東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)4059号 決定 1958年11月12日
申請人 梶忠二
被申請人 橋本金属工業株式会社
主文
本件申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一申請の趣旨
申請人は
「申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。被申請人は申請人に対し昭和三三年五月二一日以降毎月末日限り金一八〇〇〇円あての支払をせよ。」
との仮処分命令を求めた。
第二申請理由の要旨
一 申請人は昭和三二年一一月一四日被申請人(以下、会社という。)に旋盤工として給料月一八〇〇〇円の約の下に雇用されたところ、昭和三三年五月二〇日会社から解雇の通告を受けた。
二 しかし右解雇の意思表示は次の理由により無効である。
(一) 右解雇は全然予告がなく、また労働基準法所定の予告手当の提供もなくなされたものであるから、同法第二〇条に違反する。
(二) なお、右解雇は申請人が会社の不良な旧式機械に不満を持ち、これを改善しようとしたことを理由とするものであつて、極めて不当な解雇であるから解雇権の濫用である。
すなわち、会社の機械は、スクラツプにしても惜しくない程損耗したもので、これを補う工具も素人が作つたとしか思えぬ程幼稚なものであつたため、能率が悪く、かつ、不正確に仕上がる欠点があつた。
そこで申請人は右欠陥を除去するため右機械の自動装置を設計し、昭和三三年四月上旬その略図を係員を通じ、技術部主任橋本秀吉に提出し、右設計による機械の改良を求めた。
しかるに橋本秀吉は同月一九日会社作業場において申請人に対し「君は道具ばかり作つている。今は忙しいのだから、そんな道具は閑な時にやればよいのだ。」というので、申請人は職人気質のため「道具なしではできないから作つたのだ。」と反駁したが、橋本主任は「そういうことは職長に話せばよいのだ。」というので申請人は更に「あんな素人はだめだ。」といつたところ、橋本主任は素人であろうと社長のきめたことだからという趣旨の発言をして作業所から出て行き、その話はそのままとなつた。その後会社は同年五月二〇日になつて突然申請人に解雇の通告をして来たものである。
以上の経緯から見れば、本件解雇は、会社がその機械設備を不備なままに放置していて従業員に不満の念をいだかせているのにかかわらず、従業員がその不満を表面に出せばこれを解雇するといつた極めて不当な解雇であるから、かよう解雇は権利の濫用としてその効力を否定さるべきものである。
三 以上いずれの理由によつても、右解雇の意思表示は無効であり、申請人と会社との間には雇用関係が継続しているのにかかわらず、会社は申請人を従業員として扱わず、申請人の就労を拒否しているから、申請のとおりの仮処分を求める。
第三当裁判所の判断
一 申請人がその主張の日時会社に旋盤工として雇用されたことは会社の争わないところである。
二 疎明によれば、本件解雇の日時およびその経緯は次のとおりに認めるのが相当である。
すなわち、申請人は会社の機械が整備されていないと考えていたので、昭和三三年四月上旬その改良を会社側に申し入れたりしていたが、同月一九日朝職長の了解を得ずに旋盤を一部解体してその整備に当つていたところ、会社常務取締役橋本秀吉からその理由を聞かれたので、「道具はないし、この旋盤は改造しないと使えない。」といつたところ、橋本から「勝手なことをされては困る。職長の指示を受けたのか。」といわれたので、あんな素人の若憎に話しても無駄だという趣旨の発言をしたため、同取締役は同日会社専務取締役と相談の上申請人が職長を無視した発言をし、職場の秩序を乱したとして解雇することにきめ、会社労務係菱木誠以知にその旨を告げ、その手続をとるように命じた。
菱木は、同日会社代表取締役名義の申請人との雇用関係を一ケ月後に終了させる趣旨の解雇予告書を作成し、この書面を同日申請人に見せ、かつ、口頭で同年五月一九日に雇用関係を終了させる旨通告した。
三 本件解雇の経緯は以上のように認定するのが一応相当であつて、右認定をくつがえし、本件解雇が予告なく行われたとか、或いは会社は申請人が機械の改良を企図したことだけをとり上げて解雇の理由にしたと認めるに足りる疎明はない。
右解雇の経緯によれば、次のように判断するのが相当である。
(1) 会社は昭和三三年四月一九日申請人に対し同年五月一九日をもつて雇用関係を終了させる旨の解雇の予告をしたのであるから、本件解雇は労働基準法第二〇条に違反するところはないというべきである。
(2) 次に会社が申請人を解雇したのは、申請人が職長を目してあんな素人に話してもだめだという趣旨の発言をしたことを以て職場の秩序を乱したものと考えたことによるものであつて、会社が右のように考えたことは前記認定の状況の下において不相当とはいえないから、会社が社内の秩序を維持する必要上かかる言動をする申請人との雇用関係を継続することを欲しなかつたこともまた不相当とはいえないので、かかる解雇権の行使をもつて解雇権が認められた本来の目的を逸脱した社会的に不相当なものということはできない。
四 以上のとおり、申請人と会社との雇用関係は、昭和三三年五月一九日をもつて終了したと認むべきであるから、申請人が本件仮処分により保全しようとする本案の権利の疎明なきに帰するというべきであつて、他に申請の如き仮処分をするのを相当とする事情もないから、本件仮処分申請を失当として却下し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 半谷恭一)