東京地方裁判所 昭和33年(ワ)1205号 判決 1962年5月22日
判 決
東京都江東区亀戸八丁目五五番地
原告(反訴被告)
橋本武晴
右訴訟代理人弁護士
伊藤幸人
東京都台東区浅草日本堤二丁目三番地
(送達場所東京都墨田区吾妻橋二丁目二五番地)
被告
マコト交通株式会社
右代表者代表取締役
小池幸一
東京都台東区浅草象潟二丁目一一番地
被告(反訴原告)
小池幸一
右両名訴訟代理人弁護士
雨宮勘四郎
右当事者間の昭和三二年(ワ)第八、七八九号株主権確認並に株式名義書換請求事件および昭和三三年(ワ)第一、二〇五号反訴事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告(反訴被告)の請求を棄却する。
原告(反訴被告)と被告(反訴原告)小池幸一との間において、別紙目録記載の株式の株主権が被告(反訴原告)小池幸一に属することを確認する。
原告(反訴被告)は被告(反訴原告)小池幸一に対して別紙目録記載の株式の株券を引き渡せ。
訴訟費用は本訴反訴とも原告(反訴被告)の負担とする。
右第三項の株券引渡および前項の反訴費用の負担に関する部分に限り仮にこれを執行することができる。
事実
第一 当事者の申立
一 原告(反訴被告)
(一) 本訴につき
別紙目録記載の株式の株主権は原告に属することを確認する。
被告マコト交通株式会社は前項記載の株式につき、原告名義に名義書換をせよ。
訴訟費用は被告両名の負担とする。
(二) 反訴につき
反訴原告の請求を棄却する。
反訴費用は反訴原告の負担とする。
二 被告
(一) 被告両名は本訴につき
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 被告(反訴原告)小池幸一は反訴につき
原告(反訴被告)と被告(反訴原告)小池幸一との間において、別紙目録記載の株式の株主権が被告(反訴原告)小池幸一に属することを確認する。
原告(反訴被告)は被告(反訴原告)小池幸一に対して別紙目録記載の株式の株券を引き渡せ。
反訴費は原告(反訴被告)の負担とする。
右株券の引渡および反訴費用の負担に関する部分につき仮執行の宣言を求める。
<中略>
理由
第一 本訴について。
(当事者間に争がない事実)
一、原告は訴外菅野二郎(以下菅野という)から被告会社が同訴外人に対し中野繁雄名義で振り出した原告主張の約束手形三通の裏書譲渡を受け、その手形債権を確保するため被告小池が菅野に譲渡した本件株式の株券とその譲渡証書との交付を受けたところ、右約束手形のうち本件手形はその満期である昭和三二年四月三〇日支払場所に呈示されたが、その支払を拒絶された。
(菅野の原告に対する本件株式譲渡の効力について)
二、被告らは、本件株式は被告会社の菅野に対するその主張の借受金債務担保のため同人に譲渡されたものであるから、同人からたんに右債務の支払方法として振り出された前記三通の手形の譲渡を受けただけでは、原告は本件株式の譲渡担保権を取得することができず、仮りにこれを取得したとしても菅野から被告小池に対し民法第四六七条の通知をしないかぎり、これをもつて同被告に対抗することはできないと主張する。しかし、原告の主張は要するに、原告は本件株式の譲渡担保権者である菅野から三通の手形とともに右株式の譲渡を受けたというのであつて、右譲渡担保の原因債権ないし譲渡担保権そのものの譲渡を受けたと主張するものではないと解すべきところ、原因債権の支払方法として振り出された手形であつてもこれを独立に譲渡しえないわけではなく、また、譲渡担保権者は対外的には目的物の完全な権利者であつてその被担保債権とは別個にこれを処分することも不可能とはいえないから(債務者に対する責任の問題は別である)、菅野が原告に対し右三通の手形とともに本件株式を譲渡した行為も有効であり、かつ、この場合は譲渡担保の被担保債権ないし譲渡担保権そのものを譲渡した場合に該当しないから、菅野から被告小池に対し右譲渡の通知をしなければ、これをもつて同被告に対抗することができないというものではない。したがつて、この点に関する被告らの右主張は理由がない。
(原告主張の特約の存否について)
三、原告は前記三通の手形および本件株式の譲渡を受けるにあたつては、菅野との間にその主張のような特約がなされたと主張し、原告本人はこれに符合する供述をしているが、この供述は証人(省略)の各証言と対比して信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、これらの証言によれば、右三通の手形と同時に振り出された他の手形がこれまで全部満期に支払われていたから、右三通の手形および本件株式を譲渡するにあたつては、手形不渡の場合における本件株式の処置については原告、菅野間に何の話合もなかつたことが認められる。
(被担保債権の一部につき支払を受けた場合の譲渡担保の特異性について)
四、被告らは、仮りに本件株式が前記三通の手形債権の担保のために譲渡されたものとしても、その一部のみの手形について不渡を生じただけでは原告は本件株式を確定的に取得したものということはできないと主張するから、次のこの点を考える。
思うに、数個の手形債権を担保するため株式を譲渡したような場合に、その譲渡担保をいわゆる強い譲渡担保と解すべきかはたまたまこれをいわゆる弱い譲渡担保と解すべきかについては疑がある。譲渡担保の担保性を重く見るときは、いわゆる担保権の不可分性により一部の手形債権につき債務不履行がある以上担保株式全部につき担保権の実行をすることができ、したがつて、これを換価処分して右の手形債権の満足を受けることができることは当然である。しかし、譲渡担保の譲渡性を重く見るときは、担保株式はいわば被担保債権の代物弁済として譲渡さるべき関係にあると認むべきものであるから、それはいわば被担保債権の全額を対価として譲渡さるべきものであり、その一部のみを対価として譲渡さるべきものではないものといわなければならない。それ故に、数個の手形債権担保のため株式を譲渡した場合において、一部の手形債権につきその支払をうけた場合には、特段の事情のない限り、常にいわゆる弱い譲渡担保の効力しか有せず、その一部のみの手形不渡により直ちにその担保株式を取得することはできないものと解するを至当とする。
そうだとすれば、前記三通の手形のうち、本件手形と満期が同日である他の一通の手形は勿論、昭和三二年五月三一日満期の手形についても、原告がその満期に支払をうけたことは原告自から認めるところであり、しかも、本件においては右にいう特段の事情が認められないのであるから、本件手形の不渡により本件株式を換価処分して、その満足に当てるのであれば格別、そうではなく、それによつて直ちに本件株式を確定的に取得することはできないものといわなければならない。
(満期の翌日にした弁済提供の効力および被担保債権消滅による目的たる本件株式復帰の態様について)
五、被告らは、さらに前記三通の手形のうち、本件手形を除く他の二通はいずれもその満期に支払われ、本件手形については被告会社に債務不履行がなく、かつ、その主張の日にその弁済供託をしたからその債務は消滅し、本件株式は被告小池に復帰したと主張するから、さらにこの点につき判断を加える。
原告の取得した前記三通の手形のうち本件手形以外の二通の手形がいずれも満期に支払われたことは当事者間に争がなく、(証拠)を綜合すると、
被告会社は本件手形が不渡になつた直後その手形金額を支払場所である荒川信用金庫に保証供託をした上、その翌五月一日早朝原告に対し同金庫において右供託金を受領されたい旨申し入れたが、原告は右の不渡によりすでに本件株式を確定的に取得したとしてその受領を肯じなかつたこと、および原告の本訴提起後である昭和三四年四月三〇日被告小池は原告の本件手形金の受領拒絶を理由として、東京法務局台東出張所にその弁済供託をしたこと
以上の事実が認められる。
ところで、手形不渡後その満期およびその後二取引日内に支払場所でした弁済の提供が、法律上その効力を有するかについては疑がないわけではないが、手形債務者が真実支払場所に手形金を準備して債権者に対してその受領を促すときは、信義則上手形債権者はその提供が不渡後であることを理由としてこれが受領を拒むことができないものと解する。けだし、手形債権者は満期およびその後二取引日内は遡求権保全の可能性を認められているのであつて、かかる保護の与えられる以上、右期間内の支払場所における債務者の弁済の提供も保護されて然るべきだからである。これを実質より見るも、この場合の債務者の履行遅滞はわずか一両日にすぎず、弁済の提供も本来の支払場所でなされている反面、手形債権者に多少不利益を与えるとしても、それはただ債権者をして再度支払場所に足を運ばせるだけのことであるから、信義誠実を旨とすべき債権の履行関係を考えるとき、債権者は債務者を促して債権者方に手形金を持参せしめるか自ら支払場所に赴いて手形金を受領すべきであつて、手形不渡後であり、しかも弁済提供の場所も異るということを理由として直ちにその受領に拒絶しえないものと解されるのである。しかし、この点は暫く措いても、すでに判示したとおり、原告は本件手形のみの不渡によつては本件株式を確定的に取得しえず、したがつて、右手形債権もいまだ消滅しないものと解すべきところ、原告は本件株式を確定的に取得したとして本訴を提起しているのであるから、本件手形金につき不受領の意思を明確にしているものと解して差し支えなく、したがつて、被告小池のした前記供託は有効であつて、これにより右手形債務は消滅し、その担保たる本件株式は被告小池に復帰すべきものといわなければならない。もとより、この場合、理論上は本件株式は菅野に復帰し、同人に対する被告会社の借受金債務の消滅によりさらに被告小池に復帰すべきものであるが、(証拠)を綜合すれば、被告会社は菅野に対し予て金九〇万円の借受金債務を負担していたが、昭和三一年一二月頃右当事者間の合意でこれを金六〇万円に滅額した上、その弁済のため被告会社は菅野に対し本件手形を含む金額合計六〇万円の五通の約束手形を振り出したものであることおよび右五通のうち原告主張の三通を除く二通の手形は、原告が菅野から右三通の手形の譲受前すでに支払われていたことを認めることができ、また、右三通の手形もその後全部支払われたことは上に認定したとおりであるから、被告会社の菅野に対する前記借受金債務も結局弁済により消滅し、本件株式は菅野から被告小池に復帰すべき関係にあるものといわなければならない。また。株式を譲渡担保として、株券に譲渡証書を添付してこれを債権者に交付した後、その被担保債権が消滅した場合担保権の目的たる株式は当然に担保設定者に復帰するのか(械券の返還を要件としないか)、それともたんに担保設定者に対し株式返還請求権を取得せしめるにすぎないのかについては疑がないではないが、譲渡担保担保設定契約は特定の株式につき、その解除条件付移転を目的とするもの(株式移転の意思表示に債務の支払という解除条件を付した場合)であるから、この契約と株券および譲渡証書の交付とによつて、株式の解除条件付物権的移転を生ずるものであり、したがつて、その解除条件の成就により物権的移転の効力は当然に失われ、株券の返還等何らの回復のための譲渡行為をまたずして株式は当然に担保権設定者に復帰するものと解すべきである。(かく解しても、爾後株式の善意取得の適用があるから取引の安全は害されない。)
六、以上の理由により、原告が本件株式を確定的に取得したことを前提とする本訴請求はすべて失当たるを免れない。
第二 反訴について。
前項において詳述したとおり、本件手形を含む五通の手形金は全部支払われ、本件株式は原告から被告小池に復帰したにかかわらず、原告はなお、右の株式が原告に属するとしてその帰属を争い、その株券を所持しているから、被告小池の原告に対して右株式が同被告に属することの確認と右株券の引渡を求める反訴請求はすべて理由がある。
第三 結論
よつて、原告の本訴請求は理由なしとしてこれを棄却し、被告小池の反訴請求は正当としてこれを認容し仮執行の宣言につき民事訴訟法第一九六条を、訴訟費用の負担につき同法第八九条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第八部
裁判長裁判官 長谷部 茂 吉
裁判官 上 野 宏
裁判官中野辰二は転任につき署名捺印することが出来ない。
裁判長裁判官 長谷部 茂 吉
目録<省略>