東京地方裁判所 昭和33年(ワ)2238号 判決 1958年10月16日
事実
原告は請求原因として、被告真柄商事有限会社は昭和三十二年十一月五日、被告西井カヨに対し、金額二十万円の約束手形一通を振り出したが、西井カヨはこれを東京手形市場株式会社に、同株式会社は原告に、何れも支払拒絶証書作成義務免除の上裏書譲渡した。そこで原告は右手形の所持人として、その満期に支払場所に右手形を呈示して支払を求めたが、支払を拒絶されたので、被告真柄商事有限会社は右手形の振出人として、被告西井カヨは右手形の裏書人として、原告に対し、各自金二十万円及びこれに対する遅延損害金を支払う義務がある。
ところで原告はその後、被告真柄商事有限会社に対する債権者東京手形市場株式会社の有体動産強制競売事件に配当加入をし、昭和三十三年七月二十四日前記手形金債権に対し、金二千百十五円の配当を受け、右金員を手形金債権元本の一部弁済に充当したので、右手形金債権の残額は金十九万七千八百八十五円となつた。よつて原告は被告ら各自に対し、右金員並びにこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求めると主張した。
被告等は抗弁として、本件手形は、被告真柄商事有限会社が被告西井カヨの連帯保証のもとに東京手形市場株式会社に対して負担する金銭消費貸借公正証書(執行受諾交付)による金五十万円の債務の支払のために、被告真柄商事有限会社が西井カヨに対して振り出し、西井カヨがこれを右東京手形市場株式会社に裏書譲渡したものであるが、原告は右のような事情を知りながら本件手形を東京手形市場株式会社より裏書譲渡を受けたものであつて、原告は右公正証書を東京手形市場株式会社より受け取り、これを債務名義として被告等に対し強制執行をすることができるから、本訴請求は訴の利益を欠くものであると主張した。
理由
一般に、債務名義となり得る公正証書の存在は、給付の訴を提起することを妨げないのみならず、既存債務の支払のために手形が振り出されている場合には、債権者は既存債務につき弁済を受けると、手形金の支払を受けるとは、その自由に委せられているところであるから、既存債務につき債務名義となり得る公正証書があるとしても、他人が手形の裏書譲渡を受けて手形金を請求するにつき、何らの妨げとなるものではない。従つて本件約束手形が、前記公正証書による債務の支払のために振り出されたとの事実を譲受人が知つていたか否かを論ずるまでもなく、被告等の抗弁事実はその主張自体において理由がない。
よつて原告の本訴請求は正当であるとしてこれを認容した。