合」に加入して「組合」の組織拡大運動に協力した。被申請人は、申請人のこの態度、行動をきらい、申請人を被申請人の従業員たることから排除しようとして、申請人が乗客から不当料金を受取つてメーターとの差額を着服したなどという全く無根の非行事実をあげ、表向きにはそれを理由として申請人に懲戒解雇の意思表示をしたのである。このように申請人のした本件懲戒解雇の意思表示は、申請人が御用団体である「再建同盟」を脱退して「組合」に加入し、正当な組合活動をしたことをきらつてなされたものであるから、いわゆる不当労働行為にあたることが明らかである。

なお、被申請人が本件懲戒解雇の理由としてあげている申請人の行為の実態は、次のとおりであつて、申請人が不当料金を受取つて差額を着服したようなことは全くない。

申請人は、当日午後七時一〇分頃乗車させた客(後日山下保という人であつたことがわかつた。)の求めにより、昭和医大病院玄関前に車をとめ、そこで一たん下車した客の乗車するのを待つていたが、その客は同病院の入院患者であつて感情問題から無断で退院しようとしていた者らしく、玄関先で妻と口論をはじめ、そのため約一時間も待たされた結果となつた。当日は土曜日でしかも一番の稼ぎ時でもあり、申請人としては、このままでは一日のノルマ九千円の稼ぎ高を下まわり、被申請人の営業部長から文句をいわれることが予想される状態であつたため、客の妻に早く乗車するよう催促をし、忙しい時にこんなに待たせては困る旨をもらしたところ、同女は申請人に対し五百円を手渡して待たせたことをあやまり、これで帰つてくれと言つたのである。申請人はメーターを調べたところ百八十円と表示されていたので、その差額の三百二十円は、当然チツプとして受取つてよいものと考えたが、稼ぎ時に一時間も待ちぼうけをくわされたので、少しでも稼ぎ高の方に廻そうと思い、右三百二十円を四回分(一回八十円)の乗車料金として納金したものであつて、なんら不正行為はないのである。

三、かりに申請人に、被申請人のあげるような不当料金要求、差額着服という非行事実があつたとしても、本件懲戒解雇の意思表示は、被申請人の就業規則に定めた手続に違反してなされた無効のものである。すなわち、

昭和三二年二月一日から施行されている被申請人の就業規則第六一条により被申請人の従業員に対する懲戒について適用されるべきものと定められている従業員懲戒規程(以下単に「懲戒規程」という。)には、第四条に「懲戒委員会<以下委員会という。>は、従業員が第一四条第一〇条ないし第三二号に該当すると認められたときその処分について審議するものとする。」旨、第七条本文に「委員長は社長がこれに当り、また委員は課長以上の職にある者から社長がそのつどこれを指名する。」旨、第九条第一項に「委員会は、委員長委員三名以上の出席がなければ会議を開くことができない。」旨の規定がある。そうして申請人の懲戒解雇理由となつた行為は、被申請人のいうところによれば、「懲戒規程」第一四条第三一号、第一二号、第一四号などに該当するというのであるから、被申請人においてかかる理由にもとずいて申請人を懲戒解雇するにあたつては、懲戒委員会を開催して審議をすべきであるのに、被申請人はそれをしていない。またかりに懲戒委員会が開かれたとしても、被申請人の主張するところによれば、その際出席したのは委員長一名委員二名にすぎず、「懲戒規程」に定めた定足数を欠いていたのであるから、そこでされた決議は違法のものである。したがつて、けつきよく申請人に対しては正規の手続をふまずに懲戒解雇がなされたということになる。

「懲戒規程」は、従業員の身分を保障するため、被申請人が懲戒権を発動するにつき自ら制限を加えたものであつて、被申請人はこの規程にしたがつてのみ従業員を懲戒することが許されるのであるから、これに違反する懲戒解雇の意思表示は、無効といわなければならない。

四、以上いずれの点からみても、申請人はひきつづき被申請人の従業員であることが明らかである。

しかしながら被申請人は、昭和三三年四月二八日以降、申請人を従業員として取り扱わず、賃金の支払もしない。申請人は、被申請人から支払われる賃金を唯一の収入源としているので、その支払が受けられないと、これから先暮していくことができない。そこで申請人は、被申請人に対し、申請人が被申請人の従業員であることの法律関係の確認を求めるため本案訴訟をおこすことにしているが、右のような事情から、その裁判が確定するまでとても待つことができない状況にあるため、その間、被申請人の従業員であることを仮に定める必要がある。

申請人代理人は、以上のとおり述べた。(疎明省略)

被申請人代理人は、主文と同旨の裁判を求め、次のとおり答弁した。

一、申請人が主張する事実のうち、申請人が昭和三二年一月一〇日、ハイヤー、タクシー業を営む被申請人にやとわれ、タクシー運転手として働いていたこと、昭和三三年四月二八日、被申請人が申請人に対し、同月一九日に申請人が乗客に不当料金を要求してメーターとの差額を差服したという理由で、懲戒解雇の意思表示をしたこと、申請人が昭和三二年二月頃「組合」に加入し、同年一〇月「組合」から脱退して「再建同盟」に加入したこと、申請人主張の就業規則および「懲戒規程」に申請人主張のような各規定があることは、いずれもこれを認める。

申請人が「再建同盟」から脱退して再び「組合」に加入したかどうか、「組合」の組織拡大運動に協力したかどうかは知らないし、その余の事実は、すべて否認する。

二、被申請人が、申請人に対し懲戒解雇の意思表示をしたのは、次のような理由による。すなわち、

申請人は、昭和三三年四月一九日午後七時一〇分頃、被申請人所有の営業用小型自動車五あ三七九一号を運転中、品川区平塚町所在の昭和医大病院附近の長原街道で山下保から呼びとめられ、「今、病院から退院して高円寺の自宅まで帰るのだが、荷物がまだ病院に残つているので、それを積むため一応車を病院の玄関へつけてくれ。」と頼まれたので、山下を乗せて車を病院の門から中に入れ、玄関につけた。山下は下車して車を待たせ、荷物を三、四個運んで来て車に積み込んでから、退院についての打合せのため奥の病室に入つていつた。その後二、三〇分たつた頃、申請人はその場に居た山下の妻に対し、「今日は土曜日だから、こんなに待たされたんでは採算が合わない。早くしてくれ。」と荒々しく言い、同女から、「高円寺まで行くんだからもう少し待つてくれ。」と懇願されたにもかかわらず、「今時分からそんなところまでは行けない。」と言つてこれを拒否し、さきに車に積み込んであつた山下の荷物を玄関に放りおろしてしまつた。そうして申請人は、「メーターの待ち料金は百八十円と出ているが、こんなに待たされたんだから五百円くれ。」と要求し、同女が五百円を差出すと、それをもぎとるようにして受取り、メーターとの差額三百二十円を着服したうえ、自動車を運転してその場を去つた。

被申請人は、この事件について、はじめはなにも知らなかつたが、同月二三日、山下の苦情を受けた東京旅客自動車指導委員会より厳重調査するようにとの通知を受けたので、早速実情を調査したところ、右のような事実が明らかになつたのである。

そこで被申請人は、同月二七日に懲戒委員会を開き審議の結果、申請人は、乗客に対するサービスを本旨とするタクシー運転手の職分に反し、

(1)  乗客に対し暴言をはき、粗暴な態度を示し、乗客の意思に反して途中下車を強要し、客の懇請にもかかわらずその後の乗車を拒否し、

(2)、右乗客に対し、メーター表示の料金は百八十円であつたにもかかわらず、五百円くれと法外な料金を要求し、これを受取つてその差額を不法に着服し、

(3)、その行為に腹をたてた右乗客から、東京旅客自動車指導委員会に苦情がもちこまれ、その結果、被申請人の対外的信用、名誉を傷つけ、被申請人に重大な不利益を与える行為をした、

のであるから、(1)、については「懲戒規程」第一四条第三一号に、(2)、については同条第一二号、第三七号に、(3)、については同第一五条第九号、第二〇条、同第一四条第八号、第一四号に、それぞれあたるものとして、「懲戒規程」にてらして申請人を懲戒解雇することにしたのである。したがつて、本件懲戒解雇の意思表示は、申請人に「懲戒規程」所定の基準にあたる非行があつたことにもとずいてなされたものであつて、申請人の「組合」への加入、あるいは組合運動とは、なんら関係がないのである。

四、また、昭和三三年四月二七日に開かれた懲戒委員会は、被申請人の鏑木常務取締役、児玉労務部長、山本営業部長が委員として出席し、鏑木が委員長となり審議をしたのであるが、従来、懲戒委員会に委員長である被申請人の社長が欠席するときは、あとで社長に可否の意向を確かめることにして委員である取締役が委員長となつて、委員はそのほか二名居ればよいものとして委員会を開催することにしていたので、同日も社長欠席のため、右従来の例にしたがい、出席した委員の一人である鏑木常務取締役が社長にかわり委員長となつて委員会を開催し、あとでその決定につき社長の賛成を得たものであつて、実質上定足数を充足しているから、決議は適法である。

なお、かりに定足数を欠くために懲戒委員会の決議が「懲戒規程」に違反してなされたとしても、本件懲戒解雇の効力には影響がない。すなわち、被申請人の就業規定には、手続違反の懲戒解雇を無効とする趣旨の規定がないし、また本来使用者は懲戒解雇にせよ一般の解雇にせよ、所定の事由に相当する行為があれば従業員を解雇することができるのであつて、被申請人が就業規則上、懲戒解雇の場合とくに事案を懲戒委員会という合議体の審議に付するのは、懲戒解雇に関する権利の行使をより慎重ならしめる趣旨であり、従業員に与えられた恩恵的な制度にほかならないのであるから、懲戒委員会の決議の適法であることは懲戒解雇の有効要件をなすものではない。

五、このように、被申請人のした本件懲戒解雇の意思表示は有効であるから、申請人は、昭和三三年四月二八日限り被申請人の従業員でなくなつたのである。

被申請人代理人は、以上のとおり答弁した。(疎明省略)

理由

一、申請人が昭和三二年一月一〇日、ハイヤー、タクシー業を営む被申請人にやとわれ、タクシー運転手として働いていたこと、昭和三三年四月二八日、被申請人から、申請人が同月一九日乗客に不当料金を要求してメーターとの差額を着服したという理由で、懲戒解雇の意思表示を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、申請人は、右懲戒解雇の意思表示は、いわゆる不当労働行為にあたると主張しているので、まずこの点について判断する。

(一)、申請人が昭和三二年二月頃、「組合」に加入し、その後同年一〇月には「組合」から脱退して「再建同盟」に加入したことは、当事者間に争いがない。

真正にできたことに争いがない甲第一号証の二、三、証人島松芳の証言により真正にできたものと認める同第三号証の一、二、同第五号証から第一八号証まで、および証人島松芳、同白鳥喜久次郎の各証言、ならびに申請人本人尋問の結果によると、被申請人は、被申請人の従業員で組織する「組合」の存在することを非常にきらい、昭和三二年九月頃から「組合」の切りくずしを画策し、被申請人の息のかかつたいわゆる御用団体である親睦会や「再建同盟」を作らせて、「組合」に入つている従業員に働きかけ「組合」から脱退させるとともに、親睦会や「再建同盟」に加入させる運動をはじめたこと、申請人も、同年一〇月頃自宅で病後静養中のところへ被申請人の児玉労務部長らが何度も足を運んですすめた結果、「組合」から脱退して「再建同盟」に加入したこと(申請人が「組合」から脱退して「再建同盟」に加入したことは、前に述べたとおり争いがない。)、けれども昭和三三年四月頃から従業員の中に再び「組合」の組織を拡大すべきであるという意見がもちあがり、申請人もまた「再建同盟」が御用団体であることにあきたらない一人として、「組合」の組織を拡大するためひそかに他の従業員に呼びかけたり、被申請人にわからぬよう署名運動を行つたりしたこと、同月三〇日に池上の久松湯において「組合」の組織拡大についての会合が開かれ、志を同じくする従業員二〇名ぐらいが集り、申請人も出席したが、その席上、役員の改選が行われ、申請人も役員の一人に選ばれたこと、右会合の開かれるのを知つた被申請人の児玉労務部長は車で久松湯前まで来て、会合に参加した従業員の名前をメモしたこと、その翌日被申請人は久松湯の会合で「組合」の委員長、書記長に選ばれた島松、松村の両名を解雇する旨の掲示をし、そのほか右会合に参加した従業員に対しては車を配車せず一堂に集めて「組合」に加入の意思があるかどうかを問いただし、その意思がある者に対してはスペア運転手にするなどの挙に出たこと、をいずれも認めることができる。

このように被申請人は、極度に「組合」をきらつていたことが明らかであるが、右に認定したように久松湯において「組合」の組織拡大のための会合が開かれたのは前述のとおり当事者間に争いのない申請人がすでに本件懲戒解雇の意思表示を受けた昭和三三年四月二八日より後のことであり、証人白鳥喜久次郎の証言によれば、申請人が「組合」の役員に選ばれたのは、右に認定した久松湯の会合のときが最初であることが認められるのみならず、その以前における申請人の組合活動が特に目立つたもので、被申請人をその組合活動の故に特にきらつていたということについての疎明はないのである。

(二)、ところで、真正にできたことに争いがない乙第八、九号証、および甲第一号証の二、証人山本記八の証言により真正にできたことが認められる乙第五号証、左に特記する以外の部分が真正にできたものであることについては争いがなく、証人舟生恵一の証言により一枚目および二枚目の朱書の部分、三枚目の訂正個所、二枚目に存する朱線、ならびに昭和三三年四月二四日の日附の記載がいずれも被申請人の説明するようにしてなされたものであることが認められる乙第七号証、前掲乙第八号証と証人舟生恵一の証言により同証人が昭和三三年四月二四日山下保から聴取したところを書きとつたものであることが認められる乙第一〇号証、同上証拠により右証人が乙第一〇号証の記載を整理して清書し、山下保に署名押印してもらうため預けて置いたものであることが認められる甲第二三号証、証人山本記八、同舟生恵一の各証言、ならびに申請人本人尋問の結果(ただし、甲第一号証の二、乙第七号証、および申請人本人尋問の結果中後掲採用しない部分をのぞく。)を総合すると、被申請人が申請人を懲戒解雇したいきさつは、次のとおりであつたことが認められるのである。すなわち、

(イ)、申請人は昭和三三年四月一九日午後七時一〇分頃、被申請人所有の営業用小型自動車五あ三七九一号を運転中昭和医大病院附近の道路で客に呼びとめられ、「退院して高円寺の自宅まで帰るから。」と言われたので、病院の玄関前に車をつけた。その客は車を待たせ、二、三〇分たつてから荷物を二、三個運んで来て車に積みこみ再び奥に入つた。申請人はその後、その場に出て来て医者と立話をしていた客の妻に対し、「早くしてくれ。今日は土曜日だし、こんなに待たされたんでは合わない。メーターは百八十円と出ているが、流していれば五百円は稼げるんだから、何とかしてもらいたい。」と言つて、暗にメーター表示以上の料金を要求し、同女から「もう少し待つてくれ。」と懇願されたにもかかわらず、「今から高円寺まではとても行けない。」と言つて、車に積んであつた山下の荷物を、放りなげるようにしておろしてしまつた。そして、申請人は同女が差し出した五百円をそのまま受取り、車を運転してその場を去つた。

(ロ)、被申請人は、同月二二日東京旅客自動車指導委員会から、同月一九日前記自動車に乗つた一乗客よりその運転手の客扱いにつき苦情があつたので右の件につき調査するようにと電話で連絡を受けて、はじめてこのことを知り、ついで翌二三日書面で右指導委員会から、事案の内容を報告されるとともに調査の結果を至急回答するようにとの要請を受けたので、早速調査にのり出したのであるが、乗客から右指導委員会に届出のあつたタクシーのナンバーからその運転者が申請人であつたことがすぐわかり、ついでそのときの乗客は山下保であつたことが右指導委員会に照会した結果その日のうちに明らかになつた。そこで、被申請人の山本営業部長は直ちに当時もひきつづき昭和医大病院に入院中であつた山下に電話し、電話口に出た山下の妻から事件当時の模様を尋ねたところ、申請人に前述のような非行があつたとの返事をえたのであるが、翌二四日に申請人の直属上司である舟生課長に命じて申請人から事情を聞かせたところ、申請人が本件申請の理由中の当該箇所において主張しているとおりの弁解がなされたとのことで、両者の言い分に大分くいちがう点があつたので、さらに念をおすため同日舟生課長を昭和医大病院へさし向け、山下およびその妻に面接し、申請人の弁解の趣旨をも伝えて更に真相を確めさせた結果、申請人に右両名の述べるような山下に対する不当な行為すなわち先に認定したとおりの非行のあつたことに間違いはないものと考えるに至つた。

(ハ)、かくして申請人に対する懲戒処分について審議するための懲戒委員会が同月二七日に被申請人の鏑木常務取締役、児玉労務部長、山本営業部長の三委員出席のもとに開かれ、鏑木が委員長となつて審議の結果、申請人の右行為は、懲戒解雇の理由にあたるものであるとの決議がなされたのであるが、被申請人としては、申請人の将来のためを慮つて翌二八日申請人に対し自発的に退職するよう勧告したけれども拒否されたため、やむなく懲戒解雇の手続をとつた。

(ニ)、被申請人は、申請人の前記行為は、

(1)、乗客に対して途中下車を強要し、その後の乗車を拒否し、

(2)、乗客に対し、メーター表示の料金が百八十円であるにもかかわらず五百円の料金を暗に要求し、これを受取つてその差額を着服し、

(3)、その件につき乗客から東京旅客自動車指導委員会に苦情をもちこまれ、その結果被申請人の対外的信用、名誉を傷つけ、会社に重大な不利益を与え

たものとして、(1)、の点では「懲戒規程」第一四条第三一号に、(2)、の点では同条第一二号、第三七号に、(3)、の点では同第一五条第九号、第二〇号、同第一四条第八号、第一四号に、それぞれあたり、「懲戒規程」にてらして懲戒解雇の理由に値するものであると主張するところ、前記認定にかかる申請人の行為が右(1)、および(3)、の場合にあたることは論のないところである。しかしながら、申請人が山下の妻から受取つた五百円のうちメーター表示の料金百八十円との差額三百二十円を着服して横領したとの趣旨の前顕乙第八号証中の記載、および証人山本記八の証言は採用しがたく、他にそのような事実を認めるに足りる証拠はない。そして、真正にできたものであることについて争いのない乙第六号証によつて昭和三二年二月一日から施行されている被申請人の「従業員就業規則」の第一一章中における従業員に対する懲戒に関する規定を補充するため右就業規則に附属せしめられているものであることが認められる「懲戒規程」の第一四条、および第一五条の規定を比照するときは、前示(1)、および(3)、の場合にあたる申請人の行為は被申請人が挙げている「懲戒規程」中の各条項にあたるものと解せられるのである。

前出(イ)の認定に反する甲第一号証の二記載内容と申請人本人の供述部分は、とうてい採用することができない。なお、弁論の全趣旨によつて真正にできたものと認められる甲第二号証の一、二によると、山下保は、本件における申請人の訴訟代理人である弁護士久保田昭夫に送つた昭和三三年五月一三日附の手紙の中において、さきに同人の妻または自らが被申請人の山本部長または舟生課長に対して、同年四月一九日の事件について語つたところ(その内容は前掲(ロ)において認定したとおりである。)に反する事実を書いていることが認められるのであるが、証人山本記八、同舟生恵一の各証言、および申請人本人尋問の結果(ただし後記採用しない部分を除く。)によると、山下保は昭和三三年五月六日頃来訪した申請人から、同年四月一九日の事件が原因となつて申請人が被申請人から懲戒解雇された旨を聞かされて気の毒に思つていた折柄、本件仮処分申請をするについての久保田弁護士より右事件に関して問合わせがあつたが、申請人に不利益な資料は提供したくないと考えて上掲のような手紙を書き送つたものと認められる。

叙上これを要するに、申請人には、前示(1)、および(3)、のような懲戒解雇の理由にあたるべき非行事実があつた反面において、時に被申請人の注目をひくような組合活動はなかつたのであり、これらの事情を考え合わせるときは、被申請人に不当労働行為の意思があつたとはとうてい認められないのである。したがつて被申請人のした本件懲戒解雇の意思表示が、いわゆる不当労働行為にあたり無効であるという申請人の主張は、その疎明がないことに帰するので、これを容れることができない。

三、次に申請人は、本件懲戒解雇の意思表示は、被申請人の就業規則に定めた手続に違反してされた無効のものであると主張するので、この点につき判断する。

「懲戒規程」中、第四条に「懲戒委員会<以下委員会という。>は、従業員が第一四条第一〇号ないし第三二号に該当すると認められたときその処分について審議する。」旨、第七条本文に「委員長は社長がこれに当り、また委員は課長以上の職にある者から社長がそのつどこれを指名する。」旨、第九条第一項に「委員会は、委員長、委員三名以上の出席がなければ会議を開くことができない。」旨の規定があることは、当事者間に争いがない。そうして申請人に対する懲戒処分について審議するため懲戒委員会が開かれ、申請人を懲戒解雇するのが相当であるとの決議がなされたことは、前に認定したとおりであるから、本件懲戒解雇の意思表示が懲戒委員会の審議を経ないでなされたものとして無効であるとする申請人の主張は、採用のかぎりでない。

また、前に認定したとおり、右懲戒委員会には、被申請人の鏑木常務取締役、児玉労務部長、山本営業部長の三名が委員として出席し、鏑木が委員長となつて審議を行つたのであるが、前顕乙第六号証によると、「懲戒規程」第八条第二項には「委員長に事故のあるときは、社長は取締役中から委員長を指名する。」旨、同第九条第二項には「委員会の議事は委員長を加え、同席委員の過半数をもつてこれを決する。可否同数の場合は委員長の決するところによる。」旨の規定があることが認められ、証人山本記八の証言によれば、前記懲戒委員会においては、全員なんらの異議なく申請人を懲戒解雇すべきであるとの決議がなされたことが認められる。ところで、右に判示した「懲戒規程」第七条本文、および第八条第二項の規定によつて明らかであるとおり、懲戒委員会の委員長には被申請人の社長またはその指名する被申請人の取締役が当てられ、委員は全部被申請人の課長以上の職にあるものから社長が指名することになつていることよりすると、申請人に対する懲戒処分について審議した前記懲戒委員会に、前示「懲戒規程」第九条第一項に規定する定足数を充たすため、正規の委員長である社長またはもう一名の委員が出席しなければならなかつたものであるが、これらの者の出席をえて委員会が開催されたとしても、その決議の結論が異つたものになつたのであろうとはとうてい考えられないのみならず、上掲乙第六号証によつて知りえられる被申請人の「従業員就業規則」、およびこれに附属する「懲戒規程」の全体を通覧してみても、被申請人の従業員に対する懲戒処分に関する懲戒委員会の審議手続が右就業規則等に違反した場合に、当該懲戒処分を無効ならしめる趣旨の規定は全然設けられていないのである。してみると本件懲戒解雇がその手続に違背して無効であるという申請人の主張もまた排斥を免れない。

四、そうだとすると、申請人と被申請人との間の雇用関係は、昭和三三年四月二八日被申請人が申請人に対してした懲戒解雇の意思表示によつて消滅したわけであるから、申請人がその後もひきつづき被申請人の従業員であることを前提とする本件仮処分申請は、被保全法律関係について疎明がないものとして、理由のないことが明らかであり、また疎明に代わる保証を立てさせて本件のような仮処分をすることも相当でない。

よつて本件仮処分申請を却下することにし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 石田穰一)

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